毒舌セラピストによるお悩み解消は、やさしくないけど心の毒によく効きます!

Kinon

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第1章:ダメ男とばかりつき合ってしまう

2. 助言は『遠慮しないこと』

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「西園寺さんからのアドバイスって、何かある?」

 セラピー開始直前の、期待と緊張の入り混じるクライアントへの私からの助言はいつも同じ。

「3番です」

「え……? あ、これ……」

 青いトマトさんが手に持った受付表を見る。
 注意事項の3番。



3.私とあなたは対等な人間として向き合います。あなたに対し遠慮はしません。私への遠慮も要りません。



「言いたいことがあるなら、遠慮しないで口に出して。先生はあなたに本当に遠慮なくものを言うから」

 合わせた目をまっすぐに見つめて頷いた。



『私はあなたの味方よ。青いトマトさん』



 心の中でそう語りかけ、カウンターの斜め右前方にあるもう一つのドアに視線を向けた。先に立って歩きながら気を引き締める。

 ドアを3回ノックしたあと、返事を待たずにノブを回す。

「クライアントをお連れします」

 開けたドアを身体からだで押さえ、青いトマトさんを中へと促す。
 彼女の目に、このセラピールームはどう映るだろうか。



 部屋に入って正面はほぼ南側になり、胸の高さから天井までの窓が並ぶ。全てのブラインドは半分ほど上げられ、秋の晴れた午後の陽射しが十分に照明の代わりをしている。

 東側の壁は赤い。というか、赤く見える。
 壁一面に、赤色メインの絵が何十枚とビッシリ張られているからだ。
 同様に、西側は黄色系の絵が張られて黄色の壁に、ドアのある北側は青色系の絵で覆われ青い壁になっている。



 部屋に入った青いトマトさんの視線が最初に捉えたのは、窓際に置かれたデスクの向こうで腰を上げた葦仁いとよ先生だ。

「こんにちは……」

 挨拶を口にしてペコリと頭を下げる青いトマトさんの後ろで、私はそっとドアを閉めた。

「こんにちは。あずさ葦仁いとよです」

 そう言いながら、葦仁先生が部屋の真ん中にあるテーブルの脇を通りこっちに来る。
 オーバーサイズのジーンズにヨレ気味のコットンシャツを羽織った彼は、およそ先生と呼ばれるセラピストには見えない。
 今日のシャツは生成きなり色だ。

「受付表くれるかな」

「あ……はい」

「アオ、トマ、アト、マオ……マオさんって呼んでかまわない?」

 青いトマトさんが手渡した紙面に目を通し、葦仁先生が尋ねる。

「はい」

「では、マオさん。このテーブルの好きな席に座ってください。僕はその対面に座るから」

 好きな席をと言われ、青いトマトさん……マオさんは初めて部屋を見回し、目を見開いた。

 左に赤、右に黄、そして後ろに青。
 それぞれの壁面を覆う、何十枚という同系色の絵。大きさはハガキサイズのものからF4と呼ばれるA4より一回り大きなサイズまでまちまちだ。
 ランダムに貼られたそれらは重なり合い、下にあるクリーム色の壁紙が見える部分は少ししかない。

「すごい……これ、何か意味があるんですか?」

「きみがあると思えばあるし、ないと思うならないよ」

 葦仁先生の返事に暫し固まり、マオさんはもう一度ぐるりと周囲に視線を巡らせた。

「ここにします」

 マオさんがイスを引いて腰を下ろしたのは、窓側の席。ドアのある青い壁が視界に入る場所だ。
 葦仁先生は受付表を手に、青い壁を背にした席に着いた。
 そして私は、葦仁先生のデスクからノートパッドとボールペンを取り、東の赤い壁側のイスをテーブルから少し離れたところまで移動させ、そこに座ってスタンバイ完了。

「カウンセリングっていうと、カウンセラーとクライアントが一対一で話すところが多いと思う。ほかの人間がいないほうが親密度を高めやすいし、話しにくいことを打ち明けるハードルも低くなるからね」

 向き合ったマオさんに、まずは葦仁先生がこのセラピーの簡単な説明を始める。

「だけど、僕ひとりだと自分でカウンセリングの記録をつけざるを得ない。彼らの話を聞きながら、その要点や自分の考えをメモする。それは、時間を無駄に食うんだ。クライアントの多くは、話しの途中で僕が何かメモを取っていたら、言葉を続けるのをやめて書き終わるのを待ってしまうんだ」

 マオさんが同意するように無言で首を縦に振った。

「中断せずに会話を進めるほうが、お互いの思考も剥離はくりしない。だから、西園寺さんには書記として同席してもらってる。このことで、きみに何か不都合はある?」

「いいえ。かえって落ち着きます。その、女の人がいるほうが……」

 マオさんが口籠くちごもる。

「すみません。先生を信用してないわけじゃないんですけど……」

「いいよ。大人の女性で初対面の男を手放しで信用するのは、今まで幸運に守られて生きてきた幸せな人間か、よほどの無知だけだ」

「は……そう、ですね……」

「あと、僕は心理学の専門家じゃない。独断と偏見で意見することもある。異論や反論があるならきちんと主張してほしい。このビルに多く入っている占い師達と変わらないと思ってくれてもいい」

「は……い」

 ここドロックのある6階建てのビルには、占い師の待機する占い店舗が11件入っている。そのため、駅前にあまり似つかわしくないこの黒い建物は『占いビル』と呼ばれている。

「まぁ、占いを盲目的に信じる人間は、自信を持って放たれた言葉をすべて鵜呑みにしてしまいがちだけど……それはとても危険なことだよ。自分で考えて選択することを放棄すれば、ほしい言葉をくれる相手に依存して受け身でしか生きられなくなる。きみはどうかな?」

 淡々と、でも次から次へと話し続ける葦仁先生に、面食らい気味のマオさん。
 見慣れた光景だ。

「占ってもらったことは何度かあるけど、これはと思える先生はいないし。参考程度にしてます」

「それは、きみの望む言葉を言ってくれる占い師にまだ当たっていないだけかもしれないね。先に断っておくけど、僕はそんなものあげないから」

「え……?」

「このセラピーは、きみの機嫌をよくしたり喜ばせたりすることを目的としていない。あくまでも、きみの悩みを解消する指針を見つけ出して提示するだけのものだ」

 マオさんは薄く口を開けたまま、葦仁先生を見つめている。

「そして、すべての分野において僕がきみより経験豊富で賢い、なんてことはない。セラピーを成功させるのはきみと僕、二人の力が同等に必要だってこと忘れないで」

 少しの間を空けて、マオさんが頷いた。

「わかりました」

「じゃあ、始めようか」

 葦仁先生がやさし気に微笑んだ。
 私は時計を見やり、時刻を記入する。午後2時49分。
 セラピー開始だ。



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