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四章 それでも僕等は夢を見る
彼女の優しさ
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今回もキルヤがハンドルを握り、その隣にリンファがナビ役として座った。後ろの荷台にはジンレイとアズミ、そしてワモルが乗り込んでいる。
アズミとワモル、国軍勤めの彼らと再会するのはジンレイにとって二年ぶりだ。
会わずともキルヤやユリエナから二人の話はよく聞いていたので、何の資格を取っただのどこの隊に配属されただの、ある程度のことは知っているつもりだった。二人とも国家魔導士、国家槍士となってから、春を辛抱強く待っていた新芽のように才能を発揮し、順調に地位を築いていったと聞いている。記憶が正しければアズミは中隊の隊長を務め、ワモルは第一小隊で新鋭隊士の一人として活躍しているはずだ。二人は各々順風満帆に過ごしているのだと、ジンレイはおぼろげに想像していた。しかしそうでもないらしい、と今は思う。
「気になるか?」
無意識のうちにじーっとワモルを見つめてしまっていたようで、向かい合わせに腰を下ろしている彼が苦笑交じりに問いかけてきた。
「いや……。気には、なるけど……」
ばれているのなら嘘をついても仕方がないので正直に肯定する。だが無理に言及するつもりはなかった。話したくないというのならそれで構わない。
と思ったが、ワモルは一間空けるとぽつりと告げた。
「俺、今は親衛隊にいる」
それとは対照的に、ジンレイは一瞬耳を疑い大きな反応になってしまった。
「はあ!? まさか、外されたのか……?」
「いや。俺が志願したんだ」
つい最近のことだという。しかしいつのことかはこの際あまり問題ではなかった。
「どうして! 第一小隊は国軍の最強部隊だろ? そこに選抜されたのに、どうして……」
ワモルが所属していたのはフォルセス国軍第一小隊。別名、新鋭部隊。
選りすぐりの豪傑達が集う、名実ともにフォルセス随一の最強部隊である。所属隊士は二桁に満たない。第一小隊は兵士達の憧れの的で、そこに所属出来ることは国家武人として至高の誉れだ。
「おまえも似たようなもんだろ」
「俺とワモルじゃ状況が違い過ぎるだろ、状況が」
微苦笑を浮かべて、ワモルは話を戻す。
「理由か? そうだな。強いて言うなら、俺は戦うために戦いたいんじゃない。何かを守るために戦いたいって気付いてな」
以前からわだかまりのようなものは感じていたらしい。転属のきっかけに変わったのは、ユリエナの異変を知らされた時だと言う。
アズミに呼び出されてユリエナの部屋を訪れると、そこでリンファと七年ぶりの再会をした。しかしそこに再会の言葉はなかった。信じられないものが三人の目に飛び込んできたからだ。それは羽根。人間にあらざる異質な物体を、ユリエナは背中に生やしていた。ユリエナが羽根の存在を告白したのは自分達と国王の四人のみだ。
その羽根の存在は、彼女が神子候補者の中でも特に有力であることを暗示していた。
「正直、なんて声をかけてやればいいのか分からなかった。こっちもかなり動揺してたしな。『大丈夫か?』って、そんなありきたりな言葉しか出てこなかった」
すぐさま熟考に暮れた女性陣の代わりに、ワモルがユリエナに言葉をかけた。
そして、ユリエナは――。
『もっちろん! もし私が神子だったらすごいことだよ。みんなの太陽になるかもしれないんだから、これからはもっとしっかりしなくちゃいけないね』と。
「笑ってたよ、ユリエナは」
「……あいつらしいな」
その時の彼女の笑顔を想像して、ジンレイもまた胸を締め付けられる。
「それでふと思ったんだ。俺はこのままでいいのかって。強くなることばかり求めてその先に何があるのか、ってな」
ワモルは高天を仰ぎながらゆっくりと語り出した。
