高慢で素直になれない王女は、独占欲に駆られた腹黒騎士に、狂おしく愛される

ヨドミ

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16話 シャーロット、パーティー会場に乗りこむ

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 「わざわざ敵地に乗りこむですって……正気なの?」 

 ジョナサンが、サイラスとともにドロリス邸へ向かう前日。
 応接間でサイラスから聞き出した計画に、シャーロットは絶句した。

「義兄上は本気のようですね」
「高みの見物を決め込んでいないで、年長者として、止めなさいよ」
「義兄上はヴォルフガルトの次期領主。幼子ではありません」

 サイラスは緑の瞳に穏やかな色をたたえ、シャーロットを諭した。

「……彼を諫めるとすれば、それは殿下の仕事ではありませんか?」

 正論がシャーロットの胸を射抜く。
 返す言葉が見つからない。

「……つまり、私が男爵子息の悪だくみに口を出しても、貴殿は見て見ぬフリをするということね」
「殿下に意見など、恐れ多いことでございます」

 サイラスは目を伏せた。
 かすかに口元を綻ばせている。

 己が行動の責任はみずから取れ、その覚悟がなければ、大人しく城で待っていろ、とでも言いたげだ。

 ――癪に障るけれど、ありがたく利用させていただくわよ。


 二人がともに城塞を出て行ったのを見計らい、シャーロットもドロリス邸に馬車を走らせる。
 屋敷に到着し、馬車を降りた途端、ジョナサンがこちらを振り返った。
 シャーロットは慌てて馬車の陰に隠れる。

 ――見つかっては、いないわよね……?

「奥様」

 背後からアネモネに声を掛けられ、シャーロットはびくりと肩を跳ね上げる。
 アネモネはヴォルフガルト家の侍女のお仕着せ姿ではなく、ジレにジュストコートを身に着けていた。
 背筋を伸ばした姿は、貴公子そのものだ。
 
「本当に行かれるのですか」
 
 仮面越しに、アネモネがシャーロットに耳打ちする。

「ここまで来て引き下がれないもの」

 シャーロットはアネモネの腕に手を添えた。


 屋敷の正面玄関が開いた瞬間、シャーロットはあまりのまぶしさに、扇で目元を隠した。
 玄関ホールの柱や天井には、金細工がふんだんに散りばめられている。

 ――なんて下品な装飾なのかしら。

 光の洪水に目を焼かれ、シャーロットはよろめいた。

「奥様」
「……平気よ」

 心配げな侍女に肩を支えられながら、シャーロットはゆっくりと玄関フロアを横切った。

 続くダンスフロアも豪華絢爛な内装なのかと思いきや、一転して、薄暗い。
 天井に吊されたシャンデリアには、心許ない数の蝋燭が灯っている。
 頼りない明かりが、その場に集う者たちをぼんやりと浮かび上がらせていた。

 広間にいる者は全員、派手な装飾を施されたマスクで顔の全面ないし半面を覆っている。
 遠目には誰が誰だか判然としない。
 幾人もの影が固まり、ひそひそとお喋りに興じている。
 不協和音に平衡感覚を失いそうだ。

 まるで化け物たちの宴である。

 アネモネを従え、シャーロットは辺りに注意を払う。

 広間の中央に、ひときわ大きな人だかりができていた。真ん中にいるのは小太りの人物だ。
 道化師を思わせる奇抜な面を被っている。体格から、ドロリス本人だと察せられた。
 大勢の招待客に囲まれ、上機嫌に笑い声をあげている。

 有象無象に紛れようとした矢先、手を引かれた。

 力強い。アネモネではない。
 振り返ると、狐面を被った男がいた。
 薄暗い明かりの下でも、紅い瞳がギラリと妖しい光を放っている。
 シャーロットは息をのんだ。

 狐面の男はシャーロットを会場の隅、カーテンの奥へと引きずり込む。
 布地の裏側には、小さなテーブルと椅子が二、三脚が置かれていた。

「……殿下、ここで何をなさっているのです」

 面の下から、くぐもった声が響いた。
 有無を言わせぬ迫力をたたえている。

 シャーロットは負けじと、顎をそらした。

「何って、面白そうなパーティーの噂を耳にしたから、参加してみたのよ」
「……ここがどういった集まりなのか、ご存じなのですか?」
「さあ知らないわ。教えていただけないかしら。狐の皮を被った狼さん?」
「……サイラス様から、どこまでお聞きになっているのですか?」
「そうねえ、この屋敷の主がロンディア侯爵の息子と繋がっているということと、魔狼をけしかけたのが侯爵子息らしい、ということくらいかしら」
「……あの野郎、何考えてやがる」

 狐面――ジョナサンは、カーテンの先にむかって、小声で悪態をついた。

 ――やっと化けの皮が剥がれたわね。

 恭しい言葉遣いをする余裕がなくなったジョナサンに、シャーロットはほくそ笑んだ。

「笑っている場合ではありません。ドロリスに気づかれる前に、アネモネと城へお戻り下さい」

 ジョナサンがシャーロットの肩に手を伸ばす。
 シャーロットはその手を払いのけた。
 銀の腕輪が、袖口からちらりと顔を覗かせる。

「私も証拠集めに参加するわ」
「……今すぐお帰り下さい」
「やられっぱなしでいるのは、性に合わないの」
「遊びではないのですよ」
「あら、貴殿が私を守ればよろしくなくて?」
「……」

 鮮血を思わせる紅い瞳を、下から見上げる。
 彼の目にはさぞかし、シャーロットがわがままな女に映っていることだろう。
 傲慢なふるまいであることは百も承知の上である。

「私の意見を聞かず王宮から連れ出したのだから、好きにさせてもらうわ」
「――っ」

 ジョナサンは言い返してこない。
 後ろめたさを感じている証拠だ。

 ――お互い本当に面倒臭い性格をしているわよね。

 シャーロットはジョナサンをその場に置き去り、 カーテンから滑り出した。

 薄暗い会場を回遊しながら、耳をすませる。
 どの集まりにも近寄りすぎず、酒や軽食を啄みながら、耳に意識を集中した。

「義兄上に、何をおっしゃったのですか?」

 ワイングラスを傾けていると、隣から聞き覚えのある声がした。
 サイラスだ。目元を覆うアイマスクをした彼を、シャーロットは横目で睨む。

「私も犯人捜しに協力すると申し出ただけよ」
「……それだけで、あのように殺気立つでしょうか」

 サイラスが示した先、壁際にはジョナサンがいた。
 壁に背をあずけ、腕を組んでいる。
 彼に声をかけた貴婦人が、狐面のひと睨みで、そそくさと他の貴公子のもとへ逃げていった。

「お陰で潜入に支障が出てしまいました。殿下なら賢く振る舞っていただけると期待しておりましたが……残念です」

 こちらとて、言い合いなどせずに、ジョナサンに協力したかった。
 しかし、どれだけ真剣に訴えても、ジョナサンはシャーロットを頼ってくれない。

 ミアやアネモネのように腕に覚えがないから?
 華奢な肢体では、満足に己の身を守ることができないから?

 足手まとい、と言われればその通りだ。

「心配していただかなくても、引き際は心得ているつもりよ」
「義兄上の機嫌をこれ以上損ねませんよう、お気をつけください」

 ――子ども扱いしないでほしくてよ。

 シャーロットは顎をそらして、サイラスのそばを離れた。
 二対の視線が背中に絡みついてくる。

 過保護な男たちに目もくれず、シャーロットは広間をふたたびたゆたう。
 集った者のほとんどが反国王派で、大半は国王派をこき下ろす愚痴に終始していた。

 ――程度の低い者たちの集まりだこと。

 シャーロットはワインのグラスを傾けながら、辟易した。
 反骨心があるなら、もっと生産的な話をすればいい。

 例えば、王家転覆を目論むような――。

 王女にあるまじき妄想をしていると。

「ヴォルフガルトのせがれは、出世を目論んで、王女を輿入れさせたのさ」

 耳を疑う話題に、シャーロットはワイングラスを取り落としそうになる。
 グラスを持ち直し、ちらりと背後をうかがうも、咄嗟に顔を正面に戻した。
 聞き捨てならない世迷言を口にしたのは、クラウスだ。

 王都に居るはずの彼が、どうしてここに?

 ヴォルフガルト家に第三王女が嫁いだと、王家からは、正式に発表がなされている。
 王女の輿入れ先で、悪びれることなくシャーロットともども、ヴォルフガルト家を貶めるとは……。

「シャーロット殿下は、姉君たちよりも御しやすそうではありますな」
「先の舞踏会でお見かけいたしましたが、いやはや、大変お美しゅうございました」
「しかし、政に口出しされるのはいかがなものですかな」
「いやまったく。我々に任せて頂ければいいものを」
「ええ、ええ。微笑んでいるだけで許される身でありながら、何を勘違いされておられるのか」

 仮面で素顔を隠した貴族たちは、好き勝手にシャーロットを評する。

 ――聞き慣れた戯言だわ。今さら気に病むことではなくてよ。

 ここは王宮ではない。それなのに、手が震えた。
 ワイングラスのなかで、赤い液体の表面が小さく波打つ。
 シャーロットは両手でステムを握りしめた。

「だからこそ、国王陛下は、ヴォルフガルトにシャーロット姫を下賜かしされたのではないかな」

 クラウスが朗々と語った。
 取り巻きたちが息をのむ。
 聴衆の動揺が収まるのを待って、クラウスは得意げに口を開いた。

「小うるさい王女を陛下はいとわれたのだ。その引取先として、件の男爵子息が選ばれた」
「おお」
「なるほど」
「皆はシャーロット殿下が政に関心あることに否定的ではあるが、俺は喜ばしいことだと思うね」

 貴族たちはいぶかしげに顔を見合わせる。
 反して、クラウスの演説には熱が入った。

「賢しい者をみずからから遠ざける、王の所業は愚かだ。……レディもそう思いませんかな」

 クラウスがシャーロットに問いかける。
 己が話題になり、思わず聞き入ってしまった。
 幸い、正体はバレていないようである。

「ええ、そうでございますね」

 控えめにグラスを掲げると、クラウスは鼻の穴を膨らませた。
 気分を良くしたのか、クラウスはシャーロットに滔々と自慢語りを始める。

 しかし、彼の話は全く耳に入ってこない。

 ――ジョナサンが、私を利用して、陛下の御機嫌をうかがっているですって? 勘違いもはなはだしくってよ。

 うぬぼれでも何でもなく、ジョナサンはシャーロットに夢中だ。

 もはや執着といっていい。

 ――そうよ。今日だって私が危険な目に遭うことを心配して、怒りを露わにしたのだもの。

 だが、王女であるシャーロットに利用価値を見い出して、シャーロットの身を案じているのだとしたら?

 クラウスの世迷い言に惑わされるなど、馬鹿馬鹿しい。
 笑い飛ばせばいいのに、ふと浮かんだ疑問が、シャーロットをむしばむ。

 シャーロットの気持ちを汲んでくれるのなら、もっと寄り添ってくれるはずだ。
 それなのに、嘘を見抜く耳を頼りに、シャーロットの想いを推測し、自分勝手に行動している。

 ――こんなところで、考えるべきことではないわね。

 シャーロットは微笑みながら、クラウスの話に相づちを打ち続けた。
 聞くに堪えない言葉の羅列に耐えるため、ワイングラスを傾ける回数が増える。

「レディ、なかなか良い飲みっぷりですね。こちらはいかかですかな?」

 魔獣を己にけしかけた疑いのある相手から勧められたモノを口にするのは、気が引けた。
 しかし、躊躇ためらっていれば怪しまれる。
 
 シャーロットは杯に手を伸ばした。

 ――飲むフリをすれば、問題ないわよね。

 恐る恐る杯を受け取った、その時。
 グラスを横からかすめ取られる。

「飲み過ぎです」

 ジョナサンがシャーロットの腰を支え、杯を手にしていた。

「貴様、何を……」

 クラウスがムッとするのもお構いなしに、ジョナサンは仮面をずらし、中身を一気に飲み干した。

「……これにて失礼致します」
「おい待て! ……っ」

 クラウスがジョナサンの腕を掴むも、すぐさま口元を引きらせた。
 ジョナサンに見入ること、数秒。
 クラウスはジョナサンの腕からゆっくりと手を離す。

 ジョナサンは、「失礼いたします」と優雅に首を垂れた。


「……俺を嫉妬させて楽しいですか?」

 ジョナサンはシャーロットを箱馬車に押し込め、膝の上で横抱きにした。

「何を言って……」

 シャーロットは仮面を外したジョナサンを真っ向から睨み上げる。
 紅い虹彩の中心、瞳孔が糸のように細くなっていた。
 あまりに人間離れした目つきに、シャーロットは息をのんだ。

 馬車が走り出すなり、ジョナサンはシャーロットから目をそらす。

 ドク、ドク、ドク……。
 
 ベール越しでなければ、叫んでいたかもしれない。
 瞬くたびに、赤い瞳がちらつく。
 ドレスの下でかいた汗が冷え、シャーロットは身震いした。
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