怪談

馬骨

文字の大きさ
26 / 43
1972年 夏シリーズ

序章『風鈴の記憶』

しおりを挟む
浅い眠りから目覚めて、微睡の中見た悪夢を反芻した。
荒い息を整えようと、大きく深呼吸を試みる。
息が苦しいような気がして、すぐに気の所為ではないことが分かった。

勢いよく空気を通した鼻腔がむせ返るほど、強い土の生臭い匂い。
見開いた眼で、辺りの様子を確認する。
暗い。一寸先も見えないほどに。

その闇の濃さが夜の暗がりでないことが分かった頃には、私はだんだんと自分の置かれた状況に気づき始めていた。

何者かに、四方を囲まれている。
目の前に広がっているのは暗闇ではなく、視界を遮る何者かが作り出している影だった。

声にならない叫びが、喉を締めつける。

何が起こっているかを理解した頭が、体へ必死に信号を送っているのを感じる。

『逃げろ、逃げてしまえ』と。
だが、動かない。動けない。

獲物を品定めするような視線を方々から感じ、投げ出していた四肢が徐々に凍てついていく。
体が芯から冷えるのを感じて、吐く息ですら小刻みに揺れる。

何のことはない。全て無駄だったのだ。部屋の四方に盛った塩も、霊験あらたかな神社で購入したお守りも、その他かき集めた様々な魔除け、法具も。

所詮は、素人の付け焼刃というべきか。絶望すら通り越して、笑いが込み上げてくる。それなのに瞳の奥からは、徐々に涙が滲みだしてきた。

こうなることはわかっていたはずなのに、覚悟はできていたはずなのに。

息を殺し、気配を沈めて、目の前の闇を見つめながら、一人震えていた。
黒い水の中で溺れているような気分だ。
あの子に会いたい、最後に一目だけでも。

かし・・・か・さ・や
わた・く・・か・さ・・

閉ざされた空間の中で、声が聞こえる。
口々に呟いている。

かしらもらおか えいされや
わたをくらおか えいされや

唄っている。骨の髄まで届きそうな低い唄声。
吐き気を催した。

しばらくしてそれも止んだころ。
締め切った空間の中、夜の闇に溶けるように、風鈴の音だけが鳴り響いていた。

「ごめんなさい…」

掠れた甲高い声が、虚ろに開いた口の間から漏れた。
私の最後の言葉が、誰に聞かれるでもなく、暗闇の中に呑まれていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

1分で読める怖い話短編集

しょくぱん
ホラー
一分で読める怖い話を定期的に投稿しています。 感想などをいただけると嬉しいです。 応援よろしくお願いします。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

残酷喜劇 短編集

ドルドレオン
ホラー
残酷喜劇、開幕。 短編集。人間の闇。 おぞましさ。 笑いが見えるか、悲惨さが見えるか。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...