彼には病弱な妹がいる。自己治癒力が著しく弱く、幼少の頃はよく風邪をこじらせて寝込んでいた。病気にかかる度に医者を呼んでいたが、この時期家の財政が悪化したことも重なり、五歳を過ぎてからは辛うじてついた体力と免疫力を頼みにまず二、三週間安静にさせて様子を見ることにしていた。それでも治りが悪い時は医者を呼び、やがて貯金は底を着き、その日暮らしのような状態が三年以上続いていた。
幼いワモルは次第に思うようになった。医者を呼べなくなったこの状況で、妹が予断を許さないような大病にかかったらどうなってしまうのか。風邪一つ治すのにだって長い闘病生活が必要なのに。妹が病気にかかる度にワモルは回復を祈りながら、自分の非力さを嫌悪する日々を過ごしていた。
そしてある日、とうとうその不安が現実となった。
妹はひどい発熱と激しい咳に襲われ、床に臥せてしまった。その容体はとても静観していられないもので、でもだからと言って医者を呼ぶ金はなく。子供に過ぎない自分に出来ることはただ汗を拭い、額のタオルを冷たいものに取り替えてやることだけだった。
ちょうどその時だ。
ここのところ元気がないワモルを気にかけて、ユリエナが林檎を届けにやってきたのだ。事情を知った彼女はすぐさま医者を呼びに行こうとした。しかもそこらの街医者ではなく、王族かかりつけの宮廷医学療法士を。
ワモルにしてみればこんなありがたい話はなかった。けれど、良心に突き動かされるユリエナを止めたのは意外なことに母だった。診察代の問題は何ら解決していないからだ。それに対してユリエナは『お父様に頼みます』とまで言ってくれた。それでも母は首を横に振った。『それでは民衆に示しがつきません。そのお気持ちだけで充分です。この子は大丈夫ですから……』と。
ユリエナは母の言葉を聞き入れ、大人しく退散した。しかし家を出た途端に彼女は走り出し、見送りのために外へ出たワモルもすぐにその後を追った。ユリエナが訪れたのは街の診療所。ワモルは母の言葉を思い出してユリエナを止めるが、今度のユリエナは止まらない。彼女は街医者の許まで行き、頭を下げた。
『診てもらいたい友達がいるんです。お金は持ってません。だから私が働いて返します。ですからどうか、お願いできませんか』
ワモルは虚を衝かれた。ユリエナの発想と行動の大胆さに。嘆いてないで考え探せば子供の自分にだって出来ることは見つけられるのだと思い知らされた。
結果、妹は無事診察を受けて完治し、ワモルも一緒に働いて二人で診察代を返した。
ユリエナは例えワモルという友達が関わっていなかったとしても、困っている人がいれば同じような行動を取ったように思う。他人のためにそこまでする、そこまで出来る彼女を、ワモルは眩しく感じた。
何度も礼を言うワモルに、ユリエナは謙遜しながら言った。
『困った時はお互い様なんだよ。それよりよかったね! 妹さん元気になって』
この時の彼女の笑顔が泣けるくらい胸に染みて、自分もこういう人になりたいと思った。他人のために走って、他人の幸せを自分の幸せと出来る人に。
その思いを、過酷な運命を背負ってなお明るく振る舞うユリエナを前にした時、数年ぶりに思い出した。この機にもう一度心に刻み直して、人々を守ることにこそ尽力しようと転属を決意したのだ。
「でも結局ユリエナを守れなかった。立場とか命令に囚われて動けなかったなんて、何も変われてない証拠だ」
「ワモル……」
不甲斐無い自分を自覚した時、心にあるのは悔しさと失望ばかりだ。それをジンレイも痛感している。
転属の理由を話し終えて、ワモルは黄昏塔で会った兵士達の態度のわけへと回帰させた。
「まあ疎まれても仕方ないだろ。さっきおまえが言ったように第一小隊は国軍の顔だ。入りたくても入れない奴がごまんといる。その中で、隊からの推薦を受けて入った有り難みも忘れて一年ちょっとで脱退。おまけに、さして前衛にも出ない、警備が専ら仕事の親衛隊に転属なんて聞いたら、舐めてるのかって思われて当然だ」
「わ、忘れてなんかないだろ。ワモルが礼を欠くなんて今まで一度もっ……」
「世間から見たら、ってことだ」
「…………」
