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15話 ジョナサン、サイラスに本心を語る(ジョナサン視点)
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夜も更けたヴォルフガルト城下街。
暗い裏通りを、一台の箱馬車が走り抜けていく。
ジョナサンは馬車の中から憂い顔で、窓の外を眺めていた。
向かいにはサイラスがいて、こちらも神妙な面持ちである。
「ドロリスという商人、なかなか度胸があるようですね」
サイラスは手にした仮面に視線を落とした。
顔の上半分を覆うアイマスクには、きらびやかな刺繍が施されている。
「そして、酔狂な庶民の催しを黙認する義父上もな」
「襲撃事件がなければ、見逃しませんよ」
二人が向かう先はドロリス邸である。
ヴォルフガルト領でも一、二を争う商人宅で今夜、仮面舞踏会が催されるのだ。
「何から何まで手配いただき、ありがとうございます」
ジョナサンは何度目かになる礼を、サイラスに伝えた。
「義兄上に貸しを作るのは願ってもないことですから、そう畏まらないでいただきたい」
サイラスはうっすらと笑みを浮かべる。
警戒心の強いドロリスから、易々と偽名で招待状を入手したサイラスの手腕には、頭が上がらない。
――俺はまだまだ修行が足りないな。
城の周囲を嗅ぎ回るネズミの目星はついていた。
しかし如何せん証拠がない。
確証を得るためには王都に潜入する必要がある。
けれど、ジョナサンはシャーロットから離れるつもりは毛頭なかった。
そんな折、サイラスから文が届いた。
近日中にヴォルフガルト領を訪ねるという。
それなら妹も来るだろう。シャーロットの気晴らしになればと期待していたのだが、蓋を開けてみれば、サイラスは一人で姿を現した。
「領内にて、何か異変は起きていないでしょうか」
到着早々、挨拶もそこそこに、サイラスが切り出した。
ヴォルフガルト領と王都は馬を使って三日の距離だ。
魔狼が城内に侵入して、一月は経過している。
王都にうわさが届いていてもおかしくはない。
――そうだとしても、わざわざ公爵様が出張ってくる理由はなんだ?
魔獣の一体や二体、ヴォルフガルト領の戦力で、どうとでもなる。
わざわざ王国騎士団長が気にかける事案ではない。
それにサイラスは新婚ほやほやだ。
公私ともに多忙を極めている。
僻地の荒事に付き合っている暇などないはずだ。
「今だ負け犬どもが爪を研いでいる、という噂を小耳に挟みましてね。……義兄上は、シャーロット殿下との婚姻を控えておられる身。何か心当たりはございませんか?」
虫の知らせ、にしては確信めいていた。
サイラスは恩人であり、頼もしい義弟でもある。
ジョナサンは、優雅にソファで脚を組むサイラスに、「実は……」と切り出した。
「ふむ。なるほど。これで繋がったな」
ヴォルフガルト領で起こった顛末を聞き終えたサイラスが、訳知り顔で頷いた。
「黒幕はクラウス・ロンディアと思われます」
――クラウス……、殿下を手籠めにしようとしていたゲスがそのような名だったか……。
数ヶ月前、シャーロットは彼に庭園の暗がりへと連れ込まれそうになった。間一髪、ジョナサンが間に入って事なきを得たのである。
「義兄上にコケにされたのが、よっぽど気に食わなかったのか、はたまた反国王派に組し、殿下をつけ狙うようになったのか……どちらにしろ小物の悪あがきでしかない」
サイラスは肩をすくめた。
ふと疑問が脳裏を過ぎり、ジョナサンは前のめりになる。
「ちょっと待ってください。魔獣を操った痕跡は見つかりましたが、侯爵子息にそんな真似ができるとは思えません」
「先日、ロンディア侯爵子息と、とある商人が王都で密会をしていた」
サイラスが調査したところによると、クラウスは大枚をはたいて、ドロリスに魔獣使いを斡旋させたという。
「よくそんな情報を的確に仕入れられましたね」
「国王派、反国王派両者の動向は、常に警戒しているので自然と、な」
サイラスは口角を引き上げ、
「我が妻を快く思わない愚者をいつでも始末できるよう、念には念を入れています」
「……苦労をおかけいたします」
「それよりも……義兄上はどうされるのです?」
ジョナサンは握りしめた拳をミシミシと軋ませ、紅い瞳を剣呑に光らせる。
「もちろんクラウスの罪を白日の下に晒します」
「どうやって?」
ジョナサンは腕を組み、しばし考え込む。
