7 / 86
一章 光の代償
光の代償
しおりを挟む
何処までも澄み渡る青空と、悠々と流れる白雲。
瞼の裏に描く空はいつもそう。
城から数歩離れたところで少女は足を止めた。
高台に位置するここからは、城下街は勿論、囲壁の向こうに広がる荒野もまた遠くまで見渡すことができる。
街と荒野と、それから空。
このグリームランドを構成する三大要素が一挙になって視界に飛び込む。その光景を前にして、人は時に思想領域を超越し幽玄の世界をも見出してきた。
しかし太陽の光輝が弱まってしまった今となっては、景色は鮮明さを失い、見る人に憂鬱な気分を募らせるばかりだ。
やはり城から眺望する景色は蒼天の下にこそ似合う。
逆風が彼女の金髪を煽った。自分の肩を横切り遥か彼方へと向かう風にそっと手を伸ばし、旋律に乗せて言葉を紡ぐ。
la la la 歌おう 空を見上げて
la la la 遠くの風 心に感じて
白黒の荒れ野 黎明を告げる一筋の輝きが
世界の色を教えてくれた
それがボクという存在の 始まりの時――
『希望の歌』。グリームランドで古くから歌い継がれてきた歌謡だ。この歌の歌詞が連想させるのは決意の朝。しかし、そういった一個人の視点は表面的に過ぎず、この歌にはもっと深遠な意味が籠められていると言われている。
「〝闇夜の終わりを告げる時、空は希望を歌う〟……」
歌と共に人から人へ言い伝えられてきた太陽創生についての口承を、一句一句咀嚼しながら舌に転がしていく。
しかし、彼女は釈然としない表情を浮かべた。その口承が意味するものは一体なんなのか理解できていないからだ。いや、それは彼女だけではない。今の時代を生きる人々は皆、その言葉の本当の意味を理解してはいないだろう。
それでも知りたいと思う彼女はもう何年も前からあの手この手で解明しようとしているのだが、未だにそれらしい答えには至っていない。
あるいはその時が来れば、おのずと解るのか。
「……姫様」
少女の後ろに立っている一人の老爺が遺憾の意を含んだ声をこぼした。
彼女は風に煽られる金髪を軽く手で制しながら静かに振り返る。そして、少女とは思えない婉然たる笑みを浮かべて伝えた。
「今までありがとう、爺や」
華奢な身体に大きな外套を羽織り、最低限の荷物をまとめたリュックを背負う少女は、見送りに来てくれた老爺に謝意を述べた。するとその言葉が別離を強調させたのか、老爺は堪え切れず涙を浮かべた。
「ああ、このように思う爺やはなんと罰当たりなんでしょう。されど姫様、どうか無事にお帰り下さいますよう」
「ううん、ありがとう。そう言ってもらえてとっても嬉しいよ」
少女の名をユーリエレナ・イルム・フォルセス。
フォルセス王国第一王女として、十六年前この世に生を受けた。
しかし彼女はその最も高貴な立場をも遥かに凌駕する重責を双肩に担っていた。それは即ち、朽ちる太陽に替わり新しい太陽を創生する者〝太陽の神子〟の候補者の資格である。
太陽創生には膨大な魔法力を必要とする。それは人間が通常蓄積する魔法力の、実に数万倍。故に、事を為せるのは選ばれた人間だけだ。
つまり光の女神の加護を受けた、世界でたった一人の〝太陽の神子〟だけがこのグリームランドを救うことが出来る。
少女の金髪はその〝太陽の神子〟の候補者である最たる証だ。彼女が生まれた当時は、グリームランドを束ねる王国の血族にこの惑星の運命を背負うやもしれぬ娘が現れたとして、大々的に祝儀を挙げたそうだ。
しかし、〝太陽の神子〟は単なる希望の象徴ではない。
太陽は創生者の魔法力を全て注ぎ込むことで創造される。魔法力は魔術や魔導の発動源としてだけではなく、呼吸や体温調節など生命活動を維持するためにも機能している。そのため、要するに太陽創生は〝太陽の神子〟の生命そのものと引き換えに成立するのだ。ともなれば身内の心境は複雑だ。
現時点において少女はあくまでその候補者の一人に過ぎない。候補者は世界中で十数名確認されており、今頃は〝太陽の儀式〟に集うべく各自太陽神殿に向かっているはずだ。
そして、少女もまた。
「行って来るね」
百年の役目を全うし、終わりを迎えようとしている太陽の下。
人々を照らす光を再び生み出すために王宮を出発した。
瞼の裏に描く空はいつもそう。
城から数歩離れたところで少女は足を止めた。
高台に位置するここからは、城下街は勿論、囲壁の向こうに広がる荒野もまた遠くまで見渡すことができる。
