高慢で素直になれない王女は、独占欲に駆られた腹黒騎士に、狂おしく愛される

ヨドミ

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9話 シャーロット、無自覚な嫉妬心でジョナサンを昂ぶらせる

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 ジョナサンは凱旋してからこちら、一度もシャーロットに顔を見せに来ない。
 中庭での訓練にも、姿を現していない様子である。
 遠征の疲れを癒やしているのだろう。

 ――と思っていたのだけれど、どうやら違ったようね。

 廊下の曲がり角、壁を背に、シャーロットは立ち尽くしていた。
 角を曲がった先に、ジョナサンとアネモネがいる。
 距離があって、何を話しているかは、聞き取れない。
 親しげに話しこんでいるように見えた。 

 ――どうして私がこそこそと聞き耳を立てなければいけないのかしら?

 数時間前のこと。
 シャーロットはアネモネを連れ、図書室に赴いた。
 四方を囲む書棚を見回していると、アネモネが「廊下でお待ちしております」と先回りして、静かに立ち去った。
 
 結局、ジョナサンは森での異常について、シャーロットに詳しい説明をしないままだ。
 何もせずにいるのももどかしく、シャーロットはヴォルフガルト領の歴史を紐解いてみようと図書室を訪れたのである。

 テーブルに本を山積みにし、読書に没頭した。
 気づけば、窓から夕陽が差し込んでいる。
 入り口から見渡せる限りに、アネモネの姿はない。
 
「アネモネ! 部屋に戻るわよ!」

 高い声が石造りの廊下に響いた。
 己の声があまりにも弱々しくこだまする。
 まるで、親鳥を探す雛のようだ。

 ――私の呼びかけに答えないなんて……何かあったのかしら?

 気になる書物を一冊胸に抱え、シャーロットは周囲を見回しながら、廊下を進む。
 廊下の先に、アネモネのすらりとした背中が見えた。

 ――何よ。いるのなら返事なさいな。

 シャーロットは足を速めた。
 近づくにつれ、彼女が一人ではないことに気が付いた。
 誰かと話している。

 相手はジョナサンだ。

 シャーロットは脇道に逸れ、壁にぴたりと背を貼り付ける。
 ジョナサンの笑い声が聞こえた。
 恐る恐る廊下の角から目だけを出して、二人を観察する。
 楽しそうに声を上げて笑うジョナサン。
 赤い瞳が柔和に細められている。
 親しい者にみせる飾り気のない表情が、シャーロットの瞳に映り込んだ。

 ――私といる時よりも、楽しそうだこと。

 シャーロットは胸元の本をギュッと握り締めた。
 ジョナサンが誰にどんな表情をむけようが、シャーロットには関係ないことだ。
 そう言い聞かせても、己に向けられることのない無邪気な笑顔が瞼にこびりついて離れない。

 シャーロットが何を言っても微笑むばかりの彼は、果たして本当に自分を愛しているのか。
 
 ――私は観賞用の人形ではないのよ。好き勝手に愛でるだけなら、私でなくて他の令嬢になさい。

 ウジウジとしている己に嫌気がさす。
 シャーロットは角から身体を滑らせた。
 ドレスの裾が、歩みに合わせて、激しく揺れる。
 シャーロットと目が合うなり、ジョナサンは笑顔を向けてきた。

「! 殿下、ご機嫌麗しく……」
「私を侮辱するのも、いい加減になさい」

 自分でも驚くほど冷たい声が出た。
 ジョナサンがシャーロットの剣幕に、目を大きく見開いている。自分は悪くない、と言わんばかりだ。
 
 シャーロットは背筋を伸ばした。
 ジョナサンから目を離さず、アネモネに手を振る。
 視界の端でアネモネが頭を下げ、姿を消した。

 重厚な石造りの廊下に、二人取り残される。
 窓から差し込む夕陽が、ジョナサンの灰色の髪を紅く染め上げた。

「……もしかして、嫉妬していただけたのですか」

 ジョナサンは、にこやかに微笑んだ。

 ――なんですって……?

 シャーロットは虚を突かれ、目をしばたたく。
 嫉妬。誰かを羨み妬むこと。

 ――私が、誰を、どうして?

 胸中で疑問が渦巻く。
 今の今まで、吐き出そうとしていた言葉の数々が霧散した。

「俺とアネモネが話しているのが気に入らないのですよね」

 ジョナサンは微笑むばかりで、シャーロットに近付いてこない。

 ――何を隠しているのかしら。

 ジョナサンの不審な動きに、シャーロットは冷静さを取り戻した。ずいっと距離を縮めると、ジョナサンが、小さく一歩、後退する。

「隠し事をするなら、貴殿の妻には、ならなくてよ」
「……本気ですか」
「ええ」

 人は誰でも秘密を有している。何もかもをさらけ出せと、強制するつもりはない。
 言えないのなら言えない事情を話してくれればいい。

 ――言い訳すら、私には必要ないと思っているのかしら?

