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第四十八話『サキュバスの襲撃1』
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湖のほとりで一時間ばかり身体を休め、俺たちは帰路に着いた。
死ぬ寸前まで体力を消耗したはずだが、自力で歩けるまでになった。以前森で抱いた疑問の通り、失った精気の回復速度が妙に早い気がする。と、額の汗を拭いながら考えた。
「……今は俺よりルルニアの方が大変そうだな」
肩で息をして歩き、途中途中で立ち止まっている。「身体の調子が良いのに吐き気が止まらない」と、恐らくは精気の過剰摂取による不調を訴えていた。
「こんな一度に吸えるかって身体から怒られてる気が……じまず。でもこれはあなたとの初めてで食した精気……です。何が何でも吐きまぜ、んぷっ」
吐き気止めの薬があれば違っただろうが、ここにはない。今日は採取も調合もやめてベッドの上でひたすら休もうと言うと、強張った表情を和らげてくれた。
「一応言っておくが、俺は初めてを吐かれても気にしないぞ」
「嫌です。お腹を殴られても身体を絞られても吐きま……ぜ、うぅ」
ふらふらりとたたらを踏み、道中の木に寄り掛かった。吐きたいなら背中をさすってやるのだが、吐きたくないならやれることは少ない。早く家に帰るぐらいだ。
(……おんぶは、今の体力ならいけなくもないか)
家はもう目と鼻の先、俺はルルニアの前に座って背中をさらけ出した。申し訳なさそうな顔で断られるが、根気よく待つと身体を預けてくれた。
「至らぬサキュバスですいません」
「サキュバスうんぬん以前に俺の妻だ。苦しんでいるのを放置は出来ない」
「ありがとうござい……ま……す」
安心したのかすぐに眠った。ルルニアの身体はとても軽く、俺が守ってやらねばという思いが強く湧く。腕と足にも力が入った。
「回復した精気を闘気として使えば……」
一歩二歩と進む度に出力を微調整していく。何度か試す内にコツが掴め、安定した状態でルルニアを抱えることが可能になった。
「それでも家に着くまでが精いっぱいだな」
坂を登って平坦な道を通り、また坂を登る。夏の虫のやかましい鳴き声を横耳に曲がり角を通り抜け、ようやく家の敷地が目に入った。そこで気がついた。
「…………あれは?」
庭先にロアの騎士団がいた。見えるだけでも数は四人、その全員が武装した状態で家の周りを歩き回っている。明らかに尋常な事態ではなかった。
俺は慌てて踵を返し、近くにある獣道へと駆け込んだ。
息を潜めて茂みをかき分け、高所から家を観察してみた。
「来たのはついさっきみたいだな」
湖のほとりを出る直前に入れ違ったのだろう。ゆっくり休んでいなければ危なかった。
酒場で働かせたせいで身バレしたのかと思ったが、それなら夜の内に俺ごと捕縛するはず。事前に目星がついていたのだったら、報告の任を依頼する必要もないはずだ。
(……何かロア側で不足の事態が起きたのか?)
