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第21章 重なる悲しみ
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意識を失いそうな華音に呼びかけようとした途端、彬智は肘を掴まれぐらりと体勢を崩した。力の掛った方を振り向くと、妻の梢子が烈火のごとく怒り噛みつきそうな顔つきで夫に縋りついていた。
「待って!彬智さんが行くことは無いでしょ!あなたの子供は試合をしている最中なのよ!」
「今そんなこと言い合っている場合?華音が病気かもしれないのに!」
「だから!なぜ彬智さんが付き添うのよっ!」
「アキ、俺が行く。お前はここに残っていろ。」
梢子と彬智の間に恭弥が割り込み華音に手を掛けた。しかし、その手を断固拒否して彬智は低く唸った。
「華音は俺が連れて行く。あとはキョウに任せる。」
「いや、俺が!」
睨み合う彬智と恭弥に、茉莉花は気が気ではない。華音は苦痛のため身を縮め顔を歪める。早く病院に連れて行かなければ!
すると彩乃が駆けつけ、白衣を着た男性たちを引き連れてきた。
「今、救急車を手配してもらいました!華音ちゃんは一旦救護室に運びましょう!」
「彩乃さん……」
「大丈夫ですよ、すぐに診てもらえます。」
ニコリと笑いかける彩乃の腕に捕まり、茉莉花はガクガクとその身を震わせた。
「マリさんと華音ちゃんには私が付き添います。恭弥さんは祐都をお願い。」
「あ、ああ……」
「もう!恭弥さんはマリさんのことになると、我を忘れてしまうんだから!」
彩乃は慌てふためく夫にニコリと笑いかけた。
「美桜ちゃんはオバチャンと一緒においで。お姉ちゃんと病院に行こうね。」
置いてきぼりになり心細げに涙を浮かべていた美桜は彩乃に手を握られホッと安堵した。動転していた茉莉花もやっと平静を取り戻し、彩乃に促され担架に乗せられた華音に付き添った。
茉莉花の荷物を抱え救護員たちをテキパキ仕切る彩乃の勢いに押され腰砕けになった恭弥は、救護室へ向かう妻たちを呆気に取られて見送った。恭弥の隣りにいた彬智も、やっと落ち着き笑みを零した。
「キョウの奥さんはしっかり者だな。」
「ああ、全くだ。敵わないよ。」
照れたように口元を緩める恭弥につられて彬智も微笑んだ。ふと目を向けると、試合の途中だというのに息子の彬従が足を止め心配そうにこちらを眺めていた。妻はまだ怒りが収まらない様子でグチグチと文句を言い続けている。
「来るんじゃなかった……」
恭弥の肩をポンと叩くと、妻の横を無言で通り過ぎ、彬智は一人球技場を後にした。
華音は高塔家の主治医を勤める総合病院に運ばれ診察を受けた。医師の説明を聞き、茉莉花はふらふらと待合室で待機していた彩乃の元を訪れた。
茉莉花に気づいた彩乃はふんわりと笑顔で出迎えた。待ちくたびれた美桜は彩乃の膝を枕にしスヤスヤ眠り込んでいる。
「彩乃さん、ありがとう、すっかりお世話になって……」
「いいんですよ、お互いさまじゃないですか。それより、華音ちゃんの様子は?」
「入院して検査することになったの。詳しいことは、それから、だそうよ……」
「大したことが無ければいいけど……」
心配そうに眉を寄せる彩乃の横に腰を下ろし、茉莉花はふうとため息を吐いた。その彼女の手を安心させるように彩乃は握った。穏やかな温もりについほろりと涙が溢れる。
「この病院……以前、姉も入院していたの。」
「お姉さま、ですか?」
「ええ、アキやキョウと同級生で、高校生の時に亡くなったんです……死んだのは、病気のせいじゃないけれど……姉のことを思い出してしまった……」
