エッチな精気が吸いたいサキュバスちゃんは皆の癒しの女神

のっぺ

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第百六十六話『朝日を求めて1』

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 同盟を受けるべきか迷うと、ドーラは下水道の先に行った。
 奥に見せたいものがあると言われ、入り組んだ道を進んだ。

 到着したのは水が枯れた水路だった。暗がりに向けてドーラが手を三回打つと、間隔を置いて手を三回打つ音が返ってきた。続けざまに二回手を打った瞬間、複数人の足音が聞こえてきた。

「さぁ、皆のドーラ様が帰ったわよ」

 ぞろぞろと出てきたのはこの街の住民だ。成人した男性と女性に加え、十代ぐらいの少年と少女の姿もある。手にはロウソクを持っており、明るく声を発してドーラの元に駆け寄ってきた。

「おぉ! 姉さん! よくぞご無事で!」
「ドーラ姉ちゃん! おかえり!」
「まったく、遅かったから心配したぞ!」

 最低でも二十人ほどが隠れていた。全員がドーラの帰還を祝福しており、ドーラもまた調子の良さそうな顔で出迎えられていた。

「この子たちは全員わたしの下僕よ。眷属から逃げて下水道に降りてきたから、食事をもらう代わりに守ってあげる契約をしたってわけ」
「うっす! 姉さんには世話になってます!」
「あの女に追い詰められた時、地上で物音がしたでしょ? あんらが負けたら困るから、音を出すようにお願いしたわけね。凄いでしょ」

 その言葉に数人の男性が棒や板を持ち上げた。ドーラはサキュバス的な特徴を見せたままにしていたが、それを非難する者はいなかった。

(……ドーラって確か、結構な数の人間を喰ってきたんだよな)
(……今は食べようとしても食べられないので、人間相手に世話焼きな一面が出たのかもしれませんね。一応はニーチャの面倒も見ていましたし)
(……互いを知り合える機会があれば、こんな結末もあるのか)

 夜は下水道に身を潜め、昼になったら街に戻る。眷属化された者に徘徊の記憶はないため、日が出ているうちは元通りの生活ができるらしい。

 大切な者たちの普段通りな姿を見る度、夜の狂暴性に心が痛む。ここにいる者たちは皆、日常を取り戻すために集まった反抗組織とのことだ。

「あんたら、あのヴァンパイアに対抗できるんだろ?!」
「おれたちの姉さんに力を貸してくれ! この通りだ!」

 一人が頭を下げると他の者も続いた。魔物という括りならドーラも同じだが、ヴァンパイアだけを騒動の元凶と定めて闘志を燃やしていた。

「見ての通りやる気はあるんだけど、戦力としては微妙でね。ここにいる全員で襲い掛かってもヴァンパイアには傷もつけられないわ」
「ぐっ、ふがいねぇ!」
「俺たちが強ければ!」
「逆転の手段を見つけられないでいた時、あんたたちが現れたわ。ヴァンパイアと敵対しているのを目にして、命がけで助けたわけね」

 辛酸を舐めさせられた恨みはあるが、一旦は忘れることにしたそうだ。
 ここに襲撃がこないか聞くと、ドーラは最近得たという情報を口にした。

「あの女の眷属って流水を避けるのよね。ヴァンパイアにそんな性質はないから意味不明って感じ」
「なら本人がきたりしないのか?」
「きたけどバレてないわ。ヴァンパイアの探知能力ってしょぼいから、やり過ごすだけなら簡単よ」

 下水道全体が安全な空間になっていると知った。聞けば貴族が多く住んでいる区画に繋がっている水路もあるとのことだった。
 無事に帰れそうだと思っていると、ドーラはまた歩き出した。俺たちと合わせたい人物がいるらしく、誰のことかと首を捻った。

 そうして着いたのは水路の行き止まりだ。道の隅っこで縮こまっていたのは、暗闇でも目立つ金髪をした男性だった。ロアではなかったが見た目が少し似ていた。

「…………王子?」
 俺のポツリとした呟きに男性は顔を上げた。

 目元には四角い眼鏡があり、活力の抜けた顔をしている。声を掛けてきたのが知り合いでないと分かってか、腕で足を抱えて俯いてしまった。

「あら、知り合いだと思ったけど違ったかしら。林でわたしを捕まえた騎士の中に、こんな顔の男がいた気がしたのだけれど」
「……人違いだが、無関係というわけでもなさそうだ」
「しばらく前にわたしとダーリンの前に現れたのよ。王城に幽霊が出たとかで、部下の力を借りて逃げてきたって言ってたわ」

 やはり王族なのは間違いなさそうだ。目の前でしゃがんで声を掛けると、掠れ声で「……第三王子のレイスタットだ」と返事があった。

「他の子たちと違って外に出れば目立つでしょ? 最初は王城を取り戻すって息巻いてたんだけど、全部失敗しちゃってね。付き添いの部下も日に日に減って、今は独りになっちゃったって感じ」

