ゆうら

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養護教諭

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 部屋に閉じ込められてから一ヶ月。
 受験は終わったから、する事が無い。

 先生と過ごしたときのことを思い出しながら、ひたすら一人で弄り続けるだけの日々──

 ガチャ! 解錠され、部屋の扉が開かれる。
「準備、出来ているわね」
 母親は、私に答えを求めたわけではない。返答を待つことなく、部屋から引きずり出される。
 母親にとって、私は〝荷物〟。車に入れられるまでの間、母親と目が合うことは無かった。

 目的地は、中学校。入学説明会がある。
 学校生活についての説明の中に、私に関係ある話は無い。私は、勉強のみを行う。勉強以外をしてはならない。そう言いつけられている。
 母親は、私が人間関係を構築することを禁忌とした。

 説明会が終わり、腕を引っ張られて帰路につく。
 教師らしき人が、母親に話し掛ける。
「お待ちください」
 母親は私の頬を叩き、髪を鷲掴みにし、顔を床に叩きつける。
「躾が足りず、申し訳ありません。十分に反省させます」
 私の顔を、何度も、何度も床に叩き付ける。

 あのときと同じ──
 せっかく新しい場所で、新しい生活を始められると思ったのに、また壊された──

 床が目の前で止まる。
 母親が、腕を掴まれ制止させられた。
「新入生代表の挨拶を依頼するために、呼び止めたのですが……」
「こんな物を、表に出してはいけません。他をあたってください」
「代表挨拶は、入学試験の首席がすることになっているのです」
「人違いでは? これが、主席になれるはずがありません」

 母親が私を物扱いするのは、いつものこと。頭上でのやりとりに、関心はない。
 そんなことよりも、目の前に広がっていく、赤いものを止めなければならない──袖で拭き取ろうとしたけれど、綺麗にならない。
 清掃用具を借りるために、立ち上がろうとすると、フラッとし意識が途絶える──

 目覚めると、私はベッドに横たわっていた。
 綺麗にしないと、怒られる──身体を起こし、部屋から出ようとする。しかし、腕を掴まれ、止められる。
「家に帰すことは出来ません。あなたには今日から、この施設で過ごしてもらいます」
「そんなことよりも、私は汚れを綺麗にしなければ怒られます」
「もう大丈夫。何も心配しなくていいの」
 包まれるように、ふわっと抱きしめられる──初対面の人に、そんなことをされる理由を理解出来ない。

 私、この人に売られたのかな──私の用途なんて、一つしかない。
「あなたが新しい飼い主ですか? 奉仕します」
 服に手を入れたときに一瞬、嫌がる素振りをしたけれど、すぐに私を抱き寄せ、受け入れた。観察し、好みを探る。小刻みに噛まれることが好きみたい。久し振りの人体──楽しめることを期待したのに、すぐに放心状態に至ってしまった。
 でも、呼吸は荒い。感覚は生きている──責めを止める必要は無い。構わず責め続けると、背中に爪を立てられる。思った通り、止める必要は無い。
 彼女のそれは、使い込んである。強めの刺激に対する反応が良い。吸引力を上げ、噛む力を強めると、より強く、爪を突き立ててきた。

 私は、ここで止められるのが嫌い。この先の刺激を欲する。責めるのをぴたりと止め、彼女から離れる。彼女の呼吸は荒いまま。彼女の手は、私を引き寄せようとしている。続きを求めている。

 私は、何事もなかったかのように、彼女の目をじっと見る。
「ところで、施設とは何のことでしょうか。私は処分されるのでしょうか」
 一度は離れたけれど、彼女に触れるか触れないかの位置に腰を下ろし、彼女を観察する──荒い吐息。唾をごくりと飲みこみ、息を整えようとしている。

「あなたは新しい飼い主ですか?」
 耳元で囁き、温い息を首筋にほわっとかける。
 少しだけ、腕を触れさせると、ぴくっと過剰な反応を示す。
「何故、何も答えてくれないのでしょうか? 私なんかに掛ける言葉は無いのでしょうか……」
 それを人差し指の腹で撫でるようにこねる。

 彼女は、名を名乗る。
「すいません。私は人の名前や顔を覚えられないので、不要です」
 彼女は、養護教諭だと述べる。
「すいません。その情報も不要です。覚えていられません」

 彼女は沈黙する。
「私は、感じた感覚だけを覚えていられます。あなたにとって、私が必要な存在ならば、何かを残してください。私にその感覚を与えることで、私は思い出すことが出来ます」

「どんなことを、忘れてしまうの?」
「覚えていないので、わかりません」

「さっきしてくれたことを、もっと強く出来る?」
「何のことでしょうか?」
 彼女は、私の口にそれを入れる。
「噛んで、吸って」
 言われた通りにする。
「もっと」、「もっと」、「たくさん噛んで」

 時折、痛いと言いながらも、更に強め、継続することを求める。こんな使い方をしているから、変形し、使い古された状態になっているのだ。
 背中に、ぎゅーっと爪を刺すように突き立てられたとき、責めるのを止め、それを離す。

「先程から、背中が痛いです。それを続ける場合、私を痛めつける人として、あなたを記憶します。今後私があなたに近付くことは無くなります」
「はあ、はあ……それは嫌!! どうすればいい!?」
「難しいです。私は、とても痛いことをされました。可能性があるとすれば、苦痛を遥かに超える快楽で、上書きすることでしょうか。今なら、まだ、触れられることを我慢することは可能です」

「チャンスをちょうだい」
「了解。あなたに身体を委ねます。私は、快楽がピークに達すると眠りにつきます。全く動かない状態です。身体が反射運動をする間は、ピークではありません。目を開けたときに、あなたと目が合えば、あなたを記憶します。目が合わなければ、無かったことになります。よろしいですか?」
「ええ。物を使っても大丈夫かしら?」
「あなたに委ねました。何を使っても構いません。私には、大切なものが付いています。目覚めるときには、必ず付いている状態にしてください」
「わかったわ」

