12☆ワールド征服旅行記

Tro

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#1 中世 イリア編

#1.3 限界を超える時 (1/3)

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屋根裏部屋で一人作戦会議 その2。
いい作戦を思いついた。イリアから旅行パスポートを取り返す。もう、夜も更けた。良い子の寝る時間はとっくに過ぎている。お母さんに叱られる時間だ。こっそりイリアの部屋に忍び込んで、寝ている隙に返してもらおう。

異世界で犯罪を犯したら、どうなるのか? 異世界なのだから、好き勝手やってもいいんじゃないか?

旅行社の人は言っていた。
その異世界の法律と現実の法律が適用されるので禁止されていると。何故、仮想の異世界に法律があるのといえば、その方が現実味があって、より旅行が楽しめるためと言っていた。

自分の物を取り戻すのは犯罪じゃないだろう。問題は、その方法、手段という訳だ。忍び込むというのは、確かに問題があるかもしれない。でも、部屋を間違えるってことは、あり得るだろう。うん、これだ。

風呂場に行くのにも迷ったくらいだ。充分、納得できる言い訳になった。これで、俺は無罪放免、間違いなしだ。もちろん、こんなことなってもいいようにと、イリアの部屋は確認済みだ。間違えようがない。おっと、これから間違えるんだ。


良い子は夢という異世界に出かけている時間。イリアは、どうだろう? まだ、起きているかもしれない。確認してこよう。

部屋の扉を少しだけ開ける。異常なし。視界良好。
廊下を進む。床が軋む音が少しする。問題ない。
階段を降りる。その先も異常なし。視界良好。
イリアの部屋まで廊下を進む。今の所、異常なし。視界良好。
イリアの部屋のドアが微かに開いている。幸運。
ドアの隙間を注意深く覗き込む。照明なし。準備良し。
このまま、作戦を続行する。

入れるだけドアを開く。軋む音が少しする。油を注しておけ。
低姿勢で部屋に侵入。成功、異常なし。
イリアの現在位置を探索。部屋の奥、窓際にヒット。
窓にはカーテンらしいものはなく、外の月明かりで視界良好だ。

イリアの状態。意識不明。寝息が聞こえたような錯覚。
ターゲットを探索。机、テーブル、不明な戸棚。発見ならず。
さて、どうしたものか。中身を確認する必要があるな。
ここが正念場と心得よう。

テーブル上の籠を捜索。該当なし。無念。
机の引き出しを解放…開かない。
指の力を解放。開いた。大きな音がした……ドキ、ドキ、ドキ、問題なし。
引き出しを探索。該当なし。無念。
戸棚の解放を試みる。これは立ち上がらないと、無理そう。

後方確認。現状は維持されている。問題なし。
戸棚の解放、解放、解放、解放、解放…

「ユウキ? そこで何してるの?」
「え? え? えーと」

心臓がオーバークロックしそうだ。

寝てたんじゃないのか? 演技か? 騙したのか? 知っていたのか? 言い訳が出てこない。なんだったっけ。

「まさか、部屋を間違えた、とか?」
「そー、そうだよ。参ったな。間違えちゃったよ」

「そこ、ドアじゃないから」
そんなの、知ってるよ。

「いや、ほら、似てるじゃないか、ドアに」
次はなんて言ってくる? 頭が真っ白で考えられない。

「ユウキは、異星人なの?」
「はあ?」

思ってもいない手で攻めてきた。どう返す? どう言い逃れする?

「ケンジは、別の星から来た異星人だって言ってたわ」
異星人? それを言うなら異世界人だろう。

「ああ、バレてたか」
「やっぱりね」

それ、納得しちゃうんだ。その線で行こう。

「僕は、星に帰らなくちゃいけないんだ」

「何しに、ここに来たの? 目的は?」
え! 目的。旅行なんだけど。

「この世界を守るためだよ、もちろん」
「同じね。ケンジもそう言っていたのよ」

考えることは、皆同じってわけか。

「だから、あれを返して欲しいんだ、けど」
何で ”だから” ってことになるかは、分からない。


沈黙が、痛い。

「ダメよ。約束だからね」
そうだよなー。

「そう、ですか」
撤退だ。さっさと戻ろう。

「ただし、せっかくだから、ユウキ。一度だけチャンスをあげるわ。これが欲しんでしょう?」

イリアはパスポートを手に、それを振って見せる。
持ってたのかよー。これじゃ、俺が来ることを予測してたってことだろう。

「これを、ここに置いておくから、そこから取れたら、返してあげるわ」

イリアはパスポートを自分の胸の◯◯に置いた。
ナンテコッタイ。あそこは、最強最適、難攻不落の要塞じゃないか!

「さあ、とってご覧なさい」

イリアの挑発は不気味だ。
月明かりを背景に、微笑んでいるのか、悪巧みの笑みなのか、多分、後者の、不敵な素顔で俺に迫る。別に、いいんじゃないか? 本人がいいって言っているわけだし。本人が良ければ、何も問題ないよな。
うん、問題ないよ。

「じゃあ、遠慮なく、取らせてもらうからね。いいよね?」
何度も確認しておこう。重要なことだ。

「いいわよ。言ったでしょう」
「それじゃあ、行きます…」

俺は手を、伸ばした。
しかし、壁に当たって、それ以上、手が伸びない。その壁は、ビクともしない。俺には超えられない壁だとでもいうのか? 今こそ、限界を超える時じゃないのか? 限界を超えろ! そしてその次の高みへ、俺は進むんだ!

「無理だ!ー、ごめんよ!ー」

俺は無我夢中でイリアの部屋を出て、廊下を走り、階段を駆け登り、自分の部屋のドアを力一杯、閉めた。


次の朝、顔を合わせづらい俺にイリアが耳元で囁いた。もし、本当にあれを取っていたら、その場でパスポートを破り捨てて、俺を追い出していたそうだ。
俺は賢明な判断をしたのだ。あれは壁なんかじゃなかった。俺の善良なる良心が、壁のように立ち塞がっていたんだ。有り難う、俺の良心。感謝。

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