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のっぺ

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第百三十九話『ロアからの手紙1』

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 話もそこそこに自室へ案内され、用意してもらった椅子に座った。プレステスは入室の間際にフェイと目配せし、問題児二人の指導に向かった。

 机の上には赤い毛糸の玉と製作途中のマフラーがあった。完成度は七割ほどといった感じであり、ロアに贈る本命前の腕慣らしの品と言われた。

「ロアと言えば、まだ帰ってこられないのか」
「前回の手紙で帰還のめどがついたって書いてあったわ。特に問題が起きないようなら、今日届く手紙に出立の日程が記載されているはずよ」
「そうですか。ロアが戻るなら心強いですね」

 トリエルのような敵が現れた時、権力者側に連携が取れる者がいると助かる。時間が掛かるようなら俺からも手紙を出そうと思っていたため、一旦は安心した。

 いつ次の手紙が届くのか聞くと、今ぐらいの時間帯と言われた。気づけばミーレの表情には隠しきれぬソワつきがあり、しきりに窓の外を見ていた。

「ロアがアストロアスを発って二ヵ月ですか。王族ともなればそれだけしがらみがあるのでしょうが、待っている方は大変ですよね」
「いいのよ。あたしとロア様は付き合ってるわけじゃないんだし、大事なのはこれから。女を磨ける良い機会だと思うことにするわ」

 会話をしつつ編み針を手に取り、マフラー編みの講習会が始まった。ルルニアはミーレの手つきを真剣に見つめ、数回の反復練習で技をものにしていった。
 
 俺もやり方を教えてもらうが、糸がほつれて絡まって大変だった。
 簡単な縫い方を教えてもらっていると、自室の扉がノックされた。

「……ミーレ様、騎士団から手紙が届きました」

 一礼と共にフェイが現れ、手紙をミーレに手渡した。その後ろから紅茶のポットをトレイに乗せたプレステスが姿を見せ、カップを三つ机に並べた。

 静々と赤い液体が注がれていくのを横目に、ナイフで手紙の封が切られた。予定通りなら帰還の知らせが届くはずで、ミーレはいたく緊張していた。

「きっと悪い返事じゃないはずだ。怖がらずに読めばいい」
「そうですよ。ミーレさんには私たちがついていますから」

 俺たちからの応援を受け、ミーレは折りたたまれた手紙を広げた。文面を読み進めようと右から左へと目線が動くが、その動きはたったの一回で止まった。

(……何だ? 一文しか書いてなかったのか?)

 悪い知らせかもしれないと、心臓がザワついた。
 ミーレの顔から内容を読み取ろうとするが、困惑しか映っていなかった。声を掛けても返事がなかったため、半ば強引に手紙を受け取って読んでみた。すると、

『────次期国王に選ばれたため、そちらへは帰れません』
 そんな意味不明な一文だけが書かれていた。

 ミーレと同じく声を失っていると、ルルニアが横から文面を見てきた。プレステスとフェイも続き、どういうことかと疑問符を浮かばせた。

「…………これがロアの書いた文章なのか?」

 最初に思ったのはそれだった。友人となって日が浅いが、知り合いにこんな簡素な手紙を送りつける奴でないことは分かる。ルルニアも同じ感想を抱いてくれた。

「次期国王に選ばれたのが本当だとしても、ロアなら詳しい経緯を説明してくるはずです」
「誰かが勝手にこの文面を書いたのか? 何の目的で?」
「分かりません。筆跡はロアのものに見えますが、この程度の文章量なら偽装も容易いと思います。本人のものとするのは早計です」

 仮に本人が書いた物であろうとも、こんな手紙は認められなかった。
 すぐに返事を書くべきと思うが、王都に着くまで最短で十日掛かる。返事が届く頃には手遅れになっている可能性があるため、他の方策を探す必要があった。

 プレステスとフェイが空を飛ぶと言うが、秋の空は寒すぎる。そこを考慮に入れずとも、王国近辺に魔物が降り立つのは危険だ。発見と同時に殺されかねない。

「いいか、ミーレ。ロアは俺たちを蔑ろにするような奴じゃない。きっと王国にいる誰かが策を弄してこの手紙を出して……え?」

 話の途中でミーレが立ち、壁に掛けてある防寒着を手に取った。
 男らしく袖を通す姿に悲観はなく、一切の迷いなく言い放った。

「ごめん、皆。あたしちょっと王都まで出かけてくるから」

 丁寧に結った髪をほどき、自室の外へと歩き出した。
 俺たちはその歩みを見送りかけ、全員で引き止めた。

「待て、ミーレ! 気持ちは分かるが決断が早すぎる! アストロアスの外には魔物だっているんだぞ!」
「だからってこんな手紙は認められないわ。ロア様の名を騙ろうとした落とし前は、絶対につけさせなきゃいけない。お願いだから止めないで」
「何の用意をせずに行っても王都の検問で立ち往生するだけだ。俺もついて行くから準備に時間をくれ!」

 説得のおかげでミーレは正気を取り戻し、ベッドに座った。王城に入るための作戦があるのかと言われ、俺は騎士団の協力を得ようと言った。

「ロアが国王になるなら、全員と言わずとも位の高い騎士は王都に帰還するはずだ。俺たちとロアの仲は知れ渡っているし、話が通じそうな騎士に頭を下げる。それでどうだ?」

 ミーレは悩み、逸る気持ちを抑えてくれた。
 内容が内容であるため俺の同行は確定となり、ルルニアもついて行くと言った。身重だからアストロアスに残るべきだと言うが、それだけはあり得ないと断言された。

「ロアは私の神官です。危機に瀕しているなら助け、道を踏み外しそうなら導いてやらねばなりません」
「……だが」
「私だって心配なんです。魔力を多く使わねば体調は安定してますし、どうかよろしくお願いします」

 深く頭を下げ、念押しで同行の許可を求めてきた。ルルニアからこんな風にお願いされることなど一度もなく、俺は長い悩みの末に折れた。
 
「────王都に行く機会などそうありませんし、新婚旅行と行きましょう。目標はロアの真意を問いただすこと、アストロアスへ連れて帰ることです」
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