彩乃はハッと息を飲み、茉莉花の様子をうかがった。
「姉はアキの恋人だった。でも、子供が出来ない身体だと診断されて、母にアキと別れさせられて……それを苦にして自殺した……華音と姉は良く似ている、見た目もしっかりした性格も、だから……」
「まだお姉さまと同じと決まった訳ではないですよ!あまり考え込まない方がいいわ。」
ギュッと肩を抱かれ、茉莉花は思わず自分より若く身体も小柄な彩乃の胸に埋もれた。安心する、まるで母親のような温かさだ……
入院の手続きを済ませ、病院を後にした。彩乃は美桜の世話をしながらまだ心配そうに茉莉花を見上げる。
「恭弥さんにはマリさんの話をそのまま伝えていいですか?」
「ええ、あとで私からも話をします。キョウは今頃イライラしているでしょうね。いつも父親代わりをしてもらっているから……」
「恭弥さんは……マリさんのためなら何でもしますよ。だから、遠慮しないでこき使ってくださいね!」
「ありがとう……キョウにも彩乃さんにも、迷惑を掛けっぱなし。」
「迷惑なんてことはありません!だから、遠慮しないで!」
明るく小首を傾げる彩乃に、茉莉花は深く感謝した。
タクシーに乗った彩乃は心配していつまでも後ろを向いたまま去って行った。彼女を見送り、茉莉花は美桜を連れて高塔の屋敷に戻った。
玄関の扉を開けると、待ちかねていた彬智が出迎えた。
「華音は?」
「入院することになったわ。結論は検査をしてからだって言われた。」
「そう……」
彬智は目を閉じ顔を曇らせたる。たぶん同じ思いが去来するのだろう……
「俺は大学近くのホテルにいる。何かあったら連絡して。」
「梢子さんとは喧嘩したままにするの?」
「顔を合わせたらもっと酷いことを言い合いそうだ。」
ふふと苦い笑いを浮かべる彬智を、茉莉花は呆然と見上げた。
「アキ……もし、華音がエリと同じ病気だったら……」
血の気が引いて目の前が暗くなる。だが頬にこつんと硬い鎖骨が当たった。彬智が茉莉花を抱き寄せ背中を撫でた。
「大丈夫。きっと華音は大丈夫。エリと同じになるはずがない。」
彬智の胸に埋もれ、茉莉花は心が堕ちていかないよう唇を噛み締めた。
次の日には華音はすっかり元気を取り戻した。ベッドの上で退屈そうに本を広げていた華音は、見舞いに来た母にもじもじと話し掛けた。
「お母さん、アキには病気のこと、言わないでね。」
「良いけど、なぜ?」
「だって、きっと心配する。」
「そうね、昨日も家に帰って華音がいなかったからとってもそわそわしていたわ。夜中なのにお見舞いに行くって大騒ぎだったけど、お母さんに怒られてしょんぼりしていた。そうだ、昨日の試合、また彬従のチームが勝ったのよ。」
「アキは活躍した?」
「ええ、一人で2点も取ったって自慢していた。カッコいいところを華音に観てもらえなかったってギャーギャー言っていた。」
すると華音はほっこりと笑った。
「早く元気にならないとね。」
「私、元気になる?」
「お医者さまの言うことをちゃんと聞いていたらね。」
「……早く家に帰らなきゃ。きっとアキが寂しがっている。」
ごそごそと布団に包まる華音をそっと茉莉花は見守った。自分のことよりも彬従が心配なのだ……
会社と自宅と病院を行き来しながら華音の回復を待った。検査結果が出たと会社にいた茉莉花に医師から連絡があり、茉莉花は病院に駆け付けようと支度を始めた。そこへ突然、母の藍咲が飛び込んで来た。
「茉莉花!華音が入院しているって本当なの?」
「ええ、ちょっと具合が悪くて……」
「病院から私に連絡があったのよ。私にも、報告したいことがあるって。」
