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10.その後
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数日後、例の食堂で青年と会う機会があった。青年は既に解放されており、自由の身である。そして今は食堂のオヤジが、
「今日は英雄様のお越しだ。なんでも注文してください。国の危機を救った英雄からお代を取るような野暮はなしです。店の奢りです。存分に味わってください」
と、他の客にも聞こえるように大声をあげるほど、今や青年は時の人となっていた。青年が召喚士であったことは世間に知れ渡ったが、それはどうでも良いことであり、救国の英雄として扱われるようになったのだ。その青年と同席している私も、なにかと鼻が高い気分になったものである。
「またこうして君と一緒に食事が出来るようになるとは。全く人生というやつは先の分からないことばかりだ。でも、良いことに進んだのは喜ばしい限り。我が国の未来は明るいぞ」
「どうして僕が英雄扱いされるんでしょうかね。僕は何もしていないというのに。それに、誰も僕のことを見ていなかったじゃないですか。ある意味、恐ろしいことですよ。勝手に噂が広まって、実際の僕を誰も知らないなんて。これが悪い噂だったら今頃は……と思うと喜んでもいられませんよ」
「そう謙遜されるな。皆、苦しい時に救われれば、それを誰かに伝えたくなのは人情というものだ。私は君が間違いなく我が国を救ったと信じている。一番近くにいた私が言うのだ、間違いはない。君は英雄だ。あの時、我が国を放り投げてどこかに隠れてしまった誰かさんとは大違いである。ここは素直に喜んだ方が良いだろう。君のためにも、そして全ての国民のためにも」
「そんなもんですかね」
「そんなものだ」
こうしてお腹と心を十分満たした後、つい眠り込んでしまった私である。多分、今までの心労がポロリと抜け落ちたからだろう。気が付けば青年の姿はなく、先に帰ってしまったらしい。なので私も家路に着こうと席を立ったのだが、店主から食事代を請求されてしまった。どうやら店の奢りというのは英雄様だけだったようで、その付き人のような私には適用されないようである。
勘定を支払いながらふと、寝ていた時に見た夢を思い出した。それは例によって女性から料理を振る舞われるアレである。ここで実際に料理を食べておきながら夢の中でもご馳走を食べるなど、余程、空腹だったのだろうか。それはさておき、夢の展開はなんら変わることなく料理を食べるだけであった。勿論、食事中は無言であったのだが、唯一の違いは女性が一度も振り向くことなく部屋から出て行こうとしたことだろうか。いつもであればこちらの顔色を伺っていたものだ。そして……思い出すと、その時、「何も言わないんですね」と女性が言ったような気がした。
それが妙に気になった私の足は青年の家に向かっていた。そして家の前に立つと話し声が聞こえてきた。それも二人、青年と誰か……女性の声だろうか。楽しげな会話に聞こえたが、青年がしきりに「美味しい」という声の響きに、どこか無理があるように思えたのは気のせいだろうか。そう思った時、どうしてか夢の中で食べた料理の味を思い出してしまったのだ。それは……とても言い表すことのできないものであった、
——こうして私の話は終わりである。道の向こうでは青年と女性が仲睦まじく並んで立ち、私との別れを惜しんでいる。思えば結果として青年はお嫁さん(正確にはその候補)を召喚したことになるが、もし女性がこちらの世界に戻って来なければ……全て結果が指し示すように、こうなるように運命が定められていたのだろうか。もしかしたら女性の消失は青年を試す意味合いもあったのかもしれない。
母様曰く、一度召喚された者が戻ることはないそうだ。但し、例外として召喚士と双方の思いが通じれば奇跡も起きよう、というものであった。また、例の『悪しき召喚士』の逸話には正確さに欠けているところがあり、『悪しき』というのは近年になって付け加えられたものらしい。そして『国を滅ぼす』の『国』とは我が国を指しているとは限らないそうである。だが、召喚士がいる限り我が国は、なにがあっても起きても安泰であろう……しばらくは。
