神は生贄に愛を宿す

丑三とき

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第二章:村人

20.ごめんなさい

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 昨日と同じく、社の向こうには何も無い広大な大地が広がっているように見えるけれど、石碑をくぐると町の風景が突如現れた。遠くには民家や畑が見える。

 フェンリスの話では人間からは神域を見ることができず、石碑のこちらは社もお庭も無く平地が広がっているように見えるらしい。

 
 左斜め下に目を落とすと、私の胸あたりほどの上背の男の子が目を瞑って手を合わせ、小さな声で何かを呟いていた。彼の服や栗色の髪の毛は濡れており、靴は泥が跳ねて汚れている。雨の中歩いてきたのだろう。

 私は持っていたもう一つの傘を彼の頭上にさした。

「濡れちゃうよ」

 男の子は驚いたように肩をビクッと跳ねさせ、こちらを見上げて目を見開いた。

「ア、アマ…アマネ様……!?」

 トトさんの言った通りだ。本当に「アマネ様」なんて呼ばれてるんだ…とか色々思うところはあるけれど、私を見た途端地面に跪こうとしたため、制止するのに必死になった。

「だ、だめだよ何してるの、汚れちゃう!」

 必死に説くと、屈めていた姿勢をゆっくり上げて直角にお辞儀をして言った。

「アマネ様、きのう、僕…もうしわけありません!  石をなげてしまって、ごめんなさい。僕、これから毎日おそなえもの持ってあやまりに来ます。だから、だから……」

 小さな体をさらに縮こまらせて震える姿に、私はやりきれない気持ちになった。

「ビリエル君、だったよね?  顔を上げて?  お願い。私を見て」

 私の呼びかけにしばらくはそのまま頭を下げていたビリエル君だったが、少しずつ顔を見せてくれた。

「怒ってないよ」

「え……」

 視線を不安定に泳がせたビリエル君から動揺した様子が伝わる。

「怒ってないからお家に帰ろう?  ほら、傘を持って?  濡れると風邪をひいちゃうから」

 ビリエル君は、手を震わせながら私から傘を受け取った。片手が自由になった私は、下げていた肩掛けカバンからタオルを取り出して彼の頬を拭った。

「アマネ様に、そんなこと、していただくのは!」

「いいからいいから」

 狼狽えるビリエル君を宥め、髪や顔の水滴を拭きあげる。そして頭をぽんぽんと撫でると、目には大粒の涙が溜まっていた。

「ビリエル君一人で来たの?」

「はい。アマネ様に、謝らなきゃって思って……僕、石投げただけじゃなくて、ひどいことを言ってしまったから!」

 子供の純粋な敵意と威嚇は、時に大人のそれもよりも恐ろしいことがある。昨日のビリエル君は何かに縋り付くように私へ「死んじゃえ」と咆哮を上げた。

 様々な感情がないまぜになった彼の叫び声を受けて、私には恐怖が芽生えたのを思い出す。
 
「……このお野菜、お家から持ってきたの?」

「はい。お父さんとお母さんと、家族みんなでそだてました。一番、きれいなのを持ってきました!  これからも毎日たくさん持ってきますから、どうか、ゆるしてください。本当にごめんなさい…ごめんなさい…!」

 堪えきれなかった涙が彼の目からこぼれ落ちた。

 この地で生まれ、今まで生きてきた彼の気持ちは私などに全て理解することはできない。でも、私が怒ってないから謝らないでくれと言ったって、ビリエル君は納得しないだろう。

 懺悔の行き先が迷子にしまったらそれこそやり切れない。私は彼のために何ができるか分からない。でも彼の懺悔を受け止めることが今私のやるべきことだと思った。

「もうしないって約束してくれる?」

「する!  します!  もうアマネ様にあんなこと……」

「ううん、私にじゃない。お父さんにもお母さんにも、友達にも、これから先、誰にも石を投げたり酷いこと言わないって約束できる?」

「……できます!  もう誰にもあんなことしません!  約束します!」

 彼のブルーの目から、ぽろぽろと我慢していたようにひっきりなしに涙が流れ出す。

「そっか。きちんと約束してくれるなら許してあげる。だからもう謝らなくて大丈夫だよ」

 昨日はキッと顔を強張らせて強がっていたけれど、本当はずっと泣きたかったのだと思う。子供らしくくしゃっと顔を歪めて声が掠れそうなほど泣き声を上げ続ける。

 よほど不安だったのだろう。ごめんなさいやありがとうございますを何度も何度も繰り返した。

 

 しばらくビリエルくんを見守り続けていると、日が沈み始めていることに気がつく。このまま一人で帰すのはどうしてもできなかった。

「ビリエル君。私が送って行くから今日はもう帰ろうか」

 そう呼びかけると、提げていたカバンの中に居た温もりが、モゾモゾと動き存在を主張し始めた。

 ……ビリエル君との話に夢中になっていて忘れてた。カバンの中にフェンリスを忍ばせて来たんだった。


 先ほど「私も行く」と言ったフェンリスだったが、人間の前に姿を現しても良いのか心配になって聞くと、バツの悪そうな顔をして豆柴サイズの獣体に変身した。そしてドスの効いた低い声で「連れて行け」と言ってきたので、私はキュンキュンしながらカバンに忍び込ませたのである。

『アマネ、お前が帰る頃には日が暮れるぞ』

 人間には聞こえない"神の声"で抗議してきた彼に心の中で「ごめんなさい」と頭を下げ、地面に置かれていた野菜を拾い上げてカバンの中に仕舞う。

『冷たい……』

 とションボリした声を出すフェンリスに「本当にごめんなさい」と再び心の中で謝り、話を続ける。

「ビリエル君のお家はどこ?」

「あの集落です」

 彼はここから見える一番近くの集落を指差した。あのくらいの距離ならフェンリスも許してくれるだろう。

「案内してくれる?」

「でも……」

「一人じゃ心配だから。お願い、送らせて?」

「……ありがとう、ございます…!」

 カバンの中で、フェンリスのため息が聞こえた。

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