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7話 シャーロット、ジョナサンが帰還するも、苛立つ
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ジョナサンが部下を連れ、城塞を旅立った日の夜。
自室で読書をしていたシャーロットは、壁時計をチラリと見遣る。夜も更けてきた頃合いだ。
ほぼ毎夜、ジョナサンはシャーロットの自室を訪ねていた。
いつの間にか、彼が部屋を後にしてから湯浴みをし、床につく習慣が身に染みついてたシャーロットは、無意識に彼を待っていたことに、はたと気がついた。
自覚した途端、なんだか複雑な気持ちになる。
「……アネモネ、湯浴みの用意をお願い」
ジョナサンのことが嫌いなわけではない。
どちらかというと好意が勝っているが、得体の知れなさを感じてもいる。
ジョナサンが旅立った日から、二日に一度、伝令がシャーロット宛てに手紙を届けた。
差出人はジョナサンである。
胸焼けがしそうな愛の言葉に続けて、魔獣討伐の進捗や魔狼が凶暴化した原因についての考察などが、事細かに記されていた。
魔狼の巣の近くで、彼らを興奮させる薬草が焚かれていた痕跡を発見したという。
どうやら、何者かが魔狼を誘導し、城塞にけしかけたらしい。
誰が何のために?
反国王派が魔獣を使って、王都で騒ぎを起こした事件は記憶に新しい。
――懲りずにまた同じ手を使ったのかしら。
それともヴォルフガルト家に恨みを持つ者の仕業か。
部屋の中で閉じこもっていては、わかろうはずもなく、シャーロットは悶々とした。
手紙の文字が日に日に荒くなっている。
シャーロットに予知能力などない。けれど胸騒ぎがし、不安に拍車がかかった。
ジョナサンは戦闘狂と恐れられる一族のなかでも、最強と謳われている。
彼に限って、怪我をするはずがない。
そう思っていた矢先、ジョナサンの筆跡ではない手紙が届いた。
代筆を頼まねばならないのは、つまり自分でペンを持てないからだ。
シャーロットは手紙を握り締める。
心配なら伝令にジョナサンの様子を聞けば良い。
けれど……。
「では、これにて」
「お待ちなさい」
立ち去ろうとする伝令を、シャーロットは呼び止める。
「……手紙を書くわ。男爵子息に届けて頂戴」
伝令は目を見開いた。
驚く伝令を視界の隅に追いやって、シャーロットは羽ペンを動かした。
「明日、坊ちゃまがお帰りになられるとのことです」
シャーロットの身支度を手伝いながら、アネモネが告げた。
ジョナサンが魔獣討伐に出てから、二週間が経過している。
――いつまで待たせるつもりなのよ。
手紙には、遠回しに早く帰るよう、したためた。
以後、ジョナサンから便りはない。
何かあったのか確認しようにも、向こうが伝令を送ってくれなければ、彼らがどこにいるのかシャーロットには把握しようがないのである。
苛立ちと不安がない交ぜになる日々を過ごすも、態度には一切出さない。
しかし。
「坊ちゃまなら、ご無事ですよ」
シャーロットの心を見透かすように、アネモネが請け負った。
「……どうしてそんなことが判るのかしら?」
もしや、ジョナサンは、アネモネには手紙をよこしているのだろうか。
――私を差し置いて、侍女と通じるなんて……。
一度、疑惑が胸に生まれると、妄想が止まらなくなる。
あれだけ愛しているだなんだと言いながら、大事なことはシャーロットに知らせないつもりなのか。
ジョナサンも所詮、自分をアクセサリーのごとく扱うのだ。
「坊ちゃまはお強いですから」
アネモネはシャーロットの髪を結いながら、静かな声音で答えた。
ジョナサンに対して、揺るぎない信頼感がうかがえる。
落ち着いた様子の侍女とは裏腹に、シャーロットは心穏やかではいられなかった。
午後。陽の高いうちに、侍女や使用人たちが、回廊を忙しなく行き交いはじめた。
ジョナサンが帰還したのだ。
出迎えるか否か。考えるまでもない。
中庭に出て日光浴をしていたシャーロットは、アネモネを引き連れ、城塞の中心に向かった。
玄関ホールには、すでにジョナサンがいた。
纏う軍服は出発した頃よりも薄汚れ、所々、くだびれている。
ヴォルフガルト男爵と真剣な表情で言葉を交わしていたが、シャーロットの姿を目にするなり、顔をほころばせた。
「殿下、ご機嫌いかがでしょうか」
彼の隣では、父親がなんとも言えない表情をしている。
女にだらしなく鼻の下を伸ばしている息子を見て喜ぶ父親はいまい。
シャーロットは、ヴォルフガルト男爵に同情した。
「変わりないわ。……ご苦労だったわね」
「たいしたことでは……父上、後ほど執務室に向かわせて頂きます」
「うむ」
「それでは殿下、失礼いたします」
――え?
