空の歌(スカイ・ソング)

碧桜 詞帆

文字の大きさ
44 / 86
五章 闇夜に光あれ

トリックスターの名に懸けて

しおりを挟む
 階段を駆け上がっている途中、過激な爆音が下から響き、床が一瞬沈んだ。
「リンファ、派手にやってるっスね」
「ああ。むしろ敵の心配した方がいいかもな」
 普通、魔術士同士が一対一で戦うことはない。魔法の発動には直接発動ショートカットという例外もあるが、基本的に詠唱が必要不可欠である。また詠唱をどんなに早く唱えたとしても、必ず多少のタイムラグが伴う。それがほんの僅かな時間だったとしても、武人からしてみれば間合いを詰めるのに充分な時間だ。逆に言えば、魔法を使う者にとってこのタイムラグは命取りになる。魔法は発動こそすれば強力な戦力だが、そのリスクは高いのだ。故に魔術士が戦場に赴く際、接近戦を担うパートナーを連れ、発動までの時間稼ぎを任せるのが定石である。
 しかし魔術士対魔術士の戦闘になった場合、それは単純に魔法と魔法のぶつかり合いということになる。所持する魔法術式の量、魔法の完成度、発動の速さなど、魔術士としての技術スキルが高い方が勝者となる。ともなれば、このグリームランドに現存する全ての魔法術式を所持し、国王から最年少で最高位を授かったリンファが負けることなどまずありえない。相手も不運だろう。よりにもよってあのリハイドと一対一サシで勝負することになるなんて。
 元はと言えば『リハイド』を『リンファ』と呼び出したのはユリエナだった。学修院時代、名前でからかわれることを嫌い、同世代の子を突き離していた彼女に対して『じゃあ女の子らしいあだ名付けようよ』と命名したのだ。彼女が悪態を吐きながらも、あだ名をもらって喜んでいることを知っているジンレイ達は、ユリエナに倣って彼女をリンファと呼ぶようになった。
「おやおやまあ。二人もやってくるとは」
 不意に頭上からおどけた声が降ってくる。見上げるとそこには黒い人影が直立していた。平然と、まるで天井こそが床とでも言うように。普通の人間でないことは一目瞭然だ。
「賑やかなのは妾も心踊るというもの。楽しませてくれようぞ」
 男とも女ともつかない中性的なしわがれた声で笑い、ポンと鳴らした手の内に墨色のシルクハットを出した。次いでいつの間にか手にしていたステッキでシルクハットの縁を軽やかに叩く。そしてハットから溢れ出てきたのは、大量のナイフだった。シルクハットの体積を優に超えた、非物理的な数のナイフを雨霰のように降らせてくる。
「キルヤ、俺から離れんなよ!」
 ジンレイは抜刀し、降りかかる刃を弾いて防御に徹した。しかしいくらナイフを弾こうとジンレイの捌きを免れた刃が二人を襲う。頭部こそ死守したが、腕や足にはいくつもの掠り傷が刻まれた。ナイフの雨が止んだのを見計らって、ジンレイは足元に散らばったそれを数本拾い上げ手品師もどきに投げ返した。
「ほほほほほ! 随分と意気のいい小童じゃ」
 ステッキの持ち方を変えたかと思うと棒はいつの間にか扇子に替っており、ばっと開いて易々とナイフを弾いた。天井に立っていることといいナイフの雨といい、詠唱をしていないのだから種も仕掛けもあるのだろう。だがそれを見破ることは難しく、遠距離攻撃の手段がない以上、反撃もままならない。床にばら撒かれたナイフがこちらにとって唯一の飛び道具になるわけだが、それも所詮小道具だ。敵の攻撃が何であれ、まず奴の懐に入り込まないことには反撃には転じられない。むこうもそれを読んでか、天井を這い廻り攻撃を届かせないようにし始めた。
「くそっ。ちょこまかと……」
 不規則に動き回るせいで狙いが定められない。その動きの不規則さは小動物が闇雲に逃げ回るそれとは違い、巧妙に計算されていてまるでパターンが読めない。弄ばれているのが嫌でも分かる。
「これも道化士の性ゆえ、恨むでないぞ」
 それでも方向転換の際、僅かに壁際で留まるその一瞬を狙ってナイフを投げるジンレイ。しかしそのほとんどが容易く避けられ、届いたナイフも結局は弾かれてしまう。こうなれば動きが完全に止まった時に剣で斬り込むしかないのだが、一向にその好機もやってこない。
「ジンレイ……。――っ!」
 キルヤは手を背に回し、下げているツールポケットから癇癪玉を取り出した。特に標準も定めず、力任せに振り上げる。
「あぎゃっ!」
 手品師もどき、もとい道化士もジンレイにばかり気を取られていたのか奇跡的にヒット。思わずキルヤも火花を被った道化士をまじまじと見た。
「……のれ、このような戯具で」
 案の定この程度の火力では傷一つ付けられない。しかしキルヤはこのチャンスを逃すまいとすかさずゴーグルを被った。
