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四章 それでも僕等は夢を見る
それぞれの戦い
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人は誰しも五感――すなわち視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚――の他に、第六感と呼ばれるものを持ち合わせている。一義的な意味を持たない第六感というものを、グリームランドでは魔法器官と置き換えて捉える傾向が強い。
しかし、ディーフィットはそう思わなかった。
五感で捉えられないものとは、つまり不可視、不可聴、不可嗅、不可味、不可触のもの。それを単に魔法と結びつけることは、やや浅慮ではないか。本来、魔法といった一つの言葉で括ることすらままならない、漠然としたものを示すのではないだろうか。
今まさにディーフィットはそれを感じていた。
……空気が変わった。
瞑想に耽っていたディーフィットは静かに瞼を開く。
「陛下? どうかなされましたか?」
左後ろに控えていた側近の騎士が、彼の僅かな変化に気付いて声を掛ける。
「とうとうこの時が来たか……」
「はい?」
するとディーフィットが感じた何かを裏付けるように、一人の兵士が駆け込んできた。
「陛下!!」
国軍に勤めている者は皆、王に謁見する際の礼儀を厳しく教え込まれているものだが、その兵士は倒れ込むように膝を着いた。彼の様子から、ただ事ではない事態が起こっていることは察しられた。
「先程、太陽が完全消滅致しました!」
「ああ。わかっているよ」
ディーフィットは別段、透視能力や魔法力感知に優れているわけではない。ただ感じるのだ。心を無音の空間に同調させていると、その外側から感情を含んだ波長がやってくる。まるで澄んだ水面に広がる波紋のように、人々のざわめきがディーフィットの許まで届くのだ。それが無心に近い彼の心の中で鮮明に響き、事を知らせてくれる。
故に城内や街の喧騒が手に取るように伝わってきていた。
「太陽の儀式はどうなった?」
「はい。現状、姫様はコーエンスランド軍に拉致され、儀式は中断されたままです」
「なっ……!」
声を上げたのはディーフィットではなく、後ろに控える側近の方だ。
騎士と兵士では管轄が異なるが、武力を持ってグリームランドに尽くす者同士、共通するところは多い。お互い、その強さあってこその役職だ。にも関わらず、絶対死守しなければならない〝太陽の儀式〟を妨害され、太陽が消滅した今もなお現状を打開できていないとなれば、騎士が兵士達の失態ぶりに嚇怒するのも無理はない。
「神子の居場所は未だに掴めないのか?」
「いえ、先程北の古城だと判明致しました。これから姫様奪還に向かう次第です。つきましてはコーエンスランド軍と一戦交える許可を頂きに参りました」
「うむ。尽力を期待する」
「ありがとうございます。それから、なのですが……」
「どうした」
兵士は一間置いて言葉を選ぶ。
「いえ、どこかの一隊が無断で先に北の古城へ向かったとの報告があり……。隊長が不在らしく、彼らの処遇をどうしたものかと」
「よい」
「は?」
「行かせてやれ」
「し、しかし、それは隊則違反では……?」
「大方、ロログリス中尉の隊士達だろう。確かに軍人として目に余る言動も多いが、彼らは常に自分ではない誰かのために動いている。私はそれを、人として評価している。このような緊急事態だ、思うようにさせてやればいい」
彼は緊迫した状況でありながら穏やかな微笑をこぼした。その温かな表情に、兵士はそれ以上反論できなくなってしまう。けれど不満はなさそうだ。
「――はっ。それでは至急斥候を飛ばします」
「うむ」
兵士は入室とは打って変わり、深々と一礼をして退室する。その背が消えると、ディーフィットは小さく吐息をついた。
「……北の古城か。これから出陣するのであれば太陽神殿からでも遅すぎるな」
