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#17 魔法少女の涙
第9話 刮眼せよ
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「なに? なにが起こっているのぉぉぉ、なんなのよぉぉぉ」
気が付いてみれば、どこかしらの道を周囲の流れに沿って車を走らせている美津子です。そこまでどのような道順でどこを曲がって来たのか、さっぱり記憶が無く、それでも一応帰巣本能のようなものが自宅のある方向へと導いているようです。車は左右に小さく揺れていますが、それは緊張と恐怖のあまり、ハンドルを握る手が震えているからでしょう。でもそこは高級車、美津子の動揺など打ち消すように自動車自身が走行車線を死守している最中でもあります。
ところで、車が例の山中から抜け、開けた通りに出てから30分以上が経過しています。よって、「なにが起こっているのぉぉぉ」という現在進行形ではなく、「なにが起こったのか」という過去の出来事になるでしょう。これは動揺と息切れ目眩などで時間感覚がイカレテしまった美津子ですが、落ち着いた世間に馴染むにつれ冷静さを取り戻す、または創生したことによって例の出来事を振り返る余裕が持てるようになったからでしょう。
あの人影は(人影ではなく光を帯びていたタカです)……なんであんなところに(迷子にならなければ)……なんで私があんな目に(貴女しか居なかったから)……などなど、断片的な記憶が、巣から飛び出すモグラのように現れては消えて行きます。そしてどれもこれも美津子とっては答えようのない難問ばかりで納得できるような決定打に欠けています。しかし、
「車! 後ろ! なにか当たったわよね」
と、確かな手応えを感じつつも、次第に怒りのようなものが噴出してくる美津子です。なにせ身の丈に合わない高級車、その修理代も高級なものなのでしょう。それを考えるとますます身震いのような、せっかく収まった蛇行が振り返しです。ですが、車を止めてまで後部を確認しようとは思えなかったようです。それは、……そうですね、直に見たらショックを受けるかもしれないという警戒心もありましたが、それよりも怖かったので一刻も早くあそこから離れたいという一心だったからかもしれません。
そんなモヤモヤを抱えながら、ふと、あることが頭に浮かんで来たのです。それは、あの恐怖、この気持ち、あっちの夜景を瞼の裏で感じながら、何やら訴えてくるような声がどこからか聞こえたような気のせいのような……いいえ、これは確かな手応え、新米記者だった頃のワクワク感が美津子の小さな胸をドキンコ・ドキンコと打ち鳴らしたようです。そしてその時、自宅まで目前というところまで戻って来た時です。つまりそこは自分の領域、勝手知りたる縄張り、という安心感からか、自分が経験した出来事を記事にしようと思い付きました。それはきっと、「あっと驚く何か」に違いない。それをバンバンすれば私の評価は急上昇、あの空さえ超えることが出来る……はず。どうしてこんな逸材が眠っていたのだろうか、どうして気が付かなかったのだろうかと、後悔、懺悔、金塊の雨あられでしょう、という夢物語が美津子の欲望を、いいえ、全てを支配し始めました。——しかし……です。
そんな夢のような出来事を証明する手立てがありません。これでは100万の文字をぶん投げても誰も信じない嘘っぱち、ホラ吹き美津子として断罪されるだけでしょう。よって、膨らみすぎた風船がパチンッと一瞬で萎んでしまうように悲しさで一杯の美津子です、思わず車のアクセルを緩め、今にも泣きそうな顔と涙が出そうで出ない目頭を擦りながら——自宅に到着、無事に帰還です。
