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「アリシア!」
木々の合間を縫うようにこちらに駆けよって来たのは、ロディやレジより3つ4つは年下の小柄な少年だった。よく焼けた肌に、活発な夕焼け色の瞳。髪は深い緑色で、猿のようにすばしっこかった。細く伸びた手足は、筋肉こそまだないが健康そのもの。これで、もっと纏う空気に深みが出たら将来は村の優秀なリーダーになれそうな子供だった。
「げ、エルド」
けれども、少年を見たアリシアの顔は優れない。むしろ、心底迷惑そうに眉根の皺を濃くしている。
エルドと呼ばれた少年は、レジに見向きもせずに真っ直ぐロディの元まで走っていくと、上がった息も整えずに叫んだ。
「よくも抜け駆けしやがったな、卑怯者!」
ロディとエルドの身長差は30cmはあった。傍から見ると、小型犬が大型犬に向かってキャンキャンと甲高い声で鳴いているようでもある。
「あの、彼は?」
完全に話の腰を折られたレジが所在なさげにアリシアに問いかけた。アリシアは憮然と答える。
「エルドよ。私のハトコなの」
「ただのハトコじゃない。おいらはアリシアの未来の夫になる男だ」
耳ざとくレジとアリシアの会話を聞きつけたエルドが、口を挟んできた。
アリシアはやはり嫌そうな顔で彼の言葉を否定する。
「だから、それは何度も断ってるでしょ」
「そんなのは関係ない。アリシアと《つがい》になるのはおいらだ!」
「その言い方はやめてったら」
「じゃあ、アリシアを手に入れるのはおいらだ! 性的な意味で!」
「こんの、エロガキが!」
白い歯をキラリと光らせ親指を立てて良い笑顔を作ったエルドに、アリシアは全体重を乗せたげんこつを食らわせた。
「痛って―――――――!!!」
エルドは目玉が飛び出さんばかりの衝撃に、頭を押さえて地面を転がった。
「これも何度も言ってる事だけど、私には他に心に決めた人がいるの。いい加減、私の事は諦めて他を当たってよ」
「嫌だ!」
痛みで涙目になりながらも、エルドは懲りずに立ち上がった。
「アリシアは騙されてるだけなんだ、この根暗で陰湿な臆病者に!」
エルドの指はロディを指していた。アリシアの頬がカッと熱くなる。
「ろ、ろろろろろロディは関係ないじゃない」
「大ありだ! おいら知ってるんだからな。今日、二人してジジ様に呼ばれて室に行ったろ」
「い、行ったわよ。悪い?」
「悪い! ジジ様がなんと言おうと、おいらはこんな余所者認めないからな。絶対認めない! こんなぼんくらにだけはアリシアは譲らねぇ!」
「やめてよ、もう!」
顔を真っ赤にしてエルドを叱りつけると、アリシアはばたばたと手足を動かしながらロディにぎこちない笑顔を向けた。
「こんなマセガキの言う事は気にしなくていいからね。おじいちゃんの事だって、ロディは何も気にしなくていいんだから! そ、そりゃあ、ロディが自分の意思でこの村にずっといてくれるって言うなら、それが一番うれしい事だけどさ」
もじもじと言葉尻を小さくしたアリシアに、エルドが地団駄を踏む。
「あー! ほらな! 見ろ。アリシアはすぐそうやって余所者を特別扱いする!」
「ロディはこの村の住人よ。私たちの家族なの。余所者じゃないわ」
「この村の生まれじゃないんだ。余所者だね」
アリシアとエルドの間に見えない火花が散った。
レジは困って頬を掻く。
「仲、いいな。お前ら」
会話の内容はともかく、正真正銘よそ者であるレジからすればアリシアとエルドは仲の良い姉弟に見えた。
「そんな事よりレジ、さっきの話の続きを聞かせてくれ」
しかも残念なことに、当事者の一人でもあるはずのロディは、彼らに全く興味を示していなかった。エルドに余所者呼ばわりされようが、アリシアに好意を向けられようが、ロディはどこ吹く風だ。清々しいほどの無関心。関係ないはずのレジの方が、アリシアに同情したくなるほどだった。
「お前、もっとここの村の連中にも気を回してやれよ」
「気なら少しは回している。それより、今はエレナだ」
「ホントかよ」
「アリシアとエルドはいつもあんな感じだ、いちいち口を挟むほどの事じゃない。それより、エレナが死んでいないとはどういう意味だ」
「はいはい。お前は今も昔も『エレナちゃん、エレナちゃん』ね」
「レジ」
「わかってるって。そう睨むなよ」
ひらひらと手を振っておちょくるような仕草を見せながらも、レジの顔は明るかった。エレナの名を口にしたロディの目に光が戻っていたからだ。5年ぶりに再会した彼はこの世の終わりみたいな顔をした陰気な男に変わっていたけれど、エレナに対する想いは今も色あせる事無く残っているらしい。それが、ロディの声や表情からひしひしと伝わって来た。
「えーっと、どこから話したらいいかな」
頬を緩めたレジが、順を追って話をする為に頭の中を整理し始めた。その時だった。遠くで爆音がしたかと思うと、地響きが起きた。ぱらぱらと天上から細かな氷の結晶が落ちてくる。
