エッチな精気が吸いたいサキュバスちゃんは皆の癒しの女神

のっぺ

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第百三十話『それぞれの夜4』

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 川上の区画の近辺に位置する森にて、一人のサキュバスが立ち止まった。
 山の奥から響き渡ってきたのは仲間の叫びであり、口元を歪めて笑った。

「きゃははは、あの子たち外れ引いてるし! あんな膨大な量の精気を持った人間は絶対おかしいって、事前に見抜いてたわたしの酔眼だったしぃ!」

 腹を抱えながら歩き、茂みを抜けて崖際に立った。眼下には木の柵に囲まれた川上の区画があり、家々の明かりはほぼ消えていた。
 警備は門の前にしか敷かれておらず、侵入は容易だった。翼を広げて準備をしていると、二人目のサキュバスが森から出てきた。

「今回はあんたに従って正解だったわ。人間を食べる機会なんて二度とあるか分からないんだから、危険は避けるに越したことないわ」
「これで貸し一つだし! あそこに下りたら端から寝込みを襲っていって、クレア様が帰ってくるまでに何人食べられるか競うしぃ!」

 下っ端の中でも特に性格の悪い二人が、川上の区画に下りようとしていた。だがいざ空に飛び立とうとした時、背後で枝を踏み割る音がした。

「…………誰よあんた?」

 振り向いた先にいたのはニーチャだ。体型は大人から幼女に戻っており、髪だけが長い状態となっていた。眠たげな顔立ちに敵意はなく、二人は警戒を緩めた。

「はぐれサキュバス? どうしてこんなところにいるし?」
「プレステスの他にサキュバスがいるって言ってから、それだと思うわ」
「あ、そういえば言ってたし。でも何で急に出てきたし?」

 ニーチャのことを敵と認識しつつも、二人は呑気だった。こんな小さなサキュバスなら二人掛かりじゃなくても勝てると、クレアに対するお土産にしようと嘲笑した。

「そこの人たち食べるの? それとも愛し合うの?」
「愛し合う? きゃははは! 何変なこと言ってるし! そんな大人しい顔で意外と冗談上手いし! お腹が痛くなってきたしぃ!」
「食べるんだ。やめてって言えば、やめてくれる?」
「やめるわけないわ。こっちは何ヵ月もお預けをくらってるんだから、この機会は逃さない。邪魔するなら適当に痛めつけるわよ」

 明確な敵意を向けられるが、ニーチャは平然としていた。ただ一言「残念」と呟き、眠たげな半目を殺気混じりのジト目に変え、身体をぐらりと倒した。

「え?」
「へ?」

 脈絡のない動作に虚を突かれ、サキュバス二人が浮き足立つ。ニーチャは傾きの途中で地面を踏みしめ、前傾姿勢を取った。翼の羽ばたきに合わせて跳躍し、鋭い蹴りを一人のみぞおちに放った。

「げ!? ごぇっ!?」
「なっ!? こいつ!」

 もう一人が爪を構えるが、ニーチャは次の動作へと移った。的確に翼を動かして体勢を制御し、身体を回転させながら裏拳を顎に当てた。二人目のサキュバスは視界を揺らし、そのまま気絶した。

「むー……、おじさん仕込みの体術、強い」
 片腕を前に出して残心を解き、険しくなった目つきを戻した。

 お弁当を届けてガーブランドの修行を眺める中で、護身術を習う機会があった。勉強熱心なニーチャは次々と技を覚え、サキュバスらしからぬ強さを手にしていた。

「おじさん、待ってて。すぐ行くから」

 ニーチャは身体を成長させ、二人の角を軽々とへし折った。
 それが済んだらわき目も振らず、断崖を目指して飛び立った。


 時を同じくし、川下の区画では一波乱が巻き起こっていた。住民は深い眠りについてサキュバスに襲われる……のではなく、松明を片手に夜の森を練り歩いていた。

「魔物を探し出せぇ!! 女神様の領域を穢す不届き者を始末するんじゃぁ!!」
「おおぉぉ!!!」
「天使様のお告げは期待の証明!! 魔物ごときに負けんというとこを見せるぞ!!」
「おおぉぉぉぉ!!!」