王都から兵士を出しても北の古城には最低半日かかる。それではユリエナを救い出したところで〝太陽の儀式〟の刻限を超過してしまう可能性がある。それ故に、王都と古城の中継点である太陽神殿で護衛任務にあたっていた兵士達に神子奪還の命令を下したのだが、どうやらその準備に手間取ったようだ。
「完全に後手ですね。ここでただ報告を待つしかないことが非常に無念です」
「うむ。見事に裏をかかれたな」
百年前の太陽神殿襲撃から学び、コーエンスランドに偵察を送ってその動向を常に監視していたのだが、先日は何故か定期連絡が入らなかった。前回の連絡が三週間ほど遅れたこともあって、今回も様子を見ているところだったのだ。しかし今にして思えばその時点で偵察隊はコーエンスランド軍に捕縛されていたのだろう。監視行動を逆手に取られ、こちらはコーエンスランド軍に対する戦力をほとんど整えていなかった。彼らの襲撃が分かっていれば、多少儀式の障害になるとしても魔術士と魔導士を数百人同行させたのだが。
「私はよく存じませんが、そのロログリス隊は姫様を奪還するだけの力があるのですか?」
「いや。彼らだけでは到底不可能だろうな」
実力者達が集う中隊とは言えど、コーエンスランド軍の前では余興に終わってしまうだろう。彼らの戦力だけで形勢を逆転させることは不可能だ。
ディーフィットは再び双眸を閉じる。
まさに危急存亡の極みと言った絶望的な状況。現時点においてこの窮地を脱することは奇跡に等しい。
しかし、まだ希望はある。この窮地を脱するだけの力を持った逸材たちが迅速果敢に古城へ向かったことを、ディーフィットは知っている。
今や、あの子達の双肩にグリームランドの未来がかかっている。
――頼むぞ。我が娘の親友達よ。
彼らならきっと。今はそう信じるしかない。そして――。
ディーフィットは王座を立った。
「陛下、どちらへ」
「民衆が不安を募らせている。我々は我々に出来得ることをせねばな」
先日のような騒動を再度引き起こさないために人々に呼びかけることも、国を治める者として為すべきこと。
そしてそれが同時に、娘のことを託した彼らから託されたディーフィットに出来る最大限のことでもある。
彼らの帰ってくるこの場所を守らねばなるまい。
「お供いたします!」
数歩遅れて、国王の専属騎士が駆け出した。
しかし、ディーフィットはそう思わなかった。
五感で捉えられないものとは、つまり不可視、不可聴、不可嗅、不可味、不可触のもの。それを単に魔法と結びつけることは、やや浅慮ではないか。本来、魔法といった一つの言葉で括ることすらままならない、漠然としたものを示すのではないだろうか。
今まさにディーフィットはそれを感じていた。
……空気が変わった。
瞑想に耽っていたディーフィットは静かに瞼を開く。
「陛下? どうかなされましたか?」
左後ろに控えていた側近の騎士が、彼の僅かな変化に気付いて声を掛ける。
「とうとうこの時が来たか……」
「はい?」
するとディーフィットが感じた何かを裏付けるように、一人の兵士が駆け込んできた。
「陛下!!」
国軍に勤めている者は皆、王に謁見する際の礼儀を厳しく教え込まれているものだが、その兵士は倒れ込むように膝を着いた。彼の様子から、ただ事ではない事態が起こっていることは察しられた。
「先程、太陽が完全消滅致しました!」
「ああ。わかっているよ」
ディーフィットは別段、透視能力や魔法力感知に優れているわけではない。ただ感じるのだ。心を無音の空間に同調させていると、その外側から感情を含んだ波長がやってくる。まるで澄んだ水面に広がる波紋のように、人々のざわめきがディーフィットの許まで届くのだ。それが無心に近い彼の心の中で鮮明に響き、事を知らせてくれる。
故に城内や街の喧騒が手に取るように伝わってきていた。
「太陽の儀式はどうなった?」
「はい。現状、姫様はコーエンスランド軍に拉致され、儀式は中断されたままです」
「なっ……!」
声を上げたのはディーフィットではなく、後ろに控える側近の方だ。