冷たいと感じた。ワモルの言葉が、ではない。事情や心情を知らないというだけで人の心は事実をこうも冷淡に解釈してしまうのか。不意に空しさが襲った。ワモルはこんなものを抱えて日々を過ごしているのだろうか、と思うと言葉が出ない。
アズミとワモル、国軍勤めの彼らと再会するのはジンレイにとって二年ぶりだ。
会わずともキルヤやユリエナから二人の話はよく聞いていたので、何の資格を取っただのどこの隊に配属されただの、ある程度のことは知っているつもりだった。二人とも国家魔導士、国家槍士となってから、春を辛抱強く待っていた新芽のように才能を発揮し、順調に地位を築いていったと聞いている。記憶が正しければアズミは中隊の隊長を務め、ワモルは第一小隊で新鋭隊士の一人として活躍しているはずだ。二人は各々順風満帆に過ごしているのだと、ジンレイはおぼろげに想像していた。しかしそうでもないらしい、と今は思う。
「気になるか?」
無意識のうちにじーっとワモルを見つめてしまっていたようで、向かい合わせに腰を下ろしている彼が苦笑交じりに問いかけてきた。
「いや……。気には、なるけど……」
ばれているのなら嘘をついても仕方がないので正直に肯定する。だが無理に言及するつもりはなかった。話したくないというのならそれで構わない。
と思ったが、ワモルは一間空けるとぽつりと告げた。
「俺、今は親衛隊にいる」
それとは対照的に、ジンレイは一瞬耳を疑い大きな反応になってしまった。
「はあ!? まさか、外されたのか……?」
「いや。俺が志願したんだ」
つい最近のことだという。しかしいつのことかはこの際あまり問題ではなかった。
「どうして! 第一小隊は国軍の最強部隊だろ? そこに選抜されたのに、どうして……」
ワモルが所属していたのはフォルセス国軍第一小隊。別名、新鋭部隊。
選りすぐりの豪傑達が集う、名実ともにフォルセス随一の最強部隊である。所属隊士は二桁に満たない。第一小隊は兵士達の憧れの的で、そこに所属出来ることは国家武人として至高の誉れだ。
「おまえも似たようなもんだろ」
「俺とワモルじゃ状況が違い過ぎるだろ、状況が」
微苦笑を浮かべて、ワモルは話を戻す。
「理由か? そうだな。強いて言うなら、俺は戦うために戦いたいんじゃない。何かを守るために戦いたいって気付いてな」
以前からわだかまりのようなものは感じていたらしい。転属のきっかけに変わったのは、ユリエナの異変を知らされた時だと言う。
アズミに呼び出されてユリエナの部屋を訪れると、そこでリンファと七年ぶりの再会をした。しかしそこに再会の言葉はなかった。信じられないものが三人の目に飛び込んできたからだ。それは羽根。人間にあらざる異質な物体を、ユリエナは背中に生やしていた。ユリエナが羽根の存在を告白したのは自分達と国王の四人のみだ。
その羽根の存在は、彼女が神子候補者の中でも特に有力であることを暗示していた。
「正直、なんて声をかけてやればいいのか分からなかった。こっちもかなり動揺してたしな。『大丈夫か?』って、そんなありきたりな言葉しか出てこなかった」
すぐさま熟考に暮れた女性陣の代わりに、ワモルがユリエナに言葉をかけた。
そして、ユリエナは――。
『もっちろん! もし私が神子だったらすごいことだよ。みんなの太陽になるかもしれないんだから、これからはもっとしっかりしなくちゃいけないね』と。
「笑ってたよ、ユリエナは」
「……あいつらしいな」
その時の彼女の笑顔を想像して、ジンレイもまた胸を締め付けられる。
「それでふと思ったんだ。俺はこのままでいいのかって。強くなることばかり求めてその先に何があるのか、ってな」
ワモルは高天を仰ぎながらゆっくりと語り出した。
彼には病弱な妹がいる。自己治癒力が著しく弱く、幼少の頃はよく風邪をこじらせて寝込んでいた。病気にかかる度に医者を呼んでいたが、この時期家の財政が悪化したことも重なり、五歳を過ぎてからは辛うじてついた体力と免疫力を頼みにまず二、三週間安静にさせて様子を見ることにしていた。それでも治りが悪い時は医者を呼び、やがて貯金は底を着き、その日暮らしのような状態が三年以上続いていた。
