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第九十話『女神の国8』
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ドラゴンの登場で戦況は劣勢へと引き戻された。ガーブランドとニーチャの力を持ってしても足止めは叶わず、着実に村へと接近される。到達は時間の問題だった。
「────ゴゥルゴォォォォ!!!」
「────おおぉぉぉぉぉぉ!!!」
ガーブランドは石の礫の息吹を避け、重い斬撃を足に当てた。だが堅牢な甲殻は砕けず、足踏みで潰されかける。間合いを見計らって立ち回っていると、背後から笛の音が鳴った。
「おじさ……助け……てっ」
ニーチャは植物型の魔物に襲われ、ツタで身体を絡め取られていた。
ガーブランドは一直線に駆け、縦方向の回転切りでツタを切り裂いた。
ケホケホとむせるニーチャを小脇に抱え、一目散に村を目指して逃げた。
「だいぶ身体が縮んだな。よくぞここまで持ちこたえた」
「ま、まだがんばれるよ! もっとおじさんの力に、なれる!」
「まだ、はもう危険なのだ。どちらにせよ吾輩ではドラゴンを抑えることはできぬ、村の状況も気掛かりであるため、一度防衛線まで後退するぞ」
進路上にいる魔物を足蹴にし、二人は防衛線があった場所まで移動する。すでにそこに人はいなく、魔物の群れは村の囲いの目前にまで歩を進めていた。
「────全員、武器を持って! 今度は私たちが騎士様の盾になるわよ!」
ミーレの声に従い、武装した村人が前に出る。
「く、来るならきやがれ! 痛い目見せてやっど!」
「おぉ! ここはおらたちの故郷だぁ!」
「家族に近づいてみろ! 一匹残らず殺してやる!」
一箇所二箇所と村の囲いが壊れ、魔物が続々と侵入する。村人は槍や農具を振り回し、一秒でも多く時間を稼ごうと食い下がる。そこにガーブランドとニーチャが到着した。
今まさに喰い殺さかけていた村人を助け、最終防衛線となる広場への撤退を指示した。ニーチャは身をよじって腕から抜け出し、路地の物陰に隠れながら瞳の拘束術を使った。
「ニーチャちゃん……」
「ミーレ、よくがんばった」
「……ごめん。必ず助けに来るから!」
村人は声を掛け合い、負傷した騎士を連れて大通りから去った。
屋根を伝って蛇の魔物が近づくが、ニーチャは接近に気づかない。
うなじを噛まれそうになった瞬間、ロアが剣の刺突で喉奥を刺した。
「……怪我はないかい?」
「ロア、傷だらけ。大丈夫?」
「この程度、何てことはないさ」
返り血のついた兜を脱ぎ捨て、ロアはニーチャを護衛した。死角から来た三体のゴブリンを切り捨て、二匹の獣の魔物を切り殺した。すでに息は絶え絶えで手は震えていた。
「…………ふがいないっ! たったの二時間、それしか戦線を維持できないのか僕は! こんな無様を晒して、何が騎士だ王族だ!」
無力さで奥歯を噛みしめ、それでもめげずに戦い続けた。
三人がかりで大通りを守るが、魔物の群れは四方八方から押し寄せる。息つく暇もなくドラゴンが村の敷地に到達し、広場を狙う。誰もが生存を諦めかけた時、群れの動きが止まった。
「やっと来たか、よほど充実した夜を過ごしたと見える」
ガーブランドの言葉を受け、ロアとニーチャが顔を上げた。
月明かりを背に浮かんでいるのは、四枚の白い翼を生やしたルルニアだ。全身を巡る力の波動は空間を蜃気楼のように歪ませ、存在の異様さでこの場すべての視線を釘付けにする。
「────私の不在のうちに、ずいぶん好き放題やってくれましたね?」
殺意のこもった声に魔物の群れは身をすくませる。ドラゴンすら警戒態勢に入って石の礫の発射を中断した。ルルニアは大通りに降り立ち、歩きながら手を指揮者のように振った。
「ギ? ギ、ギャ…………ァ」
「ガゲ、ガギゴ……グゲ…………ォ」
「ゴルガッ、ゴゲ…………ェ」
横を通過しただけで魔物が順に倒れ伏す。最初は寝息を立てるのみだったが、二度目の腕の振るいで息の根が止まる。その光景を見て離れた位置の魔物が逃げ出すが、瞳の輝きに捕らわれた。
登場からものの数分で村内部の魔物が九割がた死に絶えた。脅威を退けようと石の礫が放たれるが、一発たりとも当たらない。正確には命中の瞬間に礫が身体を『透過するように』すり抜けた。
