139 / 170
第百三十九話『ロアからの手紙1』
しおりを挟む
話もそこそこに自室へ案内され、用意してもらった椅子に座った。プレステスは入室の間際にフェイと目配せし、問題児二人の指導に向かった。
机の上には赤い毛糸の玉と製作途中のマフラーがあった。完成度は七割ほどといった感じであり、ロアに贈る本命前の腕慣らしの品と言われた。
「ロアと言えば、まだ帰ってこられないのか」
「前回の手紙で帰還のめどがついたって書いてあったわ。特に問題が起きないようなら、今日届く手紙に出立の日程が記載されているはずよ」
「そうですか。ロアが戻るなら心強いですね」
トリエルのような敵が現れた時、権力者側に連携が取れる者がいると助かる。時間が掛かるようなら俺からも手紙を出そうと思っていたため、一旦は安心した。
いつ次の手紙が届くのか聞くと、今ぐらいの時間帯と言われた。気づけばミーレの表情には隠しきれぬソワつきがあり、しきりに窓の外を見ていた。
「ロアがアストロアスを発って二ヵ月ですか。王族ともなればそれだけしがらみがあるのでしょうが、待っている方は大変ですよね」
「いいのよ。あたしとロア様は付き合ってるわけじゃないんだし、大事なのはこれから。女を磨ける良い機会だと思うことにするわ」
会話をしつつ編み針を手に取り、マフラー編みの講習会が始まった。ルルニアはミーレの手つきを真剣に見つめ、数回の反復練習で技をものにしていった。
俺もやり方を教えてもらうが、糸がほつれて絡まって大変だった。
簡単な縫い方を教えてもらっていると、自室の扉がノックされた。
「……ミーレ様、騎士団から手紙が届きました」
一礼と共にフェイが現れ、手紙をミーレに手渡した。その後ろから紅茶のポットをトレイに乗せたプレステスが姿を見せ、カップを三つ机に並べた。
静々と赤い液体が注がれていくのを横目に、ナイフで手紙の封が切られた。予定通りなら帰還の知らせが届くはずで、ミーレはいたく緊張していた。
「きっと悪い返事じゃないはずだ。怖がらずに読めばいい」
「そうですよ。ミーレさんには私たちがついていますから」
俺たちからの応援を受け、ミーレは折りたたまれた手紙を広げた。文面を読み進めようと右から左へと目線が動くが、その動きはたったの一回で止まった。
(……何だ? 一文しか書いてなかったのか?)
悪い知らせかもしれないと、心臓がザワついた。
ミーレの顔から内容を読み取ろうとするが、困惑しか映っていなかった。声を掛けても返事がなかったため、半ば強引に手紙を受け取って読んでみた。すると、
『────次期国王に選ばれたため、そちらへは帰れません』
そんな意味不明な一文だけが書かれていた。
ミーレと同じく声を失っていると、ルルニアが横から文面を見てきた。プレステスとフェイも続き、どういうことかと疑問符を浮かばせた。
「…………これがロアの書いた文章なのか?」
最初に思ったのはそれだった。友人となって日が浅いが、知り合いにこんな簡素な手紙を送りつける奴でないことは分かる。ルルニアも同じ感想を抱いてくれた。
「次期国王に選ばれたのが本当だとしても、ロアなら詳しい経緯を説明してくるはずです」
「誰かが勝手にこの文面を書いたのか? 何の目的で?」
「分かりません。筆跡はロアのものに見えますが、この程度の文章量なら偽装も容易いと思います。本人のものとするのは早計です」
仮に本人が書いた物であろうとも、こんな手紙は認められなかった。
すぐに返事を書くべきと思うが、王都に着くまで最短で十日掛かる。返事が届く頃には手遅れになっている可能性があるため、他の方策を探す必要があった。
プレステスとフェイが空を飛ぶと言うが、秋の空は寒すぎる。そこを考慮に入れずとも、王国近辺に魔物が降り立つのは危険だ。発見と同時に殺されかねない。
「いいか、ミーレ。ロアは俺たちを蔑ろにするような奴じゃない。きっと王国にいる誰かが策を弄してこの手紙を出して……え?」