 彼女は、私の服を捲る。
「外しても良いかしら?」
「それは命より大切なものです。外しても構いませんが、殺意と同等の嫌悪感を抱きます。必ず元に戻してください」

 彼女は、二個のそれを唾液を溜めた口に含み、吸う。快感には程遠い。

 キュッ、キュッ。

 それに透明な筒状のものを被せる。上部のダイヤルを回すと、それがぷっくりと盛り上がっていく。
「気持ち良くありません」

「これは事前準備よ」
 彼女は、自分のそれにも装着して見せる。ダイヤルを最大まで回すと、筒の中のそれは二センチほど伸びる。
「開発すると、こうなる。牛みたいよね。外した後の感度が高まる」

 肥大化することで、刺激を受けられる厚みと面積が広がるから、感度が増すのかな。ピアスをした方が、していない方よりも気持ち良いのは、肥大化したから? 大きくなればなるほど、感度が増すのかもしれない。

「私のも、牛のようにしてください」
「少しずつしか、出来ないわ」
「私のダイヤルは、更に回すことが可能です」
「すごく痛くなるわよ?」
「痛みには、耐えられます。先生と同じにしてください」
「初めて、先生と呼んでくれたわね」
「敬意を持つ相手に対しては、そう呼びます。先生のそれを、尊敬に値すると評価しました」
「他の面で尊敬してほしかったわ……これ以上すると、あなたのそれは変形し、元に戻らなくなる。私のこれは、元には戻らない。あなたに、それでもする覚悟はある?」
「問題点が不明。改めて申し上げます。私は、先生のそれを、尊敬に値すると評価しました。元に戻す必要がありません」
「しばらく、使い物にならなくなるわよ。本当にいいのね?」
「構いません。忘れてしまう前に、回してください」

 痛っ──ずっと痛みが続いている。

「痛みが続いているのは、正常でしょうか?」
「無理しているからね。辞める?」
「拒否します。辞めさせようとしないでください。判断を誤る恐れがあります。ダイヤルには、まだ余裕があります。最大まで回すことを要求します」
「そんなことをすれば、本当に壊れるわよ」

「構いません」

「無謀な子ね……いいわ。今後のために、一度、痛い思いをする方が良いわ」

 先生は自身に付けている筒を外す。長い筒に交換し、ダイヤルを回していく。先生のそれは先程よりも長く、筒内に張り付いて伸びていく。
「ゔっ……やめ時は伝えるわ。あなたのも回すわよ」
 先生は、辛そうな表情を浮かべている。どう辛いのか、想像が付かないけれど、心の準備だけはしておこう。

 筒の中を観察する──
 黒く変色し、大小様々な水疱が出来る。
 筒の中に血と、別の液体が溜まっていく。

「そろそろ、外すわよ」
 先生のを見ると、私とは至っている状態が違う。
 私の筒を外しに来た先生が、急に慌てる。
「何故、早く言わないの!!」
「何をでしょうか? 先生が『痛い思いをする方が良いわ』と仰ったので、我慢しました。私のは、気持ち悪いので、不良品に見えます。私は、不良品でしょうか」
「不良品ではないわ」

「すいません。大切なものを知りませんか? 付いていないと、精神状態が不安定になります。取り付けてください」
 真っ黒で、ぶよぶよに変質したそれを差し出し、目の前に居る人の目を凝視する。

「え……今、切り替わってしまったの……」
「速やかに装着してください。制御出来なくなってしまいます。私は、もう誰も殺したくない」

 彼女は力任せにピアスを差し込もうとするけれど、痛いだけで、入らない。私のそれは異形に膨張し、液体が凝固したものが穴を塞いでいる。
「あなたが持っていたのですね。とても痛いのですが、何故、私に痛いことをするのでしょうか?」
「待って! すぐに付けます……死にたくない」
「安心してください。苦痛を遥かに超える快楽で、上書きすることが可能です。速やかに装着してください。判断能力が不安定です。私は、あなたを殺したくありません」
 ガタガタと震える彼女の手。ピアスの先端を、穴に当てることも出来なくなっている。彼女は下を向き、膝から崩れ落ちる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「以前、誰かに同じ台詞を言われたことを思い出しました。誰だったかな……ああ、先輩です。自殺してしまったので、もう居ません」

「嫌……何でもします。許して」
 床に頭をこすりつけ、懇願する。
「いいですよ。許す代わりに、何をしてくれますか? 『何でも』では、あなたの死を望んでしまいます。提案が気に入らない場合も同じです」

 何も言わない彼女の髪を掴み、顔を引き上げ、目をじっと見る。

「そうですね……施設で生活するのは嫌です。私を養子にしてください。あなたの家をもらいます、全てをもらいます。私に干渉しないでください、私の要求全てに応えてください。命と私の提案、どちらを選びますか?」

「……提案」
 髪を引っ張っる手を離し、ガタガタと震え続ける彼女の頭を撫でる。
「許します。ピアスが無いと、精神状態が不安定になるので、返してください。付けられる人に付けてもらいます。大人……職員名簿の提示および外泊許可を要求します」

「名簿を、何に使うの? 誰にも言わないで……」
「ピアスを付けられないので、付けられる大人を探します。可能であれば、女性を望みます。年齢が近い方が、依頼しやすいかもしれません」
「……新任の先生が、確か女性」
「その方にお願いしたいです。会わせてください。あなたの立場に影響が無いよう配慮します。一人で行き、直接お願いします。会う段取りだけしてくだされば結構です」
「わかった。すぐに段取りをするわ」
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