エッチな精気が吸いたいサキュバスちゃんは皆の癒しの女神

のっぺ

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第五十八話『天使1』

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 ミーレの手綱捌きは堂に入っており、馬は射った矢のごとき速度で山を駆け下りる。吹きつける風を感じながら揺れに耐え、雲間の多い空を眺めた。

「……近いうちに雨が降りそうだな」

 この地域の夏は長期的に雨が降る。数年前に山道が土砂で埋もれ、食料の備蓄が尽きた苦い思い出がある。採取日程の調整が必要だと思っていると、ミーレから話しかけられた。

「昨日グレにぃのところに魔物が現れたんでしょ? 人型の魔物だってロア様から聞かされたけど、どんな姿か見たの?」
「少しだけな。人間の女性の姿をした魔物だった」
「夜に空を飛んで人の家に忍び込むらしいじゃない。寝ている時に首を噛まれたら助けも呼べないわ。本当に怖いわよね」

 それはどちらかと言えばヴァンパイアの習性だ。未成年のミーレに配慮したのか、誰も『寝込みを襲う』の意味を伝えなかったらしい。曖昧に相槌を打つとミーレは横目で俺を見た。

「あの二人ってさ、その魔物と同じなの?」
「……まぁ、近くはあるな」
「やっぱりそうなんだ。もしやとは思ってたけどさ」
 そこで一度会話が止まった。

「…………グレにぃはさ、二人も魔物の面倒を見て大丈夫? あの二人が危険とかそういう話じゃなくて、グレにぃが身体を壊さないのかって話し」

 以前に『人間を喰らう代わりに俺の体液を与えている』と説明した。あの時は確か血液と誤魔化したはずで、心配されるのも無理なかった。
 具合が悪そうに見えるかどうか聞くと、首が横に振られた。だがそれで安心とはいかぬようで、曲がった下り坂を進みながら窘めを受けた。

「あたしはね。ルルちゃんもニーチャちゃんも好きだけど、それ以上に家族としてグレにぃが大事なの。だから絶対に無理だけはやめて、あの二人を恨みたくないから」

 重々しい語り口だった。本当はこんなことを言いたくないが、どうしても釘を刺さなければいけなかった。そんな心の機微が伝わってきた。
 了承するとミーレは「じゃあこの話は終わりね!」と言った。湿っぽい会話になったのを後悔するように、わざとらしく愚痴を言い始めた。

「そういえばグレにぃ、例の魔物の名前って知ってる?」
「ドーラだろ? それがどうした?」
「何かさ、私のミーレって名前と雰囲気が似てる気がしない? 聞けば髪の色もちょっと似てるって話だし、顔まで似てたら複雑よね」

 口調も若干似てると言ったら怒られそうだ。話題転換が目的だと分かっているため、俺からもっと良い話題を提供してやることにした。

「────それより、俺とルルニアの結婚の話だが」
「────え、何それ知らない聞いてないんだけど」

 それから山を下りるまでの間、二人でルルニアとの結婚について深く話し合った。ミーレは立場もあって祭事に詳しく、俺が欲しかった情報を教えてくれた。

「それじゃあ、もう一度おさらいするわね」

 第一に重要なのは結婚式の日取りだ。村長の元に出向いて話を通し、祝い事に向いた日を選ぶ。ここさえ決まれば後の予定が立てやすくなる。

 第二に結婚式に必要な品の用意だ。指輪に婚礼で使う白ドレス、俺個人の贈り物として櫛を用意する。諸々の伝手はミーレが持っている。

 第三は中継地選別の成功だ。ちょうど半月後に結果が出るため、選ばれれば祝いの機運が高まる。村総出で未来を祝福してもらえる。

「実はね、私の成人の儀って中継地決定の二日後なのよ。村はお祭り騒ぎになるでしょうし、これ以上の日取りは無いと思わない?」
「確かにおあつらえ向きの日だ」
「午前に成人の儀を済ませて、午後に結婚式をする。噂を聞きつけた行商人や旅人も立ち寄るだろうし、一生の思い出になるはずよ」

 もうその日で決まりだ。早速村長の家に出向いて話を通したかったが、今は山狩りが控えている。そちらが終わるまではお預けとなった。
 おおよその見通しが立ったところで平地に着き、村へ近づいた。道中の草原で騎士が訓練しているのを見かけ、移動しつつ様子を眺めた。

「…………あれは」
 騎士は二十人ばかりいたが、そこに見知った顔を見つけた。純白のマントをたなびかせて立つのは、装いを新たにしたガーブランドだった。

「ガーブランドさん!」
 馬で近づいてもらって声を掛けた。ガーブランドは訓練中の若い騎士に自主練を言い渡し、俺たちの元に来た。見慣れぬマントについて指摘すると、恩賞の前払いとしてロアから贈られた物と言った。

「これからあの男と会うのか?」
 ロアを差していると分かり、頷いた。するとガーブランドは手招きで俺を呼んだ。

「あの男は腹に一物を抱えている。お主らに何を期待しているかは分からんが、決して呑まれるな。常に心を強く持て」
「お主ら、ということは……」
「魔物を匿っているのはほぼ確実にバレている。その上で見逃している理由は吾輩にも見当がつかん。警戒は怠るな」

 ガーブランドはもしもの時は助けに駆けつけると言い、俺の手に手製の笛を渡した。そしてドンと背中を叩き、若い騎士たちの訓練へと戻っていった。

「分かっています。俺はあいつらを全力で守り通します」
 俺は全身の闘気を高め、行く先の村を睨んだ。
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