神は生贄に愛を宿す

丑三とき

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第一章:生贄

11.来訪者②

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「私はアマネといいます。もうご存知とは思いますが、異界から来て、生贄として幽閉されているところをフェンリスに助けられました」

「うんうんうん、聞いてる聞いてる~、人間に対しては平等・公平がモットーのフェンリスが、キミ一人のために通い妻のごとく毎日毎日塔の中で密会してたって」

「口を慎め、軽率な言葉を使うな。……アマネ、後ろを向け」

「うん」

 フェンリスがトトさんを一蹴し、寝癖でボサボサになった私の髪に櫛を入れた。つげ櫛のような柔らかさが地肌に心地いい。
 もつれた部分を丁寧に梳かしながら、昨日と同じように頭の高い位置で結んでくれた。

「で?  アマネ君、キミ元人間でいいんだよね?  それとも前の世界では神様だったりした?」

「え…何故ですか?」

 突然の問いにまごつくと、後ろからフェンリスが答えた。

「異術を持つ人間はただでさえ珍しい。通常は占星術を使えたり治癒力を高められたりとごく慎ましい能力のみで、自然現象を操れるのは神だけだ。アマネは昨日半神になった為そのような異術があっても不思議では無いが、それ以前から、塔に幽閉される前からこの能力を使っていたな?」

「どうして、それを」

「お前が攫われた、あの村の土地神に訊いた。あの村は大昔に豪雨によって一度消滅している。陽の神が土地神になってからは気候も安定しているが、日暈にちうんにより異界への扉が開いた日、あの日から再び雨が降り続け、村人の気が狂ったと土地神は言っていた」

 多分、私のせいだ。

——このままではいつまた町が消えるかわからない。
——忌々しい歴史を繰り返すのはもう御免だ。

 繰り返される村人の悲嘆や自分を取り巻く環境、混乱、憔悴が入り混じって、いつのまにか涙は流れなくなった。

ヒデリが続くこの土地では、雨天の続く村から生贄を攫ってくる習わしがある。あの土地の連日の雨も、お前が降らしていたのか?」

「たぶん、そうだと思う。怖くて怖くて、いつ殺されるか分からない恐怖で最初は涙が止まらなかった。泣かなくなってからは、雨はおさまったけれど」

「……すまない。嫌なことを思い出させた」

 あわや震えそうになる肩をフェンリスがさすってくれたおかげで、落ち着いて続きを話すことが出来た。

「ううん、大丈夫。あの村でのことは忘れてた。昨日泣いちゃうまで、すっかり忘れてた。それに、前の世界ではそんな力持ってなかったよ?  泣いたら雨が降るなんてそんな不思議なこと……。私はごくごく普通の平凡な人間だったし。だから最初は自分の力だと思わなくて」

「キミがごくごく普通の平凡な人間~??  そうは思わねぇけどなぁ。こっち側の匂いするよ?」

 じろじろ見ながら私のことをくんくんかぐトトさんの額をフェンリスが押して遠ざける。

「おい、近い」

 私はトトさんからの質問の意味がわからず問い返した。

「こっち側?」

「神々しい雰囲気ってコト」

「それは、半神になったからでは?」

「んん~、まぁ、そう言われればそうなんだけどな?  キミが本来持つフェロモン的な?」

「フェ、フェロモン……!?」

 神様にもフェロモンの概念とかあるんだ。だいぶ意外。そもそもフェロモンってなんだろ、匂いとか?  匂い…?  そういえば、私まだお風呂に入ってない……!  匂うのかな?
 腕などの匂いをかいで自分の身だしなみを懸念していると、フェンリスが記憶を呼び起こすように話し始めた。

「そうか……神社……。神の社を兄が継いだと言っていたな。アマネが社で生まれ育ったことと何か関係あるのだろうか」

 塔の中でフェンリスが狛犬に似て勇ましかったから、そんな話をした気がする。シベリアンハスキー時代のフェンリスも可愛かったな。今度あの姿になってもらって、ぎゅって抱き枕にさせて貰おうかな。

「ワオ、まじ?  アマネ君、社に住んでたの?」

「まあ……正確にはお社に住んでた訳じゃなくて、神社で神様にご奉仕する神職の家系に生まれたんです。でも兄が神社を継いだから、私は別に神職でもなんでも無いのですが」

「なるほどなるほど~。神の近くで生まれ育ち、神力に触れて生きてきたワケね。多分、世界と世界を渡る間にキミを取り巻く神力が増幅かなんかして、異術として現れたんだと思う。いやァ、世界は不思議だね~」

「そんなことが起こるのか?」

「あ……」

「どうしたアマネ?」

「いや、トトさんが言ってるの、正しいかもしれない、と思って……。私の生まれ育った神社ね、水の神様が祀られていたんだ。500年ほど前までは、雨乞い神事もしてたって言い伝えがあるの」

