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30話 男装令嬢は窮地に抗う

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 ミアは森のなかを全速力で駆け抜けた。シャーロットから敵を引き離すため、身体を大きく動かし、草木を揺らすのを忘れない。
「いたぞー! 向こうの木の陰だ!」
 思惑通り、追手の一人がすぐにミアを発見したようだ。草を踏みしめる音が近付いて来る。ミアは手頃な木によじ登り、枝から枝へと飛び移っていきながら、男たちが追いつける速さで移動した。
「サルみたいな女だな……女だよな?」
「貧相な身体してるが、顔はなかなか上物だぜ。気が強そうなのもそそるな」
「泣き叫ぶのを犯すのが楽しみだぜ」
 下世話な会話を大声で繰り広げる男たちは、なるほど、シャーロットの不在を気にすることなく、ミアを追いかけてくる。管理小屋のほうには敵の気配はないようで、ミアは胸を撫でおろした。

 ――ああいう連中を叩きのめした記憶はあるけれど、これほど大掛かりな計画を立ててまで恨まれることがあるのか……。

 国内の諸領地から要請があれば、王国騎士団は暴徒を鎮圧するため、王都以外にも派遣されることがある。そのいずれかで逆恨みでも買ってしまったのだろうか。
「いいのかよ! このまま逃げ続けるなら、お姫さんの方に俺たちの相手をしてもらうぜ!」 
 ――何だと……!
 挑発に動揺したのがいけなかった。急に動きを止めたせいで、ミアは足首をひねり、木の枝を踏み外してしまった。
 葉や小枝を撒き散らしながらも素早く受け身を取り、頭部を庇うことはできたが、右足が言うことを聞かない。
「……っ」
 落下した先で、ミアは三人の屈強な男たちに囲まれた。隙のない身のこなしは、貧民窟の住人のものではない。
「……誰に雇われた?」
 腰に帯びた剣を抜きながら、痛む脚をかばいつつ間合いを取る。男たちは慣れた様子で等間隔に並び、ミアを大木の下に追い込んでいた。
「何でも聞けば教えてもらえると思うなよ、お嬢ちゃん」
「おい、こいつ【戦狼】じゃねえか。……女だからって油断すると、喉笛を食いちぎられるぞ」
「【戦狼】だぁ~? あいつら辺境に引っ込んでる戦闘狂だろ。そんなもんが王都にいるわけねえだろ。……こんな小娘、俺一人で充分だ」

 ミアより二回りも上背のある巨漢男が、仲間の忠告を笑い飛ばしてミアに突進してくる。ミアは横に跳び退すさるも、大ぶりの剣撃が続き、間一髪ですり抜けるのがやっとだ。残る二人はミアの怪我を見抜いているのか、余裕の表情で巨漢の男がミアをいたぶるのを楽しんでいた。

 ――脚さえ、動けば。

 焦りがわずかな隙を生んだ、その瞬間。巨漢の男の剣先がミアの右のふくらはぎを斬り裂く。
「……くぅ」
 渾身の力で踏みとどまり、剣を横薙ぎにするも、巨漢の男に軽く受け流された。
 地面に尻もちをつきそうになったミアは、剣を杖代わりにするも、血を流す脚がぶるぶると震えるばかりだった。
「確かにヴォルフガルト一族の女かもしれねえなぁ……」
 ミアの顎を大きな手で掴むと、巨漢の男は舌なめずりして値踏みする。口を塞がれたミアは、その手を剥がそうとするが、びくともしない。
 ミアの握力は騎士団の中でも群を抜いている。それなのにぴくりとも動かないのは、男の膂力りょりょくが桁外れなせいだ。
「おい、早く始末しろよ。増援がきたら厄介だぞ」
「うるせえな。魔犬狩りに手一杯でそうそう追っ手なんかくるかよ。……殺す前に、楽しもうや」
 黄色く黄ばんだ歯をむき出しにした巨漢男は、ミアに馬乗りになり軍服を引きちぎった。