騎士と兵士では管轄が異なるが、武力を持ってグリームランドに尽くす者同士、共通するところは多い。お互い、その強さあってこその役職だ。にも関わらず、絶対死守しなければならない〝太陽の儀式〟を妨害され、太陽が消滅した今もなお現状を打開できていないとなれば、騎士が兵士達の失態ぶりに嚇怒するのも無理はない。
「神子の居場所は未だに掴めないのか?」
「いえ、先程北の古城だと判明致しました。これから姫様奪還に向かう次第です。つきましてはコーエンスランド軍と一戦交える許可を頂きに参りました」
「うむ。尽力を期待する」
「ありがとうございます。それから、なのですが……」
「どうした」
兵士は一間置いて言葉を選ぶ。
「いえ、どこかの一隊が無断で先に北の古城へ向かったとの報告があり……。隊長が不在らしく、彼らの処遇をどうしたものかと」
「よい」
「は?」
「行かせてやれ」
「し、しかし、それは隊則違反では……?」
「大方、ロログリス中尉の隊士達だろう。確かに軍人として目に余る言動も多いが、彼らは常に自分ではない誰かのために動いている。私はそれを、人として評価している。このような緊急事態だ、思うようにさせてやればいい」
彼は緊迫した状況でありながら穏やかな微笑をこぼした。その温かな表情に、兵士はそれ以上反論できなくなってしまう。けれど不満はなさそうだ。
「――はっ。それでは至急斥候を飛ばします」
「うむ」
兵士は入室とは打って変わり、深々と一礼をして退室する。その背が消えると、ディーフィットは小さく吐息をついた。
「……北の古城か。これから出陣するのであれば太陽神殿からでも遅すぎるな」
王都から兵士を出しても北の古城には最低半日かかる。それではユリエナを救い出したところで〝太陽の儀式〟の刻限を超過してしまう可能性がある。それ故に、王都と古城の中継点である太陽神殿で護衛任務にあたっていた兵士達に神子奪還の命令を下したのだが、どうやらその準備に手間取ったようだ。
「完全に後手ですね。ここでただ報告を待つしかないことが非常に無念です」
「うむ。見事に裏をかかれたな」
百年前の太陽神殿襲撃から学び、コーエンスランドに偵察を送ってその動向を常に監視していたのだが、先日は何故か定期連絡が入らなかった。前回の連絡が三週間ほど遅れたこともあって、今回も様子を見ているところだったのだ。しかし今にして思えばその時点で偵察隊はコーエンスランド軍に捕縛されていたのだろう。監視行動を逆手に取られ、こちらはコーエンスランド軍に対する戦力をほとんど整えていなかった。彼らの襲撃が分かっていれば、多少儀式の障害になるとしても魔術士と魔導士を数百人同行させたのだが。
「私はよく存じませんが、そのロログリス隊は姫様を奪還するだけの力があるのですか?」
「いや。彼らだけでは到底不可能だろうな」
実力者達が集う中隊とは言えど、コーエンスランド軍の前では余興に終わってしまうだろう。彼らの戦力だけで形勢を逆転させることは不可能だ。
ディーフィットは再び双眸を閉じる。
まさに危急存亡の極みと言った絶望的な状況。現時点においてこの窮地を脱することは奇跡に等しい。
しかし、まだ希望はある。この窮地を脱するだけの力を持った逸材たちが迅速果敢に古城へ向かったことを、ディーフィットは知っている。
今や、あの子達の双肩にグリームランドの未来がかかっている。
――頼むぞ。我が娘の親友達よ。
彼らならきっと。今はそう信じるしかない。そして――。
ディーフィットは王座を立った。
「陛下、どちらへ」
「民衆が不安を募らせている。我々は我々に出来得ることをせねばな」
先日のような騒動を再度引き起こさないために人々に呼びかけることも、国を治める者として為すべきこと。
そしてそれが同時に、娘のことを託した彼らから託されたディーフィットに出来る最大限のことでもある。
彼らの帰ってくるこの場所を守らねばなるまい。
「お供いたします!」
数歩遅れて、国王の専属騎士が駆け出した。
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