「ハイ的中~!  さすが俺~!  叡智の神バンザ~イ!」

 大学生の飲み会のようなノリで手をパチパチ叩きながら自身へ賞賛を贈るトトさん。フェンリスはそんなトトさんを不愉快そうに見やり、「もういいだろう。冷やかし終わったなら早く帰れ」と言った。

「人聞きが悪ぃな。冷やかしに来たんじゃねぇよ。お前がお熱の少年は一体どんな子か気になって見に来ただけじゃねえか!」

「それを冷やかしに来たと言うんだ」

 到底神様とは思えない二人の素朴な言い合いを聞いて、私の中でもうひとつ疑問が生まれた。

「あの、お二人には、私はいくつに見えているのでしょうか?」

 私からの素朴な疑問に、二人は顔を見合わせ考えながら言った。

「え?  ん~、十五、六?」

「違う。アマネは礼儀もなっているし見た目よりも精神が成熟している。もう少し上だろう、十七、八あたりか?」

「いやあんま変わんねぇじゃん」

 なるほど。昨日の祭壇でフェンリスが私のことを「少年」と言っていたのも、今日トトさんから何度か「少年」と呼ばれたのも、この世界ではアラサーも少年に含まれるのではなく、ただ単に私が幼く見えただけだったのか……。

「アマネ君?  どうした、メッチャどんよりしてんじゃん。なに?  フェンリスがなんか失礼な事言った?」

「!  俺なのか……?  アマネ、俺は何か無礼な発言をしただろうか」

 予想以上にあたふたするフェンリスを見て、トトさんは今にも吹き出しそうな楽しそうな顔をしている。私もちょっとキュンとしてしまったじゃないか。
 しかし可愛さに胸キュンしただけでは、この複雑な感情を拭うことはできなかった。

「確かに、いつまで経っても大学生や新入社員に間違われていたけど、流石にそんなに幼く見られてると思わなかった……。私、多分もう29歳にはなってると思う。塔の中にいたのがもっと長いなら、もう30歳くらいかもしれない。だからちょっと、複雑というか…」

「「………」」

 二人は固まって、しばらくまじまじ私の顔を穴が開くほど見つめた。無言の圧がすごかった。

「まじか。おぼこすぎだろアマネ君。俺天地がひっくり返っても信じらんねぇんだけど。嘘だよな?」

「う、嘘じゃないです!」

 確かに男性らしさや大人っぽさが皆無なのは自覚していた。父も三十代半ばまではバリバリに綺麗系男子を保っていたそうだし、母も小柄で可愛らしく、私が小学校に上がる頃まではよく学生に間違えられていた。保育園の帰りにスーパーに寄ると、「あらお姉ちゃんお手伝いして偉いわね~、年の離れた姉弟なのね~」と言われたこともあったそうな。

 そんな二人から生まれてきたものだから、私はいつまで経っても新入社員かインターンの学生に間違われ続けた。私よりも兄の方が悲惨だった。可愛い系で女装が似合ってしまうので、高校や大学では女装コンテストなる忌まわしいイベントに強制参加させられて計7年間優勝をかっさらってしまった。

 私は兄に「学校選びには命かけろ」とかなり厳しく躾けられていたので、地域一帯の高校・大学の文化祭参加し尽くすなど入念に調査し、女装コンテストなどという野蛮なイベントが無い学校を選び、できるだけマスクや伊達メガネを着けて生活していた。

 童顔なのは自覚していたけれど、それほどまで幼く見えるかね。

「……この世界の人間とは顔立ちが違う為、見当が付かなかった。人間にとって年齢は繊細な問題だと聞く。すまない。アマネ」

 この通りだ、と正座して頭を下げるフェンリスのことを横からトトさんが「ブフッ」と笑うのを気にも留めず、本当に心から反省しているようで、いつもキリッとしている眉尻が下がっている。

 もう…もうずるいって……二メートル以上タッパのある男が、怒られたワンちゃんみたいな顔するの、本当ずるいって。
 予想以上のへこみ具合を見せたフェンリスをよしよしわしゃわしゃしたくなる手を引っ込めた。

「顔立ちが違うなっていうのは分かってたから、思ったよりも幼く見えたことに驚いただけで、傷ついてないよ。ごめんね拗ねちゃって。フェンリスもそんなにへこまないで」

「アマネ、お前はやはり優しいんだな」

「優しくはないけど……んん~、じゃあ、後で獣体もふもふさせてくれたら許してあげる」

 私も少しトトさんみたく意地悪心が働いてしまい、条件のように望みを伝えてしまった。フェンリスは今しがたまで垂らしていた眉をキリリとあげ目を鋭く光らせ、

「好きなだけ触れ」

 と、得意げに言って見せた。

 
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