 下水道にいる面々の中では古株だが、本人が他者との関りを拒絶する。王子という尊大な肩書もあり、接する者はドーラのみのようだ。

「これでこっちの手札は全部見せたわ。考える時間はたっぷりあげたんだから、そろそろ答えを聞かせてくれないかしら?」

 俺とルルニアは目配せをした。元のドーラの人物像を知っている分抵抗はあったが、悠長なことを言ってられる状況ではなかった。

「悩む時間がないなら、目で見たものを信じるしかないな」
「私も同じ思いです。ですがその前に一つ確認をしますね」
 ルルニアは俺の前に立ち、ドーラに問いかけた。

「あなたのことですしダーリンとやらを取り戻して満足、というわけではないのでしょう? 他に要求があるならもったいぶらず言って下さい」
「察しがいいわね。わたしたちが力を貸す代わり、淫紋の枷を解いてもらうわ。今は回数を増やすことで我慢してるけど、全然物足りないのよ」

 元の力を取り戻すのがドーラの狙いだった。要求としては妥当だが、それを受け入れるとドーラは人喰いのサキュバスに戻ってしまう。俺と同じ懸念をルルニアも考え、交渉を続けた。

「あなたを元に戻すことはできません。ですが力を取り戻させた方が作戦の幅が広がるのも事実、だから折衷案を提示します」
「……折衷案?」
「今ここで、淫紋の枷を一段階外します。王都の奪還が叶った場合は追加で枷を外し、可能な限り元の状態に戻すと約束します」

 もし奪還が失敗して俺たちが死んでも、ある程度の力を取り戻すことができる。報酬の前払いのような提案に、ドーラは悩み唸った。

「……ま、落としどころとしては妥当ね。わたしだってあんたらの力が必要だし、それで受け入れてやるわ。改めて同盟を組みましょ」
 俺たちは手を重ね、ヴァンパイアの打倒を掲げた。

「さて、それでは始めますか」
「当然よ。早く済ませましょ」

 ルルニアとドーラが下水道の小道に移動し、眩い閃光が発せられた。壁に背を預けて待っていると、十分しないぐらいで戻ってきた。ドーラの淫紋の模様はわずかばかり減っていた。

「さぁ! ちゃんと美味しく食べれるようになったか要検証ね! せっかく近くにいるんだし、今日は王族チンポを味わうわよ!」

 満面の笑みで第三王子の腕を掴んだ。一度は乱暴に振り払われるが、耳元で何かささやかれると力が抜けた。立ち上がった第三王子の顔には羞恥と悔しさが映っており、再び小道に移動した。

(……今さらだが、食事をもらう代わりに人間を守ってるって言ってたよな。大人はともかく、子どもからも吸精して……うん。やめとくか)

 この空間を守り通しているのはドーラだ。今は誰の目にも分かる非常事態だし、外様の俺が口を挟むことではない。倫理観は脇に投げ捨てた。

「や、やめろ、サキュバス! 性行為ならぼく以外でいいだろ!」
「あらいいじゃい。坊やのチンポ、右曲がりでとっても素敵よ♡」
「形のことは言うな! やめろ、ズボンを脱がすな!?」
「嫌そうな割に勃起してるじゃない。素直じゃないわね」

 二人の騒がしい声を聞きつつ、ルルニアと下水道の先を見据えた。

「……そういえば、ディアムの屋敷の近くまで帰る道を聞き忘れたな」
「……地下だと方角も分かりませんしね。一旦終わるまで待ちますか」
「お、お前の身体は良すぎるんだ! 妻と性行為できなくなったらどうする!」
「……皆が無事か気になるが、今は待つしかないか」
「……きっと大丈夫です。信じて待つとしましょう」
「呼べばいつでも会いに行ってあげるわよ。報酬は金貨三枚ってとこかしら?」
「……まだ掛かりそうだし街の人たちから話を聞いてみるか」
「……有益な情報があるかもしれませんしね。私も行きます」

 第三王子の絶叫じみた喘ぎ声を背に去った。

 それから薬屋という職業を明かし、住民たちの診察を行った。日中は地上にいるということもあって酷く体調を崩している者はいなかったが、疲れはあった。元気に動けるのは数日が限界と見た。

 両親が眷属化されてしまった子どもに、おかしくなった妻に襲われかけた夫、親友と夜に行っていた賭け事ができなくなった語る若者など、千差万別な事情を知った。どうにかせねばならなかった。

 住民たちと別れて道を戻ると、丸まってシクシク泣いている第三王子を見た。隣にいたドーラの肌はツヤツヤであり、身長が少し伸びていた。

「はぁ……、最高だったわ。これよりもっと上を味わえるって言うなら、命を張る価値があるわね。後で全員の味を再確認しなきゃいけないわ」

 ご満悦なドーラに声を掛け、帰路について聞いた。詳しい者を呼ぶと言われ、下水道の整備士の協力を得た。出口の先に広がっていた景色には見覚えがあり、ようやく地上に戻った。
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