話の途中でミーレが立ち、壁に掛けてある防寒着を手に取った。
男らしく袖を通す姿に悲観はなく、一切の迷いなく言い放った。
「ごめん、皆。あたしちょっと王都まで出かけてくるから」
丁寧に結った髪をほどき、自室の外へと歩き出した。
俺たちはその歩みを見送りかけ、全員で引き止めた。
「待て、ミーレ! 気持ちは分かるが決断が早すぎる! アストロアスの外には魔物だっているんだぞ!」
「だからってこんな手紙は認められないわ。ロア様の名を騙ろうとした落とし前は、絶対につけさせなきゃいけない。お願いだから止めないで」
「何の用意をせずに行っても王都の検問で立ち往生するだけだ。俺もついて行くから準備に時間をくれ!」
説得のおかげでミーレは正気を取り戻し、ベッドに座った。王城に入るための作戦があるのかと言われ、俺は騎士団の協力を得ようと言った。
「ロアが国王になるなら、全員と言わずとも位の高い騎士は王都に帰還するはずだ。俺たちとロアの仲は知れ渡っているし、話が通じそうな騎士に頭を下げる。それでどうだ?」
ミーレは悩み、逸る気持ちを抑えてくれた。
内容が内容であるため俺の同行は確定となり、ルルニアもついて行くと言った。身重だからアストロアスに残るべきだと言うが、それだけはあり得ないと断言された。
「ロアは私の神官です。危機に瀕しているなら助け、道を踏み外しそうなら導いてやらねばなりません」
「……だが」
「私だって心配なんです。魔力を多く使わねば体調は安定してますし、どうかよろしくお願いします」
深く頭を下げ、念押しで同行の許可を求めてきた。ルルニアからこんな風にお願いされることなど一度もなく、俺は長い悩みの末に折れた。
「────王都に行く機会などそうありませんし、新婚旅行と行きましょう。目標はロアの真意を問いただすこと、アストロアスへ連れて帰ることです」
机の上には赤い毛糸の玉と製作途中のマフラーがあった。完成度は七割ほどといった感じであり、ロアに贈る本命前の腕慣らしの品と言われた。
「ロアと言えば、まだ帰ってこられないのか」
「前回の手紙で帰還のめどがついたって書いてあったわ。特に問題が起きないようなら、今日届く手紙に出立の日程が記載されているはずよ」
「そうですか。ロアが戻るなら心強いですね」
トリエルのような敵が現れた時、権力者側に連携が取れる者がいると助かる。時間が掛かるようなら俺からも手紙を出そうと思っていたため、一旦は安心した。
いつ次の手紙が届くのか聞くと、今ぐらいの時間帯と言われた。気づけばミーレの表情には隠しきれぬソワつきがあり、しきりに窓の外を見ていた。
「ロアがアストロアスを発って二ヵ月ですか。王族ともなればそれだけしがらみがあるのでしょうが、待っている方は大変ですよね」
「いいのよ。あたしとロア様は付き合ってるわけじゃないんだし、大事なのはこれから。女を磨ける良い機会だと思うことにするわ」
会話をしつつ編み針を手に取り、マフラー編みの講習会が始まった。ルルニアはミーレの手つきを真剣に見つめ、数回の反復練習で技をものにしていった。
俺もやり方を教えてもらうが、糸がほつれて絡まって大変だった。
簡単な縫い方を教えてもらっていると、自室の扉がノックされた。
「……ミーレ様、騎士団から手紙が届きました」
一礼と共にフェイが現れ、手紙をミーレに手渡した。その後ろから紅茶のポットをトレイに乗せたプレステスが姿を見せ、カップを三つ机に並べた。
静々と赤い液体が注がれていくのを横目に、ナイフで手紙の封が切られた。予定通りなら帰還の知らせが届くはずで、ミーレはいたく緊張していた。
「きっと悪い返事じゃないはずだ。怖がらずに読めばいい」
「そうですよ。ミーレさんには私たちがついていますから」
俺たちからの応援を受け、ミーレは折りたたまれた手紙を広げた。文面を読み進めようと右から左へと目線が動くが、その動きはたったの一回で止まった。
(……何だ? 一文しか書いてなかったのか?)
