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七章 空の歌が見える時
空の歌が見える時
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――光の中で、誰かが微笑んだ気がした。
「う……」
真っ白な世界に飲み込まれたと思ったら、どうやら気を失ってしまったらしい。ジンレイは意識を取り戻すと、すぐさま身体を跳ね起こして仲間の姿を捜した。
「気が付きましたか? ジンレイ」
すると、アズミが脇から顔を覗かせた。他にキルヤとリンファ、ワモルも先に起きていたようで、そばに座り込んでいた。
状況を察するに、それほど長い時間気絶していたわけではなさそうだ。
「あ、ユリエナは!?」
一見して彼女の姿が見当たらないことに気付き、最悪の結果を想像して青ざめる。
しかし。
「大丈夫です。ほら」
微笑むアズミの目線に促されて自分の腕を辿ると、その先には一人の少女が倒れていた。彼女は横たわったまま、ぴくりとも動かないが……。
「急激な魔法力消費で気を失っただけです。じきに目を覚ましますよ」
けれどアズミの言うとおり、その肩が微かに上下しているのを確認して、ジンレイは魂が抜けるような深い安堵の溜息を漏らした。
ユリエナが太陽にならずに済んだという事実だけで頭がいっぱいだ。コーエンスランドの軍師と対峙した時の数倍は張り詰めたであろう緊張が一気に緩み、しばらくは思考回路がまともに働きそうにない。
「………………生きてる……」
死んでも放すもんかと思った右手は、本当に気絶しても彼女の手を放すことはなかった。
ずっと握り締めていたその手から伝わってくる、確かな彼女の体温。
魔法の起動中に乱入して――よくよく考えればとてつもなく危険な行為だったが――躊躇わずに手を伸ばしたことでこの温もりを守れたのだとしたら、これ以上の奇跡はない。
体内の生気をごっそり抜かれたような脱力感さえ、今は心地よく感じられた。
それにあの瞬間――みんなの手が一つに重なった時に感じた心強さと一体感も、まだジンレイの胸の中で熱を帯びていた。
多分一人でも欠けていたら、ユリエナは助からなかったのだろう。根拠も確証もないが、ジンレイにはなんとなく解る。ジンレイだけが手を伸ばしても意味がない。ジンレイが、キルヤが、リンファが、アズミが、ワモルが手を伸ばしたからこそ、ユリエナはここに留まることが出来たのだ。
「ああ……」
本当の奇跡はこっちなのかもしれない。
仲間がいる。それだけで絶望すら希望に変えられる。
一人じゃないから、不可能すら可能になる。
「最初からこうすればよかったんだ。ユリエナ一人に任せたりしないで――」
こうして、手を取り合っていれば。
お互いの願いを受け止め合い、力を寄せ合っていれば。みんながつらい思いを胸の内に抱え込むこともなかったのかもしれない。
「ま、なんにしてもみんな無事ね」
終わり良ければ全て良し、とばかりにリンファが満足げな笑みを浮かべる。魔法陣に入り込む際に髪をほどいたので、今の彼女はいくらか淑やかに見える。もっとも、これを本人に言えば肘鉄をお見舞いされそうなので黙っておくが。
「だな」
「おうっス!」
「はい!」
さすがに疲れが回ってきたのか後ろに手をついて座り込んでいるワモルに、小さな傷をたくさん作って前よりどこか逞しくなったキルヤに、土壇場で捻り出した可能性が実を結び、報われたような、晴れやかな笑顔を見せるアズミに。
そして、ジンレイも。
「――ああ!」
少しはいい顔をしているだろうか。
ユリエナを守る騎士として戦い、彼女を神子の運命からも救い出すことができた今、ジンレイが望むものは何一つない。
眠っているユリエナを囲んで、五人は微笑み合う。彼女が発動直前に吐露した『みんなと一緒にいたい』という願いも一緒に叶えられた。