「次は発光弾っス。ジンレイ目瞑って。オイラが手を引くっス」
 返答を待たず発光弾を投げた。ジンレイは彼を信じて誘導されるままに階段を駆け上がる。上り終えたところでキルヤの手が離れたかと思うと、背中をどんと押された。
「行くっス! ユリエナがすぐそこだってのに、ジンレイがこんなところで止まってちゃいけないっスよ。ここはオイラがなんとかするっス」
「なっ……!? でもおまえ、戦ったことなんてないだろ!?」
 友を心配して声を荒げる。先刻置いてきたリンファ達とキルヤでは天と地の差があると言ってもいい。彼らは自身を守り、かつ敵を倒すだけの力を持ち合わせている。しかしキルヤにそんな戦闘技術スキルはない。
「そりゃあ模擬戦だってろくにしたことないっスけど、ジンレイとワモルが手合わせしてるとことか、飽きるほど見てきたっス。要領は掴んでるっスよ」
「だったら一緒に戦えばいいだろ。さっさと倒して一緒に進めばいい」
 けれど、キルヤは首を横に振った。
「それはダメっス。一緒に戦ったらジンレイ、さっきみたいにオイラを庇いながら戦おうとするじゃないっスか。ユリエナのそばに見張りがいないわけないっス。ジンレイの相手はそいつっスよ」
 ジンレイはまだ躊躇う。当然だ。敵の目下に戦力の乏しい友を置いていくことなんて出来ない。ジンレイの心情を察してキルヤは苦笑気味に白い歯を見せた。
「行ってほしいっス。オイラだって敵を引き留めるくらいの役には立てるっスよ」
「…………キルヤ」
「大丈夫っスよ。アズミからオイラの戦い方ってやつを少し教えてもらってるっスから。それにオイラだって、ただ部屋に閉じこもって七年を過ごしたわけじゃないっス」
 あっとジンレイは口を開いた。
 キルヤの言わんとすることを汲み取り、先に行くことを決意する。
「キルヤ!」
 ジンレイは一度駆け出してから、振り返って友の名を呼んだ。
「トリックスターの異名が伊達じゃないって、信じてるからな!」
「おうっス!!」
 確かにキルヤの力は頼りないかもしれない。だがジンレイが信じるのは、彼の力ではなく彼の覚悟だ。キルヤは今、自分の中にある一つの可能性に賭けようとしている。
 それが伝わってきたから、ジンレイは背を向けて走り出すことができた。
 ジンレイを見送り、奥に消えたのを確認すると、キルヤは道化士に向き直る。
「おのれ小賢しい……。人の舞台に水を差しおって」
「眩しかったっスか? 光量三倍に改良してあるっス」
「もしやそち技士か? いや、技士が戦場いくさばに来ようはずはないな。ならば、――罠士か」
「よく知ってるっスね。一番少数派マイノリティ資格キャパシティなんスけど」
 罠士はその技術を戦闘にも用いるが、その対象はあくまで悪魔や式魔だ。人間相手のトラップを創作する罠士もいるが、少なくともキルヤはそんな頼もしい物は持ち合わせていない。おまけに生まれて初めての実戦だ。身体が僅かに震えている。
 高名な技士である父親を超えるきっかけになればと技士の新しい姿――罠士に手を伸ばしてから二年。まだ見ぬ形式スタイルに魅入られたキルヤが、模索し続けた罠士の実力が果たしてどれほどのものか。
「どうしたもんスかね……」
 小さな呟きと共に、額から一筋の汗が伝った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。 貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。 元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。 これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。 ※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑) ※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。 ※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

没落領地の転生令嬢ですが、領地を立て直していたら序列一位の騎士に婿入りされました

藤原遊
ファンタジー
魔力不足、財政難、人手不足。 逃げ場のない没落領地を託された転生令嬢は、 “立て直す”以外の選択肢を持たなかった。 領地経営、改革、そして予想外の縁。 没落から始まる再建の先で、彼女が選ぶ未来とは──。 ※完結まで予約投稿しました。安心してお読みください。

処理中です...