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第三十三話『村に活気の風を5』
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ゴブリンの襲撃を凌いでから二時間後、俺はミーレの自宅である村長の屋敷に呼び出された。理由はゴブリンの襲撃を退けた少女がルルニアかどうかの詰問でまず間違いなかった。
(……あれだけ派手に暴れればな)
玄関口のベルを鳴らすと中から初老の男性が出てきた。男性は屋敷に長く勤めているお手伝いさんで、ミーレの名を出すと中に入れてくれた。
屋敷は村の大半を占める丸太小屋と違い、木の板を組んだ建築様式となっている。
俺は調度品や鹿の剝製が置かれた廊下を進み、二階にあるミーレの部屋の戸を叩いた。
「……誰?」
「俺だ」
「……入って」
ミーレは膝を抱えてベッドに座り、半目で俺を見ていた。
妹然とした親しみはなく、刺々しく警戒を発している。家族同然の相手にこんな反応をさせることをしたのだと、自分の過ちの重さを痛感させられた。
あえて何も言わずミーレの喋り出しを待っていると、壁際に置かれた椅子に座るよう指示された。大人しく従って座ると、単刀直入に質問が飛んできた。
「ねぇ、グレにぃ。さっきのアレって何?」
「あれ?」
「とぼけないで。皆は分からなくても私は面識があるから分かるよ。魔物の群れと戦ってたのって、グレにぃの家にいたルルニアさんでしょ?」
確信を持った声を受け、素直にあれがルルニアだと認めた。
俺の即答にミーレは表情を険しくし、追加で質問してきた。
「何で魔物と暮らすことになったの?」
「きっかけは十日ほど前だ。俺の寝込みを襲おうと現れて、そこで取引をした。俺が食事を提供する代わり、他の人間には手を出さないってな」
「人間を食べる相手を信用したの?」
「そうなる。あいつは特別な体質で、俺の体液を飲むだけで腹が満たされるんだ」
「体液を飲むって……もしや血とか?」
この場で嘘はつきたくなかったが、さすがに自分の精子を食べさせているとは言えない。無言で頷くと食事が血液だと納得し、シーツの下に隠していた短剣を見せてきた。
「グレにぃが操られてるかもと思って用意してたの。頭はしっかりしてるみたいだけど、それはそれで問題ね。だって極刑もあり得る重罪だもの」
「分かってる。俺は皆を裏切った自覚を持ってルルニアと暮らしていた。人を喰う化け物の言葉を信じ、人の生活圏内にあいつを置いていたんだ」
言い訳も弁明もしなかった。狂っているのは俺の方なのだから当然だ。
「……グレにぃはさ、ルルニアさんのこと好きなの?」
「あぁ、俺はルルニアを一人の女性として愛している」
俺の言にミーレは複雑そうな顔をした。
「この件について村長やロア様に報告するか?」
「するわけないでしょ。グレにぃは皆の命の恩人で、あたしのお兄ちゃんでもあるんだよ? 簡単に見捨てられるなら縄で縛って檻に入れてるって」
「……愚問だったな。忘れてくれ」
「でも考えてみればおかしかったわよね。グレにぃが自分から女の人を家に連れ込むはずがないんだもの。その時点で不自然って思うべきだったわ」
本当に俺のことをよく知っている。出来た妹だ。
誇らしい気持ちでいるとムッとした顔をされた。
「グレにぃ、今は笑うところじゃないでしょ」
「悪い。ただミーレと会えて良かったと思ってな」
俺は真摯にルルニアへの想いを伝えた。あいつが誰かに殺されるなら俺も死ぬ。村人との関りを秤に掛けるほど好きになったのだと、淀みのない声で言い切った。
「そりゃ私もルルニアさんが普通の人なら応援してたけどさ……」
「俺は今の生活を手放す気はない。村を出て行けと言うなら明日にも行動に移す。薬のレシピや調合の仕方は全部紙にまとめて置いていく」
裏切りの贖罪としては安すぎるぐらいだ。旅の路銀さえ残してくれれば金も全部渡すと言うと、ミーレはたっぷり悩んでから「よし」と言った。
「────そこまで自分の罪を自覚してるなら、なおさらここで暮らしてもらうわ」
それはどういうことか、問いを投げる俺をミーレは嗜めた。
「ルルニアさんを連れ回すってことは危険な魔物を野放しにするのと同義よ。なら特定の場所にいてもらった方が監視しやすくなるわ」
「それだと村人に危険が及ぶかもだぞ?」
「私はグレにぃを信じる。だからルルニアさんが人を襲わないっていう話も信じる。さっきの戦いも信頼の勘定に入れて、一つ提案するわ」
固唾を飲む俺にミーレは宣言した。
「ルルニアさんには今後定期的に村へ降りてもらうことにするから」
「村に……?」
「グレにぃは他の村に薬を売りに行くでしょ? 不在の間にルルニアさんが何をしているか、常に把握できる人が必要だわ。それを私が担ってあげる」
日々の生活の中でルルニアが独りでいる時間を作らない。そうすることで誰かが魔物の被害にあってもルルニアの無実を証明できると、そう告げた。
「皆には村の新しい仲間だって紹介するわ。私たちの暮らしに馴染めるか見定めて、信頼できる相手か確かめる。グレにぃのお嫁さんとしてもね」
「拒絶しないのか」
「初対面の時、私は本気で二人がお似合いだと思ったの。グレにぃの愛が本物だって言うなら、絶対にルルニアさんをものにして。魔物じゃなく人間の側に引き込んでみせて」