「今日は英雄様のお越しだ。なんでも注文してください。国の危機を救った英雄からお代を取るような野暮はなしです。店の奢りです。存分に味わってください」
と、他の客にも聞こえるように大声をあげるほど、今や青年は時の人となっていた。青年が召喚士であったことは世間に知れ渡ったが、それはどうでも良いことであり、救国の英雄として扱われるようになったのだ。その青年と同席している私も、なにかと鼻が高い気分になったものである。
「またこうして君と一緒に食事が出来るようになるとは。全く人生というやつは先の分からないことばかりだ。でも、良いことに進んだのは喜ばしい限り。我が国の未来は明るいぞ」
「どうして僕が英雄扱いされるんでしょうかね。僕は何もしていないというのに。それに、誰も僕のことを見ていなかったじゃないですか。ある意味、恐ろしいことですよ。勝手に噂が広まって、実際の僕を誰も知らないなんて。これが悪い噂だったら今頃は……と思うと喜んでもいられませんよ」
「そう謙遜されるな。皆、苦しい時に救われれば、それを誰かに伝えたくなのは人情というものだ。私は君が間違いなく我が国を救ったと信じている。一番近くにいた私が言うのだ、間違いはない。君は英雄だ。あの時、我が国を放り投げてどこかに隠れてしまった誰かさんとは大違いである。ここは素直に喜んだ方が良いだろう。君のためにも、そして全ての国民のためにも」
「そんなもんですかね」
「そんなものだ」
こうしてお腹と心を十分満たした後、つい眠り込んでしまった私である。多分、今までの心労がポロリと抜け落ちたからだろう。気が付けば青年の姿はなく、先に帰ってしまったらしい。なので私も家路に着こうと席を立ったのだが、店主から食事代を請求されてしまった。どうやら店の奢りというのは英雄様だけだったようで、その付き人のような私には適用されないようである。
勘定を支払いながらふと、寝ていた時に見た夢を思い出した。それは例によって女性から料理を振る舞われるアレである。ここで実際に料理を食べておきながら夢の中でもご馳走を食べるなど、余程、空腹だったのだろうか。それはさておき、夢の展開はなんら変わることなく料理を食べるだけであった。勿論、食事中は無言であったのだが、唯一の違いは女性が一度も振り向くことなく部屋から出て行こうとしたことだろうか。いつもであればこちらの顔色を伺っていたものだ。そして……思い出すと、その時、「何も言わないんですね」と女性が言ったような気がした。
それが妙に気になった私の足は青年の家に向かっていた。そして家の前に立つと話し声が聞こえてきた。それも二人、青年と誰か……女性の声だろうか。楽しげな会話に聞こえたが、青年がしきりに「美味しい」という声の響きに、どこか無理があるように思えたのは気のせいだろうか。そう思った時、どうしてか夢の中で食べた料理の味を思い出してしまったのだ。それは……とても言い表すことのできないものであった、
——こうして私の話は終わりである。道の向こうでは青年と女性が仲睦まじく並んで立ち、私との別れを惜しんでいる。思えば結果として青年はお嫁さん(正確にはその候補)を召喚したことになるが、もし女性がこちらの世界に戻って来なければ……全て結果が指し示すように、こうなるように運命が定められていたのだろうか。もしかしたら女性の消失は青年を試す意味合いもあったのかもしれない。
母様曰く、一度召喚された者が戻ることはないそうだ。但し、例外として召喚士と双方の思いが通じれば奇跡も起きよう、というものであった。また、例の『悪しき召喚士』の逸話には正確さに欠けているところがあり、『悪しき』というのは近年になって付け加えられたものらしい。そして『国を滅ぼす』の『国』とは我が国を指しているとは限らないそうである。だが、召喚士がいる限り我が国は、なにがあっても起きても安泰であろう……しばらくは。
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