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神夢久羅の章
番外編「道中」
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神夢久羅の中枢に位置する八千矛の巣穴から、数里南に離れた森の中にて。
八千矛より数歩後に着いていた玖地那波が、ふと口を開いた。
「主神は、何処のお生まれだ?」
八千矛は歩みの速度を緩めず、無愛想に返した。
「それは、狂い神に問うているのか、それとも八千矛にか。」
「…何方にも興味はあるな。」
しばらくの間八千矛は考えた後、これまた無愛想に返答した。
「狂い神は易々とその声を覗かせぬ、主が矛に問いかけることはあれど、矛が主に問いかけることは出来ない。」
「では…八千矛……殿…様は、どこのお生まれか。」
「”八千矛”でいい。産まれは神都だ。」
「なんと。じゃあ、八千矛はあの地獄を生き延びたのか。」
感嘆を向けられた八千矛の歩みが鈍る。
「…生かされたのだ。母の手により、な。」
「神都においても、化外の民が生きていたのか。」
「いや、恐らくだが我は遺児だ。」
「では母君は育ての親だと。」
八千矛は軽く頷き、語り始めた。
「幼き頃より我は、肌においては浅黒く、膂力においては比肩するものがいなかった。だが、母と父も、我と異なる黄色の肌を有していた。」
八千矛は物心ついてすぐの幼き時分を思い出していた。
天照の陽光を浴びて日の色を肌に宿す天照神民と異なり、土の如き浅黒さを赤子の頃から有していた八千矛は、神都において最下層とされる貧民窟に住まいを構える長屋の中でも、差別の対象とされた。
化外の民という呼び方ではなく、"狂い民"との蔑称において。
周囲より忌避の視線を向け、差別の煽りを受けた八千矛であったが、彼の年齢に似合わぬ膂力と智略は、徐々に貧民窟にて育つ者たちを魅了し始めた。
ヤチホコを取り巻く者達は元々、富と繁栄を謳歌する時代において、産れた時点でその恩恵に浸ることのできない明日が定まった、哀れで小さい者達である。
それらは奴僕と呼ばれ、繁栄を維持する様々な汚れ仕事を只同然の対価で請け負っていた。
報われぬ隷属の日々が、彼らを捻じ曲げ、卑しさは骨の髄まで染みわたっていく。
踏みつけられた人々はただ一心に下を見つめる。そこにあるのが、例え物言わぬ地面であろうと、彼らはそれより底の、自分より下の何かを見出しているのだ。
苛烈な卑屈の只中で育った、それらを象徴するような狂い民の遺児は、彼らの鬱憤を一身に受けていた。
然し、彼の性根は彼ら同様に捻じ曲がっていくことはなかった。
むしろ、そういった理不尽な態度を一蹴するかのように強かに育ち、國に蔓延る身分制度を嘲笑うかのように、堂々と肩で風を切り神都を跋扈するその姿は、貧民窟の者達を文字通り魅了していった。
徐々に彼を見る目は忌避と侮蔑ではなく、尊敬と羨望に変わっていく。
一定の自我を持つようになると、彼に付き従う者が増え始め、身体の支配が完全に利くように成熟すると、彼らは治安維持の目をかいくぐりながら窃盗団めいた活動をし始めていた。
若き傑物の奔放に充てられた貧民窟の者達は、自分より強き者に抗うという概念に至ったのである。
この時、ヤチホコは齢にして十二の若造。鮮烈なる悪童としての日々を、ひたすらに謳歌していた。
狂い神に仕えし者たちは、かつて。
膂力において剛く、思慮において深く、弁において長けていたという。
わずかな数でありながら、あらゆる分野において名を成した者もいた。
その末裔である二人が、それを知ることは未だ無い。
八千矛より数歩後に着いていた玖地那波が、ふと口を開いた。
「主神は、何処のお生まれだ?」
八千矛は歩みの速度を緩めず、無愛想に返した。
「それは、狂い神に問うているのか、それとも八千矛にか。」
「…何方にも興味はあるな。」
しばらくの間八千矛は考えた後、これまた無愛想に返答した。
「狂い神は易々とその声を覗かせぬ、主が矛に問いかけることはあれど、矛が主に問いかけることは出来ない。」
「では…八千矛……殿…様は、どこのお生まれか。」
「”八千矛”でいい。産まれは神都だ。」
「なんと。じゃあ、八千矛はあの地獄を生き延びたのか。」
感嘆を向けられた八千矛の歩みが鈍る。
「…生かされたのだ。母の手により、な。」
「神都においても、化外の民が生きていたのか。」
「いや、恐らくだが我は遺児だ。」
「では母君は育ての親だと。」
八千矛は軽く頷き、語り始めた。
「幼き頃より我は、肌においては浅黒く、膂力においては比肩するものがいなかった。だが、母と父も、我と異なる黄色の肌を有していた。」
八千矛は物心ついてすぐの幼き時分を思い出していた。
天照の陽光を浴びて日の色を肌に宿す天照神民と異なり、土の如き浅黒さを赤子の頃から有していた八千矛は、神都において最下層とされる貧民窟に住まいを構える長屋の中でも、差別の対象とされた。
化外の民という呼び方ではなく、"狂い民"との蔑称において。
周囲より忌避の視線を向け、差別の煽りを受けた八千矛であったが、彼の年齢に似合わぬ膂力と智略は、徐々に貧民窟にて育つ者たちを魅了し始めた。
ヤチホコを取り巻く者達は元々、富と繁栄を謳歌する時代において、産れた時点でその恩恵に浸ることのできない明日が定まった、哀れで小さい者達である。
それらは奴僕と呼ばれ、繁栄を維持する様々な汚れ仕事を只同然の対価で請け負っていた。
報われぬ隷属の日々が、彼らを捻じ曲げ、卑しさは骨の髄まで染みわたっていく。
踏みつけられた人々はただ一心に下を見つめる。そこにあるのが、例え物言わぬ地面であろうと、彼らはそれより底の、自分より下の何かを見出しているのだ。
苛烈な卑屈の只中で育った、それらを象徴するような狂い民の遺児は、彼らの鬱憤を一身に受けていた。
然し、彼の性根は彼ら同様に捻じ曲がっていくことはなかった。
むしろ、そういった理不尽な態度を一蹴するかのように強かに育ち、國に蔓延る身分制度を嘲笑うかのように、堂々と肩で風を切り神都を跋扈するその姿は、貧民窟の者達を文字通り魅了していった。
徐々に彼を見る目は忌避と侮蔑ではなく、尊敬と羨望に変わっていく。
一定の自我を持つようになると、彼に付き従う者が増え始め、身体の支配が完全に利くように成熟すると、彼らは治安維持の目をかいくぐりながら窃盗団めいた活動をし始めていた。
若き傑物の奔放に充てられた貧民窟の者達は、自分より強き者に抗うという概念に至ったのである。
この時、ヤチホコは齢にして十二の若造。鮮烈なる悪童としての日々を、ひたすらに謳歌していた。
狂い神に仕えし者たちは、かつて。
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