街と荒野と、それから空。
このグリームランドを構成する三大要素が一挙になって視界に飛び込む。その光景を前にして、人は時に思想領域を超越し幽玄の世界をも見出してきた。
しかし太陽の光輝が弱まってしまった今となっては、景色は鮮明さを失い、見る人に憂鬱な気分を募らせるばかりだ。
やはり城から眺望する景色は蒼天の下にこそ似合う。
逆風が彼女の金髪を煽った。自分の肩を横切り遥か彼方へと向かう風にそっと手を伸ばし、旋律に乗せて言葉を紡ぐ。
la la la 歌おう 空を見上げて
la la la 遠くの風 心に感じて
白黒の荒れ野 黎明を告げる一筋の輝きが
世界の色を教えてくれた
それがボクという存在の 始まりの時――
『希望の歌』。グリームランドで古くから歌い継がれてきた歌謡だ。この歌の歌詞が連想させるのは決意の朝。しかし、そういった一個人の視点は表面的に過ぎず、この歌にはもっと深遠な意味が籠められていると言われている。
「〝闇夜の終わりを告げる時、空は希望を歌う〟……」
歌と共に人から人へ言い伝えられてきた太陽創生についての口承を、一句一句咀嚼しながら舌に転がしていく。
しかし、彼女は釈然としない表情を浮かべた。その口承が意味するものは一体なんなのか理解できていないからだ。いや、それは彼女だけではない。今の時代を生きる人々は皆、その言葉の本当の意味を理解してはいないだろう。
それでも知りたいと思う彼女はもう何年も前からあの手この手で解明しようとしているのだが、未だにそれらしい答えには至っていない。
あるいはその時が来れば、おのずと解るのか。
「……姫様」
少女の後ろに立っている一人の老爺が遺憾の意を含んだ声をこぼした。
彼女は風に煽られる金髪を軽く手で制しながら静かに振り返る。そして、少女とは思えない婉然たる笑みを浮かべて伝えた。
「今までありがとう、爺や」
華奢な身体に大きな外套を羽織り、最低限の荷物をまとめたリュックを背負う少女は、見送りに来てくれた老爺に謝意を述べた。するとその言葉が別離を強調させたのか、老爺は堪え切れず涙を浮かべた。
「ああ、このように思う爺やはなんと罰当たりなんでしょう。されど姫様、どうか無事にお帰り下さいますよう」
「ううん、ありがとう。そう言ってもらえてとっても嬉しいよ」
少女の名をユーリエレナ・イルム・フォルセス。
フォルセス王国第一王女として、十六年前この世に生を受けた。
しかし彼女はその最も高貴な立場をも遥かに凌駕する重責を双肩に担っていた。それは即ち、朽ちる太陽に替わり新しい太陽を創生する者〝太陽の神子〟の候補者の資格である。
太陽創生には膨大な魔法力を必要とする。それは人間が通常蓄積する魔法力の、実に数万倍。故に、事を為せるのは選ばれた人間だけだ。
つまり光の女神の加護を受けた、世界でたった一人の〝太陽の神子〟だけがこのグリームランドを救うことが出来る。
少女の金髪はその〝太陽の神子〟の候補者である最たる証だ。彼女が生まれた当時は、グリームランドを束ねる王国の血族にこの惑星の運命を背負うやもしれぬ娘が現れたとして、大々的に祝儀を挙げたそうだ。
しかし、〝太陽の神子〟は単なる希望の象徴ではない。
太陽は創生者の魔法力を全て注ぎ込むことで創造される。魔法力は魔術や魔導の発動源としてだけではなく、呼吸や体温調節など生命活動を維持するためにも機能している。そのため、要するに太陽創生は〝太陽の神子〟の生命そのものと引き換えに成立するのだ。ともなれば身内の心境は複雑だ。
現時点において少女はあくまでその候補者の一人に過ぎない。候補者は世界中で十数名確認されており、今頃は〝太陽の儀式〟に集うべく各自太陽神殿に向かっているはずだ。
そして、少女もまた。
「行って来るね」
百年の役目を全うし、終わりを迎えようとしている太陽の下。
人々を照らす光を再び生み出すために王宮を出発した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
卒業パーティーのその後は
あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。 だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。
そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる