邪悪な血脈 サイコに抗いサイコに寄り添いサイコに生きる

第四章 覚醒したサイコパス

4ｰ6 サイコの原点

　金村の目が輝きを増し声に力がこもった。それを聞く近石の目もギラギラと輝いている。
｢近石さんの読み通りでした｣
｢どっちだ？｣
｢父方の方です。39年前になります。当時彼は6才です。北陸の地に、44才の父親と37才の母親との三人家族で居住していました。父親の職業は開業医。一部では赤ヒゲ先生と呼ばれ町人から尊敬と信頼を集め、ちょっとした名士ですね。凄惨な事件とは無縁の閑静な地に事件が起こります。山中から女性のバラバラ死体が発見されます。３ヶ月の間に四体です。大規模な捜査本部が立ち上がり、性犯罪や暴行殺人で前科のある数人が所轄書に任意同行を求められ取り調べを受けますが、いずれも決め手に欠け捜査は行き詰まります。
　そしてその翌年、家族は山陰に転居します。無医村の医者募集に応募したことになっていますが、真実は不明です。その地へ転居して半年後、また事件が起こります。女性のバラバラ死体が発見されます。北陸と山陰ですからね、同一犯との筋読みはなかったようです。事件は何ら手掛かりも得られず迷宮入りとなります。
　ただ、彼の家庭内では大事件が発生します。山陰の殺人事件発生の翌月です。彼の父親は自宅で包丁を胸に刺さった状態で発見されます。と同時に、その脇で母親の首吊り自殺体も。包丁からは母親の指紋が検出されました。警察発表は母親の夫を道連れにした上での無理心中です。その原因は、山陰への転居に伴う鬱ではないかとされています。近所の住人や患者から、何か思い悩んでいるようだったとの証言が得られていますから、満更頷けない話ということでもないですが。残された彼は北陸の母親の兄である倉持家に引き取られ養子となって医者の道を志します。養父母は三年前と昨年に病死しています。調査結果は以上ですが｣
　金村は近石の反応を窺った。
｢よく調べたな。では金村、お前の筋読みを聞かせてもらおう｣
　金村は待ってましたとばかりに一気に吐き出した。
｢結局北陸と山陰の事件共にお宮入りとなっています。両県共に最後の事件以降に類似事件は発生していません。快楽殺人の場合、ホシは殺人の快楽に抗えず犯行が止まらないとされていますが、このケースでは止まっています。理由があったからです。北陸のケースはホシが転居したため、山陰のケースはホシが死亡したためです。
　この二県にまたがる連続猟奇殺人事件の真相を知る人物が、ホシ以外に一人だけいました。ホシの妻です。と同時に、妻はそれを止められるのは自分だけだと考えました。その結果が無理心中です。しかし、夫の凶行は止められたものの、二世代先の孫へと引き継がれてしまいました。
　孫つまり草壁優作のシリアルキラーの血は、母親麻利江の祖父から受け継いだものではなく、父倉持淳平の父親からのものだったわけです。シリアルキラーの血が優作の体内で覚醒し、悲劇は連鎖します。優作の母麻利江は優作の凶行を止めようとして優作によって殺害され、倉持は我が子優作の凶行を止めようとして、優作を殺害し自殺。二世代を隔てたシリアルキラーの血が生んだ悲劇ですね。殺人鬼である我が子の凶行を止める為に、我が子を殺す。何とも凄絶な決着ですね｣
　近石が苦渋を滲ませ呟いた。
｢いや金村、まだ悲劇は幕を下ろしちゃない｣
｢終わっていない？まだ、悲劇が続くということですか？倉持の父が残したシリアルキラーの血が、誰かの体内で再生しようとしているとでも？血縁で生き残っているのは倉持の娘香織だけですよ。まさか、彼女が？それとも倉持か優作に隠し子でも？迂闊でした。そこまでは気が回りませんでした｣
｢いや、そうじゃない。二人とも女性関係についてはクリーンだ。金村渾身の調査成果が、俺が抱き続けてきた悪い予感を確信に変えた。妻麻利江は倉持以上に自分の中に潜むシリアルキラーの血に脅えていた。麻利江は優作を自分の懐に囲い込むことによって、優作のシリアルキラー化を防ごうとした。だが、麻利江を病魔が襲った。不自由な身体では、優作を蝕むシリアルキラーの血の濃さに抗うことは困難であった。遂に優作のシリアルキラーが覚醒した。シリアルキラーとなった優作は父淳平によって殺害された。だがその悲劇が新たなシリアルキラーを作り上げた。優作よりも遥かに危険なシリアルキラーだ｣
