空の歌(スカイ・ソング)

碧桜 詞帆

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五章 闇夜に光あれ

唯一無二の

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 人の気配がする方へひたすら走る。つき当たりを曲がり行き着いた先の部屋には、やはり人影があった。大きな体躯に漆黒の鎧をまとい、厳然たる威圧感を放つその人物がコーエンスランド連合国最高軍師ガリルフである。
 彼は侵入者がここまで辿り着いたことにまるで驚いた様子を見せない。それどころか、もしや気付いていないのではと思うほど反応がない。ジンレイが真正面に捉えるその男は、数秒経っても冷然と佇立を守っていた。
 粛々とした雰囲気に飲み込まれかけていたジンレイははっと我に返り、剣を構えた。
「ユリエナを返してもらう」
 ジンレイの言葉が聞こえない距離ではないはずだ。だがまたしても無反応。時間を置いてジンレイがもう一度表明しようとした時、彼は鼻で嗤ってようやく面を上げた。
「連れを置いて一人でやってくるとは。勇敢というより蛮勇に値するな」
 ジンレイを小物と見ていることがありありと伝わってくる。見下してくる冷ややかな双眸に向けて、ジンレイはさらに言い放った。
「ユリエナを返せ」
「そう簡単に引き渡すと思うか? 彼女は今やグリームランドの心臓ともいうべき存在だ」
 ガリルフも左足を引いて、柄に手を掛ける。双方既にこの決着のつけ方は一つしかないと承知しているようだ。
「彼女は奥にいる。……先に忠告しておくが、私の隙をついて彼女を助け出すなどといった甘い考えは持たないことだな」
 背を見せれば必ず斬り殺す。そう言外に告げる彼の大剣が部屋の照明を鮮やかに反射させた。粛然とした物腰の裏に潜んでいる殺気は、血に飢えた獣のようだ。
 直感が警告する。この男は例え相手が女子供であろうと容赦なく殺せる奴だ、と。負ければ命はない。死ぬのが怖いなら今のうちに逃げるのが賢明だろう。
 その鎧の下に誰もが恐れ慄く威圧感を纏った男を前にして、ジンレイは脆弱な小僧にしか見えない。傍目に見える勝敗は歴然としていた。しかしジンレイはむしろ一歩前に踏み出した。
「端からそのつもりだ」
 傍目には劣勢でも、ジンレイが負けると決まったわけではない。
 それに、例え相手がどれだけ強かろうと退くわけにはいかないのだ。ここまで気力体力共に万全で辿り着くことが出来たのは、全て彼らのおかげなのだから。
「お前を倒してユリエナを助けに行く」
「ふん。騎士気取りの小僧に果たして出来るかな?」
 ジンレイがガリルフの懐に飛び込む。上段に構えた剣を勢いよく振り落とすが、ガリルフは微動だにせずこれを受け切った。
 上段からいったため重心が脆くなったジンレイは鍔迫り合いを避け、バックステップで身を引いた。そこをガリルフは見逃さず、鋭い追撃でジンレイの喉元を狙った。
 しかしバク転によって紙一重で回避。ひとまず距離を取る。
「少しは出来るようだ」
 ジンレイは返事を返さない。その代わり息を意識的に長く吐いて再び集中力を高める。
 一刹那でも後退が遅れていればそのまま首を掻っ切られていただろう。敗北は死に直結していることを身体で感じた。
 生まれて初めて吐息が吹きかかるほど間近で死を感じたジンレイだが、また臆面もなくガリルフを見据え、剣を構え直した。
 今度はガリルフが先に動いた。ジンレイの半分の歩数で間合いを詰め、石壁さえ砕きそうな斬撃を叩き込んでくる。その速度と振りの重さから、受け止めれば剣が折れることを瞬間的に悟ったジンレイはその斬撃を避けることに徹した。殺人級の追撃もまた二撃、三撃と紙一重で、しかし正確に躱していく。普通の人間ならば既に三回は死んでいることだろう。
 四撃目をジンレイが躱した時、ガリルフの表情が変わった。
 斬撃が軽くなったその一瞬を見極め、ジンレイがガリルフの左腹に斬り込んだ。
 鋭い反撃。常人なら間違いなく斬られていた。だが、ガリルフは派手に振り回していた剣を瞬時に引き寄せ、ジンレイの会心の一撃を防ぎ止める。
「ちっ!」
 ジンレイは即座に剣を引いてさらなる攻撃に転換。離れればまた一方的な防御戦に持ち込まれる危険性があったからだ。ジンレイの反撃を二度も許すほど、この男は優しくないだろう。なんとか着かず離れずの距離を維持する。
 連続して響いていた金属音が一際激しい音を立てて止まった。ジンレイの中剣とガリルフの大剣が密着し、両側からの鍔迫り合いによって右往左往する。
「小僧。フォルセスの犬か?」
 間近に迫ったガリルフが怪訝な目でこちらを睨む。どうやらジンレイが見かけ通りの小僧ではないことを察したようだ。
「残念。それなら門前払いされた」
 ――そう。ジンレイはガリルフに瞬殺されるどころか、互角にやり合っている。騎士団試験で散々な結果に終わったジンレイが、一国の最高軍師を相手に未だ傷一つ負っていないのだ。
 それはおそらく、ジンレイが魔法の才能を代価にして得た、唯一無二の――。
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