花嫁と貧乏貴族

ことぶき

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エドガー・イリス・シルバー登場

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「ユーリ!ちょっと来てくれ!頼みたいことがある!」

兄エセルが別邸まで訪ねてきて名前を呼ぶのでユーリは急いで身支度をして部屋を出た。

まだ、朝早いのでリンも寝巻きだったが、素早く服装をととのえてあとに続いた。

「兄上!?早朝になにかありました?領内でもめ事ですか!?」

ラン・ヤスミカ家は領主一家なので領内で事件や喧嘩が発生すると仲裁したり、統治する者として処分を下す役割がある。

しかし、ラン・ヤスミカ領の人々は温厚なので滅多に面倒な争いを起こさない。

深刻なものでも放牧してた羊が逃げたくらいである。

そんなテンションで兄のエセルに訊ねたユーリは信じられない頼みごとに驚愕することになる。

「リン殿の兄上様が領内の水路に転落された。すまないが救助に向かってくれ!」

リンの兄上……ミシェルが早朝散歩でもしててうっかり水路に落ちたのか。

でも、それなら「ミシェル様が水路に転落した」と兄は説明するだろうとユーリが首を傾げるとリンが声を弾ませた。

「もしや!エドガー兄様!?エセル義兄上!エドガー兄様がいらしてるのですか?」

「そうみたい。早く行かないと沈没するからユーリ。行ってきてくれ」

リンの異母兄でミシェルの弟であるエドガー・イリス・シルバーがラン・ヤスミカ領に来ている。

そんな書簡は読んだ記憶がないのでユーリは戸惑った。

来るなら前もって来訪を告げる書簡が届くはずである。

「まさか!また何かやらかして都追放か?」

「ユーリ!エドガー兄様はそんな大それたことをするほどキャラが濃くないです。せいぜいNTR小説をコレクションしてるくらいで!」

「わりとキャラ濃いな!?」

シルバー家当主の次男で廃嫡されたミシェルに代わり家督を継ぐエドガー・イリス・シルバーは水路に頭を突っ込んでいた。

その状況が大変シュールなので領内の人々がガヤガヤ集まっている。

なんで誰も救助しないのかとユーリは疑問だったが領民が教えてくれた。

「助けようとしたんですが、死なせてくれって!ここじゃ死ねないって説得してたとこです」

「俺らが近寄ると足をバタバタさせて嫌がるんです!ユーリ様!リン様!助けてください!」

弟の嫁ぎ先まで来て水路で自殺する大貴族の跡継ぎエドガーにユーリは「マジか!?」とビビったがとりあえず救助が先だと判断した。

「リン!俺が水路におりる!ここで待ってろ」

「はい!エドガー兄様を助けてください!」

リンにお願いされてユーリは水路におりて水に顔を突っ込むエドガーを無理やり引き上げた。

「早まらないでください!エドガー義兄上!いや、こんな田舎まで来てるあたり早まってはないけど!水路にものが詰まると畑に水が流れません!」

「君は…ユーリ殿か?リンの夫の?私はエドガー・イリス・シルバーと申す。享年25歳!」

「死んでないので享年はやめてください!少し落ち着いて。とりあえず水路から出て屋敷に来てください」

ユーリが力ずくで引っ張るとエドガーは観念したのか自殺を中止した。

領民たちがホッとしているなかリンはずぶ濡れのエドガーに駆け寄る。

「お久しゅうございます。エドガー兄様。来てくださるならお手紙をくれたらよかったのに!ミシェル兄上やモモたちも歓迎しますよ!」

笑顔で何事もなく喋るリンにエドガーは今度は号泣し始めた。

感情の起伏が異様でユーリは混乱したがリンは落ち着いている。

「ユーリ。兄様はとても疲れているようです」

「お…おお。見てればわかる。大人ってこんなに泣くんだな。大丈夫ですか?」

ユーリが心配して声をかけると号泣しているエドガーが叫んだ。

「君は私のこの状態を目の当たりにして大丈夫だと思うのか!?水路で自殺しようとして失敗して弟の笑顔みて泣いてる25歳を見て大丈夫ですか、なんて声かけは不適切だ!」

「はい…なんか…申し訳ございません。大丈夫なはずないですよね。すみません」

素直に納得して謝罪する優しすぎるユーリ・ラン・ヤスミカ18歳。

ユーリは手紙で何度かエドガーとやりとりしたが冷静で丁寧な紳士という印象を受けたが、初対面したエドガーは明らかに情緒不安定である。

リンやミシェルはそれぞれ個性的だが、情緒はすさまじく安定しているので大貴族ってそういうものだと思ってたが、そうでもないらしい。

そして、今更だが25歳の兄が大泣きしてヤバそうなのに微笑んでるリンは情緒安定し過ぎてて怖い。

予想外に濃い感じの義兄その2が襲来してユーリの脳内の面倒ごと察知スイッチが警告ランプになった。

だが、リンの兄である以上、屋敷に連れて帰り介抱するしか選択肢が存在しない。

「あの、とりあえず…屋敷にご案内します。立てますか?」

「ユーリ殿!とりあえずワイン!みたいな声かけやめたまえ!肩かしてください!」

めんどくせー義兄様だな!

