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第百七十話『王城にて2』
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城壁を越えて見たのは敷地をうろつく兵士だ。馬車を発見するなりにじり寄っててくるが、一定の距離で止まった。眷属化された御者が手を振ると、興味を失った様子で去っていった。
「……俺たちと話をする気はあるみたいだな」
馬車は螺旋状に曲がった坂を進み、次の城壁を通過した。月明かりに巨大な王城が照らされているが、荘厳さより不気味さを感じた。
これからどこへ向かうのかと思っていると、王城の一室に明かりがついた。窓の前には複数の人影があり、俺たちを見下ろしていた。
「眷属化された王城の人たち……か?」
人数は三人おり、大人二人と子ども一人がいた。
逆光のせいで顔は分からず、馬車は道を折れた。
「ねぇ、ちょっといい? グレにぃ、ルルちゃん」
「どうした?」
「もしもの時は二人だけでも逃げてね。あたしはここで死んでも悔いはないけど、二人は違うでしょ。アストロアスへ戻って、仲良く暮らしてね」
本当に何の悔いもなさそうな顔をしていた。俺は隣のルルニアと無言で意思を交わし、拳でミーレの頭頂部を強めに小突いてやった。
「ひゃっ!? な、何で急に殴るのよ!?」
「バカなこと言うからだ。この旅の間は妹気分でいるって、そう言ったよな。お前の兄が緊急時だからって妹を見捨てる薄情者に見えるか?」
「それでも最悪は想定するべきでしょ!?」
「そこを考えるのは俺とルルニアの仕事だ。お前には何の力もないんだから、ロアだけを一番に思って行動すればいいんだ。分かったな?」
でもでもと否定を口にしたため、頬をつまんでやった。
綺麗に整えた化粧が若干崩れるが、構いはしなかった。
「グレイゼルの言う通りですよ。最初からダメと思って行動すると、結果も良くないものになります。必ずロアを助け出せると信じましょう」
ミーレは腫れた頬を手で抑え、コクンと頷いた。
必ず三人で生きて帰ろうと、誓いを重ね合った。
王城の正面入り口に到着すると馬車が停まった。見上げるほどの大きさの扉が音を立てて開かれていき、王城に足を踏み入れた。
さぞや眷属化した兵士や貴族が徘徊していると思ったが、予想が外れた。数は一区画に一人といった少なさで、中は静かだった。
「……外側の警備を厚くして、内側は手薄にしているようですね」
「……魔力を節約するために見えない部分は手を抜いてる感じか」
「……そんなところだと思います。これは使えそうな情報ですね」
一応、案内役の御者の耳に入らないように会話した。
幾重にも階段を上ってたどり着いたのは、金の装飾がついた扉だ。通路の暗闇に反して隙間からは明かりが漏れており、合図を交わして開けた。
室内には優美な旋律の曲が流れており、壁際には複数の奏者がいた。音程に合わせて舞い踊る貴族たちがいたが、全員の表情は固定されていた。
「よく見ると同じ動作を繰り返してるだけだな」
「みたいね。置いてある食事も適当な感じだわ」
背後の扉が閉ざされ、案内役の御者が床に倒れ込んだ。
周囲を警戒しながら歩いていると、急に曲が停まった。
貴族たちが一様に視線を向けたのは会場の奥に用意された椅子だ。いかにも王族が座るような見た目で、舞台袖からロアが出てきた。
割れんばかりの拍手が鳴り響く中、ロアの腕に別の腕が回された。付き添うようにして現れたのは、大人びた姿のヴァンパイアだった。
「────うむ、くるしゅうないぞ」
その言葉と共に拍手が止んだ。演奏の再開に合わせて貴族たちは別の踊りを始めた。ヴァンパイアはロアを椅子に座らせ、ひじ掛けに尻を乗せて足を組んだ。
「よくぞ誘いに応じて顔を出した。すでに見当はついていると思うが、わらわこそが数百年前の天使、『フレイヤ・アルジャンテ』じゃ」
何者より白く白々しく、絶対強者としての威厳を感じた。胸元や腰回りは際どいところまで露出していたが、魅力以上に畏怖があった。
ひと目でヴァンパイアと分かるが、頭に浮かぶ違和感があった。それが何か言語化できないでいると、ルルニアが訝しみながら言った。
「────あなた、いったい誰ですか?」
無礼と取られかねない発言だったが、フレイヤは笑った。人形と化したロアに持たれ掛かったかと思うと、手で顎の輪郭をなぞり始めた。
「そんなにわらわが喋ったのが意外か? 昨夜は興が乗らなかっただけ、お主らの素性を知って会話する気になっただけじゃ」
「……にしては性格が変わり過ぎですね」
「どうでもいいことに喰いつくのう、お主。こうやってわらわと顔を合わせたなら、先に聞くべきことがあるのではないか?」
その発言に合わせ、ミーレがロアを返して欲しいと訴えた。だが、
「うむ、断る。この男の見た目はわらわ好みでな、手放すのは惜しい。そこを考慮に入れずとも、交わした契約があるから無理じゃ」
「交わした契約?」
「人類を守るために力を貸してくれないか、とお願いされてな。あまりの真剣さに心打たれ、こうして願いを叶えてやっておるわけよ」
