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#1 中世 イリア編
#1.2 根性曲げずに膝曲げろ (3/3)
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屋根裏部屋で一人作戦会議。
さて、俺。どうする? このまま、1年間ここにいる? それは嫌だ。さっさと、この異世界からおさらばする。パスポートをイリアに取られ不可能。ここの窓から身投げして死ぬ。そういえば、異世界で死んだらどうなるんだ?
旅行社のお姉さんは言っていた。
異世界には必ず旅行社が存在する。それはどこですかと聞くと、分かる場所にあると。それを探すのも旅行の醍醐味ですよと。なんか騙されている気がする。
旅行社といえば、あの事を思い出すと胸が苦しくなる。受付が終わった時、”待ち時間が”とか言っていたが、そんなに掛からないだろうと思っていた。受付から更に奥に進むと、既にそこから順番待ちの行列だ。確かに、これじゃあ、1時間は掛かりそうだと納得した。その行列の並ぶ長い廊下は、雰囲気を出すためか、宇宙船の通路のようになっていた。ただ、この待ち行列は俺にとって、別の意味で苦痛だった。また旅行社を利用するのは、ちょっと考えてしまうほどだ。
何が苦痛かというと、その行列の内容にあった。最初は、”ああ、混んでるな”くらいしか思っていなかったが、よく見ると、一人で来ているのは俺しかいなかったことだ。どこを見てもカップル、カップル。中には女の子同士や、男同士というものもあった。金曜日の夜に、こんな所に来るものなのか? 気を晴らす目的で来た俺にとって、デートコースになっているここは、まさに、独り者には地獄だった。
並んでいる間、話す相手もいない。他人の会話を聞かされるボッチの俺は、リヤ充のリアクション全てが苦痛だった。それが狭い空間で跳ね返り、増幅されているように感じた。
更に、最後のトドメは、やっと俺の順番が巡って来た時だ。地下鉄のホームのような場所に行き着くと、ジェットコースターみたいのが並んでいる。どうやら、これに乗るらしい。7両編成で、1両に二人づつ、前から順番に乗り込んでいくと、最後の7両目が俺なった。
そのジェットコースターに乗ると、安全バーがある。何か、こう、もっと違うものを想像していただけに、遊園地並みの感じに、少しがっかりしていた。まさか、これで移動しながら異世界の映像を見せるだけだったら、誇大広告、いや詐欺じゃないかと思った。おまけに最後尾だと、前方の、幸せワクワク全開オーラが、俺に激しく襲いかかってくるじゃないか。
スタッフが各車両を確認し終えると、笑顔で”いってらっしゃい”と手を振っている。動き出したジェットコースターは、暗い空間をゆっくりと登り、なんだか知らない期待も上げているのだろう。とりあえず、目の前のバーを握り、そしてジェットコースターは期待通りに、降下を始める。結構な勢いで右だ左だと曲がりながら、その度に歓声が聞こえてくる。そりゃー楽しいだろうね、誰かと一緒なら。
ジェットコースターの速度が落ち始めると、それに合わせるように、照明も暗くなっていく。そして、停止すると完全な暗闇になり、前の人も見えなくなってしまった。さあ、これでまた、勢い良く降下するんだろうと思っていた……
急降下。と言うより、落ちていると思った。その時、ガチャと音がして体を支えていたバーが解除されてしまった。真っ暗で何も見えなかったけれど、多分、コースーターから投げ出されたと思う。きっと、どこかの壁か床にぶつかる。俺は、半狂乱というものを、この時、初めて知ったのかも知れない。自分でも恥ずかしくなるほど、叫んだ。
そうして気がつくと、俺は異世界でカボチャを持って立っていた。
その時の恐怖が勝手に再生され、何故か立ち上がって、深呼吸の体操を始めた。落ち着いた後、上着のポケットに手を入れると、何やら封筒が、あるじゃないか。そう、これは旅行社から貰った明細書だ。ご丁寧にも封筒に入れてくれていた。
中身を確認すると、”基本能力券”が出てきた。そういえば、タダで付けてもらった特典だ。今こそ有効活用しなければ。俺にどんな特殊能力があるんだい。”基本能力券”の裏に、その能力が事細かく書いてある……”異世界で普通に生活する能力”
