勇者でも渡り人でもないけど異世界でロリコン魔族に溺愛されてます

サイカ

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ジークお兄ちゃんの存在

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「なん……で」

 ついさっきまで、いつも通りだったはずなのにーー


 この間はわたしの寝言のせいで不安にさせてしまったけど、それはその日確かに解決したはずだ。その証拠にその後はクシェル様も安定した様子で、翌日行われた吸血もいつも通り何の問題もなく、お互い笑顔で終えることができた。

 なのに、それから数日後。

 今日の吸血は初めから少しの違和感があった。

「血が飲みたい」と指を絡めてきた時のわたしを見つめるクシェル様のその表情は、いつものような甘く柔らかいものではなく、何処か硬く何やら覚悟めいたものを感じた。

 その時は気のせいかな?と、深くは考えなかったけどーー

 痛みを感じなくするための前準備も終え、いざクシェル様がわたしの首に牙を突き立てようとしたその時、二度目の違和感を覚えた。

「すまない」

 え?今、謝られた……?

 そして、その違和感が確信的なものになったのはーー

「こうするしかないんだ。すまない」
「へ?何をっ⁈」

 わたしの血を啜った直後のその口で、キスをされた時だった。

 普段のクシェル様ならこんなこと絶対にしない。わたしが血を見るのも嫌いだと知っているクシェル様は、吸血後はいつも直ぐに口を拭い水を飲み、極力わたしに血を見せないように配慮してくれる。
 血の残ったままの口でキスなんてもってのほかだ!

 なのにーー

「んっ!んん゛ーーっ!!」

 口の中に少しの塩分を含んだ鉄臭い液体が入ってくる。それも、クシェル様の口に残存していたわたしの血だけとは思えない濃さのものが次々と。
 つまりこれは、クシェル様の血だ。

 ま、まさか自らの舌を傷付けて、わざと出血させてる⁈

 それを想像しただけで、一瞬にして血の気が引く。
 そんなこと今すぐやめてほしくて、必死に抵抗するが、絡み合わされた手を引かれ、後頭部を押さえられ逃げられなくされてしまう。
 そして、血を纏った舌を喉元まで入れられ、更に奥へと血を流し込まれる。

 だ、ダメだ。これを飲んではいけない!これを飲んでしまったらきっと、取り返しのつかないことになってしまう。なんとなくそんな予感がした。
 恐らく、クシェル様はそれを望んでいるんだろうけど……今はまだーー

「やめろ!コハクが嫌がってるだろ……!!」

 わたしがキスを嫌がっていることに気付いたジークお兄ちゃんがクシェル様を引き剥がしてくれた。が、しかしーー

「ゴフっ!ゴホゴッぅ⁈……っぁああ゛あ゛!!」

 わたしはその助けを無駄にしてしまった。

 喉に絡んだ血が苦しくて思わず咳き込んでしまった。すると次は息が苦しくてーー気が付くと喉の奥に残っていたソレを飲み込んでしまっていた。

 熱いっ!熱い熱い熱い!喉の奥が、食道が焼けるように熱い!痛い!苦しい!まるで煮湯でも飲まされたかのようだ。

 い、息が、出来ない。

「コハ、ク?コハク!コハクっ!!」

 苦しくて、息をしたくて、必死に口の中のものを飲み込む。すると少し楽になるような気がした。しかしそれは一時的なもので、次の瞬間には更なる苦痛がわたしを襲った。

 体内はまるで火で焼かれているのかという程熱くて痛くて苦しくて仕方ないのに、外は凍えるほど寒い。冷や汗が止まらない。身体の感覚が表面から徐々に奪われていく。

「なん……で」

 なんでこんなことするの?ついさっきまで、いつも通りだったはずなのにーー

「く、クシェルっ……さ、ま」

 薄れ行く意識の中、必死に言葉を発しクシェル様に視線を向けるがーー無言のまま目を逸らされた。

 その瞬間、わたしの中から『パリン』と何かが割れるような音が聞こえた。


「ふざけんなよ!!」

 遠くでお兄ちゃんの叫び声が聞こえ……る?

 それが、わたしのその日の最後の記憶だ。




 暗い闇の中わたしはただ一人、そこに横たわっている。

 ーー寂しいよ。

 しかし何故か立ち上がることはおろか、指先一つ動かすことが出来ない。

 ーー怖いよ。

 しかし声を出すことも、涙を流すことも出来ず、恐怖に震えることも出来ない。ただそこに存在し続ける以外何も出来ない。

 もしかしてわたし、このままずっとこの暗闇の中一人で、たった一人で存在し続けないといけないの?何も出来ない何も分からない、時間の経過すら分からないこの暗闇の中、あるのかも分からない終わりを待つことしかできないの?

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!助けて!誰か助けて!誰か!!お父さーー

「ハク……コハク」

 誰?誰かがわたしを呼んでる。

「お願いだコハクっ、目を開けてくれ」

 違う、誰かじゃない。知ってる。この声は、左手に感じるこの温もりはーー

「おにぃ、ちゃん?」
「こ、コハク?コハク!よ、良かったっ、本当に良かった!」

 ジークお兄ちゃんの存在に気付いたその瞬間、何故か身体に感覚が戻り、わたしの世界に光が戻る。

 声のした方を向けば、大粒の涙を流しわたしの無事を喜んでくれているジークお兄ちゃんの姿が見えた。

 嗚呼やっぱりジークお兄ちゃんだ。

「ジーク、お兄ちゃん」

 わたし泣いてる。声が出せる。首を指を動かせる。大好きなジークお兄ちゃんの手を握り返せる!ちゃんと帰って来れた。ちゃんと世界に帰って来れたんだ!

