エッチな精気が吸いたいサキュバスちゃんは皆の癒しの女神

のっぺ

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第百三十二話『交錯する想い2』

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 アストロアス全域から発せられていた魔力の波動が一つまた一つと潰えた。最後に残った標的は前方を飛んでいるクレアのみ、私は更なる加速で茶色く褪せた草原の上を飛び進んだ。

「クレアぁぁぁ!!」
「ルルニアぁぁ!!」

 伸ばした爪で背中を切ろうとするが、寸前でクレアが反転した。私たちは滞空しながら爪と爪を削り合い、仕切り直しとばかりに距離を取った。

 衝突を続けながら高度を上げていくと、風の冷たさが肌に刺さった。動きを鈍らせる私を見てクレアは雲に身を隠し、追跡を振り切って背後に回った。

「いくら力が強くなっても、実践経験はあたしの方が上みたいね!」
「……くっ、振り切れない……!」
「いい加減に諦めなさいよ! 大怪我しても知らないわよ!」

 蛇行して飛行するが間合いを離せず、爪の切りつけが迫ってきた。
 私は身体を傾けて直撃を回避し、尻尾をクレアの腕に巻きつけた。

「…………これなら、どうです!」

 引き寄せて脇腹に蹴りを放つが、逆に足を掴まれた。

「────ふぅ、そぉれっ!!」

 クレアは翼と腕に力を込め、私を真下にぶん投げた。

 落下地点には中央区画があり、落下しながら翼と角を白く染めた。大通りの大地に墜落する直前に体勢を直し、敷地の外を目指して全力で飛行した。

「……夜で人通りが少なくて助かりましたね」

 数人の住民に姿を見られるが、気にしている余裕はなかった。
 クレアもまた大通りの空に降り、しつこく追撃を仕掛けてきた。

「ずいぶん必死じゃない! そんなにここの人間が大事!?」
「大事に決まってます! ここはようやく手に入れた私の居場所です! クレアに頼らず、グレイゼルと皆で作り上げた! 女神の国です!!」
「はっ、羨ましいこと言うじゃない! あたし何て、九人揃えるので精いっぱいだったのに! ろくな絆を育むことすらできなかったのに!!」
「やり直せばいいじゃないですか! 私たちと、ここで!!」

 思いをぶつけながら中央区画の外に飛び出し、草原に戻った。接近戦の応酬を繰り返すうちに山が近づき、枝葉を巻き込むようにして森に入った。

「痛っ!? こんな障害物が多い場所に逃げ込むんじゃないわよ!」
「クレアに勝つためなら、私は何だってします!」
「……勝てるわけがないって、何度言ったら分かってくれるのよ!」

 私は進路上にあった枝を掴み、一回転してクレアの後ろを取った。
 そのまま木の幹に足をつけて跳び、顔面に膝蹴りをお見舞いした。

 枯葉を散らばして倒れるクレアを見つつ、葉っぱの天井を突き抜けて空に戻った。息を整えて周囲を見渡すと、近くに見慣れた湖があることに気がついた。

「……だいぶ家の近くにきてしまいましたね」

 そう呟くと同時、クレアが瞬速で飛び上がってきた。とっさに放った爪の横薙ぎは空を切り、がら空きの胴体にかかと落としがきた。だが、

「────っ! ……え?」
 子どもを守ろうとお腹を腕で覆い隠した瞬間、足が止まった。

「……な、……何でよ!?」
 自分の行動に理解が追いついていないのか、クレアは狼狽えた。

(……あぁ、やっぱりクレアはクレアなんですね)

 愛する私が大切にしているモノを、壊すことができなかった。私は友人として何をすべきか思い巡らせ、逃げようとするクレアに飛び掛かって手首を掴んだ。

「ちゃんと二人で話し合いましょう。許せないことがあるなら妥協点を探って、悲しい思いは共に分かち合って、仲直りを経て始めるんです! 今度は……親友として!」

 これでもかと顔を近づけ、瞳に翡翠の輝きを灯した。クレアを拘束しようとするが、向こうもまた瞳を輝かせてきた。互いに身動きを封じた結果、高度が下がってきた。

 きりもみ状に落ちる中で、視界に湖を収めた。私は余剰魔力を翼に回し、強く羽ばたいて落下地点を変えた。穏やかな水面が急速に近づき、水のしぶきが高く上がった。

(……クレ、ア)

 水は身を凍らせるような冷たさで、息が止まりそうになった。
 湧き立つ泡をかき分けると、水底に沈んでいくクレアを見つけた。

 急いで水面に連れて行こうとするが、体力も魔力もろくに残っていなかった。手を離してしまえば見失ってしまう可能性が高く、息継ぎをすることもできなかった。

『クレア! 起きて、起きて下さい!』

 精いっぱいの叫びは言葉にならず、泡と散ってはぜた。
 息苦しさで視界が白く染まる中、『その声』を聞いた。

『────その娘を助けたいなら、私の力を使うといい』

 誰か、と心の中で問うと返事があった。今声を掛けているのは『もう一人の私』なのだと、望めばクレアのことを救ってくれると口にした。

『あなたがバーレスクですか。クレアとの戦闘で消耗したのを見計らって現れましたか……!』
『どうでもいいことだよ、それは。私を頼らねばお前たちは溺れて死ぬ。事実はそれだけさ』

 グレイゼルと会えなくなっていいのかと、心の脆い部分を刺激してきた。ほんの少し身体を貸すだけで全部上手くいかせてみせると、思考をかき乱すような声で誘惑してきた。

『…………本当に、クレアを助けてくれるんですか?』
『私は君の分身、嘘をついたりなんかしない』
『…………岸に上がったら、身体を返してくれますか?』
『もちろん、今回は必要だから力を貸すだけだよ』

 朦朧とする意識の中で、提案に乗るべきではないかと思考が湧いた。私は苦しみから解放されようと、最低最悪の選択を口にしかけた。その時だった。

(………………え?)

 水面から差し込んでいた月明かりが陰り、身体が抱きしめられた。私とクレアを一気に水面へ連れて行ってくれたのは、バーレスクなどではなかった。

「────悪い、遅くなった。ルルニア」
 最愛のグレイゼルが、私たちの窮地を救ってくれた。
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