幼いワモルは次第に思うようになった。医者を呼べなくなったこの状況で、妹が予断を許さないような大病にかかったらどうなってしまうのか。風邪一つ治すのにだって長い闘病生活が必要なのに。妹が病気にかかる度にワモルは回復を祈りながら、自分の非力さを嫌悪する日々を過ごしていた。
そしてある日、とうとうその不安が現実となった。
妹はひどい発熱と激しい咳に襲われ、床に臥せてしまった。その容体はとても静観していられないもので、でもだからと言って医者を呼ぶ金はなく。子供に過ぎない自分に出来ることはただ汗を拭い、額のタオルを冷たいものに取り替えてやることだけだった。
ちょうどその時だ。
ここのところ元気がないワモルを気にかけて、ユリエナが林檎を届けにやってきたのだ。事情を知った彼女はすぐさま医者を呼びに行こうとした。しかもそこらの街医者ではなく、王族かかりつけの宮廷医学療法士を。
ワモルにしてみればこんなありがたい話はなかった。けれど、良心に突き動かされるユリエナを止めたのは意外なことに母だった。診察代の問題は何ら解決していないからだ。それに対してユリエナは『お父様に頼みます』とまで言ってくれた。それでも母は首を横に振った。『それでは民衆に示しがつきません。そのお気持ちだけで充分です。この子は大丈夫ですから……』と。
ユリエナは母の言葉を聞き入れ、大人しく退散した。しかし家を出た途端に彼女は走り出し、見送りのために外へ出たワモルもすぐにその後を追った。ユリエナが訪れたのは街の診療所。ワモルは母の言葉を思い出してユリエナを止めるが、今度のユリエナは止まらない。彼女は街医者の許まで行き、頭を下げた。
『診てもらいたい友達がいるんです。お金は持ってません。だから私が働いて返します。ですからどうか、お願いできませんか』
ワモルは虚を衝かれた。ユリエナの発想と行動の大胆さに。嘆いてないで考え探せば子供の自分にだって出来ることは見つけられるのだと思い知らされた。
結果、妹は無事診察を受けて完治し、ワモルも一緒に働いて二人で診察代を返した。
ユリエナは例えワモルという友達が関わっていなかったとしても、困っている人がいれば同じような行動を取ったように思う。他人のためにそこまでする、そこまで出来る彼女を、ワモルは眩しく感じた。
何度も礼を言うワモルに、ユリエナは謙遜しながら言った。
『困った時はお互い様なんだよ。それよりよかったね! 妹さん元気になって』
この時の彼女の笑顔が泣けるくらい胸に染みて、自分もこういう人になりたいと思った。他人のために走って、他人の幸せを自分の幸せと出来る人に。
その思いを、過酷な運命を背負ってなお明るく振る舞うユリエナを前にした時、数年ぶりに思い出した。この機にもう一度心に刻み直して、人々を守ることにこそ尽力しようと転属を決意したのだ。
「でも結局ユリエナを守れなかった。立場とか命令に囚われて動けなかったなんて、何も変われてない証拠だ」
「ワモル……」
不甲斐無い自分を自覚した時、心にあるのは悔しさと失望ばかりだ。それをジンレイも痛感している。
転属の理由を話し終えて、ワモルは黄昏塔で会った兵士達の態度のわけへと回帰させた。
「まあ疎まれても仕方ないだろ。さっきおまえが言ったように第一小隊は国軍の顔だ。入りたくても入れない奴がごまんといる。その中で、隊からの推薦を受けて入った有り難みも忘れて一年ちょっとで脱退。おまけに、さして前衛にも出ない、警備が専ら仕事の親衛隊に転属なんて聞いたら、舐めてるのかって思われて当然だ」
「わ、忘れてなんかないだろ。ワモルが礼を欠くなんて今まで一度もっ……」
「世間から見たら、ってことだ」
「…………」
冷たいと感じた。ワモルの言葉が、ではない。事情や心情を知らないというだけで人の心は事実をこうも冷淡に解釈してしまうのか。不意に空しさが襲った。ワモルはこんなものを抱えて日々を過ごしているのだろうか、と思うと言葉が出ない。
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