ある時計台の運命

丑三とき

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王都

王の嘆願②

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「…異界の人間の肉体は、その地に安寧をもたらすと言われているからだ」

「それは…本当のことですか?」

「いいや。もちろん単なる迷信に過ぎない。
始祖時代の言い伝えが時を経て歪んだのだろう。確かに始祖にとって異界の人間は、知識欲を満たして世界を発展させる存在でもあったからな。
…しかしまあ、そのような不確実な迷信に縋りたくなる気持ちも、正直理解できてしまう」

悲しそうな顔をした王様を、ジルさんは真っ直ぐ見つめている。

「人々の魔力が、正確には魔術を行使する力が年々薄れ、今では約4割の人間が魔法無くして生きている。
つまり数千年、数万年もの間魔力によって成り立っていた世界が変化の時を迎えているのだ」

ジルさんも言っていた。
人は基本どんなにわずかでも皆魔力を持っているけれど、それを魔法として使えない人も最近は多い、って。

魔力によって築き上げられた世界に魔法を使えない体で存在しているということは、それはつまり、普通の生活を送ることができないと言う事だ。
持っていていて当たり前の力を欠いているのだから、当然と言えば当然だけど…。

「魔術師と非魔術師、今でこそ手を取り合って平等に生きてはいるが、2000年ほど前に生まれた非魔術士は障害者の扱いを受けていたらしい」

日常生活のほぼ全てに魔力が使われていたなら、非魔術師が増えるということは…

「非魔術師の割合が大きくなるにつれてそれまで当たり前に行っていた人間の生活が当たり前ではなくなり、世界各地で飢餓や洪水、暴動、産業崩壊など、自然・人為に関わらずあゆる災害が起きた。
だから、人々はより安全な土地や環境を求めて領土をめぐる戦争を始めたのだ。
25年前に終わった戦争だけでは無い。この世界は非魔術師の発現以降、頻繁に争いを繰り返していたということだ。
そして繰り返し勃発する戦争の影響で教育を受けられる者も減り、政治や世の中への正しい知識を持たない人間が著しく増えた。
従って、文明は発展するどころか衰退してゆき、ますます非魔術師の生きづらい世の中が出来上がってしまう。そういう悪循環が世界中で起きていた」


あまりにも衝撃的な事実に息を飲んだ。
人間が魔力を使えるか使えないかなんて深く考えた事が無かったからだ。


「誰もが、状況を打開できる何かが欲しいと考えた。
そんな時に人々の心の拠り所となったのが『異界人が安寧をもたらす』という言い伝えだ。
しかし、喉から手が出るほど欲しい術式も、もうこの世に存在しない。しかし何か手がかりがあるはずだ。召喚術は確かに存在していたのだから。
世の中がそうやってあるはずのないものに血眼になっていた時、130年前のあの事件が起きた。
伏せたところでやはり嗅ぎつける者はいるのだな。人の欲というのは執念深いとつくづく思うよ」

王様は天井を仰ぎ、ため息をついた。

「あの時召喚術を発動した者たちは術式に関する書物など一切残してはいないのに、存在しないそれ・・を巡ってついに約60年前、世界大戦が起きた」

確かこの戦争で当時の王、つまり王様のお父さんが亡くなったんだ…。

それから少なくとも25年間戦争は起きていないけど、状況次第でいつでもその可能性はあるって事か。

もしそうなったら、ジルさんはどうなるんだろう。軍人だから戦いに参加しないといけないのかな。
絶対嫌だ。絶対戦争なんか起きないと信じたいけど、この世界の人たちは絶対なんて考えていないんだろうな。
今日は平和でも、明日どうなるかわからない。
そんな危うい歴史をついこの間まで刻んでいたから、今日を大事に精一杯生きているんだ。
なんとなく、今まで出会った人たちが皆明るくて優しい理由が分かった気がする。

「さて、話が長くなった。ここからが本題だ。これほどまで貴方に迷惑をかけておきながらこんな事を言うのは本来許されることでは無いと分かっている。
しかし、アキオ殿。恥を承知で頼みたい。
時計台の原因解明に、どうか協力してはくれないだろうか…!」

「ゼルコバ王…」

改めて頭を下げる王様と動揺する僕を、ジルさんが複雑そうにして見ている。

「無理にとは言わない。もちろん断ってくれても構わない。異界から来たアキオ殿にリスクが無いとは言い切れないからな。
もし断られたとしても、貴方は私たちが責任を持って守る。そこは安心して欲しい」

今王様はどんな顔をしているのだろう。
下を向いているから分からない。
でも、震えているその声を聞いたら、この人の心からの叫びに応えないという選択肢は無かった。

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