｢それは誰のことですか？｣
｢倉持淳平だよ。シリアルキラー、特に倉持の父親や優作のような快楽殺人者は生まれながらの資質と幼少期の劣悪な生活環境が重なったことによって生まれるとされている。親の愛情とは無縁の虐待やネグレクトを通して心的ストレスが蓄積し社会への適応が困難となったケースだ。社会を憎み人間を憎む。その結果、自分だけの世界に引きこもったり、社会に対して敵意や反抗心を剥き出しにする。
　倉持の場合、幼少期の環境に問題はなかったようだ。養子先でも養父母のきめ細やかな愛情に包まれて育ったようだ。
　倉持自身の意識もあった。倉持には自分の生まれに対する恐怖心があった。彼が精神科医を目指したのは父親の影を自分に見たからだ。自分のサイコパスの資質については気付いていた。サイコパスだけならいい。問題は、サイコパスからシリアルキラーへのステップアップだった。それを避けるため、精神科医という立場をフルに活用した。悩める患者たちとの会話により自分自身をも慰めることができた。薬物療法や広範囲の精神疾患に効果があるとされる認知行動療法も試したようだ。
　穏やかで安定した生活環境を得るため、結婚し子供も儲けた。だが、これが結果的によくなかった。我が子優作に最も危惧した傾向が現れた。母麻利江の過剰とも思える愛情に支えられ穏やかに成長した優作が、麻利江の病気を切っ掛けとして本来の姿を見せ始め、遂にモンスターと化した。倉持は親としての責任から優作にナイフの切っ先を向けた。だが、倉持自身の体内で予想もしない変化が起こった。ナイフが優作の身体を切り刻む度に、震えるような快感が脊髄を貫いた。殺人妄想を振り払い殺人欲求に打ち勝ち、どうにか人生の半分を手を血で汚すことなく持ちこたえたものの、僅か数分だった。我が息子の体にナイフを振り下ろすという自分自身にとっても残酷極まりない惨劇によって倉持の体に埋めまれていた父親の狂気が覚醒してしまった。シリアルキラーの血だ。一度殺人の快楽を知ってしまった倉持は、その欲望を抑えることができないはずだ｣
｢だって倉持はもう･･･まさか、倉持の自殺は？｣
｢アルコール依存、薬物依存、セックス依存、ギャンブル依存、依存にも色々あるが、その依存から抜け出す為に自殺に走るという例を小説やドラマの世界以外で俺は知らない。依存に溺れた彼らは共通して体を壊すか逮捕拘束されるまで突き進む。薬物依存で逮捕され刑期を終えて社会復帰を果たしたタレントや芸人が、二度と手を出しません、と公言しながら逮捕服役を繰り返したり、食依存の女の子がダイエットとリバウンドを繰り返しながら巨大化していく例を、お前だって何度も見聞きしてきているはずだ。依存から抜け出る為に自殺するよりも、依存の終着点としての死を選ぶ。つまり、自殺で地獄へ落ちるよりは、快楽地獄へ落ちる方を選ぶということだ。依存から抜け出せる程の意思の強さを持った人間は、そもそも依存症にならない。
　まだその確信はないが、もしそうなら、極めて高い知能を持った殺人モンスターが誕生したことになる｣
｢なんてこった｣
　金村の半開きになった口は、声を失った。驚きであった。事件の真実にも近石の器の大きさにも。近石は金村が調査するまでもなく全て知っていたのか？自分が事件終結で心身が弛緩している間に、近石は自分には全く見えていなかった事件の深層に食い入っていたのか？倉持の経歴も背負わされた運命も把握していたのか？やっと垣間見せた部下のやる気を削がすまいと、後追いの捜査を命じてくれたのだ。
　近石は立ち上がった。倉持淳平が生きているという証拠も倉持淳平が殺人を犯すという確証もない。だが、このままじっと事件発生を待つわけにはいかない。
｢金村、付いて来い｣
　近石は管理官席へ向かった。倉持淳平の逮捕状請求及び全国指名手配を提案するためである。