「どこを撃っているんですか? 私はここですよ?」
翼でふわりと浮かび、瞬速でドラゴンの鼻先へと飛ぶ。すぐに嚙みつきの攻撃がくるが、これも身体をすり抜けて当たらなかった。それは何故か、
ドラゴンはルルニアの術に惑わされ、意識を半分眠らされていた。瞳に映るルルニアは淫夢の応用で生み出した幻影であり、実体は甲羅の背にいた。
「初めてはグレイゼルに試しましたが、大物相手でも効果ありですね」
ルルニアは邪悪な笑みを浮かべ、追加で幻影を見せた。
「──この術、格上相手では効果が無いんですよね」
「──でもそれが効いたってことは、答えは一つです」
「──あなたは私より弱い、それを証明して差し上げます」
ドラゴンの視界にルルニアの幻影が十体映る。幻影たちは村の外へ移動していき、ドラゴンもその後を追う。狙いを定めて石の礫を撃つが、着弾地点には無数の魔物がいた。
「ギ!? ギガギガッ!」
「────ゴルォ!! ゴルオォォォォォォォ!!!」
「グゲッガ!? ゴッ!!?」
朦朧とした意識のドラゴンの耳に魔物の絶叫は届かない。早く敵を殺さねばと足踏みをし、逃げ惑う魔物を殺し尽くしていく。森に逃げようとする魔物もいたが、それはルルニアが眠らせて殺した。
「さて、ここまで減らせば十分でしょうか」
ルルニアは正気を失ったドラゴンの後頭部に抱きつき、魔力を一気に流し込んだ。するとドラゴンは絶叫を上げ、陰茎を勃起させて動きを止めた。
身の昂ぶりを静めようとするドラゴンの元に駆け込んできたのは、馬にまたがったガーブランドだ。屍を踏み越えて前へ前へと進み、馬上から跳んだ。
「────化け物が、死にさらせぇぇぇぇ!!!」
刃で露出した陰茎の根元を断ち、大量の血を噴出させた。
ドラゴンは夜の闇を裂く断末魔を上げ、暴れ狂ったのちに死んだ。
戦いの音が消え去り、広場にいた者たちが動き出す。荒れ果てた村の景色の先には、月明りを浴びて滞空するルルニアがいた。騎士も村人も膝をついて首を垂れ、「女神様」と涙混じりに祈りを捧げた。
「…………死者はいませんか。村は酷い有様ですが、まぁ上出来ですね」
村の上空を飛び、信仰を捧げるべき相手が誰か見せつける。
「あなた方は私の信徒、今後も大事に騙して守って差し上げます」
女神の正体が魔物などと、そんな疑いを抱く者はいない。
「────さぁ、今日が女神の国の神話の始まりです」
長い長い戦いの夜が、ここに幕を閉じた。
「────ゴゥルゴォォォォ!!!」
「────おおぉぉぉぉぉぉ!!!」
ガーブランドは石の礫の息吹を避け、重い斬撃を足に当てた。だが堅牢な甲殻は砕けず、足踏みで潰されかける。間合いを見計らって立ち回っていると、背後から笛の音が鳴った。
「おじさ……助け……てっ」
ニーチャは植物型の魔物に襲われ、ツタで身体を絡め取られていた。
ガーブランドは一直線に駆け、縦方向の回転切りでツタを切り裂いた。
ケホケホとむせるニーチャを小脇に抱え、一目散に村を目指して逃げた。
「だいぶ身体が縮んだな。よくぞここまで持ちこたえた」
「ま、まだがんばれるよ! もっとおじさんの力に、なれる!」
「まだ、はもう危険なのだ。どちらにせよ吾輩ではドラゴンを抑えることはできぬ、村の状況も気掛かりであるため、一度防衛線まで後退するぞ」
進路上にいる魔物を足蹴にし、二人は防衛線があった場所まで移動する。すでにそこに人はいなく、魔物の群れは村の囲いの目前にまで歩を進めていた。
「────全員、武器を持って! 今度は私たちが騎士様の盾になるわよ!」
ミーレの声に従い、武装した村人が前に出る。
「く、来るならきやがれ! 痛い目見せてやっど!」
「おぉ! ここはおらたちの故郷だぁ!」
「家族に近づいてみろ! 一匹残らず殺してやる!」
一箇所二箇所と村の囲いが壊れ、魔物が続々と侵入する。村人は槍や農具を振り回し、一秒でも多く時間を稼ごうと食い下がる。そこにガーブランドとニーチャが到着した。
今まさに喰い殺さかけていた村人を助け、最終防衛線となる広場への撤退を指示した。ニーチャは身をよじって腕から抜け出し、路地の物陰に隠れながら瞳の拘束術を使った。
「ニーチャちゃん……」
「ミーレ、よくがんばった」
「……ごめん。必ず助けに来るから!」
村人は声を掛け合い、負傷した騎士を連れて大通りから去った。
