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第9章 受容する者

悪夢の終わり

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「反論しかけた僕を父が止めた。僕に父は止められない。でも、僕の代わりに父が死ぬのは嫌だ。どうすべきか考える間もなく、父が銃を捨てた」

 視線をくうに向けたまま、リージェイクが話し続ける。

「『おまえは助からない。どうせ死ぬなら、オレと刺し違えたほうが利口じゃないか?』それを聞いたトルライは、僕を見た。僕と、ナイフを持った仲間の男をね」

「トルライは……その男がリージェイクを殺せると思ったの? そして、自分はイーヴァを……?」

「ヤツにとって、それが考えられる一番の結末だ」

 でも……トルライの思い通りにはならなかった。

「レイプされるようになってから、僕の手は後ろじゃなく前で縛られていた。背中に手があると、やる時に指があたりそうで気になるらしくてね」

 ちょっと嘲るように、リージェイクが言った。

 得体の知れないまま。それでも、ヤツらはリージェイクの指先を警戒していたんだろう。

「僕に出来るのは……父の目的の邪魔にならない、父の動きの枷にならないことだって……ずっと考えていたよ。この時の僕がすべきなのは、後ろの男から逃れること。縛られていても、両手を上げれば男の額に手は届く。指は折れてるけど、力は使える。問題はそのタイミングだけ」

 リージェイクが、大きく息を吸って吐いた。

 悪夢の、終わりが近い。

 静かに深呼吸する。

「トルライはまず、手榴弾の脅威を除いた。そして、父に両手を上げさせてから、僕に向けていた銃口を父へと向けた。それを父が見ていた。僕も見ていた。きっと、あの部屋にいる全員が、トルライの手元を見つめていた」

 僕の頭の中にも、そのほんの1、2秒のシーンがスローモーションで浮かんだ。



 銃身が横に振れるだけのその動きが、トルライの命と引き換えになる対象をリージェイクから……イーヴァへと変えた。



「『ジェイク!』」

 リージェイクが声を上げた。

 苦しげな表情。
 ぎゅっと閉じて、開いた瞳。

「父が叫ぶのと、ナイフの刃を無視して振り向いた僕が男の額に触れるのは、ほとんど同時だったと思う。遅れて、重なる銃声が2発。僕が動くのを見たサンデルは撃たなかった」

 エイリフがトルライを撃った銃声。
 トルライがイーヴァを撃った銃声。

「眉間を撃ち抜かれたトルライは即死だ。胸を撃たれた父はまだ息があった。少しだけ、話せたよ」

 何を話したか、僕には聞けない。
 イーヴァとリージェイクの最後の会話は、二人のものだ。

「僕が生きていてよかったと言ってくれた」

「うん……」

「僕は、父に生きていてほしかった」

「うん……」

「何度も考えたよ。トルライが僕に銃を向けているうちに僕が動いていたら、父は死なずに済んだ。僕が早く行動しなかったから……」

「そんなの、リージェイクのせいじゃない。イーヴァは……」

 僕が言っていいのかわからない。
 だけど……。

「もし、リージェイクが死んで自分が助かってたら、もっとつらかったと思う」

 リージェイクの悲痛な瞳が僕を見つめる。

「今のリージェイクより、もっと後悔して苦しんだと思う。だって、リージェイクを助けるって決めて、代わりに死ぬことを選んだのは自分だから。イーヴァは自分を信じてた……そうでしょ?」

「父は……」

 リージェイクの言葉は続かない。
 代わりに、口を開く。

「イーヴァは、リージェイクを助けられたから後悔してない。きっと、リージェイクにもそう信じてほしいって思ってるよ」



 僕は無責任だろうか。
 会ったこともないイーヴァの思いを勝手に代弁して、自分には実感し得ない悲しみと痛みを抱えるリージェイクを慰めようとしている。

 彼の苦しい思いは、彼自身にしかどうにか出来ないものだって……知っているのに。



「ありがとう。そう言ってくれて……」

 リージェイクの目からこぼれた涙は一筋だけ。
 彼の涙を見たのは、はじめてだ。

「ジャルド……ごめんね」

「え……何で……?」

「僕は、きみが思っていたような正しい人間じゃない」



 思っていたような……。

 確かに、今まで。
 リージェイクを正しい人間だと思っていた。
 でも、今はそう思ってはいない。

 そして、彼との間に感じていた膜のような障害物が取り払われ、彼の本当の姿を見ていることを実感していた。


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