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第一章 北海道編
いつも通りの朝のはず
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僕がこんなに呼んでいるのに、久世は一向に現れない。
「……何やってんだよ、あいつ」
苛立ちまぎれにベッドから這い出した時、それが、目の端に映った。
カーテンは開いていた。
僕は、寝ぼけているのか。
目を擦り、窓の外に目を向けて――僕は息を呑んだ。
御子柴家の庭園。丹精込めて手入れされていたはずの、薔薇や芝生は影も形もなく、巨大な結晶体のような「青い蔦」が、空を支えるように天へと伸びている。
空には太陽がある。雲も浮かんでいる。
ただ、太陽を囲むように、二つ重なった巨大な輪が、ゆっくりと、互いに反対方向へ、ぐるぐると回転していた。
それは、時間の流れまで、引き延ばされているみたいに思えた。
「……嘘だろ。何なんだよ、これ」
ガタガタと膝が震える。
その時、廊下から静かな足音が近づいてきた。
◇
コンコン――と、扉がノックされる。
現れたのは、久世だった。
「おはようございます、坊ちゃま。体調はいかがでしょうか」
彼はいつも通り、一分《いちぶ》の隙もない燕尾服を纏っていた。だが、その手にあったのは、僕が期待していた洗面用の水差しでも、淹れたての紅茶でもない。
無骨な黒い柄の、刃が剥き出しの、軍用ナイフだった。
喉の奥が、きゅっと縮む。
「……久世?」
名前を呼んだ瞬間、その視線が、僕の右腕に落ちた。
昨日、機内で真っ赤になっていた場所だ。
――は? なんで久世は、僕の腕を見ているんだ?
僕は自分の右腕を見た。
何もない。
一応、左腕も見てみた。
変わりはない。
「坊ちゃま」
ふいに呼ばれて、僕は久世を見た。
その目はまだ、僕の右腕を見ている。
「窓の外を、ご覧になりましたね」
それは、問いではなく、確認に聞こえた。
「見たよ! あれ、なんだよ! 庭が……!」
「はい」
久世はナイフを持ったまま、僕の顔に、視線を移した。
「世界が、次の音程に移ろうとしています」
「……は?」
久世は、なにを言っているのだろう。
理解できない。
でも、理解できないまま、なぜなのか――僕はじりじりと、窓へと追い詰められている。
「坊ちゃま。この世界はもう、貴方《あなた》の知っている『遊び場』ではありません」
久世が、ゆっくりと歩をこちらに進める。その瞳は昨夜、機内で見たときよりも、更に深く、暗い気がする。
「……少し、苦痛かもしれません。ですが……」
ナイフの刃先が、ほんの少し持ち上がる。
僕の、気のせいではない。
「今ここで、何もしない方が、よほど危険です」
久世はさっきから、本当に――いやもうマジで、いったい何を言っているのだろう。
「大丈夫です」
「は? いや。なにが!? 何が――!!?」
「ご安心を――」
だから、何が――!?
「すべて私に、おまかせください」
いや……待って? は!?
「嘘だろう――!? え!? ちょっ……待っ――!! 来るな! 来るなって!! やめて!! 来ないでっ。ホントに来ないでぁ久世えぇぇえぇぇぇ――!!」
僕の叫びに応えるように、部屋がドクンッ――と、巨大な心臓のように脈打った。
僕はびくっとして、天井を見上げた。
「――え? なに?」
そう、思う間もなく――右腕に激痛が走った。
見ると久世が、僕の右腕に、ナイフを――
「ああ……あああああ……ああああああああああ――!!」
突き立てたナイフを、抜いた。
「……何やってんだよ、あいつ」
苛立ちまぎれにベッドから這い出した時、それが、目の端に映った。
カーテンは開いていた。
僕は、寝ぼけているのか。
目を擦り、窓の外に目を向けて――僕は息を呑んだ。
御子柴家の庭園。丹精込めて手入れされていたはずの、薔薇や芝生は影も形もなく、巨大な結晶体のような「青い蔦」が、空を支えるように天へと伸びている。
空には太陽がある。雲も浮かんでいる。
ただ、太陽を囲むように、二つ重なった巨大な輪が、ゆっくりと、互いに反対方向へ、ぐるぐると回転していた。
それは、時間の流れまで、引き延ばされているみたいに思えた。
「……嘘だろ。何なんだよ、これ」
ガタガタと膝が震える。
その時、廊下から静かな足音が近づいてきた。
◇
コンコン――と、扉がノックされる。
現れたのは、久世だった。
「おはようございます、坊ちゃま。体調はいかがでしょうか」
彼はいつも通り、一分《いちぶ》の隙もない燕尾服を纏っていた。だが、その手にあったのは、僕が期待していた洗面用の水差しでも、淹れたての紅茶でもない。
無骨な黒い柄の、刃が剥き出しの、軍用ナイフだった。
喉の奥が、きゅっと縮む。
「……久世?」
名前を呼んだ瞬間、その視線が、僕の右腕に落ちた。
昨日、機内で真っ赤になっていた場所だ。
――は? なんで久世は、僕の腕を見ているんだ?
僕は自分の右腕を見た。
何もない。
一応、左腕も見てみた。
変わりはない。
「坊ちゃま」
ふいに呼ばれて、僕は久世を見た。
その目はまだ、僕の右腕を見ている。
「窓の外を、ご覧になりましたね」
それは、問いではなく、確認に聞こえた。
「見たよ! あれ、なんだよ! 庭が……!」
「はい」
久世はナイフを持ったまま、僕の顔に、視線を移した。
「世界が、次の音程に移ろうとしています」
「……は?」
久世は、なにを言っているのだろう。
理解できない。
でも、理解できないまま、なぜなのか――僕はじりじりと、窓へと追い詰められている。
「坊ちゃま。この世界はもう、貴方《あなた》の知っている『遊び場』ではありません」
久世が、ゆっくりと歩をこちらに進める。その瞳は昨夜、機内で見たときよりも、更に深く、暗い気がする。
「……少し、苦痛かもしれません。ですが……」
ナイフの刃先が、ほんの少し持ち上がる。
僕の、気のせいではない。
「今ここで、何もしない方が、よほど危険です」
久世はさっきから、本当に――いやもうマジで、いったい何を言っているのだろう。
「大丈夫です」
「は? いや。なにが!? 何が――!!?」
「ご安心を――」
だから、何が――!?
「すべて私に、おまかせください」
いや……待って? は!?
「嘘だろう――!? え!? ちょっ……待っ――!! 来るな! 来るなって!! やめて!! 来ないでっ。ホントに来ないでぁ久世えぇぇえぇぇぇ――!!」
僕の叫びに応えるように、部屋がドクンッ――と、巨大な心臓のように脈打った。
僕はびくっとして、天井を見上げた。
「――え? なに?」
そう、思う間もなく――右腕に激痛が走った。
見ると久世が、僕の右腕に、ナイフを――
「ああ……あああああ……ああああああああああ――!!」
突き立てたナイフを、抜いた。
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