「……!!!」

 軍服のボタンがはじけ飛び、シャツも強引に引き裂かれる。胸当てもむしり取られてしまい動揺したミアは、無傷の左脚でもがくも、見物を決め込んでいたもう一人の男に押さえこまれてしまった。暴れていると顎を掴む巨漢男の手が緩み、その隙にミアは顔を振って、男の指に噛みつく。
「このっ、大人しくしろ!!」
 右頬を張り飛ばされ、息が詰まりそうになる。血の味が腔内に広がり、耳鳴りがした。
「おっ、こりゃ、貴族様の避妊具じゃねえか。なんだよ。すでにお手付きか」
 シュミーズの上に光るペンダントトップを転がし、巨漢の男が、下卑た笑いを漏らす。
「……触るな、下種が」
 サイラスの瞳と同じ色の宝石が、木陰で遮られた森の中でも優雅に光を湛えていた。彼から預かっているバッハシュタイン家の宝である。薄汚い手で触れられたことに腹が立ち、ミアは赤い瞳に殺意を込めて、巨漢の男を睨みつけた。
「そんな目で見つめられたらもっと可愛がってやりたくなるだけだぜ。ひひっ、淫乱騎士様の締まり具合が楽しみで、こんなにたぎってやがる」
「何を……」
 後の言葉は続けられなかった。
 巨漢の男はミアに見せつけるように、ボトムの前立てから黒々とした性器を取り出したからだ。
 ミアは自分が犯されるのだという恐怖に愕然とする。剣と剣のぶつかり合いで命の危険を覚えたことは数え切れないほどあるが、そんな死地よりも、なお恐ろしい。圧倒的弱者に陥り、ミアはぶるぶると身体を震わせた。
 護身術を身に付ければいいというものではない、根源的な恐怖をミアは初めて思い知った。

 シュミーズ越しに胸を痛いほどもみくちゃにされ、乳房の頂に噛みつかれた。
「ひっ」
 喉が掠れた悲鳴を絞り出す。傍らの男二人はごくりと唾をのむと、巨漢の男に混じって、ミアの身体をまさぐり始めた。
 気持ち悪い。嫌だ。粘り着くような男たちの手の動きに、ミアは涙を浮かべるしかない。
 ボトムを開かれる気配に、ハッと我に返り、下腹部を凝視する。
「……いやっ!」
 痛む脚に構わず、男たちはミアの下肢からズボンを引きずり下ろしていた。下着も強引に破かれ、巨漢の男の指がミアの陰唇を無遠慮にこじ開ける。
「嫌がるわりには、物欲しそうによだれを垂らしてるぜ」
 ぐちぐちと膣内を乱暴に掻き回す、無遠慮な侵入者から身を守ろうとミアの蜜壺は、必死に熱液を吐き出していた。下が潤う一方で、喉元に胃液がせり上がってくる。嘔吐感にミアは、歯を食いしばった。
「次は俺に代われよ」
 最初は追っ手を気にしていた男が、ミアの痴態に煽られ、股間を大きくしていた。我慢ならないのか、自ら手で怒張を擦り上げている。
「たっぷり可愛がってやるぜ。女騎士さん」
「いやあぁ!!」
 どす黒い巨漢の男の一物が、媚肉に押し当てられ、亀頭が侵入してくる。
 ――サイラス様……!!
 ミアは瞼を閉じ、騎士団長の顔を思い浮かべた。

 何かが地面に転がるような鈍い音に続いて、濃厚な血の臭いが鼻腔を刺激した。涙で滲んだ瞳が写したのは。
「ぐあああああっ!!」
 ミアを犯そうとしていた大男は、両手で股間を覆っており、その隙間からは血があふれ出し、繁みを紅に染めていた。その前に佇むサイラスは、血で滴る剣先を地面に向け、泣き叫ぶ巨漢の男を底冷えのする瞳で睥睨へいげいしている。
 とどめを刺そうと振り上げた腕を、木陰から素早く現れた人影が掴んだ。
「おい、それ以上斬ったら死ぬぞ!」
「構わん」
「構うだろう! 重要な証人かもしれないじゃないか」
「……貴殿は妹が慰み者にされて平気なのか」
「そんなわけないだろ! あんたのお陰で冷静になったよ。ありがとな!」
 サイラスの凶行はジョナサンの必死の説得で阻止された。

 サイラスは興味をなくしたように巨漢男に背をむけると、横たわるミアのかたわらにひざまずく。
「……団長、殿下はご無事で……?」
「義兄上が保護して、騎士団員に預けた。心配するな」
 労わる言葉とは裏腹に、サイラスは殺気立っていた。ミアはその剣幕に威圧され、それ以上何も言えず、身体を縮こまらせる。
 サイラスは脱いだマントでミアをくるむと、横抱きにした。
 見れば巨漢の男の他二人は急所を一撃で貫かれ、息絶えているようだった。
 ミア達と入れ替わりに騎士たちがやってきて、泣きわめいている巨漢の男を拘束している。
「すみません……殿下を危険に晒してしまいました」
 ミアの謝罪を無言で受け止めるサイラスに、ミアはさらに言い募る。
「あの……」
「話は後だ。今は休め」
 ミアを黙らせるように、サイラスはミアの額に口づけた。
 サイラスの腕の中は温かく、歩みは穏やかだ。ミアを気遣う様子が、凍え切った身体に染み渡り、いつの間にか眠りのなかに引きずり込まれていった。
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