空の歌(スカイ・ソング)

碧桜 詞帆

文字の大きさ
4 / 86
序章 太陽の終わり

城下街

しおりを挟む
 すれ違いざま肩と肩とがぶつかるような細い路地裏を歩いていく。
 石造りの高い建物の側壁に挟まれ、光が所々にしか差し込まないため薄暗い道が続いている。日中は気温が上がり動き回っていると汗が滲む程に暑くなるのだが、ここはいつも独特の涼しさを保っていた。この路地裏はやたらと曲がり角が多く、複雑に入り組んでいる。城下街の人間だって、異なる地区を歩けば彷徨うこともある。だがその一方で、ジンレイはどこも一様に見える路地を右へ左へ躊躇せずに進んでいく。生粋の地元っ子である彼は街の路地裏を熟知していた。
 細い道を抜けて大通りへ。
 一歩出たその先から、静閑としていた路地裏とは打って変わって活気溢れた世界が広がる。初めて街を訪れた者にはこれが式典あるいは祭り事を行っているように見えることだろう。しかしこれがこの街の日常。大広場に通じるこの大通りはいつもたくさんの人が行き交い賑わっていた。
 城下街。ここはフォルセス王国の王都を彩る、グリームランド最華の街である。
 フォルセス王国はこのグリームランド最古にして最大の国家だ。惑星の約三分の二を所領地とし、軍事力は完全無欠と謳われている。グリームランドには他にもいくつか小国が存在しているが、フォルセスとの諍いはなく、むしろ惑星の代表としてフォルセスを公認していた。
 この大通りの行き着く先。街の中心に向かって小高くなる丘。その頂に見える白壁の城こそがフォルセス王国の王宮である。太陽が燦然と輝いていた頃は、青い空に白いフォルセス城と鮮麗な色彩を映し出していた。
 だがそれも今はくすんで見える。
 ジンレイは行き交う人の波を縫って、第一目的の物がある商店に向かった。先程子供客が彼の予想を上回り五枚の皿を割ってしまったことで、このままでは配膳に不都合が及ぶ可能性が出てきた。そのため早急に代えが必要になったのだ。
 陶芸屋に着くとジンレイは割れてしまった皿と似ているものを適当に選び、足を止めることなく会計を済ませた。入ってから数分も経たずに店を出る。
「ねえねえ、聞いた? リハイド様が王都に来られるんだって!」
 店先にいた娘達の許にまた一人、娘がやってきた。それを聞いた彼女達は人目も憚らず黄色い声を上げる。
「へえ、戻って来るんだ」
 その話を又聞きしつつ、ジンレイはその場を後にした。
 街娘達が赤くなって騒ぐリハイド様とは、類稀なる才能を持った最高位魔術士のことだ。その強さはまさに敵無しと言っても過言ではなく、並みの魔術士では足元にも及ばないという。フォルセス王国から最高位の称号を授かった魔術士は僅か六名。そのうちリハイドは最も若い。が、数多の実戦経験で培われたその実力は、先輩の最高位魔術士達に全く引けを取らないのだとか。
 魔術士の大半は国家に勤める。現に四名の最高位魔術士はフォルセス国家に属していた。しかしリハイドは、束縛は嫌いだとか一人の方が楽でいいとか、適当な理由でそれを拒み、単身で活動している。これは魔術士としては異例だ。そうして赴いた街や村で活躍の噂が立ち、いつしか〝最強の魔術士〟という二つ名が付いた。魔術士界だけに留まらず、世間にまで名の知れた高名な人物である。
「よし、こんなもんかな」
 行きつけの食品店で定食の材料を粗方買い込み、ジンレイは両手両腕に荷物を下げ、正面にもう一つ抱え込みながら帰路についた。行きは大通りを通ったが、この大荷物では人通りの多い道は歩きづらい。ジンレイは大通りを避けて裏通りに入った。
 こちらは主に老舗や専門店が立ち並び、来訪者向けの店が多い大通りに比べると、街の人々の生活に寄り添うような落ち着いた趣がある。人通りが少ないため子供も好きに走り回れるし、おばちゃん方が大人数で井戸端会議を開くのも見慣れた光景だ。
 昔よくここで遊んでいたジンレイとしては大通りよりもこちらの方が親しみ深い。
「あれ? ジンレイじゃないっスか」
 背後に陽気な声がして振り向くと、そこには同じく親しみ深い人物がいた。
「よ、キルヤ」
 彼は荷物を店の中に運ぶ途中のようで、大きな木箱を抱えていた。店先の脇には同じものがいくつも積んである。全部中へ運び込むにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「忙しそうだな」
「まあ親父の仕事っスけどね」
 苦笑混じりに言うキルヤ。
 彼は今日も浅葱色のつなぎを着て、微かにオイルの匂いを纏っている。今は身体を動かして暑いのか、上半身の部分を腰に巻き付けて腕をさらしていた。
「ジンレイくらいっスよ。オイラに仕事をくれるのは」
 深呼吸して身体を後ろに反らす。彼は表情や仕草の端々に混じりっ気のない陽気さを垣間見せるため、しばしば年の近い弟がいたらこんな感じなのかと思う時がある。
 キルギリヤ・ソルベティ。技術屋の跡取り息子である。
 と言っても実際に跡を継ぐのはだいぶ先とのこと。この手の職業は経歴が物を言うところがある。若干十六歳の若造には、大きな依頼が入って来ることはまずないのだ。ましてや彼の父親は世界でも名の知れた技士で、その隣では彼の評価されるべき成果も陰ってしまう。今は父親の助手をしながらより高度な技術を学んでいた。
 彼とは同い年で家が近いこともあって、かれこれ十数年の付き合いである。純粋に良き友としてもそうだが、依頼人クライアントと技士といった仕事関係でもまた然り。つい先日も彼に一つ依頼を持ち込んでいた。
「ジンレイこそ、今日は大変そうっスね」
「まあ見ての通り姉貴の使いっぱしりだよ」
 ジンレイも苦笑を浮かべた。お互いこの過剰労働は本意でないと言外する。
 ややあって、あ、とキルヤが声を漏らし手を叩いた。
「そうっス。預かってた品物、後で届けに行くっスよ」
「お、悪いな。そっち落ち着いてからでいいから。ちゃんと休憩入れろよ」
「寝る時と食べる時しか休まないジンレイに言われたくないっス」
「こちとらそれが売りだからいいんだって」
 この場で受け取れればそれが一番いいのだが、あいにく持ち運べる限界まで食材を買い込んだのでこれ以上荷物は増やせない。今は素直に彼の厚意に甘えることにした。
「んじゃあまた後でな」
「ういっス」
 そろそろ店もまた混み始める。ジンレイは帰ってから仕事が少ないことを願いつつ、歩を速めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。 貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。 元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。 これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。 ※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑) ※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。 ※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

没落領地の転生令嬢ですが、領地を立て直していたら序列一位の騎士に婿入りされました

藤原遊
ファンタジー
魔力不足、財政難、人手不足。 逃げ場のない没落領地を託された転生令嬢は、 “立て直す”以外の選択肢を持たなかった。 領地経営、改革、そして予想外の縁。 没落から始まる再建の先で、彼女が選ぶ未来とは──。 ※完結まで予約投稿しました。安心してお読みください。

処理中です...