てっきり愛の言葉を嫌というほど囁かれると身構えていたシャーロットは、虚をつかれた。
そして、ジョナサンはシャーロットに触れることなく、会釈だけで済まそうとしている。
――この地に来てから、彼が私に触れなかったことはなかったのに……ありえないわ。
「ちょっと」
「はい?」
動揺して思わず引き止めてしまったが、どうしたものか。
「森の様子はいかがでしたの?」
無難な話題を見つけられたことに、シャーロットはホッとした。
ジョナサンは胸に手を当て、シャーロットに顔を寄せる。
「魔狼どもは殺気立っていましたね。群れの長を狩りましたので、今後、奴らがこの城を襲うことはないでしょう」
「魔狼を仕掛けた者に心当たりはあるのかしら」
「我が一族は恨みを買うことが多いですからね。心当たりだらけですよ」
王国の防衛を担う一族の宿命を代々受け継いできているヴォルフガルト家。
命を狙われているかもしれないのに、ジョナサンは爽やかな笑顔を絶やさない。
頼もしい一方、シャーロットは諸手を挙げて喜べなかった。
誘拐された挙げ句、戦禍に巻き込まれるなんて事態は御免である。
己の身を守るためにも、ジョナサンに詳細を聞き出さねばならない。
「殿下、ご気分が優れませんか?」
「……脳天気に恨まれていることを自慢をしている貴殿に、呆れかえっているだけよ」
「俺を心配してくださるとは……感動で涙が出てしまいそうです」
「私にも、聞かせなさい」
「はい?」
「これからヴォルフガルト男爵と、襲撃犯への対策を練るのでしょう。私も話し合いに参加させていただきますことよ」
「いえいえ! 殿下にお聞かせできるような話では……」
大ありだ。シャーロットは剣を振るう技術を持ち合わせていない。
だからといって、ジョナサンの後ろで何も考えずにいて良い理由にはならない。
――私には私の戦い方というものがあるのよ。
「仮にも私を妻に迎えようとするのなら、領地の政に口出しはさせていただくわ」
「……」
ジョナサンは、気まずげに顎を引いた。
基本、シャーロットに甘い男である。強引に押せば、こちらの要求を飲むに違いない。
――私を妻にしたいのなら、振り回される覚悟をなさい。
堂々と一歩踏み出したと同時に、強烈な臭いが鼻孔を刺激した。
王宮に居た頃、時折、護衛騎士たちは、ジョナサンが纏う香りと同様の匂いをさせていた。
心安らぐ香りに興味を持ったシャーロットは、彼らに匂いの正体を尋ねた。
騎士たちは躊躇った後、痛み止めの臭いだと教えてくれた。
微かになら芳しい香りなのだが、ジョナサンからは清々しさを通り越して、目に染みるほどの臭いが立ち上っている。
大量に使うほどの怪我をしているのか。
ジョナサンは苦痛などおくびにも出さず、シャーロットの背後に控えていたアネモネに声を掛けた。
「アネモネ、ご苦労」
「もったいなきお言葉です」
アネモネはちらちらとジョナサンの顔をうかがっている。
ジョナサンが肩をすくめると、彼女は何かを得心した様子で頷いた。
――私を無視して、仲睦まじく目配せするなんて……愛していると散々口にするくせに、都合の悪いことは何も口にしないのね。
お飾りの妻にするのなら、好きにすればいい。
「殿下、後ほどご報告させていただきますので、本日はご勘弁を」
「……ご自由になさい」
馬鹿馬鹿しい。
シャーロットは背筋を伸ばして、ジョナサンに背を向ける。ドレスの裾を持ち上げ、足早にその場を立ち去った。
自室で読書をしていたシャーロットは、壁時計をチラリと見遣る。夜も更けてきた頃合いだ。
ほぼ毎夜、ジョナサンはシャーロットの自室を訪ねていた。
いつの間にか、彼が部屋を後にしてから湯浴みをし、床につく習慣が身に染みついてたシャーロットは、無意識に彼を待っていたことに、はたと気がついた。
自覚した途端、なんだか複雑な気持ちになる。
「……アネモネ、湯浴みの用意をお願い」
ジョナサンのことが嫌いなわけではない。