たった、これだけである。たった、これだけだ。たった、これだけ。
教訓その3 タダのものほど後悔する。
窓から、栄光への脱出。これは逃亡ではない。別に断って外出すればいいだけだ。しかし、そうしないのは、ここが異世界だからだ。
◇
異世界の夜は早い。月明かりだけが頼りだ。誰もいない街を彷徨き回る。意外と安全そうだ。歩き回った甲斐あって、一軒の不審な店を発見。と言っても、そこだけ明かりがついていただけだ。さて、店の前に立ち、看板を確認する。全く文字が読めない。ふふ、俺には策がある。俺の着ているTシャツに旅行社の文字か書いてあるのさ。間違いない。ここのようだ。
「こんばんわ」
「いらっしゃませ。当店に御用ですか?」
俺は誇らしげに旅行社の明細書を見せた。
「これはユウキ様、当店のご利用、有り難う御座います。ご用向きは何でしょうか? 私はこの地区担当の”セリス”と申します」
ここもまた、通り名の様だ。
「次の異世界に移りたいんですが、出来ますよね」
「もちろんでごさいます。お客様がお望みなら」
「ああ、良かった。それじゃお願いします」
「それでは、パスポートを拝見してもよろしいですか?」
「あの、パスポートなんですが、ちょっと手元にないんですが」
取られたなんて、言えない。
「そうですか。お客様、大変申し訳ないのですが、パスポートを確認できませんと、お申し出をお受け出来ないことになっておりますので、パスポートをお持ちになって、再度ご来店いただけますでしょうか」
「そうしたいんですが、急ぎたいので、この明細書で確認できませんか?」
「申し訳ありません。パスポートにはお客様の情報が記憶されていますので、パスポート以外での確認は出来ないことになっています」
そうだよなー。
「もし、パスポートを紛失した場合はどうなりますか」
「紛失の場合は、残り時間が無くなるまで、この異世界に留まることになります。そして、残り時間が無くなった時点で無効となり、強制的に現実に戻ることになります」
ここで、ごねてもしょうがない。
「ここは、何時まで営業していますか」
「はい、ここは24時間営業となっています。旅行者の皆様に安心してお過ごし頂くため、年中無休で営業していますので、いつでもおいでください」
さて、俺。どうする? このまま、1年間ここにいる? それは嫌だ。さっさと、この異世界からおさらばする。パスポートをイリアに取られ不可能。ここの窓から身投げして死ぬ。そういえば、異世界で死んだらどうなるんだ?
旅行社のお姉さんは言っていた。
異世界には必ず旅行社が存在する。それはどこですかと聞くと、分かる場所にあると。それを探すのも旅行の醍醐味ですよと。なんか騙されている気がする。
旅行社といえば、あの事を思い出すと胸が苦しくなる。受付が終わった時、”待ち時間が”とか言っていたが、そんなに掛からないだろうと思っていた。受付から更に奥に進むと、既にそこから順番待ちの行列だ。確かに、これじゃあ、1時間は掛かりそうだと納得した。その行列の並ぶ長い廊下は、雰囲気を出すためか、宇宙船の通路のようになっていた。ただ、この待ち行列は俺にとって、別の意味で苦痛だった。また旅行社を利用するのは、ちょっと考えてしまうほどだ。
何が苦痛かというと、その行列の内容にあった。最初は、”ああ、混んでるな”くらいしか思っていなかったが、よく見ると、一人で来ているのは俺しかいなかったことだ。どこを見てもカップル、カップル。中には女の子同士や、男同士というものもあった。金曜日の夜に、こんな所に来るものなのか? 気を晴らす目的で来た俺にとって、デートコースになっているここは、まさに、独り者には地獄だった。
並んでいる間、話す相手もいない。他人の会話を聞かされるボッチの俺は、リヤ充のリアクション全てが苦痛だった。それが狭い空間で跳ね返り、増幅されているように感じた。
更に、最後のトドメは、やっと俺の順番が巡って来た時だ。地下鉄のホームのような場所に行き着くと、ジェットコースターみたいのが並んでいる。どうやら、これに乗るらしい。7両編成で、1両に二人づつ、前から順番に乗り込んでいくと、最後の7両目が俺なった。
