#16 召喚士の涙

Tro

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9.召喚

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 心地よい陽の光が城内に様々な影を描き出した頃、その風情をぶち壊すかのように警報ラッパが響き渡る。こんな時は一にも二にもなく、国の軍事を総括する元帥の元に集合である。いったい何事かと思いきや、青ざめた顔の元帥を見た瞬間、全てを理解した——訳はなく、この時すでに大変な事態が起こっていたのだ。城のある首都は言うに及ばず、各地方にて一斉に武装蜂起が勃発、つまり内乱である。隣国からの自国防衛は想定していたが、国内でこのようなことが起きるとは、——考えればその兆候はかなり以前からあったようだ。

「おいっ! お前。お前のせいだぞ。なんとかせい」

 元帥と眼があった瞬間のお言葉である。『お前のせい』と言うのはいつもの台詞であるが、責任を逃れようとせんばかりの『なんとかせい』は……いつもの台詞である。そんな状況下において同僚の治安管理官が耳打ちしてきたものである。

「我々の耳に入ったということは、事態はかなり進行しているだろう。ここも危ないかもしれない」

「内乱とは、いったい誰が起こしているのだ?」

「隣国の奴らだ。我が国に労働者として入り込み、普段は何事もなく仕事をしていたが、隣国から命令が下ったのだろう。我が国を傘下に組み入れようと一斉に武装蜂起したようだ。ここ首都も例外ではない。お前も知っての通り、地方よりもその数は桁違いに多い。早く対処しないと、あとは時間の問題になる」

「お前、治安管理官にしてはどうも他人事だな」

「仕方なかろう。我が国には軍隊らしい軍は存在しないのだから。今から準備をしたところで、それらが纏まるのは全てが終わってからになるだろう。つまり手の打ちようがないことぐらい、お前も承知しているはずだ」

「そうはっきりと言われても。ところで我らの主君はどうしている? 元帥は当てにならんしな。主君に指示を仰ごう」

「主君は既にこの城を出ている。ここが攻められたら逃げようがないからな」

「事態はそこまで進んでいるのか。それにしても私たちは良いとして、国民に直接被害が出ている現状で主君が逃亡とは、……情けない」

「まあ、そう言うな。俺たちが残っているではないか。それに大臣たちもな……全員ではないが。……そうだ、例の召喚士に我が軍を召喚してもらう、というのはどうだ? 良い案だろう」

「我が軍だと? いないものをどうやって」

「だから『召喚』じゃないか。その辺の細かい事情は知らんが、うまくすればきっと。この状況を一気に逆転できるんじゃないか?」

「逸話によればだな、『悪しき召喚士』が大軍を持って国を滅ぼしたとあるのだぞ。それを、……」

「お前もあれを『悪しき』者とは思っていないのだろう。見ていれば分かる」

「それは……そうだが。しかし、万が一……でもないが、我が国に仇なす者たちが召喚されれば二重の、最悪の事態になるかもしれない。そうしたら一瞬で、……」

「普通、召喚した者の言うことは聞くのではないか? 確証はないが」

 治安管理官の予見が当たれば、一気に最悪の状況を打破することが可能かも知れない。更に『普通、~である』という言葉に弱い私は青年の元に走った。しかし案の定、快く頭を縦に振ってはくれない。だがここで押し問答をしている余裕はない。

「どうしても引き受けてくれないのか? お前さんにも親や兄妹がいるだろうに。今まさに命の危機に直面しているのにか。強情なやつめ」

「何度も言いますけど、出来ないものは出来ないのですよ。僕は大工ですよ。召喚士なんかじゃないんですよ。何度も言ってるじゃないですか」

「お前さんが大工だろうとなんだろうと、このさい関係はない。お前さんにしか出来ないことをやってくれと頼んでいる。これだけ言っても嫌なのか」

「嫌とかなんとかの問題じゃないんです。そこまで言われて、出来ることなら僕も力になりたいですよ。でも、何度も何度も言いますが僕は召喚士なんかじゃない。だから召喚なんか出来ないんです。いい加減、分かってください」

「そうか。どうしても協力は出来ないと言うのだな。分かった。それなら仕方がない。私はここで自決する」

「はあ? 自決って。それってまさか、……」

「そうだ。国民を守ることも出来ない私に生きている資格も価値も無い。国民に対して責任を取らねばならないからな。……ああ、勘違いするな。責任は私にあって、お前さんには責任は無い。心配するな、道連れにするつもりはないから安心しろ。これは政務官として当然の判断であり責務だ」

 正直に言えば、これは『その場の勢い』というものである。青年を説得する最終奥義のようなものであるが、早々に放ったものの、他に手立てがあったわけではない。言わば『心の叫び』と解釈するのが妥当であろう。