売られた喧嘩は買う主義だが、買った末に恨みの矛先がシャーロットに向かうのは想像に難くない。
ドロリスを経由して、クラウスを脅し……いや、矛を収めてくれるよう穏便に願い出るべきだ。
「ドロリスを使うのが最善かと……しかし、俺はあの御仁に嫌われてるからな~」
「立場を利用して尋問なさればよいのでは?」
「そんな横暴な真似すれば、ヴォルフガルト家の名に瑕がつきます」
戦う術のない者に、剣は振り上げない。
無差別に暴力を行使すれば、もはや獣と大差なくなるではないか。
「【戦狼】は慈悲深いのですね」
「国民を守る騎士団長とは思えないセリフだな」
呆れるジョナサンに、サイラスは意味深に微笑んだ。
それにしても、侯爵子息様は、まだるっこしいことをしてくるものだ。
「正々堂々、俺に魔獣をけしかけてくれれば、話は早いのにな」
「貴殿に真正面から挑むのは、よほど腕に自信のある者か、ただの阿呆のどちらかですよ」
なんだかんだと話し合った結果、ジョナサンはサイラスとともに敵情視察に赴くことにしたのである。
「義兄上のことだ。てっきりクラウスを血祭りにあげるかと思いましたが……なかなか冷静な判断をされる」
「サイラス様は、俺を野犬か何かだと思っておられる節がありますよね」
「決闘させていただいた際は、似たようなものだったかと」
「――ぐ……」
ジョナサンには、ミアを賭けた一戦、我を忘れ妹もろとも、サイラスを斬り捨てようとしてしまった前科がある。
口では許したと言っても、こうして冗談のように古傷を抉ってくる。
執念深い男である。
会話が途切れる。
馬車の座席で手持ち無沙汰になり、脳裏に不安がよぎった。
――心配する必要はないんだが……サイラス様はシャーロットのことをどう思っておいでなのか。
サイラスはミアを溺愛している。
今さらシャーロットに未練がある可能性は無きに等しい。
――シャーロットと二人きりで何を話していたのか。気になるものはどうしようもないんだよな。
サイラスと顔を合わせるなり、シャーロットはリラックスした様子で軽口を叩いていた。
――俺と対する時は、常に壁を作っておられるというのに……羨ましい限りだ。
シャーロットにサイラスと何を話したのか、しつこく尋ねても、そっぽをむかれるのは目に見えている。ならばと、サイラス本人に直接聞けばいいのだが、女々しい弱音を吐くのは躊躇われた。
「殿下と何を話していたか、お聞きになられないのですね」
ジョナサンはいつの間にか俯けていた顔を勢いよくあげる。
サイラスが肩をすくめ、
「根掘り葉掘り、尋問されるのかと構えておりました」
「殿下が俺に聞かれたくない話を、他者から知るのは気が引けます」
「俺の知る義兄上は、手段を選ばない質ですがね」
――そうだ。俺は目的を達成するためならなんでもやってみせる男だ。
誇りなど二の次、何事も行動しなければ、道は拓けない。
けれど。
「どうやら惚れた相手の前では、恰好をつけたいようです」
ジョナサンは膝に肘をおいて項垂れる。
「【戦狼】もただの人、ということですか」
「つくづく愚かだと思います」
「俺が義兄上の立場なら、同じように思い悩みますよ」
サイラスが口元を緩め笑った。
共感してくれる者がいて、ジョナサンは相好を崩す。
サイラスに勇気づけられ、背筋を伸ばした。
「反逆者を陛下へ献上できる好機、と思うことにいたします」
賭けに勝ったとはいえ、国王の温情にいつまでも甘えているわけにはいかない。
王国に有益な人間として、果てはシャーロットの伴侶にふさわしい者として認めてもらう機会を逃す手はない。
――シャーロットが心安らかでいられるのなら、俺は努力を惜しまない。
「殿下に内密で話を進めるのは、おすすめできませんがね」
サイラスが肩をすくめるのに、ジョナサンは苦笑した。
「サイラス様がおっしゃられても、説得力がありませんよ」
「ふむ」
馬車が止まった。
屋敷に明かりは灯っていない。
仮面舞踏会が開催されるのか疑わしいほど、ドロリス邸はひっそりと静まり返っている。
しばらく待っていると、門が開き、明かりを手にした執事らしき人物が、御者に声をかけた。
サイラスに続いて、ジョナサンも馬車から降りる。
ジョナサンの仮面は狐を模した意匠だ。
背後に、もう一台の馬車が止まった。
馬車から姿を現したのは、漆黒のドレスをまとった小柄な女性である。
ベールとアイマスクで顔は判然としないが、輝くばかりのプラチナブロンドの髪が、ベールのむこうから透けて見えた。
――は?