そのジェットコースターに乗ると、安全バーがある。何か、こう、もっと違うものを想像していただけに、遊園地並みの感じに、少しがっかりしていた。まさか、これで移動しながら異世界の映像を見せるだけだったら、誇大広告、いや詐欺じゃないかと思った。おまけに最後尾だと、前方の、幸せワクワク全開オーラが、俺に激しく襲いかかってくるじゃないか。
スタッフが各車両を確認し終えると、笑顔で”いってらっしゃい”と手を振っている。動き出したジェットコースターは、暗い空間をゆっくりと登り、なんだか知らない期待も上げているのだろう。とりあえず、目の前のバーを握り、そしてジェットコースターは期待通りに、降下を始める。結構な勢いで右だ左だと曲がりながら、その度に歓声が聞こえてくる。そりゃー楽しいだろうね、誰かと一緒なら。
ジェットコースターの速度が落ち始めると、それに合わせるように、照明も暗くなっていく。そして、停止すると完全な暗闇になり、前の人も見えなくなってしまった。さあ、これでまた、勢い良く降下するんだろうと思っていた……
急降下。と言うより、落ちていると思った。その時、ガチャと音がして体を支えていたバーが解除されてしまった。真っ暗で何も見えなかったけれど、多分、コースーターから投げ出されたと思う。きっと、どこかの壁か床にぶつかる。俺は、半狂乱というものを、この時、初めて知ったのかも知れない。自分でも恥ずかしくなるほど、叫んだ。
そうして気がつくと、俺は異世界でカボチャを持って立っていた。
その時の恐怖が勝手に再生され、何故か立ち上がって、深呼吸の体操を始めた。落ち着いた後、上着のポケットに手を入れると、何やら封筒が、あるじゃないか。そう、これは旅行社から貰った明細書だ。ご丁寧にも封筒に入れてくれていた。
中身を確認すると、”基本能力券”が出てきた。そういえば、タダで付けてもらった特典だ。今こそ有効活用しなければ。俺にどんな特殊能力があるんだい。”基本能力券”の裏に、その能力が事細かく書いてある……”異世界で普通に生活する能力”
たった、これだけである。たった、これだけだ。たった、これだけ。
教訓その3 タダのものほど後悔する。
窓から、栄光への脱出。これは逃亡ではない。別に断って外出すればいいだけだ。しかし、そうしないのは、ここが異世界だからだ。
◇
異世界の夜は早い。月明かりだけが頼りだ。誰もいない街を彷徨き回る。意外と安全そうだ。歩き回った甲斐あって、一軒の不審な店を発見。と言っても、そこだけ明かりがついていただけだ。さて、店の前に立ち、看板を確認する。全く文字が読めない。ふふ、俺には策がある。俺の着ているTシャツに旅行社の文字か書いてあるのさ。間違いない。ここのようだ。
「こんばんわ」
「いらっしゃませ。当店に御用ですか?」
俺は誇らしげに旅行社の明細書を見せた。
「これはユウキ様、当店のご利用、有り難う御座います。ご用向きは何でしょうか? 私はこの地区担当の”セリス”と申します」
ここもまた、通り名の様だ。
「次の異世界に移りたいんですが、出来ますよね」
「もちろんでごさいます。お客様がお望みなら」
「ああ、良かった。それじゃお願いします」
「それでは、パスポートを拝見してもよろしいですか?」
「あの、パスポートなんですが、ちょっと手元にないんですが」
取られたなんて、言えない。
「そうですか。お客様、大変申し訳ないのですが、パスポートを確認できませんと、お申し出をお受け出来ないことになっておりますので、パスポートをお持ちになって、再度ご来店いただけますでしょうか」
「そうしたいんですが、急ぎたいので、この明細書で確認できませんか?」
「申し訳ありません。パスポートにはお客様の情報が記憶されていますので、パスポート以外での確認は出来ないことになっています」
そうだよなー。
「もし、パスポートを紛失した場合はどうなりますか」
「紛失の場合は、残り時間が無くなるまで、この異世界に留まることになります。そして、残り時間が無くなった時点で無効となり、強制的に現実に戻ることになります」
ここで、ごねてもしょうがない。
「ここは、何時まで営業していますか」
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