まさか、そんな……茉莉花は狼狽を隠し切れず、持っていた鞄を床に落とした。藍咲は有無を言わさず茉莉花を引きずるように車に乗せ、華音の入院先に急いだ。
生まれた時から華音を担当している医師は険しい表情を見せた。
「華音さんはまだ幼い。早急な判断は避けるべきですが……もしかしたら、お姉さまの英梨花さまと同じ病状かもしれません。」
「そ、それは……」
「将来的にお子さんを望めない身体かもしれません。」
目の前が真っ暗になった。在りし日の英梨花の笑顔がぼんやり思い浮かぶ。医師がすまなそうに説明を始めたが、茉莉花はその言葉に合わせて頷くのが精いっぱいだった。
診察室を出た藍咲は、キッと茉莉花を睨みつけた。
「茉莉花、すぐに晃輔と離婚しなさい。」
「えっ……」
「半年経てば再婚できる。あなたはまだ若い。再婚して子供をもうけるのよ。」
「そんな……!」
「このままでは華音の代で高塔家はおしまいになってしまうわ。」
茉莉花は愕然と母を見つめた。
「あなた、高塔家が断絶してもいいの?今からでも遅くない、すぐに相手を探しましょう。」
「……離婚はします。それは晃輔のためにも良いことだもの。でも、私はもう結婚はしません。」
「茉莉花っ!?」
「子供なら、何とかするわ。」
「結婚しないで、どうするつもり!?」
「もう、お母さんの言いなりになりたくない。」
くるりと背を向け茉莉花は走り去った。母の罵声が聞こえてくるがその声に耳を貸す気にもならない。
社に戻った茉莉花を、恭弥が待ち構えていた。
「病院に行ってきたんだろ?どうだったんだ、華音は!?」
「……すぐに退院するって。でも通院して様子を見ることになったわ。」
「本当?」
「心配しないで、キョウ。何かあれば、必ずキョウに相談する。」
ニコリと笑いかけると、恭弥は納得いかない様子だったがそれ以上追及せずに執務室を出て行った。
茉莉花はグッと拳を握りしめた。
子供を作らなければいけない、高塔家のために。でもその相手に恭弥を選ぶことは出来ない。茉莉花の目の前に優しく微笑む彩乃の顔が浮かんだ。彩乃を泣かすようなことは絶対にしたくない。
意を決し、茉莉花は受話器を取った。
「もしもし、私よ、今夜時間をもらえる?」
電話を受けた相手は二つ返事で了解した。
待ち合わせの場所は街中のホテルだった。高層階にあるバーの窓際の席に案内された茉莉花は、先に来ていた彬智を見るなり、顔を強張らせた。
「どうしたの、怖い顔をして?」
カクテルグラスを傾け、彬智は隣りに腰かけた茉莉花の口が開くのを待った。
「……今日、病院に呼び出された。それで、華音は、子供の出来ない身体かもしれないと言われた……」
彬智が静かに息を飲む。握りしめた手に汗が溜まるのを茉莉花は感じた。そして、おもむろに口を開く。
「お願い、アキ。私に子供を作らせて。高塔家のために、あなたの子供が欲しいの。」
手を握り、テーブルに置く。そして目を開き、彬智を見つめる。
大きなアーモンド形の印象的な目が、茉莉花を優しく見つめていた。
「いいよ、マリ。」
彬智は、そう言うと小さく頷いた。
「待って!彬智さんが行くことは無いでしょ!あなたの子供は試合をしている最中なのよ!」
「今そんなこと言い合っている場合?華音が病気かもしれないのに!」
「だから!なぜ彬智さんが付き添うのよっ!」
「アキ、俺が行く。お前はここに残っていろ。」
梢子と彬智の間に恭弥が割り込み華音に手を掛けた。しかし、その手を断固拒否して彬智は低く唸った。
「華音は俺が連れて行く。あとはキョウに任せる。」
「いや、俺が!」
睨み合う彬智と恭弥に、茉莉花は気が気ではない。華音は苦痛のため身を縮め顔を歪める。早く病院に連れて行かなければ!
すると彩乃が駆けつけ、白衣を着た男性たちを引き連れてきた。
「今、救急車を手配してもらいました!華音ちゃんは一旦救護室に運びましょう!」
「彩乃さん……」
「大丈夫ですよ、すぐに診てもらえます。」
ニコリと笑いかける彩乃の腕に捕まり、茉莉花はガクガクとその身を震わせた。
「マリさんと華音ちゃんには私が付き添います。恭弥さんは祐都をお願い。」
「あ、ああ……」
「もう!恭弥さんはマリさんのことになると、我を忘れてしまうんだから!」
彩乃は慌てふためく夫にニコリと笑いかけた。
「美桜ちゃんはオバチャンと一緒においで。お姉ちゃんと病院に行こうね。」
置いてきぼりになり心細げに涙を浮かべていた美桜は彩乃に手を握られホッと安堵した。動転していた茉莉花もやっと平静を取り戻し、彩乃に促され担架に乗せられた華音に付き添った。
茉莉花の荷物を抱え救護員たちをテキパキ仕切る彩乃の勢いに押され腰砕けになった恭弥は、救護室へ向かう妻たちを呆気に取られて見送った。恭弥の隣りにいた彬智も、やっと落ち着き笑みを零した。
「キョウの奥さんはしっかり者だな。」
「ああ、全くだ。敵わないよ。」
照れたように口元を緩める恭弥につられて彬智も微笑んだ。ふと目を向けると、試合の途中だというのに息子の彬従が足を止め心配そうにこちらを眺めていた。妻はまだ怒りが収まらない様子でグチグチと文句を言い続けている。
「来るんじゃなかった……」
恭弥の肩をポンと叩くと、妻の横を無言で通り過ぎ、彬智は一人球技場を後にした。
華音は高塔家の主治医を勤める総合病院に運ばれ診察を受けた。医師の説明を聞き、茉莉花はふらふらと待合室で待機していた彩乃の元を訪れた。
茉莉花に気づいた彩乃はふんわりと笑顔で出迎えた。待ちくたびれた美桜は彩乃の膝を枕にしスヤスヤ眠り込んでいる。
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「いいんですよ、お互いさまじゃないですか。それより、華音ちゃんの様子は?」
「入院して検査することになったの。詳しいことは、それから、だそうよ……」
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心配そうに眉を寄せる彩乃の横に腰を下ろし、茉莉花はふうとため息を吐いた。その彼女の手を安心させるように彩乃は握った。穏やかな温もりについほろりと涙が溢れる。
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「お姉さま、ですか?」
「ええ、アキやキョウと同級生で、高校生の時に亡くなったんです……死んだのは、病気のせいじゃないけれど……姉のことを思い出してしまった……」
彩乃はハッと息を飲み、茉莉花の様子をうかがった。
「姉はアキの恋人だった。でも、子供が出来ない身体だと診断されて、母にアキと別れさせられて……それを苦にして自殺した……華音と姉は良く似ている、見た目もしっかりした性格も、だから……」
「まだお姉さまと同じと決まった訳ではないですよ!あまり考え込まない方がいいわ。」
ギュッと肩を抱かれ、茉莉花は思わず自分より若く身体も小柄な彩乃の胸に埋もれた。安心する、まるで母親のような温かさだ……
入院の手続きを済ませ、病院を後にした。彩乃は美桜の世話をしながらまだ心配そうに茉莉花を見上げる。
「恭弥さんにはマリさんの話をそのまま伝えていいですか?」
「ええ、あとで私からも話をします。キョウは今頃イライラしているでしょうね。いつも父親代わりをしてもらっているから……」
「恭弥さんは……マリさんのためなら何でもしますよ。だから、遠慮しないでこき使ってくださいね!」
「ありがとう……キョウにも彩乃さんにも、迷惑を掛けっぱなし。」
「迷惑なんてことはありません!だから、遠慮しないで!」
明るく小首を傾げる彩乃に、茉莉花は深く感謝した。
タクシーに乗った彩乃は心配していつまでも後ろを向いたまま去って行った。彼女を見送り、茉莉花は美桜を連れて高塔の屋敷に戻った。
玄関の扉を開けると、待ちかねていた彬智が出迎えた。
「華音は?」
「入院することになったわ。結論は検査をしてからだって言われた。」
「そう……」
彬智は目を閉じ顔を曇らせたる。たぶん同じ思いが去来するのだろう……
「俺は大学近くのホテルにいる。何かあったら連絡して。」
「梢子さんとは喧嘩したままにするの?」
「顔を合わせたらもっと酷いことを言い合いそうだ。」
ふふと苦い笑いを浮かべる彬智を、茉莉花は呆然と見上げた。
「アキ……もし、華音がエリと同じ病気だったら……」
血の気が引いて目の前が暗くなる。だが頬にこつんと硬い鎖骨が当たった。彬智が茉莉花を抱き寄せ背中を撫でた。