アツアツのカップ麺を流しに落としたあの時のように、力無く車を降りようとドアを開けると、——「おっと、待ちなさい。私を誰だと思っているのかね、お嬢さん」という空耳が聞こえたような気がした美津子です。私の運命は、人生はもう終わったのかも、という投げやりな気持ちとは裏腹に、縋るものがあれば何だって掴んでやる、という下心が幻聴を誘った、のかもしれません。そして辺りをキョロキョロすると——ありました、核心に迫る証拠、それは高級車だからこそ標準装備されていたドライブレコーダー。それが過去を映し出す、いいえ、不正を暴く正義の鍵として美津子の懐に飛び込んで参りました。それさえあれば、これを世間に公表することによって、あの、訳の分からない異星人も地球から退散して行くことでしょう。勝った、地球人は勝ったのだ、と細く笑む美津子、転びそうになりながら自室のある部屋へと真っしぐら、「善は急げ」です。
◇
涼しげな風が頬を撫で、真っ暗な山中に月の明かりがニョキニョキと顔を覗かせ始めた頃、タカ・トビ・ワカの三人は互いの顔を見ながら、特にトビは額に汗を滲ませながら、起きてしまった出来事を思い返します。一層のこと、何も無かった事にしたいところですが、自分だけでなく他の二人が生き証人とし存在している以上、それは叶わぬ夢と悟るしかありません。ああ~、無念のトビです。
「冷えて来た、帰ろうぜ」
タカが何事も無かったように言い放します。それは、ただここに来て、それで帰るだけの、本当に何も無かったのだと都合よく記憶を切り抜く、そんなタカを羨ましくも思えたトビ。何も言わない、少しだけ賢いワカが、「お前、なにそんなところで立っているんだよ」と、ただの背中が今だけは雄弁に語っているような、そんな三人三様で、少し離れた場所に止めてある車に向かって歩き出しました。そうして帰りの道中、ばかの一つも言わず、それはまるでお通夜ようでもあり、更に三人が別れるまでそれは続いたそうです。
ですが……そうです、それぞれの自宅に戻った三人のうちトビだけが落ち着かず、それを紛らわせようとネットの世界をジャブジャブと泳ぎ回っていると、——大変だぁぁぁ、旦那ぁぁぁ! です。なんと、偶然にも再生回数ゼロの動画、ええ、それは美津子が投稿したトビ主演の大捕物帳を見つけてしまったのです。それは運命に導かれたのか、それとも宿命か、といったところでしょうか。普段、動画の投稿などしたことのない美津子が、手っ取り早く世間に、全世界に公表しようとドライブレコーダーの映像を「会心の一撃」のように放った代物です。ですが、そう、「投稿したことのない」ということは、全く世間から、全世界からその存在が疑われる、いいえ、全く関心を寄せられることなく、世界の隅っこで小さな点にもならない極小の……存在しないのとほぼ同義のことでしょう。それを見つけてしまったトビは逃れられない「何か」に襲われた気分になったようです。
勿論、そんな重荷を一人で抱えられるはずもありません。早速、モシモシコールです。すると——、
「ああぁ、それで」
タカの間延びした声で癒された……なわけはありません。次に、唯一の心の友、こんな時は頼りになる奴だと見込んでいるワカにモシモーシすると、
「なんだ、そんなことで……」
心のすれ違い、「あぁ、無情」を感じた瞬間のトビです。しかし、自分以外、大して反応を示さないのは、——これはそんなに騒ぎ立てることじゃない、と思うようになったようです。それで心を落ち着かせて動画を見直すと……、なんだ、確かに大したことじゃない。真っ暗な画面に光がボーッと見えては消え、その先が車だと知らなければ、何が何だか、の動画です。これを誰かが見たとしても何のことだかサッパリ、悪戯にしても程度が低すぎて、おかしくもなんともない、という印象しか持てないでしょう。それが落ち着きを取り戻し、冷静に判断したトビの結論です。ところが——です。
「はあぁ、それって、……非常にマズイ、かも、かも!」
暫くして掛かって来たタカからの電話、その悲痛な叫びのような、怒りと絶望が混在した声にタダならぬ妖気を感じたトビは眠気がどこかに吹っ飛んでいくような、そんな目眩にも似た症状に襲われた、または寝込みを襲われたウサギの気分になったようです。そして、勿論、緊急招集が掛かりました、全員集合です。
