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手紙
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高熱を出して寝込んでいたセルシスが何とか回復した。病み上がりのセルシスは休む間もなくお手紙を書いている。セルシスの双子の弟ニンファがまた寝込むから止めろと忠告してもセルシスはたくさんお手紙を書くことに追われている。
「僕を心配してくれた義兄上さまやローズ姉上、義兄上のお母上である皇太后さま、義兄上の弟君たちや皇太子で甥のブーゲンビリアさま。それにダリア姉上の婚約者であるマグノリア公爵さま。寝込んでいる間に書簡が溜まったからお返事を書いて送らないと」
お義兄さま……皇帝陛下の一族がセルシスを心配し過ぎてお手紙を乱発したから逆に病み上がりのセルシスはその御礼状を書くのに追われ居室から出てこない。ついでにダリア姉さまの許嫁であるマグノリア公まで手紙を送ったせいでセルシスは返信するのに体力と気力を使ってまた倒れそうだ。従者に口術筆記させればよろしいのに律儀なセルシスは直筆でお手紙を記しているの。
「あれではセルシスがまた寝込むわ。ニンファ、セルシスの代わりにお手紙を代筆出来ないの?」
私がセルシスの過重労働を案じて頼んでもニンファは息を吐いて首を横に振る。
「俺が代筆したら即ばれる。義兄殿なんてセルシスと文通しているから筆跡が違えば不審に思うだろ? 情けないが、俺は役立たずだ」
セルシスが回復したのにニンファは浮かない顔で最近は常に宮殿の窓から外を眺めている。まるで外にある何かに自分の憂鬱を晴らす吉報を探るように。ニンファは口が悪く不遜でお美しいけれど妹の私をイラつかせる兄なのにセルシスが寝込んでいる間に何か起こったのか以前より笑わなくなり口数も少なくなった。
「なぁ、ヴィオラ。双子なのになんでセルシスと俺ではこんなに違うんだろう?」
「え? セルシスとニンファはお二人とも私の大切なお兄さまよ。違いなんてないわ」
私がそう答えるとニンファは少し微笑み再び窓の外を眺め無言になる。健康で容姿も美しくて、頭の回転も速い聡明なニンファが何かに悩んでいる。追及したいけれど、ニンファを覆うどこか苦悩している雰囲気が伝わり私は何も言えなかった。ニンファと一緒にいて沈黙することなんて今までは皆無だったのに今のニンファはどこか声をかけられる空気ではない。セルシスが寝込んでいる間にニンファの身に何があったのか気になっているとお部屋にダリア姉さまが入ってきた。
「マグノリア公爵さま、セルシスが無事に快癒したことを心から喜んでいらっしゃったわ。未来の義弟となるセルシスのことをとても大切にしてくださる。わたくしはマグノリア公爵さまの許嫁で幸せよ」
マグノリア公爵は、私たち王家の親戚筋で皇帝一族とも血縁関係がある公国の君主で、ダリア姉さまの許嫁だ。ダリア姉さまがお輿入れすればマグノリア公は私たちの義兄その2になられる。もちろん、その1はローズ姉さまの夫にして皇帝のお義兄さま。
政略結婚だけれど、ダリア姉さまはマグノリア公を心底想っていて、マグノリア公もダリア姉さまを愛する書簡をたくさん送ってくる。来年にはマグノリア公が治める公国にお輿入れするダリア姉さまはお幸せそうだ。
「マグノリア公が何度もセルシスの容態を心配するお手紙をくださったの。まだわたくしと正式に婚礼を挙げていらっしゃらないのに未来の義弟の健康を心底案じてるわ。お優しくて素敵ね」
ダリア姉さまはお顔を赤らめて喜んでいるが、どうして私の姉さま周辺の一族はこぞってセルシスの健康を祈願しているのか。単にセルシスの人徳なのか、私たち王家の姫を恐れて、セルシスを頼っているのか分からない。もしかしたら、ダリア姉さまの許嫁であるマグノリア公も来年には鬼嫁が嫁いでくるから今からセルシスを歯止め役として頼りにしているのかもしれない。ダリア姉さまはお淑やかでお優しくて、鬼嫁要素なんて皆無なのに。
