高慢で素直になれない王女は、独占欲に駆られた腹黒騎士に、狂おしく愛される

ヨドミ

文字の大きさ
6 / 24

5話 シャーロット、命を狙われる?

しおりを挟む
 シャーロットは中庭の片隅にあるベンチに腰掛け、訓練中の騎士たちを凝視していた。
 騎士たちはどことなく落ち着かない様子である。

 そのうち訓練が始まった。
 かけ声に、剣と剣がぶつかりあう金属音が重なる。
 中庭にジョナサンの姿はない。

「奥様がこうしてお部屋の外へ出られているというのに、坊ちゃまはご不在とは……残念がられますね」
「……ねえ、その奥様って呼ぶの、やめてくれないかしら」

 そばに控える侍女のアネモネが、首を傾げた。
 後頭部でひとつにまとめた黒髪が、しなやかに揺れる。
 人形のように整った顔に、感情の色はない。
 歳の頃は、シャーロットの二つ下、十六である。

「坊ちゃまには、奥様は奥様とお呼びするように、言い付かっておりますので」

 主人に忠実な使用人に、とやかく言っても無駄だ。
 シャーロットは「……そう」と納得のいかないまま、話を終わらせた。

 空はシャーロットの憂鬱な気分などおかまいなしに、晴れ渡っている。
 アネモネがシャーロットの頭上に傘を差し掛けた。
 すらりとした体躯に黒いドレスをまとった彼女は、侍女というより、騎士の風格を漂わせている。
 アネモネは、シャーロットの身の回りの世話を、事細かにこなした。

「奥様、城内を散策なさってはいかがでしょうか」
「奥様、本日のご昼食を残されていましたが、ご気分が優れませんか?」
「奥様、明日は雨です。底冷えしますので、こちらの寝衣をお召しください」

 ジョナサンに何を命じられているのか知らないが、過保護にもほどがある。
 王宮で、これほど熱心にシャーロットに心を砕く者はいない。侍女たちは、シャーロットの顔色をうかがい、機嫌を損ねないよう細心の注意を払っていた。

 アネモネは真逆だ。
 ジョナサンの命に誠実に従い、シャーロットの世話を焼いた。
 仕事熱心なアネモネに好感を抱いたシャーロットは、彼女をそばにおき、城内を散策するようになった。


 訓練を見学し始めて数分後。
 騎士たちの模擬試合は、素人目には、ただ乱暴に木の棒を打ち合っているようにしか見えず、シャーロットは扇で口元を隠し、あくびを噛み殺した。

 灰色髪の青年が、脳裏にちらついた。
 複数人を相手にした稽古で、ジョナサンは果敢に剣を振るい、勝利していた。
 灰色の髪がたなびく姿は、まさに勇猛果敢な狼のようである。
 剣舞は好まないシャーロットでも、彼の所作は滑らかで、見ていて飽きなかった。
 
 勝利するたび、ジョナサンは窓辺にいるシャーロットの視線に気づき、手を振る。
 赤い瞳に射貫かれると、胸騒ぎがした。

 ――っ、私ったら何を思い出しているのかしら。

 わざわざジョナサンの居ない隙を狙って部屋から出てきたというのに……。

「……戻るわよ」

 アネモネを引き連れ、回廊に脚を向けた矢先――中庭が騒がしくなった。

「魔狼だ!」
「どこから現れやがったんだ!」

 中庭に見たことのない獣がいた。
 犬のような見た目だが、人よりも大きい。
 黒々とした毛並みを逆立て、獣は中庭にいる騎士たちに襲い掛かっている。
 巨大な牙や爪を思う存分振るう魔狼に、騎士たちが果敢に斬りかかった。

『グウオオオオオオオ!』

 刺されようが切られようが、魔狼は倒れない。

 魔狼と目が合った。
 理性の欠片もない真っ黒な瞳に、背筋が粟立つ。
 魔狼はよだれを垂らしながら、シャーロットたちに狙いを定めた。騎士たちを振り切り、シャーロットたちへむかって地を蹴る。

「……奥様、背中を見せませぬよう」

 アネモネは傘を閉じると、剣のように身体の前で構えた。
 シャーロットはアネモネにしがみついて、ギュッと目を閉じた、その時。

「人様の縄張りで、何してくれてんだ」

 聞き慣れた声でいて、初めて耳にする口調。
 間近に迫った魔狼とアネモネの間に、灰色髪の青年が躍り出た。
 ジョナサンが目にもとまらぬ速さで、剣を鞘走らせる。

 次の瞬間には、魔狼の首が宙に放物線を描いていた。
 ドスンと、鈍い音をたて、魔狼の首が地面に落ちる。

 首になっても地を這う獣の脳天に、ジョナサンは剣を突き刺した。頭蓋から剣を抜き、血を払う。
 黒い血が地面に飛び散った。

 魔狼にも劣らない殺気をまとった赤い瞳が、シャーロットに向けられた。
 獣に魅入られた時の比ではない怖気が、シャーロットを硬直させる。
 しかし、一瞬で、ジョナサンは表情をやわらげた。

「殿下! お怪我は」
「……ないわ」
「よかった~。アネモネ、殿下を守ってくれてありがとう」
「もったいなきお言葉です」

 シャーロットはジョナサンとアネモネが会話するのを右から左に聞き流す。
 ジョナサンの魔獣めいた横顔が瞼の裏から離れない。

「殿下」

 ジョナサンがシャーロットに手を差し出した。
 その手には、どす黒い血がこびりついている。
 シャーロットは両手を胸に引き寄せた。
 戸惑うシャーロットを目にし、ジョナサンはハッとした様子で手を引っ込める。

 ――違うの、これは……。

「……アネモネ、殿下を部屋までお送りしろ」

 ジョナサンは寂しそうに赤い瞳を伏せた。


 その日の夜、ジョナサンがシャーロットの部屋を訪ねてきた。

「魔獣討伐?」
「ええ。昼間、城内に現れた魔狼は、本来であれば、もっと隣国寄りに棲息しているのです」

 ヴォルフガルト城塞は、ぐるりを深い森に囲まれている。
 男爵の命の下、定期的に魔獣狩りが行われていた。魔獣に人間は危険な生き物だと知らしめるためだ。  
 地道な活動のお陰で、城塞周辺に魔獣は少ない。
 一方、城塞から離れれば離れるほど、森の奥地には凶暴な魔獣が棲息している。

「魔狼は知能が高いため、俺たちに敵わないと学習しています。ですが、今回、城内に侵入しました」
「すべての魔獣が、貴殿たちを恐れているとは限らないでしょう」
「だとしても、城塞周辺は常に衛兵たちが、我らの手で手懐けた魔犬とともに警備にあたっております。厳重な警戒網を抜け、魔獣が城内に侵入するなどありえないのです」

 皆が皆、ジョナサンのように強靱な身体能力を持ち合わせているわけでない。
 魔犬だって、魔獣だ。どこまで人に協力するのかと、シャーロットは疑問に思う。

「それで魔狼がなぜ城塞を襲ったのか納得できない貴殿が、直々に魔獣討伐に赴くと?」

 ――魔獣討伐など、部下に任せればよくなくて?

 ジョナサンは男爵子息だ。領主は領民を導く存在である。
 些事にかまけていては、身体がいくつあっても足りない。

 シャーロットは紅茶のカップに口を付けながら、ちらりとジョナサンに目をやる。
 ジョナサンは、にこりと微笑み、

「根絶やしにするためです」

と、物騒な発言をした。

「……?」

 シャーロットは眉を顰めた。聞き間違いだろうか。

「殿下に牙をむけたのです。一体残らず奴らを狩り尽くします」

 聞き間違いではなかった。

「……魔狼は森の王者なのでしょう。彼らがいなければ、森の生態系を崩すことになるのじゃないかしら」
「さすが殿下。我が領地に棲息する魔獣を、すでに把握されているとは、頭が下がります」
「世辞は結構よ。……話を戻すけれど、貴殿たちヴォルフガルト家は狼を崇めているのではなくて?」
「そうではありますが、魔獣は魔獣。人に仇成すのであれば、こちらが牙を剥いても問題ありません」

 ジョナサンは微笑みを崩さないまま、赤い瞳に剣呑な光を孕ませている。
 シャーロットは、こくりと小さく喉を鳴らした。
 
「貴殿でも集団で襲いかかられたら、分が悪いのじゃなくて?」
「この際、部下を連れて訓練も兼ねようかと」
「……そう」
「殿下が俺の身を案じてくださるとは。光栄です」

 ジョナサンは感慨深いと言わんばかりに、天井に向かって満足げに頬を緩めた。

「し、心配なんてしていないわ」

 異国の地に連れてこられて早々、一人取り残されては堪らないだけである。

 ――彼とはまだちゃんと向き合えていないのよ。このまま物言わぬ死者にでもなったらタダじゃ置かないのだから。

「……必ず帰って参ります」

 ジョナサンはシャーロットの前にひざまずき、白魚のような手のひらにキスを落とした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!

藤原ライラ
恋愛
 ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。  ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。  解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。 「君は、おれに、一体何をくれる?」  呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?  強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。   ※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

こんにちは、最強騎士にお持ち帰りされたダメエルフです~もう逃げられません~

西野和歌
恋愛
おちこぼれエルフのシャーリーは、居場所を求めて人の国にて冒険者として活躍する事を夢見ていた。 だが、魔法も使えず戦闘ランクも最低のお荷物エルフは、すぐにパーティーを解雇される日々。 そして、また新たに解雇され一人になったシャーリーが、宿の食堂でやけ酒をしていると、近づく美貌の男がいた。 誰もが見惚れるその男の名はウェダー。 軽い調子でシャーリーを慰めるついでに酒を追加し、そのまま自分のベッドにお持ち帰りした。 初めてを奪われたエルフは、ひたすらハイスペックエリートの騎士に執着されるうちに、事件に巻き込まれてしまう。 これは、天然ドジな自尊心の低いシャーリーと、自らに流れる獣の血を憎みつつ、番のシャーリーを溺愛するウェダーの物語です。 (長文です20万文字近くありますが、完結しています) ※成人シーンには☆を入れています。投稿は毎日予定です。※他サイトにも掲載しています。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~

如月あこ
恋愛
 宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。  ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。  懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。  メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。    騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)  ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。 ※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)

鉄壁騎士様は奥様が好きすぎる~彼の素顔は元聖女候補のガチファンでした~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
令嬢エミリアは、王太子の花嫁選び━━通称聖女選びに敗れた後、家族の勧めにより王立騎士団長ヴァルタと結婚することとなる。しかし、エミリアは無愛想でどこか冷たい彼のことが苦手であった。結婚後の初夜も呆気なく終わってしまう。 ヴァルタは仕事面では優秀であるものの、縁談を断り続けていたが故、陰で''鉄壁''と呼ばれ女嫌いとすら噂されていた。 しかし彼は、戦争の最中エミリアに助けられており、再会すべく彼女を探していた不器用なただの追っかけだったのだ。内心気にかけていた存在である''彼''がヴァルタだと知り、エミリアは彼との再会を喜ぶ。 そして互いに想いが通じ合った二人は、''三度目''の夜を共にするのだった……。

聖銀竜に喰われる夜――冷酷な宰相閣下は、禁書庫の司書を執愛の檻に囚える

真守 輪
恋愛
「逃がさない。その賢しい口も、奥の震えも――すべて、私のものだ」 王宮で「禁書庫の未亡人」と揶揄される地味な司書・ルネ。 その正体は、好奇心旺盛でちょっぴり無作法な、本を愛する伯爵令嬢。 彼女には、誰にも言えない秘密があった。 それは、冷酷非道と恐れられる王弟・ゼファール宰相に、夜の禁書庫で秘密に抱かれていること。 聖銀竜の血を引き、興奮すると強靭な鱗と尾が顕れる彼。 人外の剛腕に抱き潰され、甘美な絶望に呑み込まれる夜。 「ただの愛人」と割り切っていたはずなのに、彼の孤独な熱に触れるたび、ルネの心は無防備に暴かれていく。 しかし、ルネは知らなかった。 彼が近づいた真の目的は、彼女が守る「禁書」――王国を揺るがす禁断の真実にあったことを。 「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」 嘘から始まった関係が、執着に変わる。 竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。

【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜

こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました! ※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)  狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。  突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。  だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。  そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。  共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?  自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。

覇王に執着される傾国の男装騎士〜忘却の接吻を、愛しき宿敵へ〜

甘塩ます☆
恋愛
男装騎士アーサーは、かつての宿敵・カイル王に捕らわれ、「専属メイド」として屈辱的な奉仕を命じられる。しかし、復讐のために自分を弄ぶはずのカイルが向けたのは、狂気にも似た深い愛だった。

処理中です...