早くそのことを教えてやりたい。そうして本当に、心から、みんなで笑い合おう。
そう思って、荒野に吹く風を感じながら夜空を見上げる。前太陽の消滅以降、漆黒の闇に覆われていた天蓋は、現在も変わらず沈黙を守っていた。
「あ……そう言えば太陽は!? 太陽創生魔法は成功したんだよな!?」
「しっ。騒がないの」
リンファが自分の口元に指を立てて静かにするよう促す。ユリエナを配慮してのことだろう。ジンレイは慌てて口を噤んだ。
「大丈夫だって言ったでしょ? もうそろそろよ」
嬉々とした声でリンファが言う。「何が?」とジンレイが思った時、それは始まった。
ふと、空に一点の光が灯った。
星光より一回り大きな輝きを放つそれは、ここから仰ぐ限り星光と混じって見失ってしまいそうだ。しかし、その光は明らかに星光とは異なっていた。
輝いては消え。輝いては消え。また輝いては消えて。
一定の間隔で点滅を繰り返していた。
しばらくして、別の場所にもう一つ光が生まれた。やがて、それは三つ四つと増えていく。二十個を過ぎたあたりから急速にその数を増し、空の至る所で光を放ち始めた。
星屑の籠をひっくり返したかような、幻想的な景色が空一面に広がる。
夜の闇に飲み込まれ、大地に届くことのなかった淡い星達の光は、数分で大群衆となって空から降り注いだ。無論、その光は昼間の太陽に比べればあまりに弱い。しかし、点滅する無数の光達は生命の息吹のように力強く真っ直ぐに心奥まで届き、心の中に不思議な光景を描き出した。
決して降ってくることのない宇宙の欠片が舞う、夜の夢幻がそこにあった。
「……………………」
ジンレイは空を仰いだまま動けなくなる。呼吸すら忘れてしまう程に、ただ目の前に広がる神秘的な光景に心奪われていた。勿論それは彼らも同じ。この空を見上げているグリームランドの全ての人間が、この光景に見入られてしまっていることだろう。
この光景を見上げてジンレイ達はようやく理解した。
〝闇夜の終わりを告げる時、空は希望を歌う〟。その意味を。
太陽の因子達の瞬きは囁きのように。
この広い宇宙で呼び合うように共鳴し。
やがて囁きは盛大になっていく。
そう、それはまるで――。
空の歌。
太陽の因子達が歌う、慶祝のメロディーだった。
光達は徐々に夜の闇を飲み込んでいく。
そのあまりの眩しさに直視し続けるのがだんだんとつらくなる。光が完全に夜の闇を掻き消し、最大級の強光に成長した瞬間、瞬きすら惜しんで見入っていた光景を前に、五人はとうとう目を覆った。咄嗟に目を庇った手や腕に、一瞬夏の日差しのような高熱が照り付ける。あと少し伏せるのが遅かったら、目を焼かれていたかもと思う程の高温だった。肌に感じる熱が引くのを待ってから、ジンレイ達は再度空を見上げた。すると、そこにはもう太陽の因子達の姿はなかった。
代わりにジンレイ達の目に映り込んだのは、青い空だった。
白みがかった淡い青色の、天穹。
その色合いが意味するものを、ジンレイ達はすぐに悟った。静穏の一時はその終わりを惜しむかのように一秒、また一秒とゆっくり刻まれていく。
空の歌は終わってしまったけれど、その余韻はまだ心の中で心地よく響いていた。みんなもまだ空を仰いだまま、動こうとはしない。
夜のうちに冷やされた荒野の風が、六人の間を吹き抜けていく。肌をつんと撫でる冷たい微風は、緩慢になった神経を自然と引き締めてくれた。寒くないかと問われたら、誰もが寒いと答えるような低い気温だ。裸の大地が広がっているこの荒野では、昼間暖められた空気も日が落ちればすっかり冷やされてしまう。
ジンレイは不思議と、この風をずっと感じていたいと思った。けれど時間というものはこのままでいたいと思えば思うほど早く流れてしまうもので。