見間違いようがない。
愛しい妖精姫の姿に、ジョナサンは目を見張った。
暗い裏通りを、一台の箱馬車が走り抜けていく。
ジョナサンは馬車の中から憂い顔で、窓の外を眺めていた。
向かいにはサイラスがいて、こちらも神妙な面持ちである。
「ドロリスという商人、なかなか度胸があるようですね」
サイラスは手にした仮面に視線を落とした。
顔の上半分を覆うアイマスクには、きらびやかな刺繍が施されている。
「そして、酔狂な庶民の催しを黙認する義父上もな」
「襲撃事件がなければ、見逃しませんよ」
二人が向かう先はドロリス邸である。
ヴォルフガルト領でも一、二を争う商人宅で今夜、仮面舞踏会が催されるのだ。
「何から何まで手配いただき、ありがとうございます」
ジョナサンは何度目かになる礼を、サイラスに伝えた。
「義兄上に貸しを作るのは願ってもないことですから、そう畏まらないでいただきたい」
サイラスはうっすらと笑みを浮かべる。
警戒心の強いドロリスから、易々と偽名で招待状を入手したサイラスの手腕には、頭が上がらない。
――俺はまだまだ修行が足りないな。
城の周囲を嗅ぎ回るネズミの目星はついていた。
しかし如何せん証拠がない。
確証を得るためには王都に潜入する必要がある。
けれど、ジョナサンはシャーロットから離れるつもりは毛頭なかった。
そんな折、サイラスから文が届いた。
近日中にヴォルフガルト領を訪ねるという。
それなら妹も来るだろう。シャーロットの気晴らしになればと期待していたのだが、蓋を開けてみれば、サイラスは一人で姿を現した。
「領内にて、何か異変は起きていないでしょうか」
到着早々、挨拶もそこそこに、サイラスが切り出した。
ヴォルフガルト領と王都は馬を使って三日の距離だ。
魔狼が城内に侵入して、一月は経過している。
王都にうわさが届いていてもおかしくはない。
――そうだとしても、わざわざ公爵様が出張ってくる理由はなんだ?
魔獣の一体や二体、ヴォルフガルト領の戦力で、どうとでもなる。
わざわざ王国騎士団長が気にかける事案ではない。
それにサイラスは新婚ほやほやだ。
公私ともに多忙を極めている。
僻地の荒事に付き合っている暇などないはずだ。
「今だ負け犬どもが爪を研いでいる、という噂を小耳に挟みましてね。……義兄上は、シャーロット殿下との婚姻を控えておられる身。何か心当たりはございませんか?」
虫の知らせ、にしては確信めいていた。
サイラスは恩人であり、頼もしい義弟でもある。
ジョナサンは、優雅にソファで脚を組むサイラスに、「実は……」と切り出した。
「ふむ。なるほど。これで繋がったな」
ヴォルフガルト領で起こった顛末を聞き終えたサイラスが、訳知り顔で頷いた。
「黒幕はクラウス・ロンディアと思われます」
――クラウス……、殿下を手籠めにしようとしていたゲスがそのような名だったか……。
数ヶ月前、シャーロットは彼に庭園の暗がりへと連れ込まれそうになった。間一髪、ジョナサンが間に入って事なきを得たのである。
「義兄上にコケにされたのが、よっぽど気に食わなかったのか、はたまた反国王派に組し、殿下をつけ狙うようになったのか……どちらにしろ小物の悪あがきでしかない」
サイラスは肩をすくめた。
ふと疑問が脳裏を過ぎり、ジョナサンは前のめりになる。
「ちょっと待ってください。魔獣を操った痕跡は見つかりましたが、侯爵子息にそんな真似ができるとは思えません」
「先日、ロンディア侯爵子息と、とある商人が王都で密会をしていた」
サイラスが調査したところによると、クラウスは大枚をはたいて、ドロリスに魔獣使いを斡旋させたという。
「よくそんな情報を的確に仕入れられましたね」
「国王派、反国王派両者の動向は、常に警戒しているので自然と、な」
サイラスは口角を引き上げ、
「我が妻を快く思わない愚者をいつでも始末できるよう、念には念を入れています」
「……苦労をおかけいたします」
「それよりも……義兄上はどうされるのです?」
ジョナサンは握りしめた拳をミシミシと軋ませ、紅い瞳を剣呑に光らせる。
「もちろんクラウスの罪を白日の下に晒します」
「どうやって?」
ジョナサンは腕を組み、しばし考え込む。
売られた喧嘩は買う主義だが、買った末に恨みの矛先がシャーロットに向かうのは想像に難くない。
ドロリスを経由して、クラウスを脅し……いや、矛を収めてくれるよう穏便に願い出るべきだ。
「ドロリスを使うのが最善かと……しかし、俺はあの御仁に嫌われてるからな~」
「立場を利用して尋問なさればよいのでは?」
「そんな横暴な真似すれば、ヴォルフガルト家の名に瑕がつきます」
戦う術のない者に、剣は振り上げない。
無差別に暴力を行使すれば、もはや獣と大差なくなるではないか。
「【戦狼】は慈悲深いのですね」
「国民を守る騎士団長とは思えないセリフだな」
呆れるジョナサンに、サイラスは意味深に微笑んだ。
それにしても、侯爵子息様は、まだるっこしいことをしてくるものだ。
「正々堂々、俺に魔獣をけしかけてくれれば、話は早いのにな」
「貴殿に真正面から挑むのは、よほど腕に自信のある者か、ただの阿呆のどちらかですよ」
なんだかんだと話し合った結果、ジョナサンはサイラスとともに敵情視察に赴くことにしたのである。
「義兄上のことだ。てっきりクラウスを血祭りにあげるかと思いましたが……なかなか冷静な判断をされる」
「サイラス様は、俺を野犬か何かだと思っておられる節がありますよね」
「決闘させていただいた際は、似たようなものだったかと」
「――ぐ……」
ジョナサンには、ミアを賭けた一戦、我を忘れ妹もろとも、サイラスを斬り捨てようとしてしまった前科がある。
口では許したと言っても、こうして冗談のように古傷を抉ってくる。
執念深い男である。
会話が途切れる。
馬車の座席で手持ち無沙汰になり、脳裏に不安がよぎった。
――心配する必要はないんだが……サイラス様はシャーロットのことをどう思っておいでなのか。
サイラスはミアを溺愛している。
今さらシャーロットに未練がある可能性は無きに等しい。
――シャーロットと二人きりで何を話していたのか。気になるものはどうしようもないんだよな。
サイラスと顔を合わせるなり、シャーロットはリラックスした様子で軽口を叩いていた。
――俺と対する時は、常に壁を作っておられるというのに……羨ましい限りだ。
シャーロットにサイラスと何を話したのか、しつこく尋ねても、そっぽをむかれるのは目に見えている。ならばと、サイラス本人に直接聞けばいいのだが、女々しい弱音を吐くのは躊躇われた。
「殿下と何を話していたか、お聞きになられないのですね」
ジョナサンはいつの間にか俯けていた顔を勢いよくあげる。
サイラスが肩をすくめ、
「根掘り葉掘り、尋問されるのかと構えておりました」
「殿下が俺に聞かれたくない話を、他者から知るのは気が引けます」
「俺の知る義兄上は、手段を選ばない質ですがね」
――そうだ。俺は目的を達成するためならなんでもやってみせる男だ。
誇りなど二の次、何事も行動しなければ、道は拓けない。
けれど。
「どうやら惚れた相手の前では、恰好をつけたいようです」
ジョナサンは膝に肘をおいて項垂れる。
「【戦狼】もただの人、ということですか」
「つくづく愚かだと思います」
「俺が義兄上の立場なら、同じように思い悩みますよ」
サイラスが口元を緩め笑った。
共感してくれる者がいて、ジョナサンは相好を崩す。
サイラスに勇気づけられ、背筋を伸ばした。
「反逆者を陛下へ献上できる好機、と思うことにいたします」
賭けに勝ったとはいえ、国王の温情にいつまでも甘えているわけにはいかない。
王国に有益な人間として、果てはシャーロットの伴侶にふさわしい者として認めてもらう機会を逃す手はない。
――シャーロットが心安らかでいられるのなら、俺は努力を惜しまない。
「殿下に内密で話を進めるのは、おすすめできませんがね」
サイラスが肩をすくめるのに、ジョナサンは苦笑した。
「サイラス様がおっしゃられても、説得力がありませんよ」
「ふむ」
馬車が止まった。
屋敷に明かりは灯っていない。
仮面舞踏会が開催されるのか疑わしいほど、ドロリス邸はひっそりと静まり返っている。
しばらく待っていると、門が開き、明かりを手にした執事らしき人物が、御者に声をかけた。
サイラスに続いて、ジョナサンも馬車から降りる。
ジョナサンの仮面は狐を模した意匠だ。
背後に、もう一台の馬車が止まった。
馬車から姿を現したのは、漆黒のドレスをまとった小柄な女性である。
ベールとアイマスクで顔は判然としないが、輝くばかりのプラチナブロンドの髪が、ベールのむこうから透けて見えた。
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