ソッチドッチ ~魔王と聖女の入れかわり! 入れかわれば、本当の姿が見えてくる?~

櫻恭史郎

文字の大きさ
5 / 205

第5話 聖女さまは、調印したい

しおりを挟む
 フランスは、イギリスの今は細い女の腕をつかんで、大股で、大広間の中をすすんだ。調印がおこなわれる壇上へ、まっすぐにすすむ。

 背の低い聖女の姿をしたイギリスが、走るようについてくる。

 へえ、背が高いと、随分歩くのが早くなるのね。わたしだって、歩くのが遅い方ではないけれど。

 イギリスは、無理矢理引きずられるように、ついてきた。フランスは歩みをゆるめようかと思ったが、思い直してより大股で歩いた。

 どうせなら、なんだか怖い雰囲気を最高値まで上げておきたい。

 はたから見ると、魔王がむりやり聖女を檀上まで連れて行ったように見えるだろう。

 いいわ、このまま、引きずって行こう。

 壇上にそのまま上がると、スイス大公は、おどろいた顔で、こちらを伺うように見た。シャルトル教皇は非難するような目をこちらに向けている。

 フランスは、できるだけふたりとは目を会わせないようにして言った。

「調印式を」

 シャルトル教皇が、女とみまごう美しい顔をひそめ、フランスに向かって、しずかに言った。

「聖女をおはなしください」

 ああ、今日も聖下はお美しいわね。
 怒った顔も、素敵。

 しかし今は、心を鬼にして魔王になりきる。フランスは、強めにもう一度言った。

「調印式を」

 お願いだから、調印式をはじめてください。

 フランスは心の内で祈った。

 シャルトル教皇はさらに何事か言おうとしたようだったが、気持ちをおさえるようにして、スイス大公の方を向いた。スイス大公も、戸惑いつつも、うなずいて、式の開会を宣言する。

 とんでもない空気を感じながら、尊大な態度とは裏腹に、フランスの心の内は荒れていた。

 もう、気を失いたいくらいよ。

 式は、難しいものではなかった。停戦協定のほんの最初の部分にふれ、あとは、シャルトル教皇とイギリス皇帝が、二通の紙に、それぞれサインをするだけだ。

 スイス大公が、式文を読み上げたのち言った。

「では、サインを」

 ふたつ用意された、調印台の上に紙がある。

 シャルトル教皇が、サインをする。


 いよいよね。


 フランスは、できるだけ尊大に、聖女の姿をしたイギリスに言った。

「わたしの名を記せ」

 シャルトル教皇が、驚いたように顔をあげて、こちらを見た。 
 あたりに、また、ざわめきが広がる。

 何か言われる前に、たたみかける。

「これから友好国となるだろう教国の聖女殿は、わたしの名をよく知っているだろう。その聖なる手で、わたしの名を記せ。皇帝の名において、聖女フランスが記したわたしの名を、正式なサインとする」