東の方角に、うっすらと光が差し込んだ。地平線から顔を出したそれは、夜の終わりを静かに告げる。
――夜明けだ。
「う……」
真っ白な世界に飲み込まれたと思ったら、どうやら気を失ってしまったらしい。ジンレイは意識を取り戻すと、すぐさま身体を跳ね起こして仲間の姿を捜した。
「気が付きましたか? ジンレイ」
すると、アズミが脇から顔を覗かせた。他にキルヤとリンファ、ワモルも先に起きていたようで、そばに座り込んでいた。
状況を察するに、それほど長い時間気絶していたわけではなさそうだ。
「あ、ユリエナは!?」
一見して彼女の姿が見当たらないことに気付き、最悪の結果を想像して青ざめる。
しかし。
「大丈夫です。ほら」
微笑むアズミの目線に促されて自分の腕を辿ると、その先には一人の少女が倒れていた。彼女は横たわったまま、ぴくりとも動かないが……。
「急激な魔法力消費で気を失っただけです。じきに目を覚ましますよ」
けれどアズミの言うとおり、その肩が微かに上下しているのを確認して、ジンレイは魂が抜けるような深い安堵の溜息を漏らした。
ユリエナが太陽にならずに済んだという事実だけで頭がいっぱいだ。コーエンスランドの軍師と対峙した時の数倍は張り詰めたであろう緊張が一気に緩み、しばらくは思考回路がまともに働きそうにない。
「………………生きてる……」
死んでも放すもんかと思った右手は、本当に気絶しても彼女の手を放すことはなかった。
ずっと握り締めていたその手から伝わってくる、確かな彼女の体温。
魔法の起動中に乱入して――よくよく考えればとてつもなく危険な行為だったが――躊躇わずに手を伸ばしたことでこの温もりを守れたのだとしたら、これ以上の奇跡はない。
体内の生気をごっそり抜かれたような脱力感さえ、今は心地よく感じられた。
それにあの瞬間――みんなの手が一つに重なった時に感じた心強さと一体感も、まだジンレイの胸の中で熱を帯びていた。
多分一人でも欠けていたら、ユリエナは助からなかったのだろう。根拠も確証もないが、ジンレイにはなんとなく解る。ジンレイだけが手を伸ばしても意味がない。ジンレイが、キルヤが、リンファが、アズミが、ワモルが手を伸ばしたからこそ、ユリエナはここに留まることが出来たのだ。
「ああ……」
本当の奇跡はこっちなのかもしれない。
仲間がいる。それだけで絶望すら希望に変えられる。
一人じゃないから、不可能すら可能になる。
「最初からこうすればよかったんだ。ユリエナ一人に任せたりしないで――」
こうして、手を取り合っていれば。
お互いの願いを受け止め合い、力を寄せ合っていれば。みんながつらい思いを胸の内に抱え込むこともなかったのかもしれない。
「ま、なんにしてもみんな無事ね」
終わり良ければ全て良し、とばかりにリンファが満足げな笑みを浮かべる。魔法陣に入り込む際に髪をほどいたので、今の彼女はいくらか淑やかに見える。もっとも、これを本人に言えば肘鉄をお見舞いされそうなので黙っておくが。
「だな」
「おうっス!」
「はい!」
さすがに疲れが回ってきたのか後ろに手をついて座り込んでいるワモルに、小さな傷をたくさん作って前よりどこか逞しくなったキルヤに、土壇場で捻り出した可能性が実を結び、報われたような、晴れやかな笑顔を見せるアズミに。
そして、ジンレイも。
「――ああ!」
少しはいい顔をしているだろうか。
ユリエナを守る騎士として戦い、彼女を神子の運命からも救い出すことができた今、ジンレイが望むものは何一つない。
眠っているユリエナを囲んで、五人は微笑み合う。彼女が発動直前に吐露した『みんなと一緒にいたい』という願いも一緒に叶えられた。
早くそのことを教えてやりたい。そうして本当に、心から、みんなで笑い合おう。