 魔物災害に立ち向かった経験が、魔物に対する恐怖心の克服に繋がっていた。高まった士気と信仰は絶大な力を生み出し、雄叫びの圧で冬眠間近の熊すらも逃げ出した。

「あれ、えっと、ここまでのつもりじゃなかったんですが……」

 プレステスは上空を飛び、森の一角でチラつく点々とした明かりを眺めた。戦闘力の低さから淫夢を介して危機の呼びかけを行った結果、今回の山狩りが起きた。

 幻影を使って指示を送ると、住民はそれに従った。プレステスはサキュバスが潜伏している地点を教え、そこから『少し離れた位置』に一斉攻撃を仕掛けさせた。

 雨あられと降り注ぐ矢を見て、二人のサキュバスは逃げ惑った。松明から遠ざかるように移動した結果、ついに合流を果たした。だがすべては手の平の上だった。

「────旦那様の望む未来のため、殺しはしません」

 Sっ気のある笑みを浮かべ、攻撃の中断指示を出した。
 プレステスは角と翼を白くし、目立つように高度を下げた。

「な、何で位置がバレてんだぞ! 食べ放題って嘘だったんだぞ!?」
「転んで痛い、声大きい、人間怖い」
「あんな人数を一度に拘束する方法なんてないし、どうすんだぞ! 逃げて帰ってもクレア様から怒られるだけだし……あぁもう!」

 サキュバス二人は朽ちた大樹の洞に身を寄せ、怯えていた。息を潜めてやり過ごそうとするが、松明の包囲は無情にも狭まっていった。
 もはや退路は空しか残ってなかったが、飛び立ったら矢の一斉射を受ける。どう行動すべきか悩んでいると、見知った影が降りてきた。

「安心して下さい。皆さん、わたしがお願いするまで待ってくれますので」
 サキュバス二人は「プレステス!」と名を呼んだ。群れの中でもそれなりに交流があり、回収目標ということも忘れて無事を喜び合った。

「ここの人間、おかしいぞ!? 気配を消してるはずなのにどこまでも追いかけてくるし、逃げようとした場所に矢を正確に放ってくるんだぞ!」
「あー、それは災難だったですね」
「痛いの嫌、死にたくない、人間もういい、すぐ帰りたい」
「いいですよ。ちゃんと帰してあげますです」

 ただし条件があると、プレステスは言った。

「わたしに大人しくついてきて下さい。密着してれば幻影で姿を隠せるので、正体バレの心配はありませんし」
「……ついて行かなかったらどうなるんだぞ?」
「始末するしかないですね。相手がお二人でも、旦那様と奥様とわたしの人間さんに害を成すなら敵なので」

 怖い表情で言い、プレステスはひと差しを掲げた。二人が注視するのに合わせて関節を折ると、近場の木の幹に一本の矢が刺さった。
 次に腕を水平に振ると、南にいた松明の集団が移動した。プレステスは幻影で住民を動かし、サキュバス二人の戦意を削いでいった。

「────わたしは二人目の天使、プレステス・フォルライアです。こんなに幸せで愛し合えて敬われる日々は、誰にも壊させません。一人でも喰い殺すことがあれば、こうです」

 プレステスは手の平を広げ、拳を握った。放たれたのは数十本の矢であり、一本目の矢を受けた木が針のむしろとなった。二人のサキュバスは顔面蒼白になり、戦意を喪失して懇願した。

「従う! 大人しく従うから、何もしないで欲しいぞ!?」
「抵抗しない、嘘つかない、人間もう襲わない、約束する」

 プレステスは慈愛の笑みを浮かべ、二人の手を取った。白く偽装した翼をこれ見よがしに広げ、住民に感謝を伝えながら飛び上がった。

「お仕事達成です。わたしもやればできた、です」
 ムフンと達成感のある息をつき、プレステスは家へ帰った。
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