12☆ワールド征服旅行記

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#8 近世 クミコ編

#8.2 極楽浄土 (2/2)

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日暮れと同時に、宿の入り口は閉められてしまう。これを開けるには、合言葉が必要となる。それも日替わりだ。

「山」
「男体山」

「湖」
「え! 湖? 琵琶湖」

「馬鹿野郎! 湖と言えば中禅寺湖だろう。寺」
「寺? 勝常寺」

「良し、入りなせい」
「ただいま」
「兄さん。次、間違えると罰金ですぜ」
「罰金?」

「そうでさ。ロック解除に代金が入用いりようで。それと、お連れの姉さんは、ラウンジにいまっせ」

「ロック? ラウンジ?」


ラウンジに行くと、巫女さんが二人、神主さんポイ人の三人?が奥の方にいた。3人? とは、何となくそれ以上いるような、いないような感じ。

「君。戻ったのか」
「お姉さん、その巫女姿は。それに、そのメガネ」

「私は、巫女になってしまった。このメガネは、”れい”の者が見えるように、グレードアップしてしまった」

「”れい”の者とは、霊ですか?」
「もちろんだ。君だけにしか見えないのは、何かと不便と思えてね」

「そちらの方々は?」
「ここの看板娘で受付嬢をしているヨーコさん。それと、派遣の神主さんだ」
「それで、何をされているのでしょうか?」
「私もよく看板娘と呼ばれるのだ」
「分かりました」
「分かってないね。ゴースト・クレーマーズに引導を渡しているところだ」
「ということは、ここに霊が一杯いるんですか?」
「君。見えていないのかね。それは残念だ」

「どうしてここに集まっているんですか?」

「ネット瓦版に募集をかけておいたのだ。極楽浄土行きを望む者は集まれとな。若干、関係ない霊も混ざっているが、ついでだ。まとめて面倒を見ている」

「そんなことで集まるんですか?」

「霊界のネットワークを侮ってはいかん。彼らには時間も空間も自由自在だ。それにここは、何か特別な場所のようだ。迷える魂が自然と集まってくる。私は、ゴースト・ストリートと名付けてしまった」

「それで、これが何の役に立つんですか?」

「分からないのかね。では、説明しよう。ゴースト・クレーマーズが減ると、ブラック・ドッグは暇になる。そうなると、ボッチの小娘のことだ。余計に勤めが減るというものだ。そして困った小娘が、キャンキャンと吠えまくるだろう。こうして小娘をあぶり出し、お縄に掛けるという寸法だ」

「なるほど」
「それで、世間話大好きなヨーコが霊を説得し、神主が払い、私が見送っているわけだ」
「すごいですね」
「驚くのはまだ早い。彼らから襲撃予定表を入手した。今夜が決行だ」
「随分と早いですね」

「ゴースト・クレーマーズが減っているからね。構成員がいるうちにと、功を焦っているのだよ」

「でも、ここで減らしていると」
「君。夕食にしよう」



午後11時の街道。街灯は無くても、月明かりだけで十分だ。それとも、夜目が利くようになったのか? 進化版の俺。

「お姉さん。例の小娘が来ますかね?」

「来る。多分。功を焦っているのは何もゴースト・クレーマーズだけではない。今日は時間が早い。他のブラック・ドッグを差し置いて来るだろう。そうでもしないと、手柄を立てるのは難しいからだ」

「でも、小娘が先に来るってことは、今夜ゴースト・クレーマーズが出るって、知っていないと出来ないですよね」

「多分、確かな情報源を持っているのだろう。でも、来てくれないと、君も困るだろう?」

「もちろんです。でも、来ても顔を知らないです。どうやって見分けます?」
「そんなことか。写真に撮ってあるから大丈夫だ」
「それを今、言うんですか?」
「さあ、来たぞ」

俺達は草場の陰に隠れ、ゴースト・クレーマーズが目の前を通り過ぎて行くのを、何となく見送る。今夜は月明かりで明るいせいか、俺には見えないが、お姉さんのメガネなら、くっきりはっきり見えていることだろう。おお怖。

「お前達。その先には行かせん」

「出ましたよ! お姉さん。あの小娘ですか?」
「確認中だ。ここからでは判別不能。至近距離で確認しよう」
「イエッサー」

俺達は街道に躍り出た。

「何奴! 私は悪霊退散組の者だ。公務の邪魔立てをする気か!」

「その気だ!。お姉さん! こいつですか?」
「……」
「お姉さん! こいつですか?」
「記憶に無い」

こんな時に、政治家の真似ですか? 仕方ない。本人に聞こう。

「お前は。俺達に見覚えはあるか?」
「何を訳のわからぬことを」
「見覚えはあるかのと、聞いている?」
「知らん!」
「イオナを返せ!」
「気が触れておるのか!」
「イオナを返せ!」
「問答無用!」

小娘が手を組み、お経のような呪文を唱え始めた。例によって、手元から黒い渦が湧き上がる。

「いでよ! 風の魔法! エイヤー」

俺の声は、暗闇に飲み込まれてしまった。

「君。退散だ」
「待ってください。このチャンスを逃したら、何時になるか分からない」
「無理は禁物だ。次はある!」
「写真を撮ってください。バシバシと!」
「その手があったか」

お姉さんはスマホの連写モードで小娘を撮り続ける。フラッシュが半端なく眩しい。

「なんだ! これは」

俺は、怯んだ小娘に突進し、両手を鷲掴みにした。

「離せ! 馬鹿者! 離せ!」
「離すか! イオナを返せ!」
「知らぬと言っているだろうが!」

さすがはブラック・ドッグの一員だけのことはある。俺は、足を払われ、一気に倒されてしまった。その俺の腕をがっしり掴んだお姉さんが、俺を引きずって走る。

「君。逃げるが勝ちだ」

どこかで同じような思いをしたような気がする、月夜の晩だった。



宿の喫茶室でお茶を飲む。

「今日はもう遅い。明日考えよう」
「有り難う御座います」
「遠慮するな。そのお茶も、君のおごりだ」
「どうりで、旨いはずだ」

「さて、寝よう。明日は明日の風が吹くだ」
「今夜は静かに寝てくださいね」
「もちろんだ。私は個室に替えて貰ったから、安心して寝たまえ」
「私は?」

「そうだ。私だけだ。君は経費節減するのだろう。君まで個室にしてしまっては迷惑と思って。そのままだ」

「お気遣い、有り難う御座います」
「礼には及ばん。さあ、日課をこなすぞ」
「頑張ってください」

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