空の歌(スカイ・ソング)

碧桜 詞帆

文字の大きさ
84 / 86
終章 光ある大地

時が過ぎても変わらないもの

しおりを挟む
『もし太陽がなくなったら、この身を捧げることになるかもしれないの』。
 その一言が、俺達の始まりだった。
 リンファは魔術士になるべく街を飛び出し、ワモルは腹を決めて武稽古に励み始めた。アズミは年端も行かぬうちに母の下に弟子入りし、キルヤも父から本格的な技士の技術を学び始めた。
 ジンレイは言わずもがな騎士を目指して鍛練に明け暮れた。天から授かった剣技の才能を、彼女を守るために使いたいと願った故に。
 無垢な幻想の世界を追い出されたジンレイ達は、それぞれのやり方で現実に立ち向かうだけの力を得ようとしたのだ。
 そして、その努力は元々秘めていた能力と相俟って、常人では辿り着けないほどに強大な実を結んだ。それは世界を相手にしても、自らの力で燦然と輝いていける程に。
 事実、リンファは国王に対してタメ口を許されるような、世界に名を馳せる高名魔術士となって戻ってきたし、ワモルは国家最強の新鋭部隊――第一小隊に所属した経歴を持つ、豪傑の親衛隊士となった。アズミは国家魔導士でありながら同時に最年少で一中隊を率いる軍師となり、キルヤは技士の技術を十二分に引き継ぎ、さらなる可能性を求めて罠士にもなった。ジンレイはと言えば、目に見える成果は得ていないが、剣技をとっても器量をとっても騎士団長を務めたご先祖様に勝るとも劣らない驚異的なものに成長していた。
 ジンレイは彼らの努力を喜ばしく、また励みに思ってきた。しかしユリエナを敵軍から、さらに神子の運命からも救い出すことができた今、彼らが培ってきたものだけでなく、自分の培ってきたものにもまた誇りを感じるようになっていた。彼らも口には出さないけれど、同じように自分自身を振り返り、受け止めていることだろう。
 あれから早二ヶ月。
 リンファはなんでも国王から直々に頼まれたとかで臨時の国家魔術士となり、今回の儀式及び戦闘の事後処理に追われて街と街の間を忙しなく行き交っている。ワモルは今回の一件を高く評価されたそうで、転属して日は浅いが親衛隊副隊長に抜擢された。アズミは一層軍事に勤める傍ら、百年後、二百年後の〝太陽の儀式〟では神子の生還が確実なものになるよう本格的な研究を始め。キルヤも罠士として納めた初勝利の経験を活かし、さらに実践向きの、さらに強力なトラップを創作しようと熱が入っていた。
 それに比べてジンレイは今回の一件で一番成長したにも関わらず、以前と変わらない、実家の料亭で給仕に追われる生活を送っていた。
 しかし何の変化もなかったわけではない。彼に対する世間の目は大きく変わった。ジンレイもみんなと同様に今回の功績を高く買われ、なんと願ってもないことに騎士団長から直々に入団を勧められたのだ。
 ……結局、断ったけれど。
 そんな具合に、みんな何かしらの変化が訪れていた。
 中でも一番変わったのは、ユリエナだ。
「いらっしゃいませー!」
 彼女は何を思ったのか、無事王都に帰還した数日後、突然ジンレイの家にやってきて『ここで働かせてほしい』と言い出したのだ。『頑張ってお仕事覚えますから』と懇願する彼女に、母と姉は初め仰天するものの、次の反応は戸惑いとか謙遜とか、そういう庶民が王族に対して取る常識的なものを全部素っ飛ばして、即決の大歓迎。結果、ジンレイが口を挟む間もなく、ユリエナの住み込み雇用が決定した。そうして彼女は拙いながらも日に日に仕事を覚え、今では一人で給仕をこなせるようになった。おまけに早くも看板娘扱いである。
「………………」
「ユリエナちゃんがあんな頑張って働いてるってのに、何偉そうに座ってんのよこのボンクラ。減給されたいの?」
「……みんな、順応力高すぎだと思う」
 俺が変なのではなく、この環境変化についていける母と姉がおかしいのだ。
 王宮で健やかに育てられたお姫様が、こんな城下街の一角に佇むしがない料亭でせっせと働いているなんて、この目で見ても未だ受け止められない。
「いらっしゃいませー。あっ、キルヤ!」
 それからもう一つ。太陽創生の前後で大きく変わったことがある。
「ういっス! もうみんな来てるっスか?」
「うん! キルヤが最後だよ」
 それは、四人がちょくちょくこの料亭に顔を出すようになったことだ。みんな忙しいだろうに、仕事の合間を縫って遊びに来てくれる。太陽が昇ってからの数週間は、さすがに仕事が殺到していたようで音沙汰はなかったが、その仕事が一段落着いた今では全員が揃う日も珍しくない。
