神は生贄に愛を宿す

丑三とき

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第二章:村人

21.家族

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 ポツポツと傘に降る雨をBGMに、私たちはビリエル君のお家を目指して歩く。

 聞くところによると、彼は八歳。
 雨が降らないこの地において、水は山の中に入って川まで汲みに行く必要があるそうで、彼は毎日家と山を往復しているとのことだった。

 そして昨日のことで両親からとても怒られてしまい、お母さんに至っては「祟りが来る」と怯えきって心労をきたし寝込んでしまっているらしい。

「それでなんとかしなきゃと思って、謝りに来てくれたんだね。ありがとう。でも安心して。神様からの祟りなんてないよ」

「ほんとうですか…?  それなら、悪霊もどこかへいきますか!?」

「悪霊?」

「僕んちの畑、よく悪霊がつくんです。それで今年もいくつかの植物が病気になっちゃったんです。いくら肥料をあげても治らなくて、枯れちゃった……それだけじゃなくて、今まで元気だった葉っぱにも何日か前から悪霊がついてしまって、このままだと一気に病気が広がっちゃうんです。そうなったら、きっと僕のせいだ。僕があんな悪いことしたから。だから、そうならないようにお祈りに……」

 終始俯いて"悪霊"に怯える様子のビリエル君。この世界の常識が分からなくて、本当にそういう霊がいるのか、はたまた作物の病気が悪霊によるものだと信じられているのか分からず考えあぐねていると、フェンリスが答えを出した。

『植物の病気は環境と状況が生み出したものだ。悪霊なんてものは存在しない』

 なるほど。ということは、日照りが続いていたことが関係あるのかな。私もガーデニングは実家でもアパートでも趣味でやっていたけど、専門家ほどの知識は無い。
 役に立てることは無いかもしれない。でも、もし何か少しでも役に立つ知識があれば……。

「その畑、どんな感じか見せてもらってもいいかな?」

「うちの畑を、ですか?」

「うん。ビリエル君がどんなお野菜作っているのか見たいな」

「もちろんです!  アマネ様に見てもらったら、悪霊もどこかへ行くかも!」

 おそらく期待には応えられないけれど、彼の笑った顔が見れたのが嬉しくて自然と私も笑顔になる。



 夕焼けの中をもうしばらく歩き、ある民家の前でビリエル君が声を発した。

「ここです、アマネ様!  おくってくれて、ありがとうございました。畑、すきなだけ見て…」

「こらビリエル!  何処へ行っていた!」

 家の中から出てきた三~四十代くらいの男性は、私を見るなり膝をついた。

「アマネ様!?  何故ここへ……申し訳ございません!  この愚息が無礼を働いたばかりに!!」

「あ、あの、頭を上げてください……」

「いえ……ビリエルだけじゃない。俺も、家内も、村の人間全員が、生贄であったあなた様に対して酷いことを……。命を尽くしてお詫び申し上げます!  だから、だからビリエルの命だけは」

「お、怒ってないですから!  ひとつも怒ったり責めたりしませんから。大切な命をどうこうなんて、思ってませんから……だから頭を上げてください」

 彼は信じられないといった表情で私を見上げた。

「私がもし皆さんの立場であったなら、同じようにすると思います。たまたま私が生贄に選ばれ、たまたまこうして半神となっていますが、私には何も言えません。だから謝らないでください。お願いします」

「ア、アマネ様……」

「父ちゃん、アマネ様は僕のことも許してくれたんだ。もう誰にも石を投げたり、ひどいことを言わないって約束したの。そしたら許してくれた。だから父ちゃんも一緒に約束しよう?  もう誰にも酷いことしないって約束しよう?」

 ビリエル君は小さな手で必死に父親の肩を掴み、必死に声を上げる。

「生きて行くには、土地が滅びぬためには生贄を捧げねばならないと生まれた時から伝えられてきた。……だが、土地神様は贄など要らぬと仰せられた! この耳で確かに聞いた!  アマネ様、土地神様は本当に贄を必要としておられないのでしょうか?  あなた様が半神になられたことで新たに贄が必要なら、俺が…」

「父ちゃん!」

「俺だけじゃない!  皆そう言ってる!  皆、生贄儀礼を見たのは昨日が初めてだ。最初は『これで百年間はこの土地は安泰だ』と安堵した。でも実際に生贄をこの目で見ると、これでいいのかと疑問に思った。罪のない人間の命を他者が勝手に神に捧げるなど、許されることなのかと疑問に思った。でも同時に、俺はあの時あなた様に早く生贄としての義務を果たしてほしいとも確かに思ってしまった…!  結果的に命が奪われることは無かったが、あの時の罪悪感は間違いなくこの土地のみんなが持っている。本当に、本当に、申し訳ございませんでした……!」

 私がもし彼の立場なら、ここまで勇敢に言えただろうか。自分の行いを反省する気持ちを正直に伝えることができただろうか。

 私が思っているより彼らは強いのかもしれない。

「ありがとうございます。その言葉だけで充分ですから、もう謝らないでください。
 謝る代わりに、百年先まで伝えてくだい。土地神は生贄を必要としていません。生贄など無くても神はこの土地を滅ぼしません。本当です。私も声を上げ続けますから、一緒に頑張りましょう。もう犠牲になる人が出ないように、伝え続けましょう」

 彼は信じられないというような表情で、でも確かに期待に溢れた表情で、涙を流した。

「アマネ様……アマネ様!  ありがとうございます!  ありがとうございます!!」

 手を合わせて子供のように泣くその姿は、ビリエル君によく似ていた。

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