絶対にそう叫びそうだがユーリは純朴で心優しい青年貴族なので快くフラフラのエドガーを支えながら屋敷まで歩いた。

エドガーの状態を見たユーリの父ラクロワは挨拶とか抜きに休ませようと結論を出した。

「本邸より別邸の方がリン殿やミシェル様もいて安心されるだろう。つか、ぶっちゃけヤバそうだから本邸に滞在させたくない。ユーリ!看病よろ!」

比較的に温厚で呑気なラクロワまで面倒そうという理由で本邸にエドガーを迎えるのを避けた。

「リン。エドガー義兄上の容態は?ケガはなかったと思うが」

「今はミシェル兄上とモモが付き添ってます。シオンにスープと軽い食事を頼みました」

「ありがとう。しかし、エドガー義兄上の様子は尋常ではなかった。いつもあんな感じに混乱されるのか?」

「いえ…物静かでお優しい兄様でした。年に3回くらいしか絶叫して屋敷の廊下を全裸で走らないですよ」

「待て!年に3回もそんな奇行をしてたのか!?危ないだろ?」

「大丈夫ですよ。1度だけ全裸で疾走中に父上の大切な裸婦象と激突して頭縫ったけど無事です」

年に3回比率で全裸で叫んで屋敷をダッシュして調度品と激突する奴を介抱することになったユーリは困惑した。

「別邸でよかった。本邸には母上とフィンナ義姉上とクレールがいる。クレールに変なトラウマを抱えさせる危機は回避できたな」

9歳の可愛い姪が全裸で疾走貴族を見ないで済むならユーリはエドガーを別邸に滞在させても問題ないと判断した。

仮にその1年に3回の周期がやって来ても別邸には基本、性別男性しかいない。

執事のシオンに壊されたら困る調度品や備品があったら片付けるよう指示すればいいかとユーリは深刻に考えるのをやめた。

「それにしてもエドガー義兄上はなんでラン・ヤスミカ領に予告もなく来たんだ?お供もつけずに危険だろ?」

首をひねるユーリにリンは考えながら言った。

「エドガー兄様はミシェル兄上に代わり家督を相続します。それが関係してるかも」

「まあ、しばらく休んでれば落ち着くだろ。シルバー家には報告しないとだな。あの様子だと行き先を告げずに出た可能性もある」

「私も同じことを考えてました。お義母様に何があったのか手紙で訊いてみます」

当のエドガーに変に詮索するのはヤバいとユーリとリンは考えていた。

客間ではさんざん大騒ぎした末に疲れて眠るエドガーをミシェルが看病している。

弟が領内の水路で自殺を企てた挙げ句、大泣きして寝てるのでミシェルは学校を休まざるおえなくなったのだ。

「ステフとマックスとヒナリザは学校に向かったか?」

ミシェルが尋ねるとモモが静かに首を縦にふった。

「3人とも心配してたが大勢でウロウロするとエドガー様だって落ち着かないって言い聞かせた。ジャン様とクレール様と一緒に登校したよ」

「そうか。しかし、エドガーは普段は澄ましてエロいこと考えてるだけの男なのに周期的に不思議なことをする。10歳の頃、頭にパンツ(女用)を被って庭園を四つん這いに歩くから叱った。それがいけなかったのか?」

「ミシェル。それは兄貴として叱って当然の変態さだ。むしろ、よく叱れたな。俺なら絶対に見なかったことにする」

「被っていたのがメイドのパンツだったからな。当主の息子ともあろう者がメイドのパンツを窃盗するなんて言語道断と叱った。今思えば窃盗は叱る論点ではなかった」

「窃盗以前にメイドのパンツを10歳のガキが被って庭園歩いてる事実が十分キモい。エロいよりキモいの方が言葉の重さが違う」

「あの時、エドガーに詰問してしまった。どうして、自分のパンツではなくて必死に働いている15歳のメイドのパンツを盗んだんだと。私も12歳で無知だった。給金で暮らしているメイドから、ものを奪うなという主旨の説教をしてしまった」

「叱り方がダメすぎる。メイドのパンツを盗んだ件は道義の問題でなくてお医者さん案件だ。でっ!エドガー様はミシェルに叱られてなんて答えた?」

「被りたいと思ったらしい。父上と母上には言わないでと懇願されたから約束した。しかし、あれは母上にだけは相談するべきだった。15歳のメイドのパンツは弁償したがそのメイドは辞めた。10歳の子供にパンツ盗まれて頭に被られたら辞めたくもなる」

ミシェルは非常に遺憾だと言いたげだが、モモは思っていた。

「10歳のガキにパンツをパクられ頭に被られ、更に12歳のガキにパンツ弁償されたらそりゃ辞めるだろ!バカかこいつら!?」

メイドのパンツ事件をミシェルが内々に処理してしまったのでエドガーの変態が熟成されてしまったようだ。

しかし、このての騒動に親が介入しても解決するかは疑問である。

とりあえず、変態を溜めていたシルバー家次男で跡取りのエドガー・イリス・シルバーがラン・ヤスミカ領にやって来た。

ミシェルとモモはメイドのパンツ事件をユーリとリンには喋らないと約束していた。

NTR大好きなだけではないマジもんの変態青年貴族様の登場である。

end












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