「お先にいただいてます」
「遅かったな」
 アズミとワモルが声を掛ける。二人とも群青色の軍服に身を包んでいた。一日休暇を取ることはなかなか難しいが、昼食休憩がてら三時間程度なら街に出てくることは出来るそうだ。
「親父の知り合いが来てたんスよ」
「嬉しそうだな、キルヤ」
 彼の綻んだ顔を見て、ジンレイ。
「へへ。隣街にでかい工場があるんスけど、そこで働いてみないかって誘われたっス」
「あら、いい話じゃない。で、なんて答えたの?」
 リンファも朗報を聞いて、話に加わる。
「もちろん、こっちからもお願いしたっスよ」
「良かったね、キルヤ」
「ういっス!」
 チームに属すると、依頼はチーム全体で請け負うことになる。そちらで個人的な仕事は期待できないが、その代わり大型機器に触れる貴重な機会が得られるそうだ。彼の実力なら何処へ行っても活躍できるだろう。父親の助手も続けるらしく、こちらで個人的な依頼をのんびり待つらしい。と言っても、最近彼を目当てにした客足は増えてきている。春が来るのを辛抱強く待ち続けた彼が芽吹く日も、そう遠い話ではなくなってきた。
 どうやら彼にも追い風が吹き始めているようだ。
「じゃあ今日はキルヤが主役だな」
「奢ってくれるんスかー?」
 ワモルの隣にキルヤが座って四人用テーブルが埋まると、話も一気に盛り上がった。
 そんな彼らの様子を、御盆を持ったユリエナが一歩後ろから見つめる。
「ふふ」
「おまえも上機嫌だな」
「うん! だってキルヤ、すごく嬉しそうなんだもん」
 ユリエナの場合、自分の朗報でもここまで喜ばない。そこがまた彼女らしいが。
「それに、キルヤが一番嬉しいのはみんなに報告できることだと思うな」
「ん? なんか言ったか?」
「ううん。……私ね、最近やっと解ったの」
 もう一言何か言った気がしたが、彼女は笑顔のまま軽く首を横に振る。
 そして、彼らの和気藹々とした様子を優しい目で見守りながら噛み締めるように呟いた。
「今には今の、良さがあるんだよね」
 どこか吹っ切れた笑顔だった。彼女もまた、自分の内にあった葛藤に答えを見つけたのだろう。
「あ、お客さんのところ行ってくる」
 オーダーを求める客の声に、彼女はぱたぱたとそちらへ駆けていった。
 彼らが集まるようになった一番の要因は、やはりユリエナがこの家に住み込んだことだろう。元より王家に生まれた女性は王位継承権がない為、王家に残って跡取りを産むか、あるいは出家するか、二つに一つ選ばなければならない。因みにそれは代々国王の意向により、成人すれば本人の意思で自由に決めていい事になっているという。ただユリエナの場合は同時に〝太陽の神子〟候補者でもあったため〝太陽の儀式〟が終わるまでは王宮に住むよう命じられていたとか。
 つまり全てが決着した今、彼女が王宮を出ようが、その上ジンレイの実家で働こうが、一向に構わないわけだ。だがそれでも、家を出た娘がどんな暮らしをしているのか心配になるのが親の常というもので。多忙な国王に代わって、アズミやリンファが彼女の様子を見に来ては密かに報告しているらしい。
 まあその目的がなかったとしても、きっと会う回数は増えたんだろうなと思う。
 なんだかんだ言って、みんなこの関係を大事にしている。そのことが、実際に集まってみてよく解った。そして大切だからこそ、傷を舐め合うような落ちた関係にはしたくないと思っていた事も。だから幼かった自分達は一日でも早く一人前になろうと、修行や勉学に没入した。
 そうしているうちに何ヶ月も、はたまた何年も連絡を途絶えてしまい、だんだんと自分から連絡を取るのが難しくなってしまった――というのがみんなの本音だ。
 今回の一件を経て、疎遠気味と思っていた距離感が嘘のようになくなったのだから、こうして誰かが呼びかけなくても自然と集まって昔みたいにわいわいやるのは何ら不思議なことではない。これは〝我等が太陽〟きっての願いでもあるのだし。
「ちょっとそこの店員さん。ぼさっと突っ立ってないで暇ならオーダーとってくれない?」
 普通に声をかけてくれればいいものの、息をするように毒を吐くリンファ。さながら姉貴二号といった風情だ。ジンレイが姉にこき使われている現状を知り、面白そうだから便乗しようとこうして時々給仕中のジンレイに対して尊大な態度に出る。
「客のくせして」
「あぁん?」
「あ、いえ。ご注文をどうぞ」
 ジンレイは慌てて咳払いする。
