高慢で素直になれない王女は、独占欲に駆られた腹黒騎士に、狂おしく愛される

ヨドミ

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2話 シャーロット、ジョナサンに誘拐される

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 サイラスと彼の婚約者ミア・カリーナ・ヴォルフガルトとの結婚式に参列したシャーロットは、穏やかな気持ちでいた。

 シャーロットにも、大切な者ができたからだ。

 ジョナサンは顔を合わせるたび、シャーロットに一目惚れしたのだと言って、愛を囁き続けた。
 最初、冗談半分に聞き流すも、危険を冒して己に会いに来る彼に、心を惹かれた。

 ――私も彼と幸せになれるかしら。

 王女が降嫁する先として、男爵家は相応しいとは言えない。
 シャーロットからジョナサンを伴侶にと名指しすることは可能だが、そうするには周囲への根回しが必須だ。何年かかるか知れない。

 ――それでも、やってみる価値はあるわ。

 聖堂の外階段を花嫁と花婿が幸せそうにが降りてくる。
 その時――。
 シャーロットの身体が、ふわりと浮き上がった。

 「殿下、迎えにあがりました」
 
 ジョナサンがシャーロットを横抱きにし、いつも通りの笑顔をみせた。

 ジョナサンは結婚式に参加していなかった。
 突然の登場に、シャーロットはジョナサンの腕の中で、きょとんとするばかりである。

 ジョナサンはシャーロットを抱えたまま、走り出した。

 ――ちょっと、何してるの……?

 あれよあれよという間に、王宮の外へと運ばれ、シャーロットは顔を青ざめさせる。

「王宮へ戻りなさい」
「殿下、俺の妻になってください」

 ジョナサンは建物の屋根伝いに城下街を横断する。
 吹き付ける風がシャーロットの髪をかき乱した。

 ――俺の妻になってください?

「意味が、わからないわ」

 いや、意味は分かる。
 先ほどまで、シャーロットも同じ気持ちでいたのだから。
 しかし、シャーロットと生涯を共にしたいからといって、なぜジョナサンが自分を王宮から連れ出すのかが、まるで繋がらない。

「殿下、俺と幸せになりましょう」

 ――まさか……。

 駆け落ち、という単語が脳裏に浮かんだ。

 恋する男女が、すべてを投げ打って、二人きりで生きていける場所を求め逃げる行為だ。
 
 庶民ならまだしも、シャーロットは王族として、ジョナサンは貴族としての責務を果たす義務がある。
 おいそれと私欲のために、地位を投げ出すべきではない。

 運命に真正面から立ち向かわず逃げるなど、シャーロットの選択肢にはないのである。

「こんなことをして、なんになると言うの……」
「それは俺の頑張り次第ですね」

 ジョナサンは微笑むばかりだ。
 言葉が通じない。
 シャーロットは口を噤むしかなかった。


 王宮から逃亡し、半日。

 ジョナサンは灰色の長髪を馬のしっぽのようになびかせ、草木生い茂る獣道を、シャーロットを抱えたまま、颯爽と駆け抜ける。
 
「王族をかどわかすなど愚の骨頂……罪の重さを分かっているのかしら?」

 王族を誘拐すれば、即、牢獄行きだ。死罪に処される可能性もある。
 辺境といえど、男爵家の次期当主である彼が、王国の法律を知らぬわけがない。
 ジョナサンは紅の瞳を柔和に細め、

「誘拐? いえこれは賭けなのです」
「……なんですって?」

 シャーロットは菫色の瞳を見開く。

「驚かれている顔も、可愛らしいですね」
「……どういうことか、説明なさい」
「そうしたいのは山々なのですが……詳しくは、我が領地に辿り着いてからお話しいたします」

 ジョナサンはちらりと背後を見遣る。
 追っ手を気にしているのは明らかだ。
 王国騎士団には団長サイラスをはじめ、優秀な騎士たちがいる。
 すぐさまシャーロット奪還に動いてくれるだろう。
 まだ王都を出て間もない。
 王国最凶である【戦狼】といえど、人間だ。
 ジョナサンが疲れ知らずだとしても、このままシャーロットを抱えながら領地まで走り続けるのは不可能である。

 シャーロットは希望を胸に、唇を噛みしめた。

 しかし、シャーロットの願いも虚しく、ジョナサンの体力は化け物めいていた。
 シャーロットを気遣い休息を取るが、自身は常に周囲への警戒を怠らない。
 ほぼ休むことなく駆け続け、数日後、ヴォルフガルト領へ無事到着してしまったのである。


 アマグスタニア王国北部。
 大自然に囲まれた辺境地、国境となる山脈の麓にヴォルフガルト男爵が所有する城塞がそびえ立っている。
 城塞の外観内装ともに無骨でありながら、とある一室は様子が違った。
 毛足の長い絨毯が床には隙間なく敷き詰められ、ふんだんにレースをあしらったカーテンが窓を覆っている。

 王宮の客間と遜色のない調度品に囲まれた室内に、シャーロットはいた。
 襟元まできっちりとボタンを閉じたドレスをまとった彼女は、菫色の瞳に冷ややかな色を帯びさせ、目の前で跪くジョナサンを見下ろしている。