 王宮という名の箱庭に生まれ育ち、市井の常識に疎いと言われればそれまでだ。
 しかし知ろうとする意思まで奪う権利は、ジョナサンにはない。

「……困りましたね」

 ジョナサンは額に指をあて、眉をひそめる。
 まぶたを閉じると、長い睫がよく目立った。
 ジョナサンの困惑顔を、シャーロットは凝視する。

「私を説き伏せるのが、そんなにわずらわしくて?」
「いえ……殿下にこれほど想っていただけていたことに感動してしまい、目眩を覚えているのです」

 本気で言っているのだろうか。
 なんだかんだと、はぐらかされている気がする。

「感動しているところ悪いのだけれど、秘め事を明かす決心はついたのかしら」

 うやむやにされる前にと、シャーロットは畳みかける。
 本を持つ手がじっとりと汗ばんだ。

「……ええ。殿下のお知りになりたいことは、すべて白状させていただきます」

 なんと。すんなり折れたではないか。
 驚くシャーロットを、ジョナサンが軽々と抱きかかえた。

「想像以上に俺を慕ってくださっているようで、安心いたしました」

 シャーロットは紅の瞳を睨み返す。

「……勘違いしないで頂戴。私はこの地が、何者かに狙われるのを防ぎたいだけよ」
「つまり我が領、ひいてはヴォルフガルト家に関心を抱いておられる、ということですね」
「……」

 当たらずとも遠からずな解釈に、ぐうの音も出ない。
 ジョナサンはシャーロットを横抱きにしたまま、歩き出した。
 このまま部屋に送り届けてくれるようだ。
 鼻歌交じりな彼に、抵抗する気力を失っていたシャーロットだったが。
 
「ちょっと、どこにむかっているの?」

 見覚えのない通路を進んでいることに、遅ればせながら気が付く。

「着いてからのお楽しみです」

 ジョナサンは唇に微笑みを浮かべるばかりだった。


 連れてこられたのは、城塞の奥まった廊下の先にある一室である。
 陽はとっぷりと暮れ、室内は真っ暗だ。
 ジョナサンは迷うことなく、部屋を横切り、シャーロットを柔らかい布の上にそっと下ろした。

 ――ここは一体……?

 道中、廊下を何度も曲がり、階段を幾度も登り降りしたので、城塞のどのあたりに己がいるのか、皆目見当が付かない。

 部屋の中央に明かりが灯った。
 薄闇に部屋の内装がぼんやりと浮かび上がる。
 シャーロットは大きなソファの上にいた。
 ろうそくが置かれたテーブルのほか、調度品の類はない。

「ここは殿下と俺の寝室です。……といっても、まだまだ未完成ですが」

 ジョナサンはシャーロットの隣に収まった。

「我が城塞の書庫は如何でしたか?」

 ジョナサンはシャーロットの手元を覗き込んだ。

「……なかなか見応えがあってよ」

 シャーロット立ち上がろうとするも、ジョナサンの膝の上に乗せられ、抱きすくめられる。

「魔獣が起こした事件の記録ですか……。何か成果はございましたか?」

 ジョナサンはシャーロットから本を取り上げた。

「お陰様で、貴殿から話を聞く必要があると確信できたわ」

 ヴォルフガルト領において過去に、魔獣が人を襲う事件は多発していた。
 人の手による誘導がなされたか否かは、過去の事件記録を読んだだけでは判断のしようがなかった。

 ジョナサンはシャーロットの腹の前で、両手を組む。
 手を振りほどこうとしても、ピクリとも動かせない。

 首筋にジョナサンの吐息がかかった。
 シャーロットはびくりと肩を震わせる。
 この間のように、強引に身体を繋げるつもりかと警戒し、身構えた。

「魔狼を操った者を、俺たちは、いまだに特定できておりません」

 ジョナサンが耳元で話し始める。
 口説き文句ではない。
 シャーロットは安堵する。同時に胸の片隅が、ちくりと疼いた。
 
 ジョナサンはシャーロットに真摯に向かい合おうとしている。
 それなのに、期待を裏切られたような気分になるのは何故なのか。

 ――抱かれることを期待しているわけじゃないのよ。自分から殿方を欲しがるなんて、はしたない。淑女にあるまじき振る舞いだわ。

 シャーロットは気を取り直そうと咳払いし、 

「……見当はついているのでしょう?」
「……証拠がありませんので、これ以上はご勘弁を」
「父上――陛下に知らせは出しているのよね?」
「これは、ヴォルフガルト家が解決すべき問題です。瑣事で陛下のお耳を汚す必要はありません」
「私がいるのだから、陛下と無関係とは言えなくてよ」

 肩越しにジョナサンを振り返る。
 彼は笑顔で「みずからの尻は己で拭うべきですから」と受け流した。
 紅い瞳は冷たい光をたたえている。

 【戦狼】に喧嘩を売った愚か者に、シャーロットは同情した。

「……下品だわ」
「失礼致しました」
「もし、私の身に何かあれば、陛下は黙っていなくてよ?」
「命に代えても、お守り致します」

 朗らかな雰囲気をまといながら、物騒なことをさらりとのたまう。

 ――貴方は生きて、私を満足させる義務があるのよ。

 安全な鳥かごから無理矢理連れ出した責任は取って貰わなければならない。

「怪我をしているくせに、説得力がないわね」
「お気づきでしたか」

 ジョナサンはさも驚きましたと言わんばかりに目を見張る。

「……私を苛立たせるのがお上手だこと」
「軽傷ごときで、殿下を煩わせるのは心苦しく、隠してしまいました」

 ――謙遜もやり過ぎれば耳障りなものなのね。

 心配さえさせてもらえないのかと、ジョナサンを罵りたくなる一方で、シャーロットはそれほどまでに己は頼りないのかと自己嫌悪に陥る。

「……それ以上、軽口を叩かないでくださる?」

 彼に苛立ちをぶつけるのは間違いだと分かっていても、止められなかった。
 ジョナサンは紅い瞳を無邪気に瞬かせる。

「黙れと?」

 品のない言い方だが、そのとおりである。
 シャーロットはなけなしのプライドをかき集め、顎をそらした。

「そう理解して頂いてよろしくてよ――っん!」

 すべて言い終わらないうちに、ジョナサンがシャーロットの顎をすくい上げ、唇に口付けた。
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