 ジンレイ達が太陽創生で強制的に消費した多量の魔法力もこの二ヶ月で全快した。ユリエナだけは常に消費と貯蔵を並行しているが、それでも微々たる速度で着実に回復へ向かっていると医学療法士は言っているそうだ。
 そんなわけで、リンファの魔法も恐ろしいくらい快調だ。楯突いたら無傷では済まされない。姉もそうだが周りにいる気の強い女性達には敵う気がしなかった。
「ったく情けないわねぇ。ユリエナ、もっとこいつしごかなくちゃダメよ?」
 ジンレイを指差してリンファが言う。すると配膳途中だったユリエナはちょうど通りかかったところで足を止め、ふるふると首を横に振って満面の笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。みんなすっごく頼りになるけど、一番頼もしいのはジンレイだもん」
 さらりと返し、彼女は何事もなく配膳の手を再開した。御待ちどおさまと客の前に出来たての料理を運ぶユリエナを眺めながら、二人はしばしの間無言。
「だって」
「聞こえてる」
 そういうことを本人の前で平然と言うとは……。姉やリンファはともかく、ユリエナには一生敵いそうにないと、ジンレイは今更ながらに思い知った。
 本来なら赤面するのは彼女のはずだろうに何故か代わりに赤くなるジンレイ。リンファに見られたくないので顔を背けるが、耳まで赤くなっているのを彼女は見逃さないだろう。
 ユリエナの天然ぶりとジンレイの初心な反応に、リンファは耐え切れなくなって笑い声を立てた。それはもう〝最強の魔術士〟のイメージとは程遠い、少女のような朗らかな笑い声を。
 ふと、彼女がこんな風に誰の目も憚らず腹を抱えて笑う姿を見せるのは、世界各地を巡ってもここだけだろうと思った。魔術士として彼女が行動する時、世間の目であれ名声であれ、付き纏うものは多い。
 リンファはひとしきり抱腹すると、ジンレイの背中をばしっと叩いた。女の平手なのに、これが結構痛い。
「幸せにしてやんなさいよ」
 あれだけ大笑いした後の言葉だ。冗談にも取れなくない。けれど、その言葉の裏に彼女の願いが籠められている気がした。
「わかってる。それだけは、言われなくても」
 夢にまで見た騎士団入りを断った理由は他でもない。今騎士になっても、ユリエナはもう王宮そこにいないからだ。守るべき者がいない場所に赴いても意味はあるまい。騎士は心に誓った守るべき人のために戦ってこそ、その存在を得るのだから。
 それに、ジンレイは国家騎士になることを断っただけで、既に立派な騎士だ。勿論、その証となる資格キャパシティも、王家主催の着任式もないが。
 それでもジンレイは騎士なのだ。ユリエナにのみ仕える、ユリエナだけの――。
 ずっとそばで守ると誓った瞬間から。その誓いが胸にある限り。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。 貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。 元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。 これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。 ※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑) ※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。 ※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。

99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える

ハーフのクロエ
ファンタジー
 夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。  主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

没落領地の転生令嬢ですが、領地を立て直していたら序列一位の騎士に婿入りされました

藤原遊
ファンタジー
魔力不足、財政難、人手不足。 逃げ場のない没落領地を託された転生令嬢は、 “立て直す”以外の選択肢を持たなかった。 領地経営、改革、そして予想外の縁。 没落から始まる再建の先で、彼女が選ぶ未来とは──。 ※完結まで予約投稿しました。安心してお読みください。

処理中です...