そう言ってベッドから降り、強く厳しい声で言い放った。
「────私も二人の共犯者になるわ。誰もルルニアさんが魔物と疑わぬよう、最愛の夫婦を演じなさい。それが村長の娘であるミーレ・アークスとしての決定よ」
(……あれだけ派手に暴れればな)
玄関口のベルを鳴らすと中から初老の男性が出てきた。男性は屋敷に長く勤めているお手伝いさんで、ミーレの名を出すと中に入れてくれた。
屋敷は村の大半を占める丸太小屋と違い、木の板を組んだ建築様式となっている。
俺は調度品や鹿の剝製が置かれた廊下を進み、二階にあるミーレの部屋の戸を叩いた。
「……誰?」
「俺だ」
「……入って」
ミーレは膝を抱えてベッドに座り、半目で俺を見ていた。
妹然とした親しみはなく、刺々しく警戒を発している。家族同然の相手にこんな反応をさせることをしたのだと、自分の過ちの重さを痛感させられた。
あえて何も言わずミーレの喋り出しを待っていると、壁際に置かれた椅子に座るよう指示された。大人しく従って座ると、単刀直入に質問が飛んできた。
「ねぇ、グレにぃ。さっきのアレって何?」
「あれ?」
「とぼけないで。皆は分からなくても私は面識があるから分かるよ。魔物の群れと戦ってたのって、グレにぃの家にいたルルニアさんでしょ?」
確信を持った声を受け、素直にあれがルルニアだと認めた。
俺の即答にミーレは表情を険しくし、追加で質問してきた。
「何で魔物と暮らすことになったの?」
「きっかけは十日ほど前だ。俺の寝込みを襲おうと現れて、そこで取引をした。俺が食事を提供する代わり、他の人間には手を出さないってな」
「人間を食べる相手を信用したの?」
「そうなる。あいつは特別な体質で、俺の体液を飲むだけで腹が満たされるんだ」
「体液を飲むって……もしや血とか?」
この場で嘘はつきたくなかったが、さすがに自分の精子を食べさせているとは言えない。無言で頷くと食事が血液だと納得し、シーツの下に隠していた短剣を見せてきた。
「グレにぃが操られてるかもと思って用意してたの。頭はしっかりしてるみたいだけど、それはそれで問題ね。だって極刑もあり得る重罪だもの」
「分かってる。俺は皆を裏切った自覚を持ってルルニアと暮らしていた。人を喰う化け物の言葉を信じ、人の生活圏内にあいつを置いていたんだ」
言い訳も弁明もしなかった。狂っているのは俺の方なのだから当然だ。
「……グレにぃはさ、ルルニアさんのこと好きなの?」
「あぁ、俺はルルニアを一人の女性として愛している」
俺の言にミーレは複雑そうな顔をした。
「この件について村長やロア様に報告するか?」
「するわけないでしょ。グレにぃは皆の命の恩人で、あたしのお兄ちゃんでもあるんだよ? 簡単に見捨てられるなら縄で縛って檻に入れてるって」
「……愚問だったな。忘れてくれ」
「でも考えてみればおかしかったわよね。グレにぃが自分から女の人を家に連れ込むはずがないんだもの。その時点で不自然って思うべきだったわ」
本当に俺のことをよく知っている。出来た妹だ。
誇らしい気持ちでいるとムッとした顔をされた。
「グレにぃ、今は笑うところじゃないでしょ」
「悪い。ただミーレと会えて良かったと思ってな」
俺は真摯にルルニアへの想いを伝えた。あいつが誰かに殺されるなら俺も死ぬ。村人との関りを秤に掛けるほど好きになったのだと、淀みのない声で言い切った。
「そりゃ私もルルニアさんが普通の人なら応援してたけどさ……」
「俺は今の生活を手放す気はない。村を出て行けと言うなら明日にも行動に移す。薬のレシピや調合の仕方は全部紙にまとめて置いていく」
裏切りの贖罪としては安すぎるぐらいだ。旅の路銀さえ残してくれれば金も全部渡すと言うと、ミーレはたっぷり悩んでから「よし」と言った。
「────そこまで自分の罪を自覚してるなら、なおさらここで暮らしてもらうわ」
それはどういうことか、問いを投げる俺をミーレは嗜めた。
「ルルニアさんを連れ回すってことは危険な魔物を野放しにするのと同義よ。なら特定の場所にいてもらった方が監視しやすくなるわ」
「それだと村人に危険が及ぶかもだぞ?」
「私はグレにぃを信じる。だからルルニアさんが人を襲わないっていう話も信じる。さっきの戦いも信頼の勘定に入れて、一つ提案するわ」
固唾を飲む俺にミーレは宣言した。
「ルルニアさんには今後定期的に村へ降りてもらうことにするから」
「村に……?」
「グレにぃは他の村に薬を売りに行くでしょ? 不在の間にルルニアさんが何をしているか、常に把握できる人が必要だわ。それを私が担ってあげる」
日々の生活の中でルルニアが独りでいる時間を作らない。そうすることで誰かが魔物の被害にあってもルルニアの無実を証明できると、そう告げた。
「皆には村の新しい仲間だって紹介するわ。私たちの暮らしに馴染めるか見定めて、信頼できる相手か確かめる。グレにぃのお嫁さんとしてもね」
「拒絶しないのか」
「初対面の時、私は本気で二人がお似合いだと思ったの。グレにぃの愛が本物だって言うなら、絶対にルルニアさんをものにして。魔物じゃなく人間の側に引き込んでみせて」
そう言ってベッドから降り、強く厳しい声で言い放った。
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