どちらかというと好意が勝っているが、得体の知れなさを感じてもいる。
ジョナサンが旅立った日から、二日に一度、伝令がシャーロット宛てに手紙を届けた。
差出人はジョナサンである。
胸焼けがしそうな愛の言葉に続けて、魔獣討伐の進捗や魔狼が凶暴化した原因についての考察などが、事細かに記されていた。
魔狼の巣の近くで、彼らを興奮させる薬草が焚かれていた痕跡を発見したという。
どうやら、何者かが魔狼を誘導し、城塞にけしかけたらしい。
誰が何のために?
反国王派が魔獣を使って、王都で騒ぎを起こした事件は記憶に新しい。
――懲りずにまた同じ手を使ったのかしら。
それともヴォルフガルト家に恨みを持つ者の仕業か。
部屋の中で閉じこもっていては、わかろうはずもなく、シャーロットは悶々とした。
手紙の文字が日に日に荒くなっている。
シャーロットに予知能力などない。けれど胸騒ぎがし、不安に拍車がかかった。
ジョナサンは戦闘狂と恐れられる一族のなかでも、最強と謳われている。
彼に限って、怪我をするはずがない。
そう思っていた矢先、ジョナサンの筆跡ではない手紙が届いた。
代筆を頼まねばならないのは、つまり自分でペンを持てないからだ。
シャーロットは手紙を握り締める。
心配なら伝令にジョナサンの様子を聞けば良い。
けれど……。
「では、これにて」
「お待ちなさい」
立ち去ろうとする伝令を、シャーロットは呼び止める。
「……手紙を書くわ。男爵子息に届けて頂戴」
伝令は目を見開いた。
驚く伝令を視界の隅に追いやって、シャーロットは羽ペンを動かした。
「明日、坊ちゃまがお帰りになられるとのことです」
シャーロットの身支度を手伝いながら、アネモネが告げた。
ジョナサンが魔獣討伐に出てから、二週間が経過している。
――いつまで待たせるつもりなのよ。
手紙には、遠回しに早く帰るよう、したためた。
以後、ジョナサンから便りはない。
何かあったのか確認しようにも、向こうが伝令を送ってくれなければ、彼らがどこにいるのかシャーロットには把握しようがないのである。
苛立ちと不安がない交ぜになる日々を過ごすも、態度には一切出さない。
しかし。
「坊ちゃまなら、ご無事ですよ」
シャーロットの心を見透かすように、アネモネが請け負った。
「……どうしてそんなことが判るのかしら?」
もしや、ジョナサンは、アネモネには手紙をよこしているのだろうか。
――私を差し置いて、侍女と通じるなんて……。
一度、疑惑が胸に生まれると、妄想が止まらなくなる。
あれだけ愛しているだなんだと言いながら、大事なことはシャーロットに知らせないつもりなのか。
ジョナサンも所詮、自分をアクセサリーのごとく扱うのだ。
「坊ちゃまはお強いですから」
アネモネはシャーロットの髪を結いながら、静かな声音で答えた。
ジョナサンに対して、揺るぎない信頼感がうかがえる。
落ち着いた様子の侍女とは裏腹に、シャーロットは心穏やかではいられなかった。
午後。陽の高いうちに、侍女や使用人たちが、回廊を忙しなく行き交いはじめた。
ジョナサンが帰還したのだ。
出迎えるか否か。考えるまでもない。
中庭に出て日光浴をしていたシャーロットは、アネモネを引き連れ、城塞の中心に向かった。
玄関ホールには、すでにジョナサンがいた。
纏う軍服は出発した頃よりも薄汚れ、所々、くだびれている。
ヴォルフガルト男爵と真剣な表情で言葉を交わしていたが、シャーロットの姿を目にするなり、顔をほころばせた。
「殿下、ご機嫌いかがでしょうか」
彼の隣では、父親がなんとも言えない表情をしている。
女にだらしなく鼻の下を伸ばしている息子を見て喜ぶ父親はいまい。
シャーロットは、ヴォルフガルト男爵に同情した。
「変わりないわ。……ご苦労だったわね」
「たいしたことでは……父上、後ほど執務室に向かわせて頂きます」
「うむ」
「それでは殿下、失礼いたします」
――え?