木々の合間を縫うようにこちらに駆けよって来たのは、ロディやレジより3つ4つは年下の小柄な少年だった。よく焼けた肌に、活発な夕焼け色の瞳。髪は深い緑色で、猿のようにすばしっこかった。細く伸びた手足は、筋肉こそまだないが健康そのもの。これで、もっと纏う空気に深みが出たら将来は村の優秀なリーダーになれそうな子供だった。
「げ、エルド」
けれども、少年を見たアリシアの顔は優れない。むしろ、心底迷惑そうに眉根の皺を濃くしている。
エルドと呼ばれた少年は、レジに見向きもせずに真っ直ぐロディの元まで走っていくと、上がった息も整えずに叫んだ。
「よくも抜け駆けしやがったな、卑怯者!」
ロディとエルドの身長差は30cmはあった。傍から見ると、小型犬が大型犬に向かってキャンキャンと甲高い声で鳴いているようでもある。
「あの、彼は?」
完全に話の腰を折られたレジが所在なさげにアリシアに問いかけた。アリシアは憮然と答える。
「エルドよ。私のハトコなの」
「ただのハトコじゃない。おいらはアリシアの未来の夫になる男だ」
耳ざとくレジとアリシアの会話を聞きつけたエルドが、口を挟んできた。
アリシアはやはり嫌そうな顔で彼の言葉を否定する。
「だから、それは何度も断ってるでしょ」
「そんなのは関係ない。アリシアと《つがい》になるのはおいらだ!」
「その言い方はやめてったら」
「じゃあ、アリシアを手に入れるのはおいらだ! 性的な意味で!」
「こんの、エロガキが!」
白い歯をキラリと光らせ親指を立てて良い笑顔を作ったエルドに、アリシアは全体重を乗せたげんこつを食らわせた。
「痛って―――――――!!!」
エルドは目玉が飛び出さんばかりの衝撃に、頭を押さえて地面を転がった。
「これも何度も言ってる事だけど、私には他に心に決めた人がいるの。いい加減、私の事は諦めて他を当たってよ」
「嫌だ!」
痛みで涙目になりながらも、エルドは懲りずに立ち上がった。
「アリシアは騙されてるだけなんだ、この根暗で陰湿な臆病者に!」
エルドの指はロディを指していた。アリシアの頬がカッと熱くなる。
「ろ、ろろろろろロディは関係ないじゃない」
「大ありだ! おいら知ってるんだからな。今日、二人してジジ様に呼ばれて室に行ったろ」
「い、行ったわよ。悪い?」
「悪い! ジジ様がなんと言おうと、おいらはこんな余所者認めないからな。絶対認めない! こんなぼんくらにだけはアリシアは譲らねぇ!」
「やめてよ、もう!」
顔を真っ赤にしてエルドを叱りつけると、アリシアはばたばたと手足を動かしながらロディにぎこちない笑顔を向けた。
「こんなマセガキの言う事は気にしなくていいからね。おじいちゃんの事だって、ロディは何も気にしなくていいんだから! そ、そりゃあ、ロディが自分の意思でこの村にずっといてくれるって言うなら、それが一番うれしい事だけどさ」
もじもじと言葉尻を小さくしたアリシアに、エルドが地団駄を踏む。
「あー! ほらな! 見ろ。アリシアはすぐそうやって余所者を特別扱いする!」
「ロディはこの村の住人よ。私たちの家族なの。余所者じゃないわ」
「この村の生まれじゃないんだ。余所者だね」
アリシアとエルドの間に見えない火花が散った。
レジは困って頬を掻く。
「仲、いいな。お前ら」
会話の内容はともかく、正真正銘よそ者であるレジからすればアリシアとエルドは仲の良い姉弟に見えた。
「そんな事よりレジ、さっきの話の続きを聞かせてくれ」
しかも残念なことに、当事者の一人でもあるはずのロディは、彼らに全く興味を示していなかった。エルドに余所者呼ばわりされようが、アリシアに好意を向けられようが、ロディはどこ吹く風だ。清々しいほどの無関心。関係ないはずのレジの方が、アリシアに同情したくなるほどだった。
「お前、もっとここの村の連中にも気を回してやれよ」
「気なら少しは回している。それより、今はエレナだ」
「ホントかよ」
「アリシアとエルドはいつもあんな感じだ、いちいち口を挟むほどの事じゃない。それより、エレナが死んでいないとはどういう意味だ」
「はいはい。お前は今も昔も『エレナちゃん、エレナちゃん』ね」
「レジ」
「わかってるって。そう睨むなよ」
ひらひらと手を振っておちょくるような仕草を見せながらも、レジの顔は明るかった。エレナの名を口にしたロディの目に光が戻っていたからだ。5年ぶりに再会した彼はこの世の終わりみたいな顔をした陰気な男に変わっていたけれど、エレナに対する想いは今も色あせる事無く残っているらしい。それが、ロディの声や表情からひしひしと伝わって来た。
「えーっと、どこから話したらいいかな」
頬を緩めたレジが、順を追って話をする為に頭の中を整理し始めた。その時だった。遠くで爆音がしたかと思うと、地響きが起きた。ぱらぱらと天上から細かな氷の結晶が落ちてくる。
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