そう思って、荒野に吹く風を感じながら夜空を見上げる。前太陽の消滅以降、漆黒の闇に覆われていた天蓋は、現在も変わらず沈黙を守っていた。
「あ……そう言えば太陽は!? 太陽創生魔法は成功したんだよな!?」
「しっ。騒がないの」
リンファが自分の口元に指を立てて静かにするよう促す。ユリエナを配慮してのことだろう。ジンレイは慌てて口を噤んだ。
「大丈夫だって言ったでしょ? もうそろそろよ」
嬉々とした声でリンファが言う。「何が?」とジンレイが思った時、それは始まった。
ふと、空に一点の光が灯った。
星光より一回り大きな輝きを放つそれは、ここから仰ぐ限り星光と混じって見失ってしまいそうだ。しかし、その光は明らかに星光とは異なっていた。
輝いては消え。輝いては消え。また輝いては消えて。
一定の間隔で点滅を繰り返していた。
しばらくして、別の場所にもう一つ光が生まれた。やがて、それは三つ四つと増えていく。二十個を過ぎたあたりから急速にその数を増し、空の至る所で光を放ち始めた。
星屑の籠をひっくり返したかような、幻想的な景色が空一面に広がる。
夜の闇に飲み込まれ、大地に届くことのなかった淡い星達の光は、数分で大群衆となって空から降り注いだ。無論、その光は昼間の太陽に比べればあまりに弱い。しかし、点滅する無数の光達は生命の息吹のように力強く真っ直ぐに心奥まで届き、心の中に不思議な光景を描き出した。
決して降ってくることのない宇宙の欠片が舞う、夜の夢幻がそこにあった。
「……………………」
ジンレイは空を仰いだまま動けなくなる。呼吸すら忘れてしまう程に、ただ目の前に広がる神秘的な光景に心奪われていた。勿論それは彼らも同じ。この空を見上げているグリームランドの全ての人間が、この光景に見入られてしまっていることだろう。
この光景を見上げてジンレイ達はようやく理解した。
〝闇夜の終わりを告げる時、空は希望を歌う〟。その意味を。
太陽の因子達の瞬きは囁きのように。
この広い宇宙で呼び合うように共鳴し。
やがて囁きは盛大になっていく。
そう、それはまるで――。
空の歌。
太陽の因子達が歌う、慶祝のメロディーだった。
光達は徐々に夜の闇を飲み込んでいく。
そのあまりの眩しさに直視し続けるのがだんだんとつらくなる。光が完全に夜の闇を掻き消し、最大級の強光に成長した瞬間、瞬きすら惜しんで見入っていた光景を前に、五人はとうとう目を覆った。咄嗟に目を庇った手や腕に、一瞬夏の日差しのような高熱が照り付ける。あと少し伏せるのが遅かったら、目を焼かれていたかもと思う程の高温だった。肌に感じる熱が引くのを待ってから、ジンレイ達は再度空を見上げた。すると、そこにはもう太陽の因子達の姿はなかった。
代わりにジンレイ達の目に映り込んだのは、青い空だった。
白みがかった淡い青色の、天穹。
その色合いが意味するものを、ジンレイ達はすぐに悟った。静穏の一時はその終わりを惜しむかのように一秒、また一秒とゆっくり刻まれていく。
空の歌は終わってしまったけれど、その余韻はまだ心の中で心地よく響いていた。みんなもまだ空を仰いだまま、動こうとはしない。
夜のうちに冷やされた荒野の風が、六人の間を吹き抜けていく。肌をつんと撫でる冷たい微風は、緩慢になった神経を自然と引き締めてくれた。寒くないかと問われたら、誰もが寒いと答えるような低い気温だ。裸の大地が広がっているこの荒野では、昼間暖められた空気も日が落ちればすっかり冷やされてしまう。
ジンレイは不思議と、この風をずっと感じていたいと思った。けれど時間というものはこのままでいたいと思えば思うほど早く流れてしまうもので。
東の方角に、うっすらと光が差し込んだ。地平線から顔を出したそれは、夜の終わりを静かに告げる。
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