 意外にもイギリスは、ちらとこちらを見上げたのち、すんなりとサインをはじめた。

 助かるわ。
 お願いだから、誰かが何か言う前に書いてしまって。

 シャルトル教皇が、何か言おうと口をあけた。

 フランスは、先に言った。

「あなたの国の聖女だ、わたしの手で書くよりも、あなたがたのしゅもよろこばれる。そうだろう?」

 少しの間、見合う。

 聖下、すてき。

 スイス大公が、わざとらしく咳ばらいをする。彼は、ひかえている側付きの者に向かって、だが大きくまわりに聞こえるように言った。

「イギリス陛下のサインに関する言葉を、停戦協定の末尾に追記しておけ」

 助かります。
 スイス大公陛下に、この世のすべての祝福がふりそそぎますように。

 そのいかにも裕福な大公国のあるじっぽい、整えられた紳士なおひげ、素敵です。

 フランスは心の内で、寛大な措置に礼をした。

 シャルトル教皇は、そのあとは何も言わず、サインをした。

 フランスはばれないように、ちいさく息をつく。
 さすがに、ちょっと、こわかった。

 お互いの場所を入れ替えて、また、サインする。

 よしよし、なんとかなったわ。
 でも、この後、どうするか、考えものね。

 フランスは、サインをするシャルトル教皇の姿を盗み見ながら考えた。


 聖下はお優しい。


 もし、この後、魔王イギリスが立ち去ったら、彼はきっと、聖女フランスに声をかけるだろう。もしや、部屋に呼び出して、事情を聴くくらいのことまでするかもしれない。

 そうでなくても、他の司教たちも、黙ってはいないだろう。

 フランスは、ちらりと後方の司教たちが立ち並ぶほうを見た。


 中には、うまの合わない者もいるのよね。


 この派手な出来事に対して、つっかかってくる者もいるかもしれない。中身がイギリスの聖女が、それらをうまくあしらえるだろうか……。いや、無理なような気がする。もし、知らずに、目上の者に対して無礼な態度をとれば、ややこしいことになる。

 どちらにしろ、昼餐会までの間に、イギリスの部屋にフランスの身体がたどりつくのは、難しいように思われた。

 うーん。

 あ。

 どうせなら、このまま、無理やりに、部屋まで聖女を持って帰ればいいか。どうせ、無茶苦茶しているのだし。

 フランスが、思い悩んでいる間に、サインは無事に終わった。スイス大公が、ふたつの書類を確認し、無事に調印式の閉会が宣言される。

 宣言されると同時に、フランスは急いで、またイギリスの細い女の腕をつかみ、大股で大広間の出口に向かった。

 すると、シャルトル教皇の厳しい声が背にかかる。

「陛下、聖女をどこへ連れてゆくおつもりです」

 フランスはふり向き、シャルトル教皇の静かに怒るような顔を見て、うっとりした。

 シャルトル教皇は、女とみまごう美貌を持ち、若くして教皇の座にまでかけ上った、たぐいまれなる才能をもつお方だ。教国では、そのお姿を、まるで絵画からそのままあらわれ出た、大天使ガブリエルのようだと言う者さえいる。

 才能や、美貌だけではなく、慈悲深く愛情豊かなことでも知られている。

 ああ、あんなに怒ってくださるなんて。
 素敵だなあ。

 だが、今のフランスは、魔王なのだから。魔王らしく、聖女をなんとか連れ去らなければならない。


 その時、鐘が鳴った。


 正午の鐘だ。

 一瞬、眩暈のように、目の前の景色があやしく溶けた。

 はっとして、目を瞬かせると、目の前に、豪華な飾りのついた服がある。

 見上げると、魔王イギリスの顔があった。

 フランスは、帝国の皇帝である男、イギリスに腕をつかまれて、彼のとなりに立っていた。


 あ、身体が、戻ったんだ。


 えっ‼

 この、タイミングで⁉




***********************************
 おまけ 他意はない豆知識
***********************************
【大天使ガブリエル】
聖書においてガブリエルは「神のことばを伝える天使」とされています。
西洋美術では多くの場合、優美で女性的な青年の姿で描かれます。

【シャルトルは美しい?】
シャルトル大聖堂は、フランスの世界遺産。
フランス国内においてゴシック建築のひとつと考えられています。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜

鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。 そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。 秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。 一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。 ◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。

引きこもり聖女は祈らない

鷹 綾
恋愛
内容紹介 聖女ポーラ・スターは、引きこもっていた。 人と話すことができず、部屋から出ることもできず、 彼女の意思表示は、扉に貼られる小さなメモだけだった。 「西の街道でがけ崩れが起きます」 「今日は、クラムチャウダーが食べたいです」 祈らず、姿も見せず、奇跡を誇示することもない聖女。 その存在は次第に「役立たず」と見なされ、 王太子リチャードから一方的に婚約を破棄され、聖女の地位も解かれる。 ──だが、その日を境に、王国は壊れ始めた。 天候不順、嵐、洪水、冷害。 新たに任命された聖女は奇跡を演じるが、世界は救われない。 誰もが気づかぬまま、 「何もしない聖女」が、実はすべてを支えていた事実だけが残されていた。 扉の向こうで静かに生きる少女と、 毎日声をかけ続ける精神科医フォージャー。 失われていく王国と、取り戻されていく一人の人生。 これは、 祈らない聖女が選んだ、 誰にも支配されない静かな結末の物語。 『引きこもり聖女は祈らない』 ざまぁは声高でなく、 救いは奇跡ではなく、 その扉の向こうに、確かにあった。

処理中です...