悪い知らせかもしれないと、心臓がザワついた。
ミーレの顔から内容を読み取ろうとするが、困惑しか映っていなかった。声を掛けても返事がなかったため、半ば強引に手紙を受け取って読んでみた。すると、
『────次期国王に選ばれたため、そちらへは帰れません』
そんな意味不明な一文だけが書かれていた。
ミーレと同じく声を失っていると、ルルニアが横から文面を見てきた。プレステスとフェイも続き、どういうことかと疑問符を浮かばせた。
「…………これがロアの書いた文章なのか?」
最初に思ったのはそれだった。友人となって日が浅いが、知り合いにこんな簡素な手紙を送りつける奴でないことは分かる。ルルニアも同じ感想を抱いてくれた。
「次期国王に選ばれたのが本当だとしても、ロアなら詳しい経緯を説明してくるはずです」
「誰かが勝手にこの文面を書いたのか? 何の目的で?」
「分かりません。筆跡はロアのものに見えますが、この程度の文章量なら偽装も容易いと思います。本人のものとするのは早計です」
仮に本人が書いた物であろうとも、こんな手紙は認められなかった。
すぐに返事を書くべきと思うが、王都に着くまで最短で十日掛かる。返事が届く頃には手遅れになっている可能性があるため、他の方策を探す必要があった。
プレステスとフェイが空を飛ぶと言うが、秋の空は寒すぎる。そこを考慮に入れずとも、王国近辺に魔物が降り立つのは危険だ。発見と同時に殺されかねない。
「いいか、ミーレ。ロアは俺たちを蔑ろにするような奴じゃない。きっと王国にいる誰かが策を弄してこの手紙を出して……え?」
話の途中でミーレが立ち、壁に掛けてある防寒着を手に取った。
男らしく袖を通す姿に悲観はなく、一切の迷いなく言い放った。
「ごめん、皆。あたしちょっと王都まで出かけてくるから」
丁寧に結った髪をほどき、自室の外へと歩き出した。
俺たちはその歩みを見送りかけ、全員で引き止めた。
「待て、ミーレ! 気持ちは分かるが決断が早すぎる! アストロアスの外には魔物だっているんだぞ!」
「だからってこんな手紙は認められないわ。ロア様の名を騙ろうとした落とし前は、絶対につけさせなきゃいけない。お願いだから止めないで」
「何の用意をせずに行っても王都の検問で立ち往生するだけだ。俺もついて行くから準備に時間をくれ!」
説得のおかげでミーレは正気を取り戻し、ベッドに座った。王城に入るための作戦があるのかと言われ、俺は騎士団の協力を得ようと言った。
「ロアが国王になるなら、全員と言わずとも位の高い騎士は王都に帰還するはずだ。俺たちとロアの仲は知れ渡っているし、話が通じそうな騎士に頭を下げる。それでどうだ?」
ミーレは悩み、逸る気持ちを抑えてくれた。
内容が内容であるため俺の同行は確定となり、ルルニアもついて行くと言った。身重だからアストロアスに残るべきだと言うが、それだけはあり得ないと断言された。
「ロアは私の神官です。危機に瀕しているなら助け、道を踏み外しそうなら導いてやらねばなりません」
「……だが」
「私だって心配なんです。魔力を多く使わねば体調は安定してますし、どうかよろしくお願いします」
深く頭を下げ、念押しで同行の許可を求めてきた。ルルニアからこんな風にお願いされることなど一度もなく、俺は長い悩みの末に折れた。
「────王都に行く機会などそうありませんし、新婚旅行と行きましょう。目標はロアの真意を問いただすこと、アストロアスへ連れて帰ることです」
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる