高慢で素直になれない王女は、独占欲に駆られた腹黒騎士に、狂おしく愛される

ヨドミ

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4話 シャーロット、ジョナサンの溺愛っぷりに困り果てる

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 誘拐されて一月が経過した。
 シャーロットは自室として宛がわれた部屋の窓に頬杖をつき、ぼんやり外を眺めていた。

 眼下はちょうど中庭になっていて、城塞を守護する騎士たちが訓練に明け暮れている。
 青空の下、額に汗を浮かべ一心に剣を振るっている騎士たちに、ジョナサンが厳しい面持ちで、指示を出していた。

 中庭の端では、城勤めの侍女たちが、ジョナサンに秋波を送っている。
 ジョナサンは彼女たちに気が付くと、微笑んで手を振った。

 ――愛想がよろしいことで。

 次期城主として、下々の者から慕われるのは良いことだ。けれど威厳というものあってこそである。
 下手に愛想を振りまいて、侮られてはいけない。

 ――って私、とっても性格が悪くなくて?

 大国アマグスタニア王国の宮中では、日夜、他人を引きずり下ろす悪意が絶えない。
 王族といえど、気を抜けばとんでもない醜聞に見舞われることがある。

 姉姫二人の派手なふるまいに倣うことなく、シャーロットは内宮殿に引きこもっていた。
 するといつしか【日陰の佳人】だと呼ばれるようになった。
 社交界に姿を見せず、自由気ままに遊び暮らす姫君とみなされたのである。
 公爵から婚約破棄を言い渡された折りには、心ない憶測が宮廷中に広まった。

 ――大人しそうでいて、姉君たちよりも気性が激しいのではないか。
 ――公爵に政の助言をしたそうじゃないか。適当な理想論を聞かされて公爵はうんざりされたのではないか。

 思い出すだけで、気が滅入りそうになる。
 
 シャーロットは過去を振り払うように、勢いよく窓を全開にした。
 生ぬるい風が、プラチナブロンドの髪をゆるくはためかせる。
 湿気のこもった熱気が鬱陶うっとうしい。
 けれど、王都よりも息が楽にできる。

 ――まさか辺境の男爵家に嫁ぐことになるなんて……。


 数日前、ジョナサンの父親――ヴォルフガルト男爵は、息子に遅れて王都から帰還した。

「何不自由なく暮らしていただけますよう、一族の全力を持って努めさせて頂く所存です」

 男爵は開口一番、いかつい顔をこわばらせた。
 シャーロットは国王からの書状にさっと目を通す。
 国王は、賭けという名目を使って、シャーロットがジョナサンに攫われるのを許した。
 つまり、シャーロットがヴォルフガルト男爵夫人になることを了承しているということになる。

 王命には従うつもりだ。

 シャーロットは書面から目をあげた。
 男爵は、死地へ赴くかのような形相である。
 賭けは父王と男爵の間で取り交わされたと聞いている。
 しかし実際は、ジョナサンが強引に推し進めた悪事に違いない。

「大方、陛下が面白半分に賭けに興じられたのでしょう。……貴殿は悪くありませんわ。私をさらった次期男爵殿のせいですことよ」
「……不肖の息子を、何卒よろしくお願いいたします」

 男爵はソファの上で巨体を折り曲げ、頭を下げた。
 

 ――よろしくと言われても困るのだけど。

 訓練が終わったようで、ジョナサンは大勢の騎士たちに囲まれていた。
 
 ヴォルフガルト領の騎士たちは、王国騎士団に負けず劣らずの猛者揃いであるという。
 血の気の多い者たちに一目置かれているジョナサンは、良き戦士であり、統治者の資質をあわせ持っているのだろう。
 もしくは嘘を見抜く耳を、皆、恐れているのだろうか。
 遠目ではあるが、騎士たちからは、ジョナサンにおもねる気配は見受けられない。
 皆、明るい表情をして、ジョナサンと談笑を交わしている。

「……考えすぎかしら」

 辺境の領地内で、権力争いも何もあったものではないかと、思い直す。
 ふとジョナサンと目が合った、ような気がした。
 その証拠に、距離がかなりあるにもかかわらず、ジョナサンがこちらに手を振っている。

 ――思い通りになったからって、いい気にならないでほしいわ。

 シャーロットは窓から離れた。

 ジョナサンは王国でも一、二を争う剣の腕前の持ち主だ。そして、王国の防衛拠点を任されている領主の後継者でもある。
 おまけにシャーロットへの溺愛ぶりでは、右に出る者がいない。

 ジョナサン・ラウネ・ヴォルフガルトは、容姿端麗、非の打ち所のない、完璧な貴公子である。
 シャーロットを通じて、王家への忠誠心を抱かせるようにすれば、王女としての役目は果たせたも同然だ。

 このまま素直にジョナサンに愛されるべきだと、理解している。
 そうわかってはいても、シャーロットはジョナサンが誘拐という強行策をとったことを許せずにいた。

 己がジョナサンを見初めたという形に持って行くために計画していたあれやこれやは、彼の力業で台無しになってしまった。
 今ごろ宮廷内にはさまざまな憶測が飛び交っていることだろう。

 ――彼は私のどこが気に入ったのかしら。
 
 連れ去られてから幾度となく繰り返している疑問である。
 決して自身を卑下しているわけではない。
 シャーロットとジョナサンが出会ったのは数ヶ月前である。
 惚れたから。ただそれだけの理由で、彼が命を賭けたとは、にわかには信じられないのだ。

 何にしてもジョナサンの本心が知りたい。
 好きだ、愛していると言葉にするのは簡単だ。
 そんな薄っぺらな口説き文句は信用できない。
 
 テーブルには、シャーロットへの貢ぎ物が溢れんばかりに積まれていた。

「……もっとわがままに振る舞えば、化けの皮を剥がせるかしら」

 シャーロットは頬に手を添えた。

 例えば、ジョナサンには手に負えないような高額な宝石をねだってみるとか。

 ――私はアマグスタニア王国第三王女、シャーロット・ヴェルデ・アマグスタニアよ。安い女ではないことを思い知りなさい。

 シャーロットは何をねだろうかしらと、思案するのだった。


 結論から言うと、シャーロットの『おねだり作戦』は失敗に終わった。
 妹も妹なら、兄も兄である。
 作戦を思いついてから二週間後、シャーロットは自室のソファでぐったりとしていた。

 ――まさか、すべて完璧にこなされるなんて……。

 二週間前、シャーロットはジョナサンを呼び出した。

 シャーロットに呼ばれたことが嬉しいのか、ジョナサンはニコニコと笑顔を絶やさない。
 躾の行き届いた忠犬のごとく隣に腰掛けるジョナサンに、シャーロットは甘く囁いた。

「私の瞳と同じ色の宝石が欲しいの」
「宝石ですか?」
「ええ」

 アマグスタニア王国内で、宝石はほとんど産出されない。北の帝国か南の連合国ではそれなりに産出されるが、シャーロットの瞳のような淡い紫色の宝石はめったに採れないと聞く。

 ジョナサンは天井に視線をむけ、頬を指先でぽりぽりと掻いた。

 ――ふふ、困っているわ。せいぜい苦労なさい。

 シャーロットは、ほくそ笑んだ。
 ジョナサンがなんと言い訳をするのか、楽しみにしていたシャーロットだったのだが――。

「殿下には、お見通しでしたか」

 ジョナサンは苦笑しながら、ジレの内側に手を忍ばせる。手のひらには、爪の先ほどの大きさの石が輝いていた。
 色はシャーロットの瞳と同じ淡い紫色だ。

 ――これって……。

「北の帝国で珍重されている鉱物だそうです。こうすると、色が変わります」

 ジョナサンは窓に石をかざした。紫色の塊は陽光を受け、深い青緑色に変化した。

「まあ……サイラスの瞳の色に似ているわね」

 かつての婚約者の名を出せば、嫉妬するかと思いきや、ジョナサンは「そうですね」とにこやかに同意する。
 面白くない。内心、頬を膨らませるシャーロットの前に、ジョナサンは跪いた。

「こちらを結婚指輪に加工いたします。……受け取っていただけますか?」
「――っ、私を納得させられる品ならばね」

 まさか先回りしておねだりを叶えてくるとは思わず、シャーロットはしどろもどろになる。

「最高の職人に仕立てさせますので、ご期待ください」

 ジョナサンはシャーロットの手をとり、甲にキスを落とした。
 突然のふれあいに、シャーロットはびくりと肩を震わせる。ジョナサンの唇が触れたところが、じんわりと痺れた。


 その後も、シャーロットは思いつく限り、アレが欲しい、コレが欲しいと傲慢に振る舞ってみせた。
 ジョナサンは文句の一つ言わずに、無茶な注文に応じ、対価として、口づけや抱擁をねだった。

 充分な働きをしたものには褒美を。
 王家で培われた倫理観が、シャーロットを苦しめる。
 精一杯、ヴォルフガルト領では入手できない品物を要求しても、ジョナサンは涼しい顔で、成果物を持ち帰った。

 そのたび、行為をねだられることになる。

 ジョナサンはシャーロットを宝物のように胸に抱き、首筋や頬など、いたるところにキスを落としていく。
 彼に触れられたところが、熱を持ち、シャーロットをさらに悩ませた。

 ――私、自分で自分の首を絞めているのではなくて?

 みずからが始めた児戯である。
 辞める機会をなかなか掴めずにいた、ある日。
 廊下を歩いていると、違和感を覚えた。
 壁に飾られていた立派な盾がなくなっている。
 美術品のような美しい盾だった。廊下を通り過ぎるたびに、シャーロットは己の姿を映していたため、鏡代わりにしていた盾がなくなっていることに、すぐに気が付いた。

 ジョナサンに行方を尋ねると、珍しく曖昧に言葉を濁した。

 ――まさか、私がねだった品々を手に入れるために、売り払ったのではなくて?

 嫌がらせと言えど、ヴォルフガルト家の財政を傾けさせるのは、本意ではない。
 シャーロットは、そろそろ潮時かしらと思い始めた。


 美味なる肉を食したいとねだったところ、ジョナサンは魔獣の棲まう森で獣を狩ってきた。
 シャーロットは、食卓に出た肉料理を口にするなり、ぽつりと独り言を呟く。

「……ミアが狩ってきたもののほうが、美味しかったわ」

 料理人の腕によるものかもしれない。
 特に感慨もなく、感想を述べただけである。

 すると正面のテーブルから、物音がしなくなった。
 不思議に思ったシャーロットは、料理から顔をあげた。
 ジョナサンはナイフとフォークをもつ手をとめている。

「ミアが殿下に献上した肉は、何の肉だったのでしょうか?」

 シャーロットは突然の質問に、目をぱちくりさせる。

「……忘れたわ」

 甘味にこだわりはあれど、普段の食事にさほど頓着しないシャーロットである。
 何やら珍しい獣の肉を要求した気がするが、詳細は覚えていない。

「そうですか。……では、殿下にさらに美味なる肉を献上いたします」
「期待しているわ」

 ジョナサンは「ミアに負けてたまるか」と握りこぶしを作る。
 溺愛する妹と何を張り合うことがあるのか。
 シャーロットは悔しがるジョナサンを呆れた目で見つめた。
 
 翌日以降、毎日肉料理が供された。
 毎回ジョナサンは目を輝かせながら、料理の感想をシャーロットに求める。
 こんなことになるなら、妹を引き合いに出すのではなかったと後悔するも、時すでに遅しである。

 シャーロットが、いい加減になさいと叱咤するまで、ジョナサンの狩りは続いた。
 以後、シャーロットはジョナサンにおねだりするのをやめたのである。
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