「そもそも、女王陛下であるお母さまや王太子であるライラックお兄さまを超えてセルシスに縋る制度が変よ」
私がそう呟くとニンファが窓の外を眺めるのをやめて告げたのだ。
「一国の女王陛下や王太子に相談するのはハズイからだろ。セルシスは聞き上手だし、穏やかだから義兄どもは頼りにしやがる。まったく! セルシスは外交官でも大使でもねーんだぞ! 手紙の返信でまたセルシスが倒れたら俺は許さねー!」
日頃から双子兄セルシスにベッタリなニンファだから、セルシスの体調を気遣うようで手紙を送りまくる義兄たちの情けなさにたいして余計にイライラするのだろう。ダリア姉さまも苦笑いで「わたくしたちの国は鬼嫁原産国と他国では名を馳せているから」と1番嫌な原産国であることを披露してくれた。その鬼嫁の元祖であろうお母さまとご結婚されたミモザお父さまはやはり凄い殿方だったのだ。
私が次の満月の夜にミモザお父さまに逢うことを心待ちにしていたら、ようやく膨大なお手紙の返信を書き終わったセルシスがお部屋に来てくださった。
「皇帝陛下を初めローズ姉上や皇太后さまに皇太子さま。皇帝陛下の弟君たち。ダリア姉上の許嫁のマグノリア公爵さま。全員にお手紙を書くのに追われて左腕が痛いよ」
セルシスは左利きで、そこもミモザお父さま譲りだとダリア姉さまが教えてくれた。双子弟のニンファは右利きなのにどうして同じ双子でも異なるのかしら。
「早馬で出したから数日中にはすべての手紙が届く。皆さま、僕の快癒を心から喜んでくれて何だか申し訳ない。毎回いつも」
セルシスは頻繁に体調崩すので、自然と手紙の量が増えてくるようだ。それに律儀に返事を記すせいでセルシスはまた体調崩すのループではないかと私は思ったけれど、セルシスは気にせず微笑んでいる。ニンファは疲れた様子のセルシスに近寄ると険しい顔でキッパリ告げた。
「既読スルーしろ! 俺が代筆する。義兄殿やマグノリア公に」
「それは……できないよ。ニンファは遠慮がないから。ローズ姉上に鼓膜を破られそうになるほど杖で殴られてる義兄上の相談にのれる?」
皇帝陛下の鼓膜まで破壊しようとしているローズ姉さまにも驚いたけれど、それを病弱な義弟に愚痴る皇帝陛下も皇帝陛下だ。セルシスのこの問いかけにニンファは潔く白旗をあげた。
「無理。義兄殿に一言、「離婚しろ」って書きそう」
「それを書くと帝国とせっかく良好な僕たちの国が危ない。他国との均衡を保つために僕は命懸けで聞き役になる」
セルシスの決意にニンファは沈黙して、私は双子でもセルシス&ニンファは本当に真逆なのだと思い知ったが、ダリア姉さまは笑顔で告げた。
「セルシス、あまり無理をするとお体に障るわよ。皇帝陛下であらせられるお義兄さまが撲殺されても、鼓膜を破壊されても、皇太子のブーゲンビリアさまがいらっしゃるからこっちのものよ。ブーゲンビリアさまの実母はローズお姉さまなのだから、皇帝陛下が後崩御されたらお姉さまは皇太后として実権を握れるわ!」
……ダリア姉さまに、鬼嫁の片鱗が見えた瞬間であった。
おっとりとしているダリア姉さまに潜む鬼嫁の陰を許嫁のマグノリア公は敏感に察している。しかし、今さら婚約を破談にできず、ダリア姉さまが嫁いできた際の歯止め役としてやはりセルシスは必須なのだ。姉姫であるローズ姉さまが恐妻でダリア姉さまは淑やかそうにみえて腹黒いからセルシスは義兄たちが不幸にならぬよう尽力なさっている。
本来ならばする必要ない心配りを病弱な身体で強いられるセルシスがお気の毒で、私は少しでも慰めようと言ったのだ。
「セルシス、私は亡霊のミモザお父さま一途だから安心して」