耳を澄ますと家の前の騎士の会話が聞こえた。
「報告します! 薬屋殿は家におりませんでした!」
「例の魔物に襲われたのかもしれん。捜索網を山全体に広げるぞ!」
「了解! わたしは村の仲間に状況を伝えます!」
一人の騎士が馬を駆って山道を駆けていった。
一瞬見えた表情には殺気ではなく焦りがあった。
「……例の魔物って何だ?」
口ぶり的にルルニアでは無さそうだ。いっそ単身で騎士たちの前に出るべきかとも思ったが、もしもを考えると安易な行動には出られない。
ひとまず騎士が去るのを待ち、家に入ってルルニアを寝かせる。騎士が戻ってきたら山奥まで採取に出てたことにし、穏便に済ませられるか確かめる。
「無理だった場合はルルニアを連れて逃げるしかないな」
詳しい状況が分からぬ以上、現状で打てる手はこれしかない。ルルニアと話し合って段取りを組みたいところだが、揺すっても起きる様子がなかった。
俺は獣道に戻り、家の裏手側の森に回った。手頃な平地にルルニアを寝かせようとすると、妙な気配を感じた。昼間だというのに森全体が静けさに包まれた。
「何かいるのか?」
ポーチから投げナイフを取り出すと同時、木々の隙間の影が蠢いた。
構えを解かずに様子を伺うと、影は空中を浮遊しながら接近してきた。
俺たちの前に現れたのは幼い容姿のサキュバスだ。身長は百三十そこそこで一枚の布を身に纏っている。髪の長さは肩の位置より長く、色は濃い青色となっている。眠たげな半目が特徴的だ。
「おー……、見つけた。『ニーチャ』がんばった」
小さな翼を羽ばたかせ、フワリと地面に下り立つ。体格に似合わぬ巨大な乳房が弾み、発生した振動で「おっとと」とのんびりした声を発して足をフラつかせた。
「今回は転ばなかった。頑張った」
「…………」
「どう? ニーチャ、凄くない?」
たぶん『ニーチャ』というのがこのサキュバスの名だ。俺とルルニアを探していたのは間違いなく、警戒して投げナイフを構えた。が、手に力が入らず落としてしまった。
「しまった」
剥き出しの刃が枯葉の上に転がる。するとニーチャは屈んで投げナイフを広い、二投目を手に持とうとする俺の前にテコテコと歩いて来た。
「これ大事? それとも要らない?」
「え、あ、どちらかと言うと大事寄り……だな」
「じゃあ返す。これって良いこと?」
反応に困って頷くと、ニーチャは屈託のない微笑みを浮かべた。褒めて欲しそうだったので頭を撫でてやるが、この時間は何だろうか。そう思っていると近場の茂みが弾けた。
「ちっがーう! そうじゃないでしょ!」
キンキン声で現れたのは片角の大人サキュバスだった。
ーーーーーーーーーー
ここから二章です。一応ですがハーレム展開にはなりません。一対一恋愛を維持しつつ、人間と魔物のエッチなスローライフを描きます。次話からもお付き合いいただければ幸いです。
死ぬ寸前まで体力を消耗したはずだが、自力で歩けるまでになった。以前森で抱いた疑問の通り、失った精気の回復速度が妙に早い気がする。と、額の汗を拭いながら考えた。
「……今は俺よりルルニアの方が大変そうだな」
肩で息をして歩き、途中途中で立ち止まっている。「身体の調子が良いのに吐き気が止まらない」と、恐らくは精気の過剰摂取による不調を訴えていた。
「こんな一度に吸えるかって身体から怒られてる気が……じまず。でもこれはあなたとの初めてで食した精気……です。何が何でも吐きまぜ、んぷっ」
吐き気止めの薬があれば違っただろうが、ここにはない。今日は採取も調合もやめてベッドの上でひたすら休もうと言うと、強張った表情を和らげてくれた。
「一応言っておくが、俺は初めてを吐かれても気にしないぞ」
「嫌です。お腹を殴られても身体を絞られても吐きま……ぜ、うぅ」
ふらふらりとたたらを踏み、道中の木に寄り掛かった。吐きたいなら背中をさすってやるのだが、吐きたくないならやれることは少ない。早く家に帰るぐらいだ。
(……おんぶは、今の体力ならいけなくもないか)
家はもう目と鼻の先、俺はルルニアの前に座って背中をさらけ出した。申し訳なさそうな顔で断られるが、根気よく待つと身体を預けてくれた。
「至らぬサキュバスですいません」
「サキュバスうんぬん以前に俺の妻だ。苦しんでいるのを放置は出来ない」
「ありがとうござい……ま……す」
安心したのかすぐに眠った。ルルニアの身体はとても軽く、俺が守ってやらねばという思いが強く湧く。腕と足にも力が入った。
「回復した精気を闘気として使えば……」
一歩二歩と進む度に出力を微調整していく。何度か試す内にコツが掴め、安定した状態でルルニアを抱えることが可能になった。
「それでも家に着くまでが精いっぱいだな」
坂を登って平坦な道を通り、また坂を登る。夏の虫のやかましい鳴き声を横耳に曲がり角を通り抜け、ようやく家の敷地が目に入った。そこで気がついた。
「…………あれは?」
庭先にロアの騎士団がいた。見えるだけでも数は四人、その全員が武装した状態で家の周りを歩き回っている。明らかに尋常な事態ではなかった。
俺は慌てて踵を返し、近くにある獣道へと駆け込んだ。
息を潜めて茂みをかき分け、高所から家を観察してみた。
「来たのはついさっきみたいだな」
湖のほとりを出る直前に入れ違ったのだろう。ゆっくり休んでいなければ危なかった。
酒場で働かせたせいで身バレしたのかと思ったが、それなら夜の内に俺ごと捕縛するはず。事前に目星がついていたのだったら、報告の任を依頼する必要もないはずだ。
(……何かロア側で不足の事態が起きたのか?)