 ――まさか陛下、父上が私を賭けの褒美にされていたなんて……あんまりだわ。

 現国王は、ジョナサンの父親であるヴォルフガルト男爵と賭けをした。
 
 ジョナサンが追っ手に捕まらず、シャーロットを領地に連れ帰れば、ジョナサンの勝利、王女の伴侶として認め、逃亡に失敗すれば、ジョナサンはシャーロットを諦めるという。

 そこにシャーロットの意志は存在していなかった。

「顔をあげなさい」

 シャーロットの許しを得て、ジョナサンは顔をあげた。
 ひとつに結んだ灰色の髪が、肩から流れ落ちる。
 細面の輪郭、高い鼻梁、柔和な笑みをたたえる唇。
 ほっそりと、それでいて引き締まった体躯とあいまって、文官と言われても違和感のない佇まいである。
 けれど、ひとたび剣を握れば、魔獣のごとく相手を威圧するらしい。
 シャーロットは彼が剣を振るう場面に遭遇したことがないので、信じられずにいた。
 今も彼は、シャーロットを誘拐したことを忘れたかのように、腑抜けた笑みを浮かべている。

 こちらの気持ちを踏みにじっておきながら、ジョナサンは反省する素ぶりをみせない、と思いきや。

「殿下……シャーロット様、どうか俺の伴侶になってください」

 ジョナサンは笑みを引っ込め、シャーロットへ真摯に懇願する。
 
「お断りします」

 シャーロットは胸の下で腕組みをし、顎をそらした。

 ――王家を軽んじる殿方に、媚びる必要はなくってよ。

 肥大化した自尊心が、シャーロットの首を縦に振らせてくれない。

「一度断られようが、殿下が俺を真に厭われるまで諦めはしません」
「貴方、性格が悪くてよ」

 もっと素直で穏やかな気性の令嬢を選べばいいものを。
 なびかない獲物ほど、追いかけたくなるのだろうか。

「殿下ほどでは」
「売られた喧嘩なら高く買うわ」
「申し訳ございません。殿下と心安く会話できることが楽しくて調子に乗ってしまいました」
「……」

 王族をからかうなど、命知らずである。

 ジョナサンは跪いたまま、シャーロットをジッと見上げ続けた。

「必ず、殿下を振り向かせてみせましょう」
「……長旅で疲れたわ。出て行ってちょうだい」

 熱を孕んだ赤い瞳は、目に毒だ。シャーロットはジョナサンに背をむけた。
 窓の外には雄大な大森林が見渡す限り広がっている。
 随分、遠くに来てしまったものだ。

 ――父上や姉さまたちは、お元気かしら。

「今度、城下をご案内致します」

 ジョナサンはシャーロットの背後にぴったりと寄り添い、何事もなかったようにシャーロットの腹の前で両手を組み合わせた。

「……二度、同じ事を言わせる気かしら?」
「殿下がお寂しそうにしておいでなので、つい」
「――っ」

 勢い、背後を振り返る。
 ジョナサンはシャーロットの頬を優しく支え、唇をよせた。隙間なくぴったりと、唇と唇が重なる。

「!」

 シャーロットにとって、生まれてはじめての口づけだ。
 叫びこそしなかったが、心臓がバクバクと胸の内で暴れ始める。
 ジョナサンの唇は想像よりもカサついていた。けれど柔らかく、不思議な感触である。

 ――私の許しを得ずに、なんてことを……。

 すぐにでもジョナサンを突き飛ばさなければと思う反面、男慣れしていないと思われるのもなんだか負けた気がして。

 ――そうよ、キスごときで動揺するものですか。

 シャーロットは口を引き結んだ。
 すると、ジョナサンが舌で唇の合わせ目をこじ開けようとしてくるではないか。

 ――何をしているの?

 混乱したシャーロットは身体をこわばらせた。
 その隙を見逃すジョナサンではない。腕の中に収まる華奢な身体をくるりと自分の方へ反転させ、細越を両手でホールドする。
 シャーロットは頬を薔薇色に染め、かろうじてジョナサンを睨みつけた。

「無礼者」
「……嫌でしたか?」
「――っ、当たり前でしょう」

 恋人同士でもないのに、唇を合わせるなど貴族の風上にも置けない蛮行である。

 ――賭けなど知ったことではないわ。

 早々に父王に手紙を書き、ヴォルフガルト男爵へは直接、苦情を申し入れよう。
 まつりごとの駒になるにしても、あんまりな仕打ちである。

「嘘はいけません」
「何ですって……?」

 あきらかに怒気をにじませているのに、嘘と断言するジョナサンを、シャーロットは凝視した。

「殿下、俺の目を見ながら、もう一度、答えてください」
「何度だって言わせていただくわ。貴殿のことなど、何とも――」

 売り言葉に買い言葉とばかりに口を開き、ハッと我に返る。

 ジョナサンは嘘を見抜く。
 比喩ではない。文字通り、相手の言葉が嘘か真か、聞き分けることができるのだ。
 シャーロットがいくらジョナサンを罵ったところで、言葉の裏に隠された本心は隠せない。
 何を言っても、ジョナサンにはシャーロットの想いが伝わってしまう。

 口では嫌いと言っても、ほのかな好意を抱いている。
 誘拐されたとて、そう簡単に気持ちは変わらない。

「貴殿を罵倒して喜ばせる趣味は持ち合わせていないわ。……離して頂戴――っ」

 話しているそばから、ジョナサンの片手が、腰から太ももへと降りていく。
 振りほどきたいのに、シャーロットを優しく包み込む手に抗えない。

「殿下……」

 紅い瞳が、シャーロットをジッと見つめてくる。
 彼の目には自分しか映っていない。
 唇が降りてくる。
 ジョナサンは迷うことなく、ふたたびシャーロットの唇に唇を重ねた。
 引き結ばれた唇の間を、ジョナサンは舌で突いた。

「シャーロット……」
 
 取り縋るような甘い懇願に、思わず力が抜ける。
 唇の隙間をこじあけ、ジョナサンの舌が口内に侵入した。
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