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第23話『ハルニレの訴え』

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 どうしていいか、ハルニレにはわからなかった。
 ただ、ルイスの言葉から、自分が致命的なミスをしでかしたのだと思い込んで悩んだ。
「今日限りで俺はここに来ません」
 その言葉が頭の中でこだます。 
 最高のもてなしを、と背伸びした自分のおしゃまさを呪った。
 で、残されたルイスのあんパンと紅茶を一口。
(おいしい……)
 とてもおいしく香りもいい、とっておきの紅茶だったが、なぜか苦く感じる。
 ポロンと涙がこぼれた。
 後から後から頬を伝って筋になった。
「わーん」
 ついにはテーブルに突っ伏して泣いた。泣くだけ泣いた。
 少しだけ落ち着いた頃には、午後四時を回っていた。
 グーとお腹が鳴った。
 こんな時でもちゃんとお腹がストライキを起こすので、恨めしく思いつつ、これが気を取り直すきっかけになった。
 フラフラと立ち上がり、軽食を作るためノロノロとキッチンに立つ。
 おむすびが無性に食べたくなった。天むすが食べたい。
 そこで冷凍エビを下処理して、わざわざ二尾のために天ぷらを揚げた。ほんのりワサビ塩を振りかけて、おむすびの塩加減を甘めにして。
 出来栄えは素晴らしかった。
 電気を点けて、急須で緑茶を淹れて味わう。
 不意にルイスの言葉がよみがえる。
「……初めて食べさせてもらったカンパーニュ、すごくおいしかった!」
 お茶請けに天むすに緑茶だったら、ルイスは帰るとは言い出さなかったかもしれない。
 また涙が出そうになったが、ぐっと堪えておむすびを口の中に押し込む。
 もしかして、食べてて悲しいなんて初めてじゃないだろうか。
 とその時、オービット・アクシスがプルルと鳴った。
 アネモネ色の画面表示を見ると、実家からだった。
 受話器を取ると、母ユズがモニターに映る。
「ハルちゃん? お客様はまだいらっしゃるの」
「ううん、お昼頃に帰った。もうここには来ないって言ってた」
 正直に母に訴える。
 母は気の毒そうに、けれども励ますように言った。
「そう……じゃあ、ティーセットを返すついでに家にいらっしゃいよ。今夜は泊っていきなさい。そんな顔でお仕事いけないでしょ。ね?」
「……うん、すぐ行く」
 ハルニレの行動は素早かった。
 急いでティーセットを洗って拭いて箱に詰めた。
 それから一泊するための用意をバッグにさっさか入れて、テレポートで実家に向かった。

 同い年の春楡の木は、落葉の時期を控えて緑から色が抜けて、ところどころ黄緑になっていた。
 物悲しい気持ちが襲ってきて、急いで白茶けた石壁に緑の屋根の大きな屋敷に入った。
「……ただいま……」
 言葉少なに玄関に入ると、待っていたように母が立っていた。
「お帰り、ハルニレ。おじいちゃんもおばあちゃんも待ってるわ。お話しできる?」
 こくんと頷くハルニレを見て、安心したように母は荷物を受け取った。
 リビングに通じるドアを開けると、祖父ケインは窓際に立っていて、祖母ホリーはソファーにいてハルニレを手招きした。
 ハルニレが座ると、ホリーは黙ってハルニレの手に自分の手を重ねた。
 ハルニレは祖父母にルイスのことを洗いざらいぶちまけた。
 祖父母にルイスがよく思われなくてもかまってない口調だった。涙でぐちゃぐちゃになって、感情を吐露する。結局は子ども扱いされた、と結んだ。
 ホリーは黙って聞いていたが、優しくきっぱりとこう言った。
「——それはちょっと違うんじゃないかしら」
「えっ」
「あのね、ハルちゃん。男の人がみんなルイスさんみたいに、優しくて物分かりがいいと思っちゃいけませんよ。ハルちゃんがどこの誰だろうと、見境のない男性は大勢います。ルイスさんはティーセット一つで、ハルちゃんも含めた我が家の歴史まで慮ってくださった。それは……とても稀なことなんですよ」
「……」
「ルイスさんがハルちゃんの家に来ることになったきっかけは、年上の友だちの助言だったのね?」
「うん……私がルイスさんのことを相談したら、そこまでお膳立てしてくれて」
「彼女がそう言ってくれなかったら、ハルちゃんは今でも片思いのままだったわね。あなたはね、恋を自分から仕掛けるには幼すぎるんですよ」
「でも……!」
「それはね、あなたを思う多くの人を親しみやすくもさせれば、それ以上の関係を望む人には思い留まらせる性質なの。家庭の力が大きいと、ままそういうことが起こるんですよ」
「そんなの……」
「いらない? でもね、それがなかったらあなたはこうしていられなかった。今日の顛末はルイスさんだけのせいかしら? そこをよく考えてみて」
 すると、ハルニレたちに背を向けたまま、ケインが言った。
「おまえがチェリーみたいに、自分のすることに責任を持てるんなら、私たちは何も言わんよ」
「……何よ! 私の邪魔したくせに」
 ハルニレは黙っていられなかった。
 活発で自立心の強い妹のチェリーと比べられるのが、一番我慢できないことなのだ。















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