耳を澄ますと家の前の騎士の会話が聞こえた。
「報告します! 薬屋殿は家におりませんでした!」
「例の魔物に襲われたのかもしれん。捜索網を山全体に広げるぞ!」
「了解! わたしは村の仲間に状況を伝えます!」
一人の騎士が馬を駆って山道を駆けていった。
一瞬見えた表情には殺気ではなく焦りがあった。
「……例の魔物って何だ?」
口ぶり的にルルニアでは無さそうだ。いっそ単身で騎士たちの前に出るべきかとも思ったが、もしもを考えると安易な行動には出られない。
ひとまず騎士が去るのを待ち、家に入ってルルニアを寝かせる。騎士が戻ってきたら山奥まで採取に出てたことにし、穏便に済ませられるか確かめる。
「無理だった場合はルルニアを連れて逃げるしかないな」
詳しい状況が分からぬ以上、現状で打てる手はこれしかない。ルルニアと話し合って段取りを組みたいところだが、揺すっても起きる様子がなかった。
俺は獣道に戻り、家の裏手側の森に回った。手頃な平地にルルニアを寝かせようとすると、妙な気配を感じた。昼間だというのに森全体が静けさに包まれた。
「何かいるのか?」
ポーチから投げナイフを取り出すと同時、木々の隙間の影が蠢いた。
構えを解かずに様子を伺うと、影は空中を浮遊しながら接近してきた。
俺たちの前に現れたのは幼い容姿のサキュバスだ。身長は百三十そこそこで一枚の布を身に纏っている。髪の長さは肩の位置より長く、色は濃い青色となっている。眠たげな半目が特徴的だ。
「おー……、見つけた。『ニーチャ』がんばった」
小さな翼を羽ばたかせ、フワリと地面に下り立つ。体格に似合わぬ巨大な乳房が弾み、発生した振動で「おっとと」とのんびりした声を発して足をフラつかせた。
「今回は転ばなかった。頑張った」
「…………」
「どう? ニーチャ、凄くない?」
たぶん『ニーチャ』というのがこのサキュバスの名だ。俺とルルニアを探していたのは間違いなく、警戒して投げナイフを構えた。が、手に力が入らず落としてしまった。
「しまった」
剥き出しの刃が枯葉の上に転がる。するとニーチャは屈んで投げナイフを広い、二投目を手に持とうとする俺の前にテコテコと歩いて来た。
「これ大事? それとも要らない?」
「え、あ、どちらかと言うと大事寄り……だな」
「じゃあ返す。これって良いこと?」
反応に困って頷くと、ニーチャは屈託のない微笑みを浮かべた。褒めて欲しそうだったので頭を撫でてやるが、この時間は何だろうか。そう思っていると近場の茂みが弾けた。
「ちっがーう! そうじゃないでしょ!」
キンキン声で現れたのは片角の大人サキュバスだった。
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ここから二章です。一応ですがハーレム展開にはなりません。一対一恋愛を維持しつつ、人間と魔物のエッチなスローライフを描きます。次話からもお付き合いいただければ幸いです。
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