屋根を伝って蛇の魔物が近づくが、ニーチャは接近に気づかない。
うなじを噛まれそうになった瞬間、ロアが剣の刺突で喉奥を刺した。
「……怪我はないかい?」
「ロア、傷だらけ。大丈夫?」
「この程度、何てことはないさ」
返り血のついた兜を脱ぎ捨て、ロアはニーチャを護衛した。死角から来た三体のゴブリンを切り捨て、二匹の獣の魔物を切り殺した。すでに息は絶え絶えで手は震えていた。
「…………ふがいないっ! たったの二時間、それしか戦線を維持できないのか僕は! こんな無様を晒して、何が騎士だ王族だ!」
無力さで奥歯を噛みしめ、それでもめげずに戦い続けた。
三人がかりで大通りを守るが、魔物の群れは四方八方から押し寄せる。息つく暇もなくドラゴンが村の敷地に到達し、広場を狙う。誰もが生存を諦めかけた時、群れの動きが止まった。
「やっと来たか、よほど充実した夜を過ごしたと見える」
ガーブランドの言葉を受け、ロアとニーチャが顔を上げた。
月明かりを背に浮かんでいるのは、四枚の白い翼を生やしたルルニアだ。全身を巡る力の波動は空間を蜃気楼のように歪ませ、存在の異様さでこの場すべての視線を釘付けにする。
「────私の不在のうちに、ずいぶん好き放題やってくれましたね?」
殺意のこもった声に魔物の群れは身をすくませる。ドラゴンすら警戒態勢に入って石の礫の発射を中断した。ルルニアは大通りに降り立ち、歩きながら手を指揮者のように振った。
「ギ? ギ、ギャ…………ァ」
「ガゲ、ガギゴ……グゲ…………ォ」
「ゴルガッ、ゴゲ…………ェ」
横を通過しただけで魔物が順に倒れ伏す。最初は寝息を立てるのみだったが、二度目の腕の振るいで息の根が止まる。その光景を見て離れた位置の魔物が逃げ出すが、瞳の輝きに捕らわれた。
登場からものの数分で村内部の魔物が九割がた死に絶えた。脅威を退けようと石の礫が放たれるが、一発たりとも当たらない。正確には命中の瞬間に礫が身体を『透過するように』すり抜けた。
「どこを撃っているんですか? 私はここですよ?」
翼でふわりと浮かび、瞬速でドラゴンの鼻先へと飛ぶ。すぐに嚙みつきの攻撃がくるが、これも身体をすり抜けて当たらなかった。それは何故か、
ドラゴンはルルニアの術に惑わされ、意識を半分眠らされていた。瞳に映るルルニアは淫夢の応用で生み出した幻影であり、実体は甲羅の背にいた。
「初めてはグレイゼルに試しましたが、大物相手でも効果ありですね」
ルルニアは邪悪な笑みを浮かべ、追加で幻影を見せた。
「──この術、格上相手では効果が無いんですよね」
「──でもそれが効いたってことは、答えは一つです」
「──あなたは私より弱い、それを証明して差し上げます」
ドラゴンの視界にルルニアの幻影が十体映る。幻影たちは村の外へ移動していき、ドラゴンもその後を追う。狙いを定めて石の礫を撃つが、着弾地点には無数の魔物がいた。
「ギ!? ギガギガッ!」
「────ゴルォ!! ゴルオォォォォォォォ!!!」
「グゲッガ!? ゴッ!!?」
朦朧とした意識のドラゴンの耳に魔物の絶叫は届かない。早く敵を殺さねばと足踏みをし、逃げ惑う魔物を殺し尽くしていく。森に逃げようとする魔物もいたが、それはルルニアが眠らせて殺した。
「さて、ここまで減らせば十分でしょうか」
ルルニアは正気を失ったドラゴンの後頭部に抱きつき、魔力を一気に流し込んだ。するとドラゴンは絶叫を上げ、陰茎を勃起させて動きを止めた。
身の昂ぶりを静めようとするドラゴンの元に駆け込んできたのは、馬にまたがったガーブランドだ。屍を踏み越えて前へ前へと進み、馬上から跳んだ。
「────化け物が、死にさらせぇぇぇぇ!!!」
刃で露出した陰茎の根元を断ち、大量の血を噴出させた。
ドラゴンは夜の闇を裂く断末魔を上げ、暴れ狂ったのちに死んだ。
戦いの音が消え去り、広場にいた者たちが動き出す。荒れ果てた村の景色の先には、月明りを浴びて滞空するルルニアがいた。騎士も村人も膝をついて首を垂れ、「女神様」と涙混じりに祈りを捧げた。
「…………死者はいませんか。村は酷い有様ですが、まぁ上出来ですね」
村の上空を飛び、信仰を捧げるべき相手が誰か見せつける。
「あなた方は私の信徒、今後も大事に騙して守って差し上げます」
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