◇
気が付いてみれば、どこかしらの道を周囲の流れに沿って車を走らせている美津子です。そこまでどのような道順でどこを曲がって来たのか、さっぱり記憶が無く、それでも一応帰巣本能のようなものが自宅のある方向へと導いているようです。車は左右に小さく揺れていますが、それは緊張と恐怖のあまり、ハンドルを握る手が震えているからでしょう。でもそこは高級車、美津子の動揺など打ち消すように自動車自身が走行車線を死守している最中でもあります。
ところで、車が例の山中から抜け、開けた通りに出てから30分以上が経過しています。よって、「なにが起こっているのぉぉぉ」という現在進行形ではなく、「なにが起こったのか」という過去の出来事になるでしょう。これは動揺と息切れ目眩などで時間感覚がイカレテしまった美津子ですが、落ち着いた世間に馴染むにつれ冷静さを取り戻す、または創生したことによって例の出来事を振り返る余裕が持てるようになったからでしょう。
あの人影は(人影ではなく光を帯びていたタカです)……なんであんなところに(迷子にならなければ)……なんで私があんな目に(貴女しか居なかったから)……などなど、断片的な記憶が、巣から飛び出すモグラのように現れては消えて行きます。そしてどれもこれも美津子とっては答えようのない難問ばかりで納得できるような決定打に欠けています。しかし、
「車! 後ろ! なにか当たったわよね」
と、確かな手応えを感じつつも、次第に怒りのようなものが噴出してくる美津子です。なにせ身の丈に合わない高級車、その修理代も高級なものなのでしょう。それを考えるとますます身震いのような、せっかく収まった蛇行が振り返しです。ですが、車を止めてまで後部を確認しようとは思えなかったようです。それは、……そうですね、直に見たらショックを受けるかもしれないという警戒心もありましたが、それよりも怖かったので一刻も早くあそこから離れたいという一心だったからかもしれません。
そんなモヤモヤを抱えながら、ふと、あることが頭に浮かんで来たのです。それは、あの恐怖、この気持ち、あっちの夜景を瞼の裏で感じながら、何やら訴えてくるような声がどこからか聞こえたような気のせいのような……いいえ、これは確かな手応え、新米記者だった頃のワクワク感が美津子の小さな胸をドキンコ・ドキンコと打ち鳴らしたようです。そしてその時、自宅まで目前というところまで戻って来た時です。つまりそこは自分の領域、勝手知りたる縄張り、という安心感からか、自分が経験した出来事を記事にしようと思い付きました。それはきっと、「あっと驚く何か」に違いない。それをバンバンすれば私の評価は急上昇、あの空さえ超えることが出来る……はず。どうしてこんな逸材が眠っていたのだろうか、どうして気が付かなかったのだろうかと、後悔、懺悔、金塊の雨あられでしょう、という夢物語が美津子の欲望を、いいえ、全てを支配し始めました。——しかし……です。
そんな夢のような出来事を証明する手立てがありません。これでは100万の文字をぶん投げても誰も信じない嘘っぱち、ホラ吹き美津子として断罪されるだけでしょう。よって、膨らみすぎた風船がパチンッと一瞬で萎んでしまうように悲しさで一杯の美津子です、思わず車のアクセルを緩め、今にも泣きそうな顔と涙が出そうで出ない目頭を擦りながら——自宅に到着、無事に帰還です。
アツアツのカップ麺を流しに落としたあの時のように、力無く車を降りようとドアを開けると、——「おっと、待ちなさい。私を誰だと思っているのかね、お嬢さん」という空耳が聞こえたような気がした美津子です。私の運命は、人生はもう終わったのかも、という投げやりな気持ちとは裏腹に、縋るものがあれば何だって掴んでやる、という下心が幻聴を誘った、のかもしれません。そして辺りをキョロキョロすると——ありました、核心に迫る証拠、それは高級車だからこそ標準装備されていたドライブレコーダー。それが過去を映し出す、いいえ、不正を暴く正義の鍵として美津子の懐に飛び込んで参りました。それさえあれば、これを世間に公表することによって、あの、訳の分からない異星人も地球から退散して行くことでしょう。勝った、地球人は勝ったのだ、と細く笑む美津子、転びそうになりながら自室のある部屋へと真っしぐら、「善は急げ」です。