「大丈夫。きっと華音は大丈夫。エリと同じになるはずがない。」
彬智の胸に埋もれ、茉莉花は心が堕ちていかないよう唇を噛み締めた。
次の日には華音はすっかり元気を取り戻した。ベッドの上で退屈そうに本を広げていた華音は、見舞いに来た母にもじもじと話し掛けた。
「お母さん、アキには病気のこと、言わないでね。」
「良いけど、なぜ?」
「だって、きっと心配する。」
「そうね、昨日も家に帰って華音がいなかったからとってもそわそわしていたわ。夜中なのにお見舞いに行くって大騒ぎだったけど、お母さんに怒られてしょんぼりしていた。そうだ、昨日の試合、また彬従のチームが勝ったのよ。」
「アキは活躍した?」
「ええ、一人で2点も取ったって自慢していた。カッコいいところを華音に観てもらえなかったってギャーギャー言っていた。」
すると華音はほっこりと笑った。
「早く元気にならないとね。」
「私、元気になる?」
「お医者さまの言うことをちゃんと聞いていたらね。」
「……早く家に帰らなきゃ。きっとアキが寂しがっている。」
ごそごそと布団に包まる華音をそっと茉莉花は見守った。自分のことよりも彬従が心配なのだ……
会社と自宅と病院を行き来しながら華音の回復を待った。検査結果が出たと会社にいた茉莉花に医師から連絡があり、茉莉花は病院に駆け付けようと支度を始めた。そこへ突然、母の藍咲が飛び込んで来た。
「茉莉花!華音が入院しているって本当なの?」
「ええ、ちょっと具合が悪くて……」
「病院から私に連絡があったのよ。私にも、報告したいことがあるって。」
まさか、そんな……茉莉花は狼狽を隠し切れず、持っていた鞄を床に落とした。藍咲は有無を言わさず茉莉花を引きずるように車に乗せ、華音の入院先に急いだ。
生まれた時から華音を担当している医師は険しい表情を見せた。
「華音さんはまだ幼い。早急な判断は避けるべきですが……もしかしたら、お姉さまの英梨花さまと同じ病状かもしれません。」
「そ、それは……」
「将来的にお子さんを望めない身体かもしれません。」
目の前が真っ暗になった。在りし日の英梨花の笑顔がぼんやり思い浮かぶ。医師がすまなそうに説明を始めたが、茉莉花はその言葉に合わせて頷くのが精いっぱいだった。
診察室を出た藍咲は、キッと茉莉花を睨みつけた。
「茉莉花、すぐに晃輔と離婚しなさい。」
「えっ……」
「半年経てば再婚できる。あなたはまだ若い。再婚して子供をもうけるのよ。」
「そんな……!」
「このままでは華音の代で高塔家はおしまいになってしまうわ。」
茉莉花は愕然と母を見つめた。
「あなた、高塔家が断絶してもいいの?今からでも遅くない、すぐに相手を探しましょう。」
「……離婚はします。それは晃輔のためにも良いことだもの。でも、私はもう結婚はしません。」
「茉莉花っ!?」
「子供なら、何とかするわ。」
「結婚しないで、どうするつもり!?」
「もう、お母さんの言いなりになりたくない。」
くるりと背を向け茉莉花は走り去った。母の罵声が聞こえてくるがその声に耳を貸す気にもならない。
社に戻った茉莉花を、恭弥が待ち構えていた。
「病院に行ってきたんだろ?どうだったんだ、華音は!?」
「……すぐに退院するって。でも通院して様子を見ることになったわ。」
「本当?」
「心配しないで、キョウ。何かあれば、必ずキョウに相談する。」
ニコリと笑いかけると、恭弥は納得いかない様子だったがそれ以上追及せずに執務室を出て行った。
茉莉花はグッと拳を握りしめた。
子供を作らなければいけない、高塔家のために。でもその相手に恭弥を選ぶことは出来ない。茉莉花の目の前に優しく微笑む彩乃の顔が浮かんだ。彩乃を泣かすようなことは絶対にしたくない。
意を決し、茉莉花は受話器を取った。
「もしもし、私よ、今夜時間をもらえる?」
電話を受けた相手は二つ返事で了解した。
待ち合わせの場所は街中のホテルだった。高層階にあるバーの窓際の席に案内された茉莉花は、先に来ていた彬智を見るなり、顔を強張らせた。
「どうしたの、怖い顔をして?」
カクテルグラスを傾け、彬智は隣りに腰かけた茉莉花の口が開くのを待った。
「……今日、病院に呼び出された。それで、華音は、子供の出来ない身体かもしれないと言われた……」
彬智が静かに息を飲む。握りしめた手に汗が溜まるのを茉莉花は感じた。そして、おもむろに口を開く。
「お願い、アキ。私に子供を作らせて。高塔家のために、あなたの子供が欲しいの。」
手を握り、テーブルに置く。そして目を開き、彬智を見つめる。
大きなアーモンド形の印象的な目が、茉莉花を優しく見つめていた。
「いいよ、マリ。」
彬智は、そう言うと小さく頷いた。
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