私がそう励ましてもセルシスは困った顔で「それもかなり心配なんだよ」とこぼしている。病弱な第3王子にここまで負担をかけるお母さまの統治するこの王国って果たして大丈夫なのかしら。
そんな不安が私に宿った瞬間にセルシスは言った。
「次の満月の晩にまたミモザ父上にお逢いするのだろう? ヴィオラ、僕とニンファが付いていくから安心しておくれ」
もう、セルシスが天使すぎて私は申し訳なくなった。
「何だか……ごめんなさい。セルシス、病み上がりなのに」
私が詫びるとニンファが大きく息を吐いた。
「ヴィオラが亡きミモザ父上の亡霊に恋しようが勝手だけど……。父上、『西の離宮』じゃなくて宮殿に化けて出ろよ! めんどくせーな!」
セルシスの負担を増やしやがって、とニンファはかなり怒っている。たしかに微妙に遠いい『西の離宮』にわざわざ化けてでなくても、私たちの居室がある宮殿に出てくれたらもっと都合がよいのに。
「ミモザお父さまって結構ご面倒な殿方なのかしら?」
私が呟くとニンファは素早く首肯してきた。
「絶対に面倒な御仁だ! ヴィオラ、今度行くときは杖を持っていけ!」
「そんな! ミモザお父さまを杖で殴るのは嫌よ!」
「セルシスに『西の離宮の鍵』なんて託したクソ父上は杖で殴られてしかるべきだ!」
「ニンファ! お父さまをクソなんて言わないで! お母さまに言いつけるわよ!」
私とニンファが不毛な口論しているのをダリア姉さまは笑顔で見ているが、セルシスは静かな一言で見事止めてみせた。
「それ以上……言い争ったら僕はまた倒れるから。ニンファもヴィオラもそのつもりで」
この警告にニンファは素直に黙ったが、私はこれってセルシスの命をかけた脅迫ではないかしらと思った。
とにもかくにも、セルシスが無事に快癒して、お手紙を既読スルーせず返信したから帝国とも公国とも良好な関係を築けて、お母さまも安心して女王陛下として統治ができる。王太子であるライラックお兄さまと次男で軍人のイリスお兄さまの存在意義が深く問われるけれど、セルシスがギリギリ健在なお陰で、私はミモザお父さまの亡霊に逢いに行ける。だからあまり考えないことにした。
西の離宮で地縛霊になっていらっしゃらるミモザお父さまは、どんなお気持ちで私たちを見守っていらっしゃるのかしら。
To Be Continued
「僕を心配してくれた義兄上さまやローズ姉上、義兄上のお母上である皇太后さま、義兄上の弟君たちや皇太子で甥のブーゲンビリアさま。それにダリア姉上の婚約者であるマグノリア公爵さま。寝込んでいる間に書簡が溜まったからお返事を書いて送らないと」
お義兄さま……皇帝陛下の一族がセルシスを心配し過ぎてお手紙を乱発したから逆に病み上がりのセルシスはその御礼状を書くのに追われ居室から出てこない。ついでにダリア姉さまの許嫁であるマグノリア公まで手紙を送ったせいでセルシスは返信するのに体力と気力を使ってまた倒れそうだ。従者に口術筆記させればよろしいのに律儀なセルシスは直筆でお手紙を記しているの。
「あれではセルシスがまた寝込むわ。ニンファ、セルシスの代わりにお手紙を代筆出来ないの?」
私がセルシスの過重労働を案じて頼んでもニンファは息を吐いて首を横に振る。
「俺が代筆したら即ばれる。義兄殿なんてセルシスと文通しているから筆跡が違えば不審に思うだろ? 情けないが、俺は役立たずだ」
セルシスが回復したのにニンファは浮かない顔で最近は常に宮殿の窓から外を眺めている。まるで外にある何かに自分の憂鬱を晴らす吉報を探るように。ニンファは口が悪く不遜でお美しいけれど妹の私をイラつかせる兄なのにセルシスが寝込んでいる間に何か起こったのか以前より笑わなくなり口数も少なくなった。
「なぁ、ヴィオラ。双子なのになんでセルシスと俺ではこんなに違うんだろう?」