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涼しげな風が頬を撫で、真っ暗な山中に月の明かりがニョキニョキと顔を覗かせ始めた頃、タカ・トビ・ワカの三人は互いの顔を見ながら、特にトビは額に汗を滲ませながら、起きてしまった出来事を思い返します。一層のこと、何も無かった事にしたいところですが、自分だけでなく他の二人が生き証人とし存在している以上、それは叶わぬ夢と悟るしかありません。ああ~、無念のトビです。
「冷えて来た、帰ろうぜ」
タカが何事も無かったように言い放します。それは、ただここに来て、それで帰るだけの、本当に何も無かったのだと都合よく記憶を切り抜く、そんなタカを羨ましくも思えたトビ。何も言わない、少しだけ賢いワカが、「お前、なにそんなところで立っているんだよ」と、ただの背中が今だけは雄弁に語っているような、そんな三人三様で、少し離れた場所に止めてある車に向かって歩き出しました。そうして帰りの道中、ばかの一つも言わず、それはまるでお通夜ようでもあり、更に三人が別れるまでそれは続いたそうです。
ですが……そうです、それぞれの自宅に戻った三人のうちトビだけが落ち着かず、それを紛らわせようとネットの世界をジャブジャブと泳ぎ回っていると、——大変だぁぁぁ、旦那ぁぁぁ! です。なんと、偶然にも再生回数ゼロの動画、ええ、それは美津子が投稿したトビ主演の大捕物帳を見つけてしまったのです。それは運命に導かれたのか、それとも宿命か、といったところでしょうか。普段、動画の投稿などしたことのない美津子が、手っ取り早く世間に、全世界に公表しようとドライブレコーダーの映像を「会心の一撃」のように放った代物です。ですが、そう、「投稿したことのない」ということは、全く世間から、全世界からその存在が疑われる、いいえ、全く関心を寄せられることなく、世界の隅っこで小さな点にもならない極小の……存在しないのとほぼ同義のことでしょう。それを見つけてしまったトビは逃れられない「何か」に襲われた気分になったようです。
勿論、そんな重荷を一人で抱えられるはずもありません。早速、モシモシコールです。すると——、
「ああぁ、それで」
タカの間延びした声で癒された……なわけはありません。次に、唯一の心の友、こんな時は頼りになる奴だと見込んでいるワカにモシモーシすると、
「なんだ、そんなことで……」
心のすれ違い、「あぁ、無情」を感じた瞬間のトビです。しかし、自分以外、大して反応を示さないのは、——これはそんなに騒ぎ立てることじゃない、と思うようになったようです。それで心を落ち着かせて動画を見直すと……、なんだ、確かに大したことじゃない。真っ暗な画面に光がボーッと見えては消え、その先が車だと知らなければ、何が何だか、の動画です。これを誰かが見たとしても何のことだかサッパリ、悪戯にしても程度が低すぎて、おかしくもなんともない、という印象しか持てないでしょう。それが落ち着きを取り戻し、冷静に判断したトビの結論です。ところが——です。
「はあぁ、それって、……非常にマズイ、かも、かも!」
暫くして掛かって来たタカからの電話、その悲痛な叫びのような、怒りと絶望が混在した声にタダならぬ妖気を感じたトビは眠気がどこかに吹っ飛んでいくような、そんな目眩にも似た症状に襲われた、または寝込みを襲われたウサギの気分になったようです。そして、勿論、緊急招集が掛かりました、全員集合です。
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