突拍子もない発言に閉口した。フレイヤは俺たちの反応に口角を上げ、踵で床を二回叩いた。演奏の旋律が静かなものに変わる中、フレイヤとロアの出会いが語られた。
「……俺たちと話をする気はあるみたいだな」
馬車は螺旋状に曲がった坂を進み、次の城壁を通過した。月明かりに巨大な王城が照らされているが、荘厳さより不気味さを感じた。
これからどこへ向かうのかと思っていると、王城の一室に明かりがついた。窓の前には複数の人影があり、俺たちを見下ろしていた。
「眷属化された王城の人たち……か?」
人数は三人おり、大人二人と子ども一人がいた。
逆光のせいで顔は分からず、馬車は道を折れた。
「ねぇ、ちょっといい? グレにぃ、ルルちゃん」
「どうした?」
「もしもの時は二人だけでも逃げてね。あたしはここで死んでも悔いはないけど、二人は違うでしょ。アストロアスへ戻って、仲良く暮らしてね」
本当に何の悔いもなさそうな顔をしていた。俺は隣のルルニアと無言で意思を交わし、拳でミーレの頭頂部を強めに小突いてやった。
「ひゃっ!? な、何で急に殴るのよ!?」
「バカなこと言うからだ。この旅の間は妹気分でいるって、そう言ったよな。お前の兄が緊急時だからって妹を見捨てる薄情者に見えるか?」
「それでも最悪は想定するべきでしょ!?」
「そこを考えるのは俺とルルニアの仕事だ。お前には何の力もないんだから、ロアだけを一番に思って行動すればいいんだ。分かったな?」
でもでもと否定を口にしたため、頬をつまんでやった。
綺麗に整えた化粧が若干崩れるが、構いはしなかった。
「グレイゼルの言う通りですよ。最初からダメと思って行動すると、結果も良くないものになります。必ずロアを助け出せると信じましょう」
ミーレは腫れた頬を手で抑え、コクンと頷いた。
必ず三人で生きて帰ろうと、誓いを重ね合った。
王城の正面入り口に到着すると馬車が停まった。見上げるほどの大きさの扉が音を立てて開かれていき、王城に足を踏み入れた。
さぞや眷属化した兵士や貴族が徘徊していると思ったが、予想が外れた。数は一区画に一人といった少なさで、中は静かだった。
「……外側の警備を厚くして、内側は手薄にしているようですね」
「……魔力を節約するために見えない部分は手を抜いてる感じか」
「……そんなところだと思います。これは使えそうな情報ですね」
一応、案内役の御者の耳に入らないように会話した。
幾重にも階段を上ってたどり着いたのは、金の装飾がついた扉だ。通路の暗闇に反して隙間からは明かりが漏れており、合図を交わして開けた。
室内には優美な旋律の曲が流れており、壁際には複数の奏者がいた。音程に合わせて舞い踊る貴族たちがいたが、全員の表情は固定されていた。
「よく見ると同じ動作を繰り返してるだけだな」
「みたいね。置いてある食事も適当な感じだわ」
背後の扉が閉ざされ、案内役の御者が床に倒れ込んだ。
周囲を警戒しながら歩いていると、急に曲が停まった。
貴族たちが一様に視線を向けたのは会場の奥に用意された椅子だ。いかにも王族が座るような見た目で、舞台袖からロアが出てきた。
割れんばかりの拍手が鳴り響く中、ロアの腕に別の腕が回された。付き添うようにして現れたのは、大人びた姿のヴァンパイアだった。
「────うむ、くるしゅうないぞ」
その言葉と共に拍手が止んだ。演奏の再開に合わせて貴族たちは別の踊りを始めた。ヴァンパイアはロアを椅子に座らせ、ひじ掛けに尻を乗せて足を組んだ。
「よくぞ誘いに応じて顔を出した。すでに見当はついていると思うが、わらわこそが数百年前の天使、『フレイヤ・アルジャンテ』じゃ」
何者より白く白々しく、絶対強者としての威厳を感じた。胸元や腰回りは際どいところまで露出していたが、魅力以上に畏怖があった。
ひと目でヴァンパイアと分かるが、頭に浮かぶ違和感があった。それが何か言語化できないでいると、ルルニアが訝しみながら言った。
「────あなた、いったい誰ですか?」
無礼と取られかねない発言だったが、フレイヤは笑った。人形と化したロアに持たれ掛かったかと思うと、手で顎の輪郭をなぞり始めた。
「そんなにわらわが喋ったのが意外か? 昨夜は興が乗らなかっただけ、お主らの素性を知って会話する気になっただけじゃ」
「……にしては性格が変わり過ぎですね」
「どうでもいいことに喰いつくのう、お主。こうやってわらわと顔を合わせたなら、先に聞くべきことがあるのではないか?」
その発言に合わせ、ミーレがロアを返して欲しいと訴えた。だが、
「うむ、断る。この男の見た目はわらわ好みでな、手放すのは惜しい。そこを考慮に入れずとも、交わした契約があるから無理じゃ」
「交わした契約?」
「人類を守るために力を貸してくれないか、とお願いされてな。あまりの真剣さに心打たれ、こうして願いを叶えてやっておるわけよ」
突拍子もない発言に閉口した。フレイヤは俺たちの反応に口角を上げ、踵で床を二回叩いた。演奏の旋律が静かなものに変わる中、フレイヤとロアの出会いが語られた。
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