「え? セルシスとニンファはお二人とも私の大切なお兄さまよ。違いなんてないわ」
私がそう答えるとニンファは少し微笑み再び窓の外を眺め無言になる。健康で容姿も美しくて、頭の回転も速い聡明なニンファが何かに悩んでいる。追及したいけれど、ニンファを覆うどこか苦悩している雰囲気が伝わり私は何も言えなかった。ニンファと一緒にいて沈黙することなんて今までは皆無だったのに今のニンファはどこか声をかけられる空気ではない。セルシスが寝込んでいる間にニンファの身に何があったのか気になっているとお部屋にダリア姉さまが入ってきた。
「マグノリア公爵さま、セルシスが無事に快癒したことを心から喜んでいらっしゃったわ。未来の義弟となるセルシスのことをとても大切にしてくださる。わたくしはマグノリア公爵さまの許嫁で幸せよ」
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「マグノリア公が何度もセルシスの容態を心配するお手紙をくださったの。まだわたくしと正式に婚礼を挙げていらっしゃらないのに未来の義弟の健康を心底案じてるわ。お優しくて素敵ね」
ダリア姉さまはお顔を赤らめて喜んでいるが、どうして私の姉さま周辺の一族はこぞってセルシスの健康を祈願しているのか。単にセルシスの人徳なのか、私たち王家の姫を恐れて、セルシスを頼っているのか分からない。もしかしたら、ダリア姉さまの許嫁であるマグノリア公も来年には鬼嫁が嫁いでくるから今からセルシスを歯止め役として頼りにしているのかもしれない。ダリア姉さまはお淑やかでお優しくて、鬼嫁要素なんて皆無なのに。
「そもそも、女王陛下であるお母さまや王太子であるライラックお兄さまを超えてセルシスに縋る制度が変よ」
私がそう呟くとニンファが窓の外を眺めるのをやめて告げたのだ。
「一国の女王陛下や王太子に相談するのはハズイからだろ。セルシスは聞き上手だし、穏やかだから義兄どもは頼りにしやがる。まったく! セルシスは外交官でも大使でもねーんだぞ! 手紙の返信でまたセルシスが倒れたら俺は許さねー!」
日頃から双子兄セルシスにベッタリなニンファだから、セルシスの体調を気遣うようで手紙を送りまくる義兄たちの情けなさにたいして余計にイライラするのだろう。ダリア姉さまも苦笑いで「わたくしたちの国は鬼嫁原産国と他国では名を馳せているから」と1番嫌な原産国であることを披露してくれた。その鬼嫁の元祖であろうお母さまとご結婚されたミモザお父さまはやはり凄い殿方だったのだ。
私が次の満月の夜にミモザお父さまに逢うことを心待ちにしていたら、ようやく膨大なお手紙の返信を書き終わったセルシスがお部屋に来てくださった。
「皇帝陛下を初めローズ姉上や皇太后さまに皇太子さま。皇帝陛下の弟君たち。ダリア姉上の許嫁のマグノリア公爵さま。全員にお手紙を書くのに追われて左腕が痛いよ」
セルシスは左利きで、そこもミモザお父さま譲りだとダリア姉さまが教えてくれた。双子弟のニンファは右利きなのにどうして同じ双子でも異なるのかしら。
「早馬で出したから数日中にはすべての手紙が届く。皆さま、僕の快癒を心から喜んでくれて何だか申し訳ない。毎回いつも」
セルシスは頻繁に体調崩すので、自然と手紙の量が増えてくるようだ。それに律儀に返事を記すせいでセルシスはまた体調崩すのループではないかと私は思ったけれど、セルシスは気にせず微笑んでいる。ニンファは疲れた様子のセルシスに近寄ると険しい顔でキッパリ告げた。
「既読スルーしろ! 俺が代筆する。義兄殿やマグノリア公に」
「それは……できないよ。ニンファは遠慮がないから。ローズ姉上に鼓膜を破られそうになるほど杖で殴られてる義兄上の相談にのれる?」
