怪談

馬骨

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創作系怪談短編集

シーソーと夕焼け

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 はじめに断りを入れておきますが、私は心霊現象否定派です。

 この世に科学で立証出来ないことは無いと信じていますし、目に見えないものに実態を無理やりつけて怖いなどとのたまう有象無象には心底呆れさせられます。

 ですが、これから記す私の実体験は、現在の科学の物差しでは測れず、またそれらがどうしようもないほど私を恐れさせたのは、認めざるを得ない事実なんです。

 当時、高校二年生に進級したばかりの私は何とかしてクラスメートと打ち解けようと躍起になっていました。

 とりあえず集団の輪から外されないため、最初に目をつけたのが隣の川岸という陰気な男でした。

 入学式が終わった二日後、自己紹介カードを渡した自分に向けた川岸の第一声は『羨ましい』でした。

『き、君、最寄り駅がこの駅なんだね』

 自己紹介だからといって不用意に個人情報を書いてみるべきではなかったのかもしれません。
 とにかく自分は素っ気ない返事をした後、前に体を向けてしまいました。

 ですが、周りの喧騒に対し2人きりの静寂に耐えられなかった自分はつい、『何が羨ましいの』と詮索してしまいました。

 自分の声を聞き、こちらを見た川岸の不気味に光った目を、私は一生忘れることがないでしょう。

『1998年、そこの近くで何があったか知ってる?』
 自分は素直に首を傾げました。

 話によると、どうやら駅の近くに位置するアパートの一室にて虐待を行っていた1人の女が、ある日とうとう2階から5歳のわが子を突き落としたらしいのです。他にも川岸は、そのアパートは現在は撤去されていてないことや、その近くでは真夜中に時たま子供のはしゃぐ声がしたりと、怪奇現象に事欠かないことなど、聞いてもないのにべらべらとまくしたてました。

 自分は川岸の話を聞くと、深く鼻息を吸い、あいずちを打ち、もう二度とこいつとは口を聞くまいと決心しました。

 それから一日、川岸とは言葉を交わすことなく下校しました。

 その当時、自分は夕方にランニングをするのが日課でした。

 自宅を出て、賑やかな大通りを抜け、薄暗い高架下を通り、いつもの小さな公園で一呼吸する。

 それがルーティーンでした。

 ですが、その日は何となく寄り道したい気分でした。
 賑やかな大通り、ではなく細い路地裏を抜け。
 薄暗い高架下、ではなく駅前の商店街を通ります。

 商店街のざわめきをくぐり抜けると、夕方の太陽に包まれた細道が見えました。
 なんとはなしに迷い込むように入りました。

 左右の壁には、竹で出来た柵が立ててあって、その奥には色々な種類の花が咲き乱れていました。
 私はすっかりその沿道に魅了されてしまって、奥へ奥へと進んでいきました。

 彩り豊かな緑道を抜けると、そこには見たことの無い小さな公園がありました。
 左右を建物で囲まれているから日当たりは悪いはずなのに、なんだか少し明るいんです。

 夢見心地とでも言うのでしょうか、あたりが白んでいてなんだかとても居心地のいい空間のように思えました。

 自分は公園の中に設置された、たった一つの遊具である板作りの平たいシーソーの片端に腰を下ろし、両膝に両肘を付くと大きくため息を吐きました。


 しばらくして、ふと、汗ばんだ体が冷えて、あたりの空気が肌寒く感じ、腕を摩ったその時でした。


 左手に嫌な肌触りを覚え、手元に視線を移すと、毛穴から埋まった毛根が黒い顔を覗かせるほどの鳥肌が、知らぬ間に腕全体にびっしりと立っていました。

 寒さのせいか。最初はそう思いました。

 ですが、なんとなく。さっきまで心地よかったはずのこの公園内に、妙な雰囲気が漂っていることに気付きました。

 中央に設置された時計台の針は、故障しているのか動く気配がありません。それにこの公園、住宅街の真ん中にあるのにさっきから子供の影すら見当たりません。

 そういった何気ない違和感が、黄昏とともにぬらりと私の神経を脅かしました。

「さて、帰ろうかな」

 普段自分は独り言をしない質でしたが、何故かこの時だけは、かなりの声量で人っ子一人居ないはずのこの公園に呟きました。

 それはまるで何者かがこちらをこの公園に、いや、細道に迷いこんだ時点でどこからかずっと覗き見ていて、その得体の知れぬなにかに申し開きをするように、口から漏れ出たのであるように思えました。

 立った拍子に、板作りのシーソーがぎしりと不快な音を立てます。

 一歩、また一歩と歩を進める度、刺すような視線をあちらこちらから感じました。

 たまらず小走りでその場を去ろうとしたところ、私の両足はぴたりと動きを止めました。

 後方から、鳴るはずのない音が鳴ったからでした。


 ぎし、ぎしり。
 ぎし、ぎしり。
 きぃ。


 それは先程まで自分が座っていたシーソーが、かすかに揺れる音でした。

 振り返っては行けない。

 そう思いました。

 さっきまで自分一人しかいなかったこの公園。

 誰かがいる。

 誰かが先程まで座っていたシーソーに跨っている、遊んでいるのか。

 額からにじみ出る汗は、運動によるものではなく冷や汗でした。
 四肢の表面を這うような視線を感じて、背筋が徐々に凍っていきます。

 身体は動くことを忘れたかのようにその場に硬直し、心臓だけが狂ったように激しく脈を打ち続けていました。

 ふと、それまで公園を照らしていた夕日が消える様に姿を消しました。

 一瞬にして、あたりが鈍色の薄暗闇に包まれました。

 暗闇に呑まれ、目の前の景色ですらあやふやな中で。

 まずい。そう思った時には、もう手遅れでした。

 動けないでいる私の耳元でなにかが囁いた。



「ねぇ、乗らないの。」



 自分は弾かれたようにその場から走り去りました。

 馴染みの大通りが見えてくるその時まで、息をするのも忘れていたほどに必死で走りました。

 後日、夜が明けても体の震えが止まらなかった私は学校を休む事にしました。

 ベッドの中ほどに沈むように横たわった頭に去来したのは、昨日の川岸の発言です。

『駅の近くに建っていたアパート“すみれ荘“で幼子を虐待していた女が、ついにその子が5歳の時、二階から突き落としたんだよ。

 その子はちょうど真下にあった公園の遊具に落下した。

 確かシーソーじゃなかったかな。

 板づくりのシーソーの片側に落ちた男の子の体は、背骨を中心にぐにゃりと曲がった。

 それでも尚立ち上がろうと、夕焼けの空に四肢を懸命に動かしていたらしい。

 ぎし、ぎしり。
 ぎし、ぎしり。
 きぃ。

 そんな音が、したかもね。』
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