「はあ~。分かりましたよ、やりますよ」

「そうか。やってくれるか」

「但し、どうなっても……何も起こらなくても知りませんからね」

 やっと観念したのか、それともやる気になったのか。立ち姿から跪(ひざまつ)いた青年は両手を組むと眼を閉じてしまった。それは『祈って』いるようにも見えなくもない。

「それが召喚の儀式なのだな。私はてっきり降霊術のような、皆で手を繋ぎながら呪文でも唱えるものだと思ったが。どちらにしろ『呼び寄せる』には違いない」

「違いますよ。祈っているだけです」

「なにっ! そうか、神に祈りを捧げることで願いを叶えてもらうのか。……だが、『悪しき』となると神ではなく悪魔ということになるのか? それはちょっとまずいかも知れない。悪魔との契約は慎重に考えなければ取り返しのつかないことになりかねない」

「神ですよ。それも善良な神様。僕に出来ることはこれだけです。これで気が済みましたか?」

「そうか。後はお出ましになるのを待つだけ……。いかんっ! ここに大軍が押し寄せても意味がないではないか」

 私は青年を伴って城の最上階を目指した。軍師ではない私ではあるが、俯瞰すればどこに兵を配置すれば良いかくらい見当が着くのではないかとの考えである。

「さあ、青年よ。思う存分召喚してくれたまえ。あそことあそこに。それとあそこにもだ。……と、なると小隊ずつということになるのか。百万の軍となれば適当に配置しても大丈夫だろう。それと、出来るだけ生け取りにするのだ。これは戦争ではないのだからな。反乱を鎮めるためであるからそれで十分だろう。しかし、場合によっては……その時はその時だ」

「分かっていないようですが……。とりあえず祈っておきます」

 青年の祈りに応えた善良なる神が願いを聞き届け、我が国を救う神の兵士を、それも大量に派遣してくれることだろう。なにせ青年には三度の実績があるのだから……。まさか願いは三度までという制限がないことを祈っておこう。

 ところがである。待てど暮らせどなにも起こらない起きない。危惧していた回数制限が……との思いが過(よぎ)ったが、善良な神様がそんなケチくさいわけがない。たぶん、兵の調達に時間が掛かっているのだろう。

「青年よ、まだか?」

「それを聞きますか。(ブツブツ)信じるしかありませんよ。信じましょう、奇跡を」

「そうか、そうだな。だが私はこう見えて気が短いタチなのだ。そろそろ天から……そうだな、雲が、それも大きな雲だ。それが舞い降りて来る。そして地上に降臨。そこからわんさかと大量の兵士、それも神の兵士が現れる。そして反乱分子を片っ端から捕えていくのだ。それをここだけではなく国全体に広げていく・いけばこの内乱を抑えることができる、のではないか?」

「(ブツブツ)そうですか。ではそれを信じましょう。神に願いが届くようにと」

 ところがである。純白の雲が舞い降りてこない代わりに、騒ぎの起きていそうな場所一体が黒い円に覆われた。と思えば、そこから何かが湧き出ている? ような気がする・気がしたが、ここからでは遠くて、詳細どころか全くわからない。

「青年よ、あれがなにか見えるか?」

「無理ですよ。遠すぎますって。もっと近くでないと」

「無理か。……その無理は納得できそうだ。だが、……」

 私は思ったものである。鳥のようにあそこまで飛んで行き、何が起こっているのかこの眼で見てみたいと。私に天使の翼があればそれは可能なはずなのに、それは不可能というもの……いやいや、それも召喚すれば良いのでは、……

「青年よ、天使をここに召喚してはくれないか。それで現場に急行だ」

「はあ? またとんでもないことを。天使どころか悪魔だって呼べませんよ。……せいぜい、出来ることと言えば、祈ることと呆れた顔をあなたに向けることだけです」

「無理か。……だがその無理は納得できん。一緒に祈るからなんとかしてくれ」

「言っても無駄か。……はいはい、わかりました。では祈りますよ。……祈ってます」

 私は天使が舞い降り、混乱渦巻く地上まで私たちを運んでくれることを祈った。そして待ったが……雨が降りそうな雲行きになっただけである。もしかしたら祈る方角が間違っているのかも、と思い天を仰ぎ見ると……来た来た、天使が? と思いきや、確かに背中に翼はあるが、天使ではなく悪魔ではないのか? の様相。これは青年が天使を諦め、悪魔に魂を売ってしまったからではないのか。まさか、これで『悪しき召喚士』に目覚めてしまったとしたら、私はとんでもないことをしたのかもしれない。

 天から舞い降りた悪魔(この場合、落ちて来たと言った方が良いのではないか)は、私めがけて一直線、そして私を抱き抱えると一気に飛んだ、かと思えば地上に向けて滑空(この場合、落下していると言った方が良いかもしれない)。だが、青年は置いてきぼりである。

「ちょっと様子を見てくる。お前はそこにいてくれ」

「はあ? またとんでもないことを」

 なんであれ、地上に舞い降りた私が見たものは、地面が暗黒の穴のようになっており、そこから死者の兵士たちがゾロゾロと出てきたのだ。そして抵抗するものを容赦なく倒し、その勢いは首都の外に向かって広がり続けた。それが各地で起こり、数時間で反乱分子は壊滅。それにより我が国は救われ、その後、兵士たちは死者だからだろうか、日没と共に忽然と姿が消えたようだ。
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