皇帝陛下の鼓膜まで破壊しようとしているローズ姉さまにも驚いたけれど、それを病弱な義弟に愚痴る皇帝陛下も皇帝陛下だ。セルシスのこの問いかけにニンファは潔く白旗をあげた。
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「それを書くと帝国とせっかく良好な僕たちの国が危ない。他国との均衡を保つために僕は命懸けで聞き役になる」
セルシスの決意にニンファは沈黙して、私は双子でもセルシス&ニンファは本当に真逆なのだと思い知ったが、ダリア姉さまは笑顔で告げた。
「セルシス、あまり無理をするとお体に障るわよ。皇帝陛下であらせられるお義兄さまが撲殺されても、鼓膜を破壊されても、皇太子のブーゲンビリアさまがいらっしゃるからこっちのものよ。ブーゲンビリアさまの実母はローズお姉さまなのだから、皇帝陛下が後崩御されたらお姉さまは皇太后として実権を握れるわ!」
……ダリア姉さまに、鬼嫁の片鱗が見えた瞬間であった。
おっとりとしているダリア姉さまに潜む鬼嫁の陰を許嫁のマグノリア公は敏感に察している。しかし、今さら婚約を破談にできず、ダリア姉さまが嫁いできた際の歯止め役としてやはりセルシスは必須なのだ。姉姫であるローズ姉さまが恐妻でダリア姉さまは淑やかそうにみえて腹黒いからセルシスは義兄たちが不幸にならぬよう尽力なさっている。
本来ならばする必要ない心配りを病弱な身体で強いられるセルシスがお気の毒で、私は少しでも慰めようと言ったのだ。
「セルシス、私は亡霊のミモザお父さま一途だから安心して」
私がそう励ましてもセルシスは困った顔で「それもかなり心配なんだよ」とこぼしている。病弱な第3王子にここまで負担をかけるお母さまの統治するこの王国って果たして大丈夫なのかしら。
そんな不安が私に宿った瞬間にセルシスは言った。
「次の満月の晩にまたミモザ父上にお逢いするのだろう? ヴィオラ、僕とニンファが付いていくから安心しておくれ」
もう、セルシスが天使すぎて私は申し訳なくなった。
「何だか……ごめんなさい。セルシス、病み上がりなのに」
私が詫びるとニンファが大きく息を吐いた。
「ヴィオラが亡きミモザ父上の亡霊に恋しようが勝手だけど……。父上、『西の離宮』じゃなくて宮殿に化けて出ろよ! めんどくせーな!」
セルシスの負担を増やしやがって、とニンファはかなり怒っている。たしかに微妙に遠いい『西の離宮』にわざわざ化けてでなくても、私たちの居室がある宮殿に出てくれたらもっと都合がよいのに。
「ミモザお父さまって結構ご面倒な殿方なのかしら?」
私が呟くとニンファは素早く首肯してきた。
「絶対に面倒な御仁だ! ヴィオラ、今度行くときは杖を持っていけ!」
「そんな! ミモザお父さまを杖で殴るのは嫌よ!」
「セルシスに『西の離宮の鍵』なんて託したクソ父上は杖で殴られてしかるべきだ!」
「ニンファ! お父さまをクソなんて言わないで! お母さまに言いつけるわよ!」
私とニンファが不毛な口論しているのをダリア姉さまは笑顔で見ているが、セルシスは静かな一言で見事止めてみせた。
「それ以上……言い争ったら僕はまた倒れるから。ニンファもヴィオラもそのつもりで」
この警告にニンファは素直に黙ったが、私はこれってセルシスの命をかけた脅迫ではないかしらと思った。
とにもかくにも、セルシスが無事に快癒して、お手紙を既読スルーせず返信したから帝国とも公国とも良好な関係を築けて、お母さまも安心して女王陛下として統治ができる。王太子であるライラックお兄さまと次男で軍人のイリスお兄さまの存在意義が深く問われるけれど、セルシスがギリギリ健在なお陰で、私はミモザお父さまの亡霊に逢いに行ける。だからあまり考えないことにした。
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