「ジークお兄ちゃん!ジークぉ……ん?」

 なんか握った手に違和感が……あれ?ジークお兄ちゃんの手ってこんなに分厚かったっけ?それになんだか体温もいつもより高いようなーー

「っな!どどどどうしたんですかその手ェ!!」

 違和感を覚えて、そこに視線を向けると、なんとお兄ちゃんの両手が青く腫れ上がっていた。

「ッハ!す、すまない!」

 それを指摘したら慌てて手を離され、後ろに隠された。

「え?」

 これは、痛みからの反応ではない。その証拠に、わたしが強く握り返してからその手の状態を指摘するまでの間、声を上げることも苦痛に顔を歪めることもなかった。

 それに、ジークお兄ちゃんのこの反応には既視感がある。そして、ジークお兄ちゃんのあの手の腫れ方にも見覚えがある。手の平や甲ではなく指の背が損傷を受けている。
 それは何かを殴った人の手だ。

 いったいジークお兄ちゃんは何を、いや誰を殴ったのかーーそれは聞かなくても分かる。

 目覚める前の記憶とわたしの今のこの状況。そしてこの場にクシェル様が居ないという事実。それらから導き出される答えは一つだ。

「ま、待って下さい!これには事情があるんです!獣人族特有の事情が!」

 わたしが上半身を起き上がらせ、ジークお兄ちゃんに手を伸ばそうとしたら、何故か今までジークお兄ちゃんの隣で静かに見守っていたサアニャが慌てて間に入ってきた。
 しかもなんだか酷く警戒されているような気がする。

 もしかして、サアニャはわたしからジークお兄ちゃんを守ろうとしてるの?わたしがジークお兄ちゃんを傷付けようとしているとでも思ってるの?
 そしてジークお兄ちゃんは、そんな人の後ろでわたしに(嫌われることに)怯えて震えてるの?

 ーーそれは…………不愉快だな。

「っ!こ、コハク⁈」
「ん?大丈夫だよ、わたしは怒ってない。その手のことも怖がってないし、ジークお兄ちゃんがその手で何をしていたとしても、嫌いになったりしないよ?だから、ね?」

 ジークお兄ちゃんならわたしの言葉を信じてくれるよね?サアニャの心配も杞憂だと気付いて、わたしの手を取ってくれるよね?ネ?

 そう願いながらジークお兄ちゃんの目を見つめ、揃えた両手を前に出せば、ジークお兄ちゃんはサアニャをかわすように前に出て、恐る恐るではあるが後ろに隠していた両手をわたしの手の上に乗せてくれた。

「ありがとうジークお兄ちゃん」

 わたしはその両手を、今度は下から支えるように優しく握ると、わたしの言葉を信じてくれたことに感謝の言葉を伝えた。



 その後、二人から聞いた状況の説明内容は大方わたしの予想通りだった。
 ただ一点、ジークお兄ちゃんが自らの手をここまで傷付けてしまった理由でもある『獣人族特有の事情』とやらを除いては。

「それ、クシェル様は知ってたの?」
「っし、知らないと思う……少なくとも、俺は話していない」
「……だよね。知ってたらこんなことしないよね」

 まぁ、知らなかったからと言って済まされることではないんだけど。流石に今回ばかりはわたしも許せそうにない。

「っ!!ま、まさかコハクはずっと、クシェルに対して……⁈」
「怖かったよね」

 魂の繋がりというものがわたしにはよく分からないから想像でしかないけどーー

 生まれた時から定められた二人だけの強固で絶対的な繋がり。もしそれをわたしが感じることが出来ていたなら、わたしはきっとそれに縋り、心の支えとしていただろう。
 それを唐突に壊されたのだ。それも、信頼し互いに心を預けていたはずの親友によって。

 それは殴りたくもなるよ。怒って当然だよ。悲しくて憎くて仕方ない。許せないよ。その親友のことも、繋がりを守れなかった自分自身のことも。

「でも、偉かったね。ちゃんと途中で思いとどまれたんだね」
「え⁈ぁ……違う俺は、あのままだったら俺は」
「人の意見を聞き入れることが出来たんでしょ?それで、絶望に呑まれずに理性を取り戻せた。今こうしてわたしの知るジークお兄ちゃんのままで居てくれている。それだけで充分偉いよ」

 わたしだったら今頃、心の支えを失った恐怖と、信頼していた人に裏切られた絶望で心が壊れてしまっている。でもジークお兄ちゃんはそれに耐えたんだ。凄いよ。本当に偉い。

「それに、怖くても逃げずに、わたしの目が覚めるのをずっと手を握って、待ってくれていたでしょ?」

 ジークお兄ちゃんのその行動はつまり、確かな繋がりを失った恐怖や不安、クシェル様を殴ったことでわたしに嫌われる恐怖よりも、わたしを心配する気持ちを優先してくれたというとことだ。

 それだけわたしを大切に思ってくれているということだ。

「ありがとうジークお兄ちゃん……大好き」

 言葉だけでは伝えられないこの溢れるほどの感謝と愛しさをジークお兄ちゃんに分かって欲しくて、わたしはジークお兄ちゃんの腫れた両手にソッと口付けを贈った。





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