てっきり愛の言葉を嫌というほど囁かれると身構えていたシャーロットは、虚をつかれた。
そして、ジョナサンはシャーロットに触れることなく、会釈だけで済まそうとしている。
――この地に来てから、彼が私に触れなかったことはなかったのに……ありえないわ。
「ちょっと」
「はい?」
動揺して思わず引き止めてしまったが、どうしたものか。
「森の様子はいかがでしたの?」
無難な話題を見つけられたことに、シャーロットはホッとした。
ジョナサンは胸に手を当て、シャーロットに顔を寄せる。
「魔狼どもは殺気立っていましたね。群れの長を狩りましたので、今後、奴らがこの城を襲うことはないでしょう」
「魔狼を仕掛けた者に心当たりはあるのかしら」
「我が一族は恨みを買うことが多いですからね。心当たりだらけですよ」
王国の防衛を担う一族の宿命を代々受け継いできているヴォルフガルト家。
命を狙われているかもしれないのに、ジョナサンは爽やかな笑顔を絶やさない。
頼もしい一方、シャーロットは諸手を挙げて喜べなかった。
誘拐された挙げ句、戦禍に巻き込まれるなんて事態は御免である。
己の身を守るためにも、ジョナサンに詳細を聞き出さねばならない。
「殿下、ご気分が優れませんか?」
「……脳天気に恨まれていることを自慢をしている貴殿に、呆れかえっているだけよ」
「俺を心配してくださるとは……感動で涙が出てしまいそうです」
「私にも、聞かせなさい」
「はい?」
「これからヴォルフガルト男爵と、襲撃犯への対策を練るのでしょう。私も話し合いに参加させていただきますことよ」
「いえいえ! 殿下にお聞かせできるような話では……」
大ありだ。シャーロットは剣を振るう技術を持ち合わせていない。
だからといって、ジョナサンの後ろで何も考えずにいて良い理由にはならない。
――私には私の戦い方というものがあるのよ。
「仮にも私を妻に迎えようとするのなら、領地の政に口出しはさせていただくわ」
「……」
ジョナサンは、気まずげに顎を引いた。
基本、シャーロットに甘い男である。強引に押せば、こちらの要求を飲むに違いない。
――私を妻にしたいのなら、振り回される覚悟をなさい。
堂々と一歩踏み出したと同時に、強烈な臭いが鼻孔を刺激した。
王宮に居た頃、時折、護衛騎士たちは、ジョナサンが纏う香りと同様の匂いをさせていた。
心安らぐ香りに興味を持ったシャーロットは、彼らに匂いの正体を尋ねた。
騎士たちは躊躇った後、痛み止めの臭いだと教えてくれた。
微かになら芳しい香りなのだが、ジョナサンからは清々しさを通り越して、目に染みるほどの臭いが立ち上っている。
大量に使うほどの怪我をしているのか。
ジョナサンは苦痛などおくびにも出さず、シャーロットの背後に控えていたアネモネに声を掛けた。
「アネモネ、ご苦労」
「もったいなきお言葉です」
アネモネはちらちらとジョナサンの顔をうかがっている。
ジョナサンが肩をすくめると、彼女は何かを得心した様子で頷いた。
――私を無視して、仲睦まじく目配せするなんて……愛していると散々口にするくせに、都合の悪いことは何も口にしないのね。
お飾りの妻にするのなら、好きにすればいい。
「殿下、後ほどご